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kotaroのブログ一覧

2018年11月08日 イイね!

カーオブザイヤー

このリンク先の記事を読むと
日本車の先細り感を感じます。
ノミネート10台中、国産車は6台しかない。

Posted at 2018/11/08 08:41:43 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2018年11月04日 イイね!

乗らない自動車に関して何が語れるだろうか

乗らない自動車に関して何が語れるだろうか









休日の朝に早く起きて、お気に入りの車でドライブ。
そんなことと気持ちから遠ざかり長い。
1990年代の最初の頃に、そういう感覚の記事をよく見たから
四半世紀前に確立した共感だったのだろう。

できれば、クラシックなクルマに火を入れて、暖房が効いて来ると
水温が温まり、人間と生き物のクルマが一体感になれる。そんな時代感覚
だったのではないか。



私は最近、夢が欲しい。
だってあまりに現実ばかりで、暮らしが味気なさ過ぎるから。

60前で夢想は簡単にできる。しかし現実で計算すると、あまりに夢がない。

夢というのは、叶うことを考えることである。



金曜日に、息子のところに仕事の後で行った。
息子は電車で1時間以上かかる場所に離れて住んでいる。

私の一家は、10年の間に離ればなれになり、ばらばらで暮らしている。

子どもたちはとりわけ、別れた母親の影響が強く、今でも
教義のように隠忍して、別々に暮らしている。

息子は唯一、心の一部を開いているので、鍵を貸してくれているので
マンションに入り、帰って来るまでの間に、私はハンバーグを手製でミンチから
捏ねてつくり、あとはカレーライスをつくってやった。

ふと思うのだが、私は家族と暮らしていたから、クルマに乗せることが
楽しかった。
老後も、その頃に想像していたが、現実は違った姿に、今はなりつつある。



久しぶりの「おやじメシ」は、何も言わなかったが、孤独な労働と生活を繰り返す
息子の心に、一つの灯りを点けたようであった。



私は、何とか一人で10年生きて来たが、今とても苦しい。

経済的な理由と、親族が居なくなったことが大きい。


母親が数年前に他界して、その直前に姉が57歳目前でいなくなった。

もう親の世代で存命なのは、90歳の叔母だが、今月から施設に入居した。

息子たちが学生時代から一人で暮らすようになり、最初は援助も出来た。

今の私の経済力ではとてもできない。


反対に小金を出してもらう立ち場になったのは、私の方である。


私は今、何も必要でない。
配偶者もないし、新たに求める意欲は、テンションが全く下がってしまい、
クルマも乗らないし、旅にも出ない。墓参りくらいである、この半年は。

こんな生き方だから、思い切って働こうと言う状況にないので、
収入も全く少なくなって行った。


生きることを辞めたいなと思う時もあるが、死んだら人に迷惑がかかるから
生き続けているだけである。



しかし世の中を見渡していると、我が家だけのことでもないように、感じる。

今の日本は90年代が終わって、ほぼ20年経った。

その時代は、仮に20代30代の人びとは今、中年後半に差し掛かり、
毎日が反対に苦痛に満ちた、楽しいことが減って行った時代の後で、
私と同じように「死ぬことは迷惑」だから、寿命が尽きるまで、
生き続けるだけの、暮らしに行軍しているのだと、ある日気が付いた。



ネットを見て、政治や、外国の悪口に賛同というか、共感レベルでもなく、
なんとなく憂さ晴らしを、一瞬思う程度。のめり込んだら「ネトウヨ」とか、
左翼、とレッテル貼りされるのも、どうでも良いが、関わりたくない。


政治運動なんてするのは、あのウトマしい、上の世代と一緒になるのは
間違ってもされたくない。といって今の政治は、全く庶民の感覚と逆向きで、
まだ10年前の民主党の時代は、高速道路は大サービス料金だったので、
遠い旅に行くのも、若くて可能だったなあ。

そんな一昔前を思い出すと、苦笑いの現実に、また心が寒くなる。


ふとクルマって、要るのであろうか。年金が何十万もあるお爺さんが
プリウスの新車を買って(買える経済力があるので)、一方通行を逆走
したり、アクセルとブレーキを踏み間違えて、大事故を起こす度に
罪作りな乗り物だと思う。


年金が20万以上ある高齢者は、働かなくても貰える。
反対に死ぬほど現役世代が働いて、月に手取り10万ちょっとなんて、
おかしいのじゃないだろうか。
寝たきりの老人でも年金が何十万も貰っていることを、次は公表しなくては。

透析しっぱなしでも健康保険料は負担が軽いとか。


夢の話のはずだったけれど、チョット過激になったかな(笑)。




でもボクが書いていることは、プロパガンダでもなく、
単なるエッセイと現実なんだ。

そんな時代に、(若者の)クルマ離れなんて言っている、トヨタを代表とする
大メーカーとか、マスコミの記者に、共感が行かなくなって、人心と乖離
してしまったことは、当然の帰結では、ないだろうか。


マスコミも今は楽で無いのだから、クルマを贅沢品から引き摺り下ろして
違う定義付けを仕事の最初にしておくべきであったが、
何を取り上げて書くという、動物的本能すら失って長い。またその後に
入社した新人が、中堅になっても、取材能力や、本来のマスコミの役割すら
感じなく、欠落している惨状にすら、気付いていない。



さあクルマに未来はあるのか。
僕は無いと思う。

クルマの趣味の未来は、これも限りなく遠い。

日本の社会の中で、趣味に時間とお金を一定に割くことが、本来は普通になり、
その中で文化の醸成と、物質でない方の豊かになっていくこと。

多くは心の中であるが、これが余りにも今は薄い。

大きな間違いは大学の改革や、教育の失敗だろうと思う。
文科省批判じゃなく、家庭内のことも含めて。

では、クルマはどうあるべきであり、まだ救いの道はあるだろうか。


思い切った規制の撤廃で、自分で作って乗っても良いとか、
あらゆる諸負担を全部無くしてしまうとか。

そんな恐ろしいことになれば、道路や路面交通は無法になるという小説の世界。

その代わり、各個人が自分で学んで、トラブルが無くなるような制度を
民間に任せるか、原点に戻るだけである。

そのくらいリセットすれば、「クルマに乗りたい!」
と思う心が、再び芽生えて来ないだろうか。



Posted at 2018/11/04 08:23:25 | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ
2018年10月27日 イイね!

もういいんじゃないかな

もういいんじゃないかな頑張ってここまで維持して来たけれど
もう無くてもいいのじゃないか。
今の自分には身を持て余していると言う
感じもしてきました。

好きなことは、できるときにやればよい。
できないものは、無理にしない方がよい。
最近の私は、何に苦しんでいるかと言うと、
維持し切れないものを抱えて、普段の生活が圧迫されて
どうにもならないことに、気が付きました。


そういう年にもなったということですし、
私は別にクルマで飯を食っている訳でもない。

無かったら大変かと言うとそうではないし、
その毎月毎年の維持費が、出せないことに気が付きました。

ということなのです。
Posted at 2018/10/27 09:31:30 | トラックバック(0) | 日記
2018年10月20日 イイね!

生きて行けるか この日本

生きて行けるか この日本









私は世間から引退したい年になったが、うまくいっていない。
近所の立ち飲みに行くと、88歳の男性が一人で飲みに来られていた。
老いについて、最近はよく考える。

その男性の域に達するには、あと30年近くかかるが、
同世代や年齢の近い友人らに話すと、誰もがそんなに長生きは出来ない
だろうと悲観的である。

景気と社会の安定は、生まれ育った年齢と、シンクロ出来たり
出来なかったりする。

最近と言っても、もう30年近くになるが、バブル体験のある・なしはよく
話題になる。

それと1997年から始まった金融恐慌と、その後の就職氷河期、及び
デフレ社会の荒波は、バブルの終わりから続く物語として、随分日本人の
原体験や、考え方を悲観的なものにしたと思う。



私たちはそれでも90年代には、まだクルマの夢があったと思っているし、
2000年代の頭には、アメリカのITバブルと、パソコンの革新期であり
21世紀は、明るく開けるものと思っていた。


アジアを見ると通貨危機が起きたのが、97年。それから一時期は韓国と
インドネシア経済は、後退し、韓国はIMFの管理下に置かれた。
タイも何度か経済の行ったり戻ったリがあったが、
25年間くらいに、全く成長がなかったのは日本だけで、その間に
超高齢化社会の扉が開いてしまった。





最近、といっても平成の終わりに、何が日本を苦しめたのかとか
何が間違っていたかの、議論と論考をよく目にする。

私は、ホリエモンを有罪にしたライブドア事件の、フジテレビとか、
あの辺りに日本の一気交替、世代交替が出来なかったことの罪は大きいと思う。

今世間は、1970年代生まれから80年代生まれが、社会の中心だ。
60年代生まれはもう古いし、小説家のような職業なら似合う。

私はさらに上の1950年代の最後の1年に生まれている。だからさっさと
世間から、2009年に引退した。


全く働かないと言うつもりはないのだが、社会負担は結構大きい。
自動車の維持も、無理かなあと思うことが多いのだが、さすがに
日本の自動車保有者の負担はデカ過ぎると、経団連に近いトヨタの会長が
軽減措置を言い始めたが、10年遅かったと思う。


近いうちにリッターカーの税金は、軽自動車の少し上になる可能性が
出て来た。これは朗報だが、もう私は維持することを、半分諦めかけている。




21世紀はおそらくどんな時代か。
日本にとりここまでは、非常に不利な時代だった。
それは70ー80年代にヨーロッパの縮小や、アメリカの自動車産業の
行き詰まりの中で、日本は「一人勝ち」した。
当時は中国や韓国は競合するライバルではなかったからである。


その反動が今の日本を苦しめているし、70年代のヨーロッパが
社会主義圏のソ連の衛星国との軍事的な緊張もあり、伸び伸びと経済活動
できなかったことに似ているし、しかも構成年齢の高齢化が日本には
加わっている。


政治、経済、サイエンスや科学の教育部門、いずれも日本は制度劣化した。


集中するガバナンスを、規制緩和でやめて以来、国力の衰えも大きい。
私は通産省と貿易省の一体みたいな司令塔が必ずあった方が良いと思う。

政治改革が一向に起きようとする気配がないのも深刻だ。
それは今の自民党に人材が払底しているのに、ゾンビのように政権を
抱え込んでいるし、改憲とか、沖縄の基地問題とか、私から見ると
瑣末なテーマに、ものすごいエネルギーを費やしている。

沖縄の知事が反安倍のデニー氏になろうと、大きな視点でアメリカと
沖縄の問題を複眼的に見ればよい。

日本がやるべきことは、金融も土地制度も、みんな一度リセットして、
新しい会社、いや組織で再スタートするべき状態だと思う。


1945年に敗戦後、通貨の切り下げもやったりして、農地も取り上げて開放した。

地方の空家とかは一度取り上げるべきである。
国が全体管理して、新たな都市や、交通網の建設をし直してもよいし
2011年の震災の後の青写真は、もっと壮大にすべきだったのではないか。




個別な土地や都道府県の事情を、150年前までに遡り、維新は間違いだった
という主張はよく見かける。

ならば、恨み節よりもっとラジカルな人民の移住とか、新たな土地に
何を建てて作って行くかの方が大事だ。

1964年のオリンピックと新幹線は、日本の成功体験なら、同じことは同じ場所で
やらずに、リニアも東京ー名古屋ー大阪に引かずに
新しい新首都の建設でつくるなら、私は良い計画だと思う。



今の日本には私みたいな主張や考えが出て来ずに、個別対応みたいな
発想ばかりで、毎日時間が無駄にしている。

ここまで日本は、ダメになり遅れをとったのだから、もういい加減目覚めても良い。

目が覚めないのはなぜかと言うと、どんなにキツいキツい言っても
翌朝になると同じ会社に行き、同じ机で仕事を始めるからだ。







私個人は、とても弱くて悲観的だ。
しかし20歳30歳下の人が、同じ気持ちになっては気の毒である。

日本の社会は、抱える問題が多く、大変だが、やらなくてもよいことに
エネルギーを使い過ぎている。
高齢者の福祉が最たるものだし、もっと乱暴に扱えば良いのにと思う。

私ももうすぐその一人になるのだけれど、介護用品の設置みたいな福祉は
要らない。低年金でも、病院に行けるならそれで充分だと思う。

細かいこととか、うちの家がどうのみたいなことは、ここでは超越する。

日本が竦んでしまっているのは、国民全部が高齢者目線になり過ぎで
「優しい国家」を勘違いしているのではないか。

もちろん、細かーいことは後から考えて行こう。
その前に、やっておくこと、決断が出来ていない。

消費税の10%も上げなくてもよいのではないか。
取り上げる税収は、五月蝿い議論はこの段階ではしないが、
他に方法があるような気がする。
今答えは出せないが。





ここまで一気に書いて来たが、私はそんなに長く走り続ける気は無いし、
バトンを受け取って走り出すランナーを待っている。

とにかく日本は「日本病」ときっと外国から後の世にいわれる疾患に
かかっている。

それから元気になるには、思い切った首都の移転とか、飽和になった
東京中心の、なぜ人が集まるか。
それは1円でも賃金の高い給料を貰いたいだけの大衆心理である。

それをせずに済むこと=取り組みは最前提でやるべきだろう。

オフィスワークの非効率性も、日本みたいな「よく考えたらおかしい」
通勤制度も失くすべきである。

とにかく、生産性が最低で、なぜ遅れているかも考えずに
キャッシュレスにすれば良いとか決済の方法論ばかり言っている。



これは、考えたら判るが「後からついて行く」問題を先に言ってどうするのか。


文明開化が起きたから、郵便制度になったり、鉄道に乗って旅するようになった。

それと同じことで、先に郵便は反対とか、鉄道は来ない方が良い
今の日本人は、すごくメンタルを大事にし過ぎて、空と大地を見上げたり
見渡したり出来ていないだけに思う。

今日はここまで書いてみた。

参考記事
Posted at 2018/10/20 03:43:10 | トラックバック(0) | つれづれ日記 | ニュース
2018年10月14日 イイね!

エレクトリック・ランデヴー

エレクトリック・ランデヴー











今日は久々にギターを使って遊んで来た。

隣の街で、私の関わる団体が、社会的実験をやり、「コト」を持ち寄って
物物交換をするという試みである。

厳密ではないので「モノ」を持って来た人も居たが、それを使って何が
他者にサービスできるか、というような試みである。

私はメッセージボードに「リクエストに応えて一曲演奏して、一緒に歌います」
というような遊びを堤供することにした。




ところで、アンプラグド、電気の要らないギターは屋外どこでも持って行ける。

この素晴らしさに、早くから気が付いていたが、私が人前でギターを
弾くのは滅多に無い。

そんな一日を終えて、家に帰り、今日一日を反省しながら、
こんな文章を読んで、いろいろ考えていた。






私は自由と言うことについて、いつも意識している。

何からの自由にしても、そこに至るまでの道のりがあり、最初から自由
という言葉があったとしても、それは思い付きに過ぎない。

今は個人的に金銭が足りなく、毎日苦労しているが、その考えに追われると
他の大事なことを考える余裕が無くなる。

自由とは、余裕を持つことなのでもある。だが少し違うと思う。



で、今年大変だったのは、電気のことが一番大きかった。
台風や大雨、地震の被害がこれだけ続いた年は他に記憶が無いのだが、
今夜は上記リンクの記事を読んで、ハッと思った。

私たちの暮らしは、今恐ろしい方向に傾斜しているのでは、ないかということ。

2枚目から30年くらい昔の写真を貼っているのは意味が有る。

今年は停電が、各地で多く発生して、困った人が多かったこと。
その後にいろんな議論が出た。

北海道の大規模停電は、今原発を停止しているから、これだけ大規模な
被害が出たと言う意見も多く出たし、ここでは議論しないが、原発推進、
容認派の人は、真っ先に理由にした。

だが、気が付くと、私たちの暮らしは、30年前に比べて、驚くほど
電気なしでは暮らしが成り立たなくなっていないか。




昔は、鉄道の幹線でも非電化は、地方に行くと残っていたし、電化推進は
90年代くらいまで、「悲願」の立て看を、地方に行くと線路脇に見かけたものである。

その頃は何の痛みも感じなかった電気なし物件が、いま、電気が止まると
たちまちパニックになるものが多い。

まず住居が最たるもので、タワーマンションはエレベーターも、水道の揚水ポンプが
動かないと、水も断水する。

スマホも、当座は使えるが充電は一日くらいで無くなり、数日以上の停電が
続くと大変不便なことになる。

家電を廃止している人も現在は多い。通話機器は、停電でも使えるひと昔前の
ものが、結構少なくなって来た。




カメラもそうであろう。フィルムと現像と言う時代は、すっかり過去になったが、
充電電池があるから、デジカメは駆動する。

しかしアナログの時代、家で現像できたら、イメージングの仕事は電気なしで
済むことも出来たのである。


パソコンで文章を書くのは、当時無かったから、電力使用前提であるが
書くことは、電気以前からの筆記用具で用を足すことが出来る。
私はまだ、紙の手帳と万年筆を併用している。

手帳を廃止した時期は短期間で、後から記録を検索するのにいちいち
パソコンを立ち上げたり、最大の誤算は消滅があるから、手帳を復活した。


最後の大物が自動車である。



次に電力不可欠になるのが、一部はもうなってる自動車だと思う。
ハイブリッド電源、もしくは完全電気自動車は、未来の象徴に見える。

しかしこの流れを、ある意味危険なことかもしれないと思う。
こんな思いを持ち始めたのは、つい最近のことではあるが、
PIHVになり、家でもコンセント充電を謳う時代に、「まてよ」と思うように
なったのは、
災害時に乗れるクルマが、一番クルマらしい「自動車」だと思う。

もちろんガソリン/軽油は要るが、これは貯蔵できるので、ある程度の
供給ルートがあれば戦争でも起こらない限り、何とか車は走れる。

電気万能の考えは、いつくらいから起こったのであろう。
そして今、代替エネルギーのことは、毎日言われているが、
風力発電とか、結局メソッドは電気式だ。

私は原子力発電について専門家でもない。

しかし安価に(かもしれない)電力を得る方法で、プルトニウムなどの
元素を反応させ、莫大なエネルギーを得る引き換えに、地上に出せない
物質を生むやり方は、半世紀経ち、転換構造に入ったと思う。


電気に関しては、明治以降に普及したインフラで今日、最も影響の強いもの
であろう。

そのエネルギーの作り方と使い方を、私は否定はしないが、
「何でもかんでも」一つの動力源だけを頼りにするのは、今回危険と思った。

台風地震がもたらした停電は、「電源消失」の恐ろしさそのものである。

原発自身が、自分で誘爆する危険回路だった訳だ。


ここは、自動車に関するブログなので、今後の行方は非常に気にかかる。

しかしアナログレコードの良さのように、化石燃料式の自動車は、
完全に無くならないと考えるべきなのではないだろうか。

ヨーロッパの一部の「進んだ国」の考えている全廃は、
電気の消失した事故の場合を想定していない、
ちょっと勘違いではないかと、
私は考えをまた、方向転換しかけている、最近である。




Posted at 2018/10/14 09:39:05 | トラックバック(0) | 思うこと | 日記

プロフィール

「トヨタの夢 http://cvw.jp/b/176891/48620683/
何シテル?   08/26 05:18
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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