2022年04月05日
満開の桜が一斉に舞い散り、その盛りを名残り惜しむ我々への、息を呑むようなフィナーレを飾ろうとしている今日この頃。
風に乗って空へと躍り上がる薄桃色の花びらからは、『来年、また会おう。』と再会を約す声が聞こえてくるように思えてしまいます。
さて、昨日、そんな桜並木が美しいクライアント先での業務を終え、夕方、帰宅しようと駐車場へ向かったところ、出くわしたのが、絶賛新入社員研修中の新人君(♂)
スマホ片手に、着慣れない真っ新なスーツ、ピカピカの革靴、そして本人は絶対に望んでいないであろうリクルートカットと、どこからどう見ても、新入社員以外の何物でもない出で立ち。
スマホに夢中でこちらに気が付いていなかったようで、「お疲れ様。」と私が声を掛けると、
「あ、お疲れっす、、、」と、目線はスマホのまま、こちらに少し顔を向けて気だるそうな会釈をしたのでした。
うん、これは、急遽、新入社員研修のカリキュラムに陸上自衛隊名物『3泊4日100km行進』(総重量30kgの荷物を背負い、実戦を想定しながらわずかな仮眠のみで行進する死の訓練とも言われる過酷な演習)を盛り込むよう明日伝えよう。
そう心に誓い、M3のロックを解除し、助手席に荷物を放り込んでいると、
「ちょ、、、こ、、これマジすか!?」
と背中に届く、キムタクを舌足らずにしたような声。
振り返ると、今しがた挨拶をした新人君が、すぐそこにいるではありませんか。
「マジって?なに、どうした?」
「この車、あれすよね、ビーエムすよね!?マジで激シブ!!」
「そうだけど、車好きなん?」
「あまり詳しくはないすけど、欲しいっす。」
「どんなん?」
「アルファードやハイエースとかですけど、高くて手が出ないです。いや、しかし、ヤバカッコいいですね、これ。」
と、さっきの素っ気ない態度とは打って変わって、グイグイ来る新人君。
M3の周りをゆっくり回りながら、うわーとか、すげーとか、しゃがみこんで、ホイールでけーとか、とにかく興味津々のよう。
「時間あるなら、ちょっと乗ってみる?」
と試しに誘ってみると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、
「いいんすか、本当にいいんすか?このスーツ、エンポリとかじゃなくて、AOK○のツーパンツのヤツですけど座って大丈夫ですか?」
「ないわ、そんな珍妙なドレスコード。」
「お邪魔し、、お、とと、、これ土禁じゃないですよね?」
「靴もそのままでいいよ。ほら、行くよ。」
「では、すいません、お願いします、、わわわ、カーボンだらけ、、、なんすか、メーターとか330㎞って。」
「出ると思う?」
「で、出るんすか?ドイツって、そんなスピードでアウトバーン走るんすか、ヤバすぎでしょ。」とM3を動かす前からテンション高く、最初の信号に行くまでに、振動パネェ、音がスゲーなど、テンションはうなぎ上り。
助手席ではしゃぐ新人君をよくよく見ると、ピアス跡のある耳、整った眉、ワックスで塗り固めた茶色がかったヘアスタイルに、褐色の肌も日サロでバイトしていた名残だそうで、学生気分が抜けきらない20代といったところ。
幹線道路の前方が開いたところで、少し踏んでみると、
「うおおおおお、こええええー、Gが、加速、、、Gが凄過ぎっす!!!」とナイスなリアクション。
車内での会話も、「ヤバイヤバイ。」を連発するボキャブラリーのヤバさはあるものの、一言一言が素直で、聞いているこっちもつい嬉しくなり、ちょっとだけのはずが、そんなに喜んでくれるならと、もう少し楽しんでもらうことに。
途中、コンビニがあったので、飲み物でも買おうと寄ると、
「ちょ、待っててください、俺が行ってきます!」と殊勝な新人君。
「いやいや、誘ったのこっちだし、年長者の役目だからダメだよ。」
「でも、、、」
「いいからいいから、はい、これ。」と千円札を手渡すと、
「あざす!マジダで行ってきます!!」
と何を買うのか聞かずにコンビニへとダッシュしていったので、私もM3を降り、結局一緒に買うことに。
コンビニの隅に停めたM3の横で、各々のドリンク片手に、しばしのブレイクタイム。
「にしても、Vさん、ヤクルト1000って、見かけによらずお腹弱いんすね。」
「お腹が強そうなルックスって、一体どう見えてたんだ、、、、ああ、うん、まあ、病気もしたし、ちょっと気を使ってるんだ。」と答えると、遠慮なく注文したフルオプションのフラペチーノから口を離し、
「そうなんすか、、サーセ、あ、、すんません、変な事言っちゃって。」と途端にしおらしくなり、
「もう寛解しているからいいんだけどね。でも、うらやましいよ、何でも食べられて。」
「俺からしたら、Vさんの方がうらやましいっすよ!自分で仕事して、家庭もあって、こんなスゲー車乗れて。マジで、シゴデキっすよね。」
「だからって体壊してたら元も子もないんだけど、、、あれ、もしかして、M3欲しくなったりしてる?」
「当り前じゃないですか!!ガチで欲しいっす、、てか下さい。」
「それは無理。でも現金なくてもすぐ買えるよ。ローンとか残価設定とかあるしさ。君の会社、めちゃくちゃ優良企業だからローンすぐ通るんじゃない。」
「ローンか、、おっかねえなぁ、、、Vさんもローンすか?」
「家以外のローンは組まない。」
「うはーなんすか、それ、、、言ってみてえ、、、」
「初任給も出ることだし、それ突っ込むのもありだよね。」
とM仲間に引き込もうとすると、新人くんの声のトーンが少し変わったのでした。
「初任給は、もう使い道決めてあるんです。」
「え、何?あ、もしかして彼女と旅行や、他に欲しいものがあるとか、それか時計とか?」
「彼女はいませんし、いい時計とかは、まだ自分がつけられるほど、なんて言うんだろう、カッコよくないって言うか、シゴデキ、、あ、認められる仕事ができるようになってからかなと。」
と、車内ではしゃぎまくっていたチャラ男丸出しの新人君とは違った真面目な一面に、
「そうなんだ。なら貯金がいいかな。」と月並みなレスをした自分を、次の新人くんの一言で、激しく後悔することになったのでした。
「いえ、あの、全部、両親に渡そうかと。」
その後、M3の車内で彼の生い立ちを聞くと、新卒と言っても今年27才。
中学の野球部で、担任かつ監督の横暴な指導からチームメイトをかばったことで目の敵にされ、内申点が全く取れず、かろうじて野球推薦で入学した高校でも野球部で1年生レギュラーになったことで理不尽な目に遭い、退部、そして退学。
出来のいい兄貴に両親の関心は移り、その内、やんちゃ仲間とつるんでは良くない遊びに明け暮れ、通信制の高校にただ通いながら、卒業するころには二十歳の声を聞くことに。
そして、初めて、このままではイカンと目が覚め、悪い縁を全部断ち切り、一念発起してバイトをしながら予備校に通い、両親には内緒で大学受験をして、自力で国立大学に入学した苦労人だと判明。
「俺なんかでも大学卒業出来て、ちゃんとした会社に入れて、捨てたもんじゃないなって。大学でいい先生もいて、俺を採用してくれたこの会社の社長もリクルーターもスゲェと思いますし、いつか恩返ししたいななんて。でも、初任給は、一番迷惑掛けた、両親に渡したいんです。」
なんでも、親御さんに大学に合格したと伝えた時、最初は信じてもらえず、合格通知を見た父親は、『なぜ親を頼らなかったんだ。。。』とつぶやいたままじっと動かず、母親から泣きながら謝られたとか。その後、両親との仲も戻り、入学式には一緒に参加したそうです。
と、先ほどまでの元チャラ男とは思えない、まっすぐな目をして朴訥に語ってくれたのでした、
コンビニを出てからも、
「これ壊れたりするんすか?」
「保険とか高そうすよね。」
「なんか、あれですね、この車、白くてイカつくて、ユニコーンガンダムって感じしませんか?でも、Vさんがバナージって、ないわwwww」
などなど止まらない質問に一つ一つ答えている内に、最寄りの地下鉄の駅近くに。
「てか、モチベめちゃくちゃ上がりましたよ。Vさん、俺の中では、ジョブス、ゲイツやザッカーバーグ、イーロンマスクと並んでますって笑
今日、乗せてもらって、こういう車もいいなって思いました。でも、いきなりビーエムはまだ早いような気がしますんで、俺なりに頑張ります!それでは、お気をつけて。ありがとうございました。」
と大げさに腰を折り、地下鉄の入り口でもう一回こちらを振り返って、ペコリと頭を下げる新人君の姿に、社会人になりたての頃、自信を失ってばかりで周りに助けられて何とかやり切れた自分が重なり、彼ならきっと大丈夫だと、桜が舞い落ちる地下鉄の階段へと消えていく後ろ姿を見送ったのでした。
Posted at 2022/04/05 15:33:51 | |
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F80M3 | 日記