2017年01月26日
先日、クライアント先でのこと。
雪で鉄道ダイヤが大幅に乱れることを見越し、早めに出たことで、なんとか会議時間に間に合うも、慣れない雪の上を不自然な姿勢で駆けてきたものですから、コートは雪まみれ、頭はボサボサ、靴はドロドロ、ビジュアル系フェイスは見る影もなくなり、ただのくたびれた小汚いおっさんに。
このまま、うら若き受付嬢の所に向かえば、「え、お約束?ああ、ここを出て、右に曲がったところの公園で炊き出しがされてますので、そちらの間違いではないでしょうか。」と、澄ました顔で、蔑まされること不可避。
それはそれでご褒美かもしれませんが、その時の私に、そんな精神的余裕はなく、しかも、ただでさえ若い女性社員で溢れるフロアでは、身だしなみや言葉遣い、はたまた視線などなど人一倍気を遣うのです。
すぐ脇の広い休憩室に入ると、そこでも出勤したてのOLさん達がスマホ片手に朝のひと時をくつろいでいる。
なるべく人目につかないよう、片隅でハアハアと上がった息を整え、コートの雪を払い、自動販売機でいそいそと温かいお茶を買って、受付へと急ごうとした時、
「Vさん、おはようございます。」
背後から響く上品な声。
「あ、おはよう。」
声の主に目線だけ向けると、いつも電話やデータのやり取りの窓口をしてくれる、最近中途採用で入ってきた、恐らく20代後半の秘書さん。
海外ブランドの控えめなスーツ、身に着けたアクセサリーも弁えてはいるが高価に違いなく、立ち居姿や物腰からは、育ちの良さがにじみ出ている彼女。
少し下がった目尻は、まるで苦労なんて言葉がこの世に存在しないかのよう。
「今日は、会議ですよね?」と、しっとりとしたお嬢様ボイスで優雅に話しかけてくる彼女にとって、急いでいる私の都合なんぞ、きっと地球の裏側で繰り返されているアマゾン川ミジンコの生殖活動と同じぐらい取るに足らないことなのでしょう。
「うん、もう入らなくちゃ、じゃあ。」
休憩室のドアへと足早に体を返す私に、
「そうそう、ありがとうございます。」
一向に構うことなく、マイペースな彼女。
『太宰治の斜陽に出てくるお嬢様ってリアルだとこんな感じなのかな』と、ふと頭をよぎるも既に会議開始時間数分前。
何がありがたいのか、後から聞けばいいやと、そのまま行こうとする私に、
「あの、ありがとうございます。」
さらに追撃していくる。
さすが、何不自由なくお育ちあそばれただけあって、穏やかな口調になかに、高貴さと不機嫌さがにじみ出ている。いや、この不遜さからすると、もはやお嬢様ではなく、もしかしたら、私のような下賤な民にあしらわれた王族の厳かなお怒りが籠っているのかもしれない。
振り返った先にある、にこやかな彼女のご竜顔に、思わず、
『イエス、ユア、マジェスティー!!』とブリタリア公国のしきたりに則り、膝を屈するところでしたが、そこは四民平等の世の中。
「なんでしょうか。」と、無礼のないよう背筋を伸ばし、足を揃えて止めた私に、
「あのね、自動販売機、Vさん当たってたの。でね、私、このお茶、もらっちゃった♪」
「あ、そうなの、どうぞどうぞ。」
目を細めながらテヘペロする彼女に肩の力が抜け、急いで受付へと向かい、『すいません、すいません。』を連呼しながら開始時間が過ぎた会議の席へ着いたのでした。
だが、会議が始まっても、そんな朝のやり取りが、何時まで経っても頭から離れず、もやもやと胸の中に漂っている。
お茶を奢るのはまあいいとして、休憩室の自動販売機は、4桁の数字が揃うと、もう1本おまけがついて来るタイプで、私自身、当たったためしがなく、また、当たったところを目撃したこともない。
そんな記念すべき初当たりを、数分、放置していただけで、彼女は自分の飲みたいお茶のボタンを押し、私に断りを入れてきた。
一見筋が通っているような気がする。
けれども、どこか得心できない。
会議は、体育会系脳筋役員と社外取締役が永遠にかみ合わない不毛な議論をしている。
時々、意見を求められたが、そんなことはどうでもいい。
今は、彼女とのやり取りについて、考えなくては。
まず、自動販売機を当てたのは私。とすると当然、当たりの権利は私のもの。でも、それを確認せず、放棄していた。それを彼女が見つけて、好きなものを選び、お礼を言いに来た。
うん、合ってるんだよな、、多分、、、うん、、ん??いや、違う、違うぞ!!
普通だと、ここは「Vさん、自動販売機当たってますよ。」か「すいません、これ押しちゃいましたけど、どうぞ。」じゃないのか!?
そう気づいたのと同時に、会議は紛糾したまま収拾がつかなくなり、ものの30分で散会。
その足で彼女のデスクに向かい、
「本当に自販機当たってたの?」とまずは事実確認。
「はい、当たってました。私も初めて見ました♪」
「僕も初めてだったんだよ。」
「そうなんですか、おめでとうございます。」と私からせしめたペットボトルをしれっと口に運んでいる。
ああ、これは全然悪気とかないんだなと分かり、立ち去ろうとすると、
「で、会議終わったんですね。あ、Vさん、もしかして、気にしてます?」
私に向けられた彼女の目は、『全部お見通しですよ、意外に、いえ、見た目通りにチンケなメタル野郎だったんですよね。』と語っている。
ええ、そうですよ、私は自販機の当たりごときでうじうじしているケツの穴の小さいやつですよ。でも、礼節について言わせてもらうならば、あれは無いんじゃないの、と口から出かかるのをグッとこらえ、
「そんなことないよ、次当たったら僕に奢って。」と返すと、
「え~私、くじ運良くないですから。あ、もし良かったら、これ開けたばっかりですし、どうぞ。」
と先ほどまで口にしていたペットボトルを、屈託なく私に差し出してくるのでした。
やんごとなき貴婦人から下賜された、この危険すぎるトラップに、再び、
『イエス、ユア、マジェスティー』と下賤の血が反応しそうになりましたが、友人の変態犬さんであれば、「ワン♪」と鳴いてご褒美を受け取ったものの、私にそんな高尚な趣味もなく、「いいよ、いいよ。」と丁重にお断り。
そんな理不尽を味わって以来、このクライアントさんの自動販売機の当たりを最後まで確認することと、彼女がどこかからその様子を伺っているのではないかと、密かに戦慄しているこの頃です。
PS:タイトルでZネタかと思われた諸兄の皆様、大変失礼いたしました。
Posted at 2017/01/26 14:31:18 | |
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