2016年12月30日
・今日は昼から快晴だったので、レストランに牛ホホ肉の煮込みを食べに行った。スープからデザートまで付いたコースメニューで大満足、車じゃないのでワインも楽しめた。最初はフランを飲んで甘い香りに感動したのだが、ホホ肉のワイン煮込みだとソースに負けてしまうのでメルロ2011樽熟成まで頼んでしまった。はあ、幸せ。今更なんだけど味や皿の話からすると、前食べたのは前のシェフの時かも知れない。山辺は基本白が強くて赤は稀にしかフルボディーは作られない(近年だと2007,2009だったか)のではあるが、熟成させたメルロは塩尻のようにトマトのようなまろやかさはないけれど、これはこれでちゃんと赤の強さがあるのも発見だった。来年もワイン会やりたい、今度はちょっと高い奴で。
・巨峰も剪定はじめたが、枝が硬い。ピオーネより堅い気がする。ピオーネは太い分生組織が多いからか、割と生っぽく切れる。巨峰はツルも硬いし枝の柔軟性がない。一本伐採してかなり欠損してしまったので誘引しなおしているが、なかなか上手く棚下線に沿わせられない。そろそろ電動ハサミの出番かな。
爺さんの園については少しずつ自分の希望みたいなのが見えてきた。まず爺さんの園の半分は借りて改植かける。これなら負担も少ないし、切り替えも出来る。で、嫁さん名義の口座と生産者組合入会やってもらい、費用は爺さん負担。消毒は実費で継続。成園後は嫁さんに返してもいいし、残り半分の切り替えを途中で都合で入れてもいい。ダメなのは中途半端、特に爺さんは人がよくて日和見しやすい。
・最近光文社NF(ノンフィクション)の大戦物を沢山読んでいるが、なんで昔これにはまらなかったのか不思議だ。大戦機の文庫本とか持っているってのに。さて、先日来FW190とBf109の話に終始しているが、その軸でまた新しい逸話発見。FW190で勇名を馳せたヴァルター・ノヴォトニーだが、調べたらBf109も使っていた。やっぱり両刀使いというかエースは何でも乗れるし、この二機種の方向性に大差ない事が分かる。でもノヴォトニーがやけにフォッケウルフ使いというイメージがあるなぁと思ったら、彼は一時期クルトタンク博士の元に赴いてFW190の改良の実地テストやアドバイスを行っていたようなのだ。
FW190に液冷エンジン積んだのがあると先日ちらと書いたが、このノヴォトニーがテストしたFW190D9がそれで、D型はユモ213という液冷を機首を延長して無理やり積んでいる。が、バランスは悪くなかったらしく、書いたようにモーターカノンも搭載出来るというメリットも出ている。また、DB603を積んだC型も企画されている。そもそもFW190が空冷にしたのはBf109のDB601の生産性・信頼性がまだ低かったからであるのだが、段々そこらへんの信頼性が上がったのか、BMW801だとどうしても限界があったのかは不明。まあ、エンジニア的には本命は液冷だったのだろう。ここらへんを見ると液冷エンジンを採用したけど生産性が低くて空冷に戻した日本海軍の三式飛燕と5式の間の関係が、ドイツにおけるBf109とFW190の関係に似ている事が分かるし、さらに言えば最初から五式で付くっておいて液冷にすりゃ良かったのに、見込み発車でやってしまった日本の技術力と企画力の低さも分かる。って他に実用液冷ないからしょうないか。
さて、ノヴォトニーがクルトタンク側とでも言うべき存在だったのに対していささか皮肉な事だが、ノヴォトニーがエンジン不調で落とされる原因になったMe262は名称から分かるようにメッサーシュミット博士の設計による物だ。とは言え世界初のジェット戦闘機かつ最高速は圧倒的に優れていた事などからメッサーシュミット博士の設計がまずかったとは到底言えないし、ノヴォトニーの墜落の時のエピソードも偶然か必然かルフトバッフェの主張を裏付ける形だった。
それは「安いジェット燃料(灯油みたいなもん)で滅茶苦茶早いジェットエンジンが出来るんだったら、単発でヒットラーユーゲント(少年兵)のパイロットどんどん投入しようず!」という物で、空軍のナチの大将のゲーリングが主張、現場トップのガーランドは大反対で、いかにジェットが不安定か視察させてた最中にノヴォトニーというエースオブエースがエンジン不調から撃墜され死亡している。ついでにガーランドもゲーリングに罷免されてジェット隊で復活するが、それは特攻機にのせてりゃいずれ戦死げふんごふん、ってな感じだったらしい。
とまあきな臭い話には事書かない訳だが、私がメッサーシュミットに感じる不快感は読むにつれハッキリとしてきた。それはメッサーシュミット博士の政治性と楽観的理想主義、そして実力不足である。ガンダムの一年戦争をジオン側から見た「イグルー」というシリーズがあるのだが、その中にモビルスーツ ヅダというのがある。性能は優れているものの何故かジオニックのザクに主力機の地位を奪われたという物で、モデルになっているのはハインケルのHe112である。信頼性や生産性に問題があったとは言われるが、Bf109がじゃあ優れているのかという疑問と、そもそも損耗率や陳腐化が激しい中で使い捨てって感じもあったように思う。でも、一番いわれているのはメッサーシュミット博士がナチ党員だったからという話で、これはこの後もメッサー優遇で度々言われるようになる。そして、日本の堀越二朗と似ているのだが、メッサーシュミット博士だけが天才ともてはやされて絶対視されてると、後継機開発もそいつに任せておけ!って話になって、結局実力不足から後継機開発が遅れて戦力低下という事になるのも似ている。まあ堀越二朗の場合は零戦の改良につきっきりだったという話もあるし、当時の問題は機体設計よりエンジン信頼性だった気もするので、すべて設計者に帰す事は出来ないが。よく「零戦は軽量なため発展の余地が少なく最後は仕方なく使っていたが、元から重戦闘機だった欧米(というか具体的に当てはまるのはスピットとメッサー、フォッケぐらい、P51とかP47は新しいし)にしても、後継機開発に失敗したのでやむを得ずって側面がかなりある。ドイツだって後継機を開発していたのだが、メッサーシュミットの作品が失敗作で切り替えられず、プレッシャーもかかったと言われている。ひ弱なサラブレッドは設計者にも言える傾向だったのだ。
さらにもう一つ調べて居てわかった事がある。私はBf109をメッサーと読んでいるが、Me262もメッサーである。なんでメッサーシュミットが作ったのにBfなんかと言うと、これはバイエルン航空機製造という会社が作っていて、博士はその中の設計士の一人だったから。後にこの会社がメッサーシュミット社になったので経営は継続しているが、言ってみれば「三菱零戦が堀越零戦になった」ような感じ。で、本来はチームで設計するんだけれど、ウィキにも出ているように主任設計士はロベルト・ルッサーってオッサンで、メッサーシュミットじゃあない。ところがナチのメッサーシュミットがヒーロー扱いになってこのオッサンの事は忘れられてたっぽい。最近はBf109の成功はロベルトルッサーの功績が大きいという分析もある。Bf109の前身の民生モデルnBf108はメッサーシュミットの設計が大きいと言われるので、まあどっちもどっちかも知れないし、ルッサーはルッサーでこれまたひ弱なサラブレッド設計だったらしいけどね。という事で、これまたガンダム世界で言うなら、メッサーシュミットはミカムラ博士、ルーサーがカッシュ博士、ウルベがゲーリングみたいな感じですわ。え?わからない。つまり怒りのスーパーモードのみのシャイニングガンダムを作ったのがミカムラ博士、それをちょちょいと弄って完成品にさせ、しかもUガンダムとか作ってたけどやっぱり少し人間おかしいカッシュ博士、ミカムラ博士を取り立ててこき使ったけど、あんまり評価してなかったウルベみたいな関係。実際、ゲーリング側にいたメッサーシュミット博士に対するガーランドなど現場側の反感は察せられる部分があるのだが、一方でBf109を排斥しようずみたいな感じはないし、Me262は評価されてたりするから、ドイツ軍人は割と合理的割り切りが出来たのかも知れないし、ルーサー博士のBf109という認識があったのかも知れない。
・今日も薪ストーブで豚汁を大量に作った、もう年始3日まで大丈夫そうだ。しかし出汁の素材が見あたらない、どこ行った。軽くスクワットなどもはじめているが、腰は大丈夫そうで一安心。血行がいいと寒さも気にならない。明日も剪定か、畑の雑草焼きたいし、機械もいじりたい。
Posted at 2016/12/31 03:12:22 | |
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