2012年11月16日
・先日読んだ「ボルドーVSブルゴーニュ」はとても面白い本だったが、歴史的な経緯に対する研究がずいぶん多く、また過去の著作に対するフランス文学的な皮肉っぽい否定が多くて、読むのがずいぶん疲れる本だった。例えば「現在ブルゴーニュで白ワインはシャルドネが一番多い。それは気候的にシャープなワインが出来て評価が高いからだ」という事を科学的に示せば済む事を、やれAOCがどーの、昔の領主がどうの、その時ボルドーはどうだっただのを、一々原典著作の名前を出して「○○は無批判にこう言っているが、これは××がおかした間違いをうーたらこーたら」と言う訳だ。私は日本人歴史家や著作家すら名前出されただけで何言っているかなど分からないので、ましてフランス人なんか分からない。とは言え、この本の主目的はボルドーとブルゴーニュは同じフランスの中でお互いをライバル視しつつ没交渉で、同じAOC法でも全然適用が違うんだけど、もっと科学的に自らの良さを確認して協力してフランスワインを盛り上げて行きましょうよ、という事である。そのために、通俗的な説明を一々否定して回っているのだろう。実際ワイン業界ほど通俗的な説明が幅を利かせている分野は無いと思われ、フランス中華主義もあいまって「ワインをしらねえ奴にはウソ八百を吹いて煙に巻くのがブルゴーニュ流」ってな表現もどこかで聞いた。それも100回言ってればいつのまにか真実味を帯びてくる物なのだ。
ただ、この本の指摘でいくつか注意すべき点がある。まずAOCによるテロワールの規定が昨今の科学的なアプローチで陳腐化しつつあるという点だ。規模がブルゴーニュの5倍も大きいボルドーのシャトーでは、比較的大量生産にシフトしていて、まあ割り切りも最新設備に積極的な事もあって、品質と値段のバランスは取れている。一方ブルゴーニュのドメーヌはもっと小規模で品質も不安定だけれど、供給量が少ない事で価格が割と高く、田舎の小金持ちっぽいと批判されている。ま、ともかく、ブルゴーニュの土地の価格は恐ろしく高いようだ(大体日本の畑の土地の価格と同じぐらいする)。すると、積極的な生産者はそこで規模拡大するより、フランスのもっと地価が安い場所で生産を始めて高品質な物を作ったりする。それはAOCのランク付けの外なのだが、評価が高かったり、ガレージワインと揶揄されつつもAOCそのものの信頼性に挑戦する結果になっているわけだ。同じフランスの中での新興産地との競争があると言った所かな。また歴史的にはブドウの栽培はもっと広範な範囲で行われていたので、現在ランクされてない場所が過去に名醸造地であったという事もあったりする。もちろん、前かいたように、AOC法が強固であろうとすればするほど、それを軸にフランスワインが発展するので、ある部分ではいいのだけれど、消費者と価格という点で見るとちょっと困るかも知れない。同じ問題が新世界のワインとの競争でも言える訳で、フランスのワインの高さが土地にある程度起因しており、その所有が栽培者とかけ離れているというのは問題だと思った。
・さて、アンリ・ジャイエである。この人も割と最近まで知らなかったのだが、某漫画でブルゴーニュの神様という事を知って、どんな事言っているか知りたいと思ったら、アンリジャイエ語録みたいな本があったので借りて来て読んでいるが、より面白い。身近な話なので分かりやすいし、ちょうどフランスが経験してきたブドウ栽培の近代史が日本の20年ぐらい前と重なっているようなので、まさに今、よんで面白い本だろうと思う。今でこそブルゴーニュワインは高級ワインとして定着している訳だが、そもそもフランスの中では「イギリス経由などで世界中に輸出されているボルドー」と「修道院や貴族など国内消費のブルゴーニュ」って違いあり、近代はややブルゴーニュの醸造技術が先んじていたので評価が高いが、元々そんな高値で動く物でもないので、ジャイエだって最初からそんな神様みたいな事をやれていた訳でもない。また近代化学農業の前の時代も経験しているので、その弊害についても詳しい。今、そこから脱却しようとして温故知新をしようと読んでみるのにも最適なのだ。
日本のブドウ栽培との違いは多数あるし、逆に似ている点もままあるのだが、一番違うと感じたのは中耕回数の多さだ。よくフランスの畑の写真を見ると、畝が作られてブドウが垣根栽培になっており雑草が無い事に驚く。一応除草剤の乱用が問題にはなったが、元からフランスで日本のように雑草天国という事はないようだと思ったら、彼らは土地をすごい耕している。秋に起こして株もとに寄せ土し、春にまた耕したり、8月ぐらいまで畝を崩したりしている。日本だとまずそういう事はしない。一つはまず冬場に寄せ土しないでもブドウが凍死する事は無い、と思う。寄せ土するなら蒔き藁をする方が一般的だし、発芽時期にスプリンクラーで霜対策をするなんて事もあんまり無い。これは一つには夏が短いヨーロッパではブドウの成熟期の積算温度が足りなくて発芽が早く熟成が遅い品種で糖度を稼いでいるからではないかと思う。ま、日本でも明治頃の寒い時期はメルローが凍死したりしているので、温暖化が進んだ今はちょっと違うかも。
耕すもう一つの理由は養分の補填だ。不思議な事、と言っていいだろうが、AOC法では施肥に厳しい制約があり、畜糞の使用が禁止されている所が多い。農業する上で施肥が出来ないって訳分からないんだけど、どうやらかつて領主がそう命令した、という事があったらしい。その原因は施肥すると土地の固有性が無くなるという問題があったらしいし、ブドウが施肥を必要としなかったという事もあるみたいだ。もちろん現代は化学肥料も普及しているので、それを使っている所が多い。ま、AOCでは施肥は出来ないけど、じゃあ何もやらなかったかと言うと、彼らは他の土地から表土を持ってくるという荒技をやっていた事が知られている。「ボルドー対ブルゴーニュ」の作者はそれを以て、テロワールの規定が過度に天与の地理的な条件とされていて人間の関与を認めてない事を批判している。つまり「ロマネコンティの畑だって毎年馬車数十台の土入れてたんだから、その土地のテロワールじゃない要素も入っているだろ」という事である。もちろん、だからロマネコンティの等級を下げろという話ではなくて、美味しいワインが出来ている土地の人為的な改良をもっと認めて評価しようという話なんだが。
で、アンリジャイエもその土の補填の話をしているのだが、ちょっと面白いのは、「そもそもその土がどこから来たのか?」って話。ワイン畑は傾斜地にあるし、いくら降雨量が少ないと言っても地表が裸地jに近ければ浸食が起きる。とくに養分の保持に関係する微細粒子や有機物が流亡しやすい。であるから、ガケの下や河川などその土地の元々の保有していた土を再び畑に運び上げるのが本来の土地の補填であって、全く関係ない肥沃土を入れるのがいいとは言ってない。一方日本でそんな事を言う人は希だ。確かに同じ土地の中で客土出来ればいいだろうから、それは否定もしないけど、そもそも土が肥料という考え方はないし、堆肥を使うのだって自由だ。
肥料の他にアンリジャイエの独特の哲学だと思ったのは品種の話。ブドウというのは実生で育てるのではなく、母木から穂木を取って挿し木なり接ぎ木して栽培する。その母木の性質をより良くしようと選抜する重要性が認識され、やがて同じ品種の中でも特定の選抜系を区別するようになった。つまりメルローと一口に言ってもいろんな系統がある訳。その中には品質が優秀とか、収量が多いとか、耐病性が高い、など特徴がある。一般にはその母木は一つの畑で統一する。そうしないと、希望する品質が出ないし、混ざっていると生育ステージも違って作業が繁雑になる。私の畑にも早生デラウェアと普通のデラがあるが、早生種はジベ処理適期が違うので困る。逆に全ての畑が早生なのがあれば、作業が全て早い畑から集中して作業が出来るので作業分散が出来る。あと個人的な見解だが、早生種は品質は劣る。デラに限れば、早生は最終的に完熟させても色が濃い紫にならずピンクっぽくなるし、糖度も酸も低くて、痩せ馬の先走りそのものと言った感じだ。でも作型が早いと価格は良いし、病気リスクが減るので、それを踏まえて栽培する事はいいと思う。
ところが、アンリジャイエはそういう特定の母木のみを栽培する事(クローンセレクション)を否定して、マサル法がいいと言っている。このマサル法というのは解説が載ってないので調べてみたら、どうもマスセレクション(集団選抜)という技法のようだ。ある程度の集団から母木を取る事で、遺伝子の多様性をある程度残せるというメリットがある。まあ、DRCのように評価が高い母集団がある所でマスセレクションが出来るならいいけど、普通はどうなんだろうね?とも思うし、知らない人が読むと「クローンセレクション」という単語になんだか遺伝子操作的な響きを感じる恐れもあるけれど(実際的外れな農業批判ってのは結構あるし、有機農業などが意図的にやってる事もある)、実際はマサル法も単一クローンもやってる事はそうは違わない。むしろ、マサル法はコントロールが出来てない方法という風にも見える。これがボルドーだったら「クローンナンバー○○を30%、××を70%でブレンドするとリスクヘッジと性能とのバランスが取れる」みたいにやるだろう。
ただ、マサル法のそもそもの考え方は、長期的な適応のプールなのかも知れない。ブドウ、とりわけブルゴーニュの赤の主流のピノノワールは遺伝子変化が多い品種として知られ、枝変わりという個体内の遺伝子変化からピノブランやピノグリという品種が出来ている。日本でも4倍体の枝変わりや、色素変化の選抜は同じように行われている。普通クローンセレクションは研究機関でやられるので、栽培園とは違う気象や土壌条件であるが、マスセレクションの場合大抵は自家培養なので、優秀系統の選抜は言ってみれば地方選手権、クローンは国際大会である。そうすると、その土地に一番あった系統、その土地にあった品種を選ぶという意味ではマスセレクションの方が合理的とも考えられる。クローンはF1,マスセレクションは在来固定種のような「方向」を向いているという訳だ(繰り返すが、両方とも選抜過程が違うだけで、遺伝子操作とかはない)。
・ちなみに、クローンセレクションをさらに複雑にしているのは台木問題だ。アンリジャイエもアメリカ(台木の事、フィロキセラ耐性があるアメリカ品種だから)をいかに管理するか書いているが、日本でも台木にアメリカ品種を使う。というか、アメリカ品種を栽培するにもさらに耐性がある台木を使っている。この選択に関しても相性があるので、実際は木の上はクローンでも、下が違うと性能が違うという事はよくある。リパリアとかルペストリスと言う原種や、改良系のテレキ各種などで着色や耐寒性が違う。当たり前だが、タイヤが違う車みたいなもんだから。前回某ワイナリーに行ったらワイナリーツアーの解説の人が「台木が違っても味は一緒」とか言っていたが、そういう事は無い。無いけど、じゃあ「台木で味も違います」って話をしたとして、ツアー参加者は「じゃあ台木が味を悪くしていて自根の方がいいじゃないか」とか思ったりするのも困るだろうなぁ、とも思う。
Posted at 2012/11/16 19:21:04 | |
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