
私が初めて愛車にしたのは『トヨタ パブリカトラック(KP39)』で、知ってのとおり?!FR=後輪駆動のピックアップトラックです。
今ではほとんど見かけなくなってしまいましたが、ずっと以前には『ニッサン サニートラック』とともに人気のあったピックアップトラックであり、私はその“チャーミングなスタイル”が大好きでした。
モトクロスをやっていたこともあり、それで競技用のオートバイを運ぶためにトラックに乗り始めることになったのですが、沖縄から来ていた友人(モトクロス全日本選手権に参戦する契約ライダー)がお洒落な『パブリカトラック』に乗っていた影響もあって、私もお洒落にカッコよく乗りたいということで『パブリカトラック』を選びました。
手に入れたのは超リーズナブルな中古車で、納車の際には真っ赤に全塗装してもらっていたのですが、それでもなんと20万円でしたから今考えると驚くほど安価でしたね。
この画像はインターネットで見つけたもので、ちょっと疲れている感じもしますが、こういうスタイルのピックアップトラックです。
私の“真っ赤な『パブリカトラック』”には、当時としてはとても太いと感じられた6J-13アルミホイール「スピードスターMk.1」+165/60-13タイヤ「ピレリ P6」を履かせていました。
これも沖縄から来た友人の影響ですが、運転席はTRD製バケットシートに替えていたこともあり、太いタイヤを履いた『パブリカトラック』は私には“スポーツカーそのもの”に見えていたんです。
走りに関しては残念ながら『サニートラック』の方が優れていましたが、非力なパワーながら軽い車体を活かして走らせれば結構速かったですし、その友人の駆っていた『パブリカトラック』の走りはスポーツカーそのものでしたね。
私も荷台からモトクロスバイクを降ろしてスポーツカーとして走り回ることがありましたが、あまりに“やんちゃな走り”ばかりしていたから、しばしば隣に乗せていた女の子(当時好きだった娘)に運転を変わる?!と聞いたら“怖いから嫌”と言われたこともありました。
その娘が乗っていたのはDOHCエンジンを搭載した『ニッサン エクサ』でしたから、私の『パブリカトラック』のエンジンはノーマルだったことを考えると、比べる必要がないほどアンダーパワーだったんですが・・・笑
モトクロスを辞めてから初めて買ったクルマが当時の大人気車種だった
『ホンダ シティ(初期型)』で、それまでは2台の中古の『パブリカトラック』を乗り継いでいて、初めて新車のクルマを買ったのが『ホンダ シティ』になるわけです。
このクルマには商用の“4ナンバー仕様”があり、2人乗りの『ホンダ シティプロT』と4人乗りの『ホンダ シティプロF』が設定されていて、私が選んだのは最も安価な“2人乗りの商用バン”になりますが、やはりスポーツカーは2人乗りに限ります。(私見でごめんなさい)

この画像
↑は『ホンダ シティプロ』の白色ボディですが、私のクルマでは“赤色ボディ”を選びました。
『ホンダ シティプロT』には当然のように後部座席はありませんから、車体が軽いのが最大のメリットです。
とはいえ人気グレードの『ホンダ シティR』とはエンジンおよびミッションの仕様が異なり、アンダーパワーかつギヤなどが異なっていました(5速→4速+最終減速比)から走りは期待できないと言われていました。
ちなみに『ホンダ シティR』は車重が690kg・最高出力67馬力/5500回転でしたが、『ホンダ シティプロT』では車重が640kgで最高出力61馬力/5000回転でしたから、軽量であることのメリットは小さくなかったと思います。

私の『ホンダ シティプロT』では『ホンダ シティR』のフロントガーニッシュ(赤色に塗装済み)を取り付けていて、さらに『ホンダ シティR』用の純正アルミホイールも取り付けていましたから、見た目だけは『ホンダ シティR』と見間違えられるレベルにあったかも知れません。
排気系も『ホンダ シティR』用のトラスト製スポーツマフラーを加工して取り付けていてスポーツカーらしい排気音に変わっていましたが、タイヤにこだわりはなくノーマルのままでした。
こちら
↓の画像は一番人気の『ホンダ シティR』になりますが、ホイールもこれと同じデザインのものを取り付けていたのですが、バンパーの赤いラインやボディサイドのモールは取り付けていませんでしたから、それで『ホンダ シティR』ではないとバレてしまうところでした。

私の『ホンダ シティプロT』では、最終的に赤色に塗装した『ホンダ シティターボ』用の左右非対称なフロントガーニッシュを取り付けてましたから、パッと見は決して悪くなかったと思っています。笑
私の『ホンダ シティプロT』のサスペンションはノーマルのままでしたが、当時の雑誌の記事には“FR車ならばダンパー交換は必要不可欠ですが、FF車ならばノーマルでも何とかなる?!”と書いてあったのを信じて、その状態で走りを楽しんでいましたが何とかなるものだと思えました。
私の走りの基本は“タックイン”を誘発させることで、クイックに向きを変えるFF車はとても面白いと思えていました。
走りを重ねるうちに、よりハードなタックインをするようになり、そのうちにリヤタイヤが大きく滑りすぎてしまうことから、リヤタイヤが流れ始めたらアクセルオンでクルマを前に引っ張っていくような走りをするようになりました。
その走りが楽しくて休みの日には【鈴鹿スカイライン】まで走りに行っていて、登りはともかく、下りのコーナーはすべてリヤタイヤを滑らせながら走っていたのですが、ボンネットに勤めていたバイク屋の大きなステッカーを貼っていたことも相まって、知らない人から“雑誌か何かの取材ですか?!”なんて聞かれたこともありましたね。笑
自分でもよく理解していないままリヤタイヤを滑らせて走っていた(モトクロスをやっていたおかげで感覚が良くなっていたと思います)わけですが、弟の友人で“ダートラの達人(当時「AE86クラス」で優勝!!)”から聞いた話では、私がやっていたのは“四輪ドリフト”だったようです。
要は荷重移動とグリップの応用技みたいなものだと考えていて、今ならばもっと上手に走らせることができると思っていますが、当時は感覚だけでそういうことをやっていたのには自分でも驚いてしまいます。汗
私の『ホンダ シティプロT』は、おおむねこんな感じでした。
たまたま私の乗っていた仕様と同じようなクルマの画像がありましたので紹介したいと思いますが、バンパーの赤いラインとともに、ボディサイドの黒いモールもありませんから、アクセントに欠けた地味な感じだったかも・・・

後姿はこんな感じです。
(この画像は、マイナーチェンジした『ホンダ シティプロ』シリーズの画像かも知れません)

この『ホンダ シティプロT』は“4ナンバー車両”ですから、カタログには“荷物を運ぶための優位性”をアピールする内容が書かれていました。
インスツルパネルやセンターコンソールなどは『ホンダ シティR』と大差はありませんでしたが、シートは『ホンダ シティプロT』では安っぽいビニールレザーだったと思います。
私のクルマにもカーステレオはちゃんと取り付けてあり、社外品のリーズナブルな製品ではありましたが、デートカーとしての役割も果たしてくれていました。
聞いていたのは“ユーミンの曲”がメインだったように思いますが、当時はやっていた“ディスコミュージック”なんていうのも聞きながら激走していました。

私のクルマはデートカーでもあり、お金もなかったこともあって、運転席シートはノーマルのまま乗っていました。
そのために走りを楽しむときには4点式のシートベルト「ウイランズ クラブマン4×4」で身体をシートにしっかりと固定させていたように思いますが、シートのヘッドレストが分離していたのは助かります。
だから『ホンダ ビート/HE゙AT CYCLON』でも同じことをしようとしているわけですが・・・。
もちろんエアコンはオプションであり、もともとエアコンは好ましく思っていなかったので取り付けていませんでしたから、夏の日中は暑さを満喫させられていました。
デートカーとして活躍するのは夏は夕方以降として涼しくなってからで、今よりも気温が低く感じられた当時は暑さは気にならないレベルになっていたように思いますが、隣に乗ってくれていた彼女も気にならないふりをしてくれていたかも知れませんね。
ちなみに朝から一緒に出かけるようなときには、彼女のエアコン付きのクルマ『ミツビシ ミラージュGSR』を借りていくこともありましたが、何の問題もなかったわけです。苦笑
それから、当時は“こんなプラモデル”もあったようですが私は知りませんでした。
このプラモデルの間違っていると思うところは、『ホンダ シティプロT』に『ホンダ モトコンポ』を積むという発想はなかったことですが、どうして販売していたのか不思議です。

それでも『ホンダ シティR』のアルミホイールを履いているのは私のクルマと同じで、当時の乗用車には商用の“4ナンバー仕様”があり、オプション設定のパーツを流用することもできましたから、こうしたスタイルも普通だったのかも知れません。
話しは変わりますが、実は『ホンダ シティプロT』を買ってから私は何度か後悔したことがありました。
それはFR車との違いで、モトクロスをやっていた私にとっては後輪駆動車こそがスポーツカーでしたから、ものすごく悔やんでいたことを思い出します。
それでも買ってしまったクルマですから、なんとか乗りこなさなければと車雑誌をいろいろ読んで勉強したところ、あっさりとFF車の特性などを知ることができて、そのおかげで“バラ色のカーライフ”を送ることができました。
街中を走るときにも常にタックインを利用して練習していたのを思い出しますが、だんだんとリヤタイヤのスライドが大きくなっていくのを不安を混じらせて感じながら、どのようにコントロールすれば良いのかを考えていたのが懐かしいです。
この『ホンダ シティプロT』での良い思い出?!の1つになっているのが、仕事の帰りに“気になっていた女の子(オートバイ屋で働いているときのことでお客さんの1人)”を隣に乗せて送っていくときに、名古屋市内にあった【走りを楽しめる峠道】を通って帰った時のことでした・・・
シートベルトの着用義務がなかったために、隣に乗っている彼女がシートベルトを締めてしなかったことに気付いたのは最初のコーナーに侵入した直後のことで、アクセルを踏み込むタイミングがほんのわずかに遅れてしまって、道幅が5~6mほどの一方通行/1車線の道路でスピンしてしまいました。
ちょうど180度回転してクルマは停まりましたが、ガードレールの向こうは崖になっている道路でした(頑丈なガードレールが取り付けてあったものの)から少しヒヤッとしたことと、彼女は何も怪我等をしていないことにホッとしたのを覚えています。
私はいつも普通に4点式シートベルトを締めていましたから問題なかったんですが、反省すべきところです。
『ホンダ シティプロT』のおかげでFF車でのスポーツドライビングを堪能・満喫できたわけですが、サーキットでは“しばしば横転するクルマ”とも聞いていましたから、必ずしもバランスの良いクルマとは言えなかったのかも知れません。
『ホンダ シティ』はトールボーイと呼ばれていた背の高いところも魅力の1つだったと思いますが、その後に出てきた『ホンダ CR-X』に初めて乗った時には本当に感動したもので、このクルマこそがスポーツカーだと思えました。

漫画【サーキットの狼】の影響もあって、その後に出会った『トヨタ MR2(AW10)』のせいで“スポーツカー=ミッドシップ”という呪縛に囚われていく私ですが、FF車の魅力や楽しさは自分なりにたくさん理解しているものの、やはり後輪駆動が好ましいと思っています。
もともとオートバイに乗っていたからだと思いますが、リヤタイヤが地面を蹴飛ばしていく感覚はとても気持ち良いものです♪