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2019年02月03日 イイね!

70年代的風景から現代を考える。

70年代的風景から現代を考える。








私が自動車にのぼせて、興味を持ったのは1970年、
大阪万博の年である。
それからほぼ半世紀が経ち、自動車を取り巻く社会は続いて
いるものの、ひと言で言うと面白みのない社会になった。

今日はそのことについて、70年代から現代を見ると言う方法で
考えて行こうと思っている。


まず最近宇沢弘文という経済学者の「自動車の社会的費用」という
1974年に書かれた本が、今でも岩波新書で売られていたので買って来た。

これを読むと当時の学者が自動車の社会問題性についてどのように
考えていたかが判る。

当時の交通事故死者数は2万人レベルの時代である。
その被害の及ぼす影響について、自動車優先、中心の社会は間違っていると
書かれている。


70年代は戦後間もなくのベビーブームに生まれた団塊世代が、20代に到達して
自動車に乗る若い人口が一気に増えた。
また事故や悲劇などは、それに起因したり、数的増加の裏側だと考えられる。

ところで、趣味的に言うと、70年がトヨタがセリカ初代を出して、三菱がギャラン
GTOを用意して迎え撃った年である。このセンセーショナルな2台は、前年
1969年のモーターショーに出品されて、話題を奪った。

また69年は日本グランプリでのトヨタ日産対決最後の年となり、
翌年からはこの2社は大型のレーシングカーで競争はしなくなった。
しかし69年暮れには、日産はフェアレディZを発売。欧米とくにアメリカでは
素晴らしい稼ぎ頭となる。




この時代の一年のタイムラグは、割と大きなラグであり、公害反対運動や
73年暮れに起きた石油ショックは、自動車公害含めた問題意識が高まり
この本の出た74年は自動車に取り冬の時代であったはずだ。

そういった時代の背景の下で日本車は公害問題と石油ショックを乗り切った。
日本車が国際競争力をつけるのが、70−80年代である。

自動車の社会ニーズはずっと続いて、宇沢教授が問題で書いた交通事故、
取り分け死亡事故は徐々に減って行く。

それは安全対策が重点的になり、自動車が今のように大型化した90年代以降に
結果は答えとして伴って行く。

一方で団塊世代の後の世代、1960年前後に生まれた私たちの世代は、
子どもの時から自動車の魅力に囲まれて育つ。

そして商品的な魅力に加えて、自動車が有ると言う生活文化の成長に
自分たちの青春を投影して、生きることが可能になった。
これが1980年代の大きな特長で、87年映画「私をスキーにつれてって」は
日本の自動車グラフィティ映画の金字塔的作品になった。

アメリカでは「アメリカングラフィティ」という青春映画があるが、日本の若者は
80年代に謳歌していたのである。







ところで、自動車にまつわるジャーナリズムがあるとすれば、それは74年の
宇沢教授の本のようなものが含まれる。
一方日本のモータージャーナリズムと言うものは、自動車メーカーの
大樹に寄り沿う、支える木であって、これと対峙はしなかった。

60年代に「カーグラフィック」が創刊して、それまでの自動車誌とは一線を画したが
同じ出版社は83年に「NAVI」を出してジャーナリズム性を訴えたが、
販売に結びつかず、その後は消費文化雑誌の様相に変わって行く。

この辺も含めると、日本の自動車雑誌が、メーカー広告の収入が大きく、
英国の昔からあった「Motor」「Autocar」といった雑誌が、ウイークエンド新聞を
雑誌にしたような販売収入中心な雑誌ジャーナリズムと、大きく違う。

これは私は新聞広告の世界に居たから、広告収入が一定比率を超えると
ジャーナリズムは、さじ加減に影響が出るようになる。


カーグラフィックは70年代後半の、ポスト石油ショック時代に、小林彰太郎
編集長の下で、編販広分離の、素晴らしいクオリティーの時代が一番読み応え
がある。
新車が売れず、輸入車情報も入手がしにくい時代に、あれだけ民間の小さな
用品メーカー広告を集めて、製本もきちんとした高い定価でクオリティーを維持、
これは後の歴史からみても、現代の雑誌界が見習う点が大きい。


私は全国の小さなパーツメーカーや、自動車用品ショップが、カーグラに広告を
乗せることが信用の一歩と考えたと見ている。

これは70年代の鉄道模型趣味という雑誌などを見ても、感じることが多い。




ここまで書いてきて、雑誌は厚手の表紙の単行本とは異なるが、
信用と情報で成り立ってきたことが判る。

活字離れをネットに原因があると言う意見は強いが、日本の雑誌活字が、
読まれなくなった理由は、だんだん信憑性、これはファクトだけでなく、その情報を
収集するのに、どういった苦労があったかは、読者はすぐ判る。

さて、そういった時代の変容は、90年代に何か原因があったように思える。

実際の巷間の見方は、2000年代のITの伸張と、一方での世相の変化、
日本では小泉改革の時に広がった新自由主義的なものの考えと言う。

欧米では苦難の戦争が始まったり、イスラム社会との文化とテロリズムの
9.11のような象徴的な出来事が起きた。

では、それで自動車がつまらなくなった。雑誌が面白くなくなった。のだろうか。

私は2代目、3代目の人物を育てなかった。これは例えだが、後進を育てる
ことはマスコミジャーナリズムだけでない、世間の一般問題である。


自動車好きが自動車を作って、自由にやれるかは、難しい時代になった。


90年代は、まだ日本人の多くは、もう一度踊って笑える時代が続くと思った。
しかしその夢は、書かないがいろんな出来事で醒めた。

しかし私たちはまもなく2020年代を生きる。私にとっては最後の時代に
なるかもしれない。


メディアと言うのは媒介、媒体であり、方法はいろいろある。

ただ、このように、諦めやダメ出しの社会が続くのは、戦時中より始末が
悪いかもしれない。



最近、大阪で55年ぶりに万博が来ることで、世論が二分している(ように見える)。
私も叩かれるのは嫌なので、あまり口だしはしないが、傍から見て
面白いと思う。

案外と言うか、1970年に子どもや若者で楽しかった人のうち、今の時代に
生き方が面白くない人が反対している。理由は正論と思う。


意外に若いコが、期待する意見があるが、そういうのは操り人形と言う
見方をする意見が当然ついてくる。

私はビビリなので、うっかりは言えないが、何かやったら良いのにと思う(こともある)。


その慎重論は、今の時代の空気だと思う。80年代は若い社員に経験で
失敗する仕事をさせて、後で上司がフォローして、若者も中間管理職も成長した。

70年代のことを後から聞くと、もっと無茶をしても許されたらしい。

現代社会に一番足りないのは、元気である。
だけど死亡事故2万人時代のような「危険運転」は出来ない。

さあ、それでは。

今日はここまで書いて、次回に書くときのテーマとしよう。

Posted at 2019/02/03 15:18:37 | トラックバック(0) | 論考 | クルマ
2019年01月25日 イイね!

みんなクルマが好きだった。

みんなクルマが好きだった。正月も過ぎて、震災の日も
母の命日も終わり、スタートしよう。










今週末はいよいよニューイヤーミーティングだが、
年末までに資金が出来ずに断念した。

25年以上、関西から苦労して通ったが、あっけないものである。
でもそれも諦め時だと思う。



ところで今年は、昨年以上に自動車にとり、悩ましい年になり
曲がり角を感じる新年になるかもしれない。

昨年は日産のゴーン会長の私的流用が、大きな事件となった。

それからトヨタの会長が、自動車税制の見直しを、提言して国が動き始める
原因になった。

それにしても、日本はいつの間にか、自動車大国の影響が小さくなり
世間でも関心が持たれないテーマになってきた。


筆者のように、1970年から自動車に興味を持ち、60年代を遡って知った
少年時代のある人間には、これは衝撃的な時代の変化である。


今年は日本の元号が変わり、新天皇が即位する。
新しい時代には、自動車産業は、社会の中心ではないと思う。

これは私が元働いていた、新聞産業が、完全に落日のビジネスになりつつあるのと
似ているところもある。

そしてこれからの時代は、自動車をどう包摂していくのかという、
コモディティと、受容社会になるのではないか。





話は戻るが、トヨタの章男会長が、日本の自動車の置かれた社会の中の位置が
現実的でないと、ようやく業界のトップが語って、新聞と経産省が追い掛けている。


一方日産のゴーン会長(元)が、会社の金を私的に流用した問題で、
国内市場の日産車が、ほぼ「終わった」状態であることを明るみにする結果と
なった。
これも日本車で気を吐いているのは、マツダとホンダ、あとはトヨタくらいで
軽自動車といったガラパゴス的な存在理由のものは、いつもどうなんだろうと
考えてしまう。

平成が終わると、次の時代におそらく社会様相が変わる。
その頃は内需といったものが、さらに一段と細ることは、簡単に考えてしまい
がちだが、そこにちょっとでも釘を刺さないと日本の底が抜けて、
なんでもありの世の中になる。

生きたいヤツは生きて、死にたいヤツは死ね、みたいな。それがこわい。



ところでE.トッドを今読んでいると、
英国の70年代は暗くて重い時代で、勉学を学ぶのに、教養は得られても
明るい空気が少なく、苦労したことが書いてある。


今の日本は、25年くらい続いた空気の支配が、いろんな数字の結果に
現れている。

それが日本の国益、(私は保守だが右寄りでないので、滅多に使わないが)
の損になっているように感じる。


もうダメ出し社会の時代は終わった方が良い。
そして、社会の潮流を変えないと、少子化と人口減は、Wのスパイラルだが、
前者はまだ、きっかけで上向くこともあり得るので、諦めない方がよい。


よい発想や時代の上昇気流が出てくると、せめて80年代成長は無理でも、
75年から79年の、石油ショック時代の日本に近づけないかと、私は
着地点を探っている。




私はその時代、高校生と浪人期間中であったのだが、日本社会に矯めを作った
踊り場=ステップの時代であったと思っている。

後の時代に出てくる人物、音楽の例が判りやすいが、山下達郎、坂本龍一らの
戦後の団塊より後の、才能が出やすい状態になり、彼らの実質プロデビューは
70年代後半で、80年代に花が咲いたり開く。


団塊世代は数は多いが、GSブームなどのように表面的現象で、音楽を深く
掘り下げたのは、団塊の下の世代である。

彼らは兄貴たちの背中を見て、芸能プロダクションに浅くもて遊ばれることを
避けた。だから後々の音楽的成功は、よく考えて、慎重に自分らの道を行動し、
今も多数のミュージシャン、音楽家が生き残っている。



まあ、そろそろ代替わりした方が良いことも真実である。



こんなふうに、時代を俯瞰したり、達観というと哲学が入るが少し「飛ばし」て
みることが、実は非常に重要なことである。


自動車の時代は、今は曲がり角より後になってしまったが、
まだまだ地上から消えることがなく、ではどうしたらと、オリジナルな考えを
持つことが、大事なのではないか。

多分豊田章男の主張が通り、1000cc以下の自動車税は安くなるだろう。
それが2000ccクラスに波及すれば、セダンとクーペが復活するか、判らないが、
自動車は本来的な、「まともで魅力あるものつくり」に戻るかもしれない。

この妥協の産物である、ワンボックスから進化か退化かもしれない、RVだらけの
路上は、もう少し「見やすい」風景になると信じたい。




時代が変わるということを、悲観的に考えては、もったいない。
そこで矯められたエネルギーが80年代にどのように現れたか。

75−79年、日本車は「灰色の時代」であったが、排ガス対策と燃費の向上技術
はその時に磨かれた。

ちょうどその頃、山下達郎は何をしたかとか、日本のジャズシーンはどうだったとか、
私は「なぜ80年代は輝いたか」を考える時に、ヒントはプレ時代にあったと考える。


日本は今国内にいるより、海外に出た方が仕事を肯定的に捉えやすい。

そんな日本の自動車は、諦めの産業でもあるが、また何か新しいトレンドが
一気には出ないが、その手前くらいが見えるだろう。

私は今年から60代に入る。
20上の世代が80代で、団塊の10歳ちょっと上の世代も、まだ多いし厄介だが、
今年20代前半は1990年代後半生まれである。

この辺に才能がある人を見出して育てて行けるような社会情勢を醸成しないと
いけないのではないかと、考えている。

好きだったクルマの時代が、再現できるよう、今年も文を書いて行こう。






Posted at 2019/01/27 18:30:54 | トラックバック(0) | 思うこと | 日記
2018年12月21日 イイね!

日本車考2018(外国における)

日本車考2018(外国における)









ホンダのNSXのモデルチェンジのことでも書こうかと思ったが
全く無縁なゾーンなので、書いても読む方が面白くないと思う。

ところで海外で、1970−90年代の、“中途半端”な時代の日本車の
人気が急上昇している。

これを今日は書いてみる。


まず最初に、なぜだろうと、理由と原因を考える。
私は、今の日本車には、悪いが本当に興味が無い。

それは試行錯誤がなく、マーケティングの理論ありきのプロダクトで
味が無いからだ。


では過去の日本車には、味があったかというと、それは思う。


メーカーの個性や、会社の出来るまでの経緯や背景で、ものつくりの
ルーツが見える会社が、とても多かった。




トヨタは織機だし、日産は新興財閥の日産コンツェルン。
いすゞは名門の内燃機専門の技術企業。
日野は戦後の運輸機器のエンジンメーカー。
ダイハツは発動機屋さん、スズキは二輪から、ホンダも二輪から一躍
世界舞台のレースに憧れて、チャレンジ精神の塊。



三菱は戦後三分割された財閥系重工グループの落し子、70年前後はすごく
チャレンジャースピリットだった。
マツダは原爆の焼け跡に希望の灯を灯し立ち上がった、コワいモノ知らず。
最後のスバルは、中島航空機の流れを引いた、研究室。

そんな日本列島の各地で産声をあげた各会社が、大企業やエリートサラリーマン
を意識しない頃は、本当にプロ野球のゲームのように、スターが居たり
脇役も面白かったと思う。




これは外国で今年開かれた「ジャパン・クラシック」のフェアー風景だ。
見ているだけでも、若い日を思い出し、楽しくなって来る。

日本の旧車イベントと、ほんの少し違うのは、参加者と乗っておるオーナーは
日本人ではないから、思い入れが、ドメスティックなものではない。

けれども、ニッポン車ひいきの、他国で言えば「変わり者」たちが蝟集して
盛り上がり、楽しさが込み上げてきている情景が、伝わって来る。



この「クジラクラウン」ワゴンのセンスは、なんだろう。
本来のオーラが解放されて、南氷洋の海を悠悠と泳いでいるようだ。

これはFacebookで見つけた、多分オーストラリアのイベントだから、ハンドルは
日本と同じ位置で良い。

もしかしたら、正式輸入以外に、近年平行で中古を引いただろうか?

でも、このルックスの多くは、オージーか、ヤンキーのスピリットに近いと思う。



ところで、最初に書いた提議に戻ろう。

かつては、日本車は世界中で、その国にある自動車メーカーを追い詰める
鬼っ子であった。
70−80年代は「憎しみ」の対象として燃やされたり、そんな存在だった時代も
あった。

私のように1950年代ラストに生まれた者には、70−80年代の日本車は
海外で「キラー」として嫌われたことを知っているので、あまり自慢する
ものでもなく、壊れなくて、個性と味では欧州車に劣る存在で、引け目は
ないが、押し付けるものでもないと、弁える。



ところが、海外で積極的に、21世紀になり「日本車ファン」が増えた理由は
なんだろうか。

私は、適度な距離感と、外国人の異文化に対する理解と慣れが進んで、
「あの頃の日本車」に対する憧れや、反対に忌避感が薄れたこと。

「隠れ日本車ファン」が堂々と表に出て来れるようになったのでは?と推測する。

非常にチープだが、細かい所に気を遣ったデザインや造形は、今見ると
パクリも愛嬌でオモシロい。

排外主義が台頭する時は、その裏で、逆も活発に意識が高まる。
今の日本は世界中で脅威の存在だった頃の印象は、影を潜めた。



その当たりの時代の流れの中で、日本車は本当に残っていない。
日本国内はリサイクル法とかで、大らかに旧いクルマに乗っていることが厳しい。
グリーン税の加税も、旧車乗りの気分を多いに冷やした。

しかし返って希少価値が高まると、やっぱり日本車が、今面白い!に
なったのではないだろうか。

一過性に過ぎない可能性はあるが、私はFacebookを見ていると、
旧い日本車の好きな外国人に出くわす回数が、最近すごく増えた。




悩ましいのは、英国車のような、古いものを大事にするスピリットが育っておらず、
パーツが残っていないこと、遅きに失した感は、これまで持っていた。

ところが最近は、3Dプリンターの応用など、とりわけ高度で精密でない
部品はなんとかなる時代に突入した。

フェラーリやシトロエンでない日本車で、気を遣うのはロータリーエンジンと
ホンダの一部のメカニズムくらいであろう。


日本国内からは「叩き上げ」の職人が減る一方で、海外で見直される
あの頃の日本車たちには、私はいいんじゃないかと思っている。

整備技術も、昔より今の方が、ずっと診断レベルが高い。

私は早くから、外国車に飛び付いて30余年になる。
最近はその感情も一巡した。
国産車が見直されて、忘れられていたような形式や型番が陽が当る。

この中にも、三菱のコルディアなど、日本では全く人気の残らなかった
形式もあるが、もう少し、このブームを見つめていたい。


Posted at 2018/12/21 16:08:14 | トラックバック(0) | 趣味とホビー | クルマ
2018年12月15日 イイね!

昔のオーディオで遊びたい

昔のオーディオで遊びたい






Facebookは偶然の知識や情報がよく入って来る。
日本の社会では、なんか住みにくいといつも感じる私だが、
海外の生活を見ていると、全然気にしなくて良い。

今日はハンガリーのレトロもの好きな人たちの集まりを見ている。

私はオーディオが若い頃、とても好きで、自分で下宿屋の奥に捨ててあった
ステレオ装置を改造して、聴けるようにしたり、金が無いなりに
部品を日本橋や、京都の新京極南で調達して、整備して遊んでいた。

きょうは35年くらい昔を思い出して、考えて書いてみたい。


日本人の、今の私。50代後半くらいの人たちで集まると、
オーディオは『自慢』ばなしになりやすい。

「マークレヴィンソンのなんちゃら」、「JBLの何番を持っている」。。。

そんな話は、嫌いではないが、その段階で貧乏エンスーの私は、
大勢の話に、付いて行くことに、気後れが始まる。

私は貧乏だから、自動車趣味の歴史は長いが、同じような気分をいつも
味わう度に、メインストリームから、常に逃げて隠れていた。


貧乏だから、ホビーや趣味をやっちゃあ、いけないという法はないが、
今の日本。極端な新自由主義やら、自己責任で、ビンボー人は
麦飯でも喰って、焼酎でも飲んで、寝とけみたいな空気が強い。

あれが「嫌」なんである。

ビンボー人が全部無教養で肉体労働ばかりしている訳ではない。



古いオーディオ装置を私も30年以上愛用している。

若い頃は、整備状態が良くて、良い音を出していた。

これを新製品にリプレース(置き換え)するのには、今は適当な製品が薄い。

それに出す何万という金も惜しい。

90年代〜2000年代初めは、日本の家電会社も殆ど残っていて、
海外に工場を転出させて、オーディオは一気に安くなった。

しかしその頃の製品は、故障すると、修理に出しても、直って来ないものが多く、
失望させられることが、多々あった。





今はその頃の頭に来た時代も終わり、家電メーカーは国内は終わったような
時代である。
残っているのはソニーとパナソニックくらいだろう。

それと日本では、高齢化社会の進み方で、その裏面の部分から、
断捨離だとか、ゴミ屋敷といった話題が、よく眼に飛び込んで来る。

昔は新聞とテレビの毎日だった。1970年代から80年代は、それで世間は
回っていたし、ネットが無い時代は、世間から取り残された人の例もあったが、
おせっかいな、ことはあまり言われずに、ほっとかれたことで、
静かに気楽な生き方も出来たのである。


今の私たちは、パソコンというビジネスの土台に立たされて、さらに
携帯電話が、次々と世代が代わり、スマホのようなものに、生活を脅かされて
追い立てられてはいないだろうか。4Gだ、5Gだと爺爺うるさい。

なんてことばかり書き始めると、ボヤキ漫才だが、
ちょっと話を元に戻して、オーディオはソフトとハードの融合した趣味である。

ハード面の進歩や進化は、80年代に、レコードがCDに変わった時の変化が
大きかった。

その後の変化はあれど、テープがMDに置き換われなかったように、中途ハンパ
な社会変化で、
まあ、昔の装置で聴いていようと、「いけません」を言って来る人はいない。

この点は、クルマの旧いの以上に気が楽である。


今後の、老楽(おいらく)時代を過ごして生きる趣味には、昔のオーディオを
できれば自力で復活し、再生して遊んでみたいと、近年再び思うようになった。




ここまでは、導入部で、提言や、呼びかけみたいなものなのだが、
実際にどうやって、趣味やアソビは、回していくかである。

こういう時にいきなり、偉そうなことをいう人がいる。あれは、いけない。

日本の怪しい偽インテリ層の腐ったところが、とても人たちの志を傷つけるし
大して判っていない人が、さも判ったように言うのは、一番害毒が大きい。

私も気をつけるべしだと、肝に銘じる。

しかし、ポンコツ再生で、自動車ホビーが花開かなかった背景は、
リサイクル法とか、社会背景の誤認、ミスが大きいが、お役人的あたまの
人には、夢やアソビの気分が薄くて、あれはいけない、これもいけない、
それが人々の、「やってみたい」願望を、随分冷やしてしまっていないか。



私は今の日本の空気は「水清くして、魚棲まず」だと思う。
若い人や子どもが、手作りの遊びをしなくなり、久しい。
実際に手が汚れたり、手を怪我するような、作業を全くしなくなったが、
半田コテで、火傷はすることもあるが、手を失うようなことは無いだろう。





オーディオ装置なら、蓋をあけて、中の構造を見る。調べる。理解して考える。
そういった子どもの頃からの癖は、今でも直らないが、パソコンをばらすことは
近年減った。

こういった日本時間の流れは、日本人の想像力や、発想の変化に繋がり
近年の国力の衰えから、社会空気の情勢のなかで、根強い「諦め感」に
繋がっているように思われる。



お金の無い人が、手作りでアソビをどの程度まで、構築、再構築できるかで、
今後の社会が明るく変わるまで影響があるであろう。


だから私は、ぼちぼちと、次の指針を始めたい。
あちこちの家で眠っている古いオーディオ装置を、整備したり、
音楽遊びを楽器演奏のレベルに、フィードバックして「三位一体」の音楽
を聴く、演奏する、ソフト以外のものを集めたり、直したり。

そこまでいくと周辺社会の裾野が広がって、趣味は社会の基盤に近くなる。

自動車分野が失敗したテツは踏まないで済むことであろう。




孤立無援でも、趣味は内面の世界だから、コツコツと続けてやっていければ、
もしかしたら、花が咲く日もあるのである。


Posted at 2018/12/15 08:51:38 | トラックバック(1) | 趣味とホビー | 趣味
2018年12月11日 イイね!

車の未来

車の未来数日前に京都の高雄に行った。
もう、車を降りる覚悟はいつでも出来ていて
今年の走り納めか、最後の高雄に
別れるつもりで行ったように思われる。




ところで今日はこんな記事を見つけた。

自動車ディーラーの未来に暗雲?車のないショールーム
LAオートショー2018

土方細秩子 (ジャーナリスト)

Wedge infinityより転載

今年のロサンゼルスオートショーである意味最も注目を集めたメーカーのブースは、ボルボではないだろうか。オートショーと言えば各メーカーが持ちうるラインナップや新型モデルを並べ、訪れる人にアピール、さらには商談まで行われる場だ。

しかし今年、記者が集まるプレスデーのボルボのブースには一台の車も存在しなかった。もちろん一般公開される日からは数台の車が並べられ、特に2020年発売予定のV60クロスカントリーは目玉の一つでもあった。ただし記者会見の中でこうした新型車についての説明はなく、実車も存在しなかった。

以下はリンク先で読んで下さい。


これを読んで行くと、私も思っている
ディーラーと、ショールームと、セールスマンの営業の
自動車の売り方の時代は、とっくに終わっていて、
今後の自動車メーカーは、コモディティ企業を目差すから、
AmazonやGoogleと、どう立ち合って行くか。(真剣勝負のこと)

負けたら呑み込まれるだけではないか、と私は思っている。

私は趣味的な分野の範囲の人間だから、モータージャーナリストではない。
自動車雑誌の記者では、こういう書き方はしない。
車が好きだから、思い入れ(先入観)が、先立つであろう。

ウエッジは、新幹線のグリーン車に積んである媒体で、JR東海が親企業と思う。
しごく新自由主義的な本だから、左派系の人が嫌う理由も判る。

しかし雑誌不況の時代に、黒字の親がいるので、保守反動系のネトウヨ本と
全く異なり、執筆記事のクオリティーは高い。私もたまに買うし、
ネットは読んでいる。御免と言ってグリーン車から抜いて帰ることもある。


自動車の未来は、買うことよりいかにユーザー契約を取って
カスタマー登録してもらい、裕福層には、最大限のおもてなしと、ごますりをする。
しかしこれは、契約社会だから、感情的なものは一切排する。

お金はがっちりいただく。こんなものだろう。
前にポルシェに務めて(裏方から)見ていて、将来の自動車ビジネスは、
そのような図式になると思った。
私たちが、頭の中で渦巻くヒストリー、レジェンドは、ビジネスという世界から
見たら、
“トッピング”のようなものである。過ぎない。

それでも「悪かったな」で生きたい人は、ボクの文章を読んだら良い。

ここまで開き直って生きているので、コワい者はないのだが、お金が無い。

今日はここまで。

Posted at 2018/12/11 12:32:09 | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ

プロフィール

「トヨタの夢 http://cvw.jp/b/176891/48620683/
何シテル?   08/26 05:18
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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趣味とかその対象はどうなっていくのか 
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タイ製L70ミラ・ピックアップのすべて 
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2015/02/22 10:52:34
春の1200kmツーリング・中国山地の尾根を抜けて 
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2014/05/11 05:49:46

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