2014年11月14日
・昼からワイナリーで昼食、盛りは小さいのに食べ応えがあって、車なのがくやしい。あとお客も結構入ってるのはいい事。あとは農家が使いやすい、もう少し気軽な席があればいいという話も。ワイナリー付属として見ればかなりフランクだと思うし安いけど、道の駅みたいな食堂でもいいという話ももっともだが、それを2種類持つ力がなければ私はこれでいいんじゃないかなぁとも思う。どうも食券食堂の貧しさは寂しい気がするし、グラスワインを飲めば結構ペイしていると思うんだよね、問題はランチのみ交通の便も悪い所でワインどうやって飲むんだって話だけで(それが大きい)
・油温計を配線してみた。電源はヒューズボックスからの分岐、毎度思うんだがエーモンはあの配線をどうして横に出す事を思いつかなかったのだろうか?ヒューズボックスなんて100%カバーしてあるんだから、あんな縦にだされりゃ邪魔だろうが!ま、エーモンクオリティーって所である。結線はサクサク進んで延長コードかましていて、何故かセンサーの配線のギボシがアースがメスでセンサーがオスになっているというトラップに引っかかった。ちゃんと見てなかったのが悪いし、恐らく電気の基礎的な部分でアースはこういう端子の使い方ってのがあるのだろうが、そもそもアースそんな引っ張る設計じゃないんじゃないか普通。まあ今回はついでなのでメーター側のアース共々同じ場所に落とした。気をつける点はセンサーはメーターは緑線で、赤は電源なので、センサーの赤線を結ばないように。てか、センサー緑色にしとけよと。
さて、普通に走ってみたのだが、外気温10度ちょいだと5分ぐらいで油温が安定してくるみたい。平地でエコ運転している時は75度あたりで熱平衡らしく、いつもだとオイルが焼ける臭いがする3分ぐらいの急登坂でも全然オイル焼けの徴候もなく油温も80度をちょっと超えたあたりで止まってるのでいい感じ・・・じゃなくて低すぎる。センサー位置の問題かクーラーコアは結構熱くなってる気がするけど、やっぱりこのコアは大きすぎたか。
という事でアルミの薄い板でコアを塞いでみたのだが、それでも低い。70度ちょっとかな。水温もメーター上では正常だが、ヒーター効かせると温度が低い気がする。コアを塞いでも放熱はあるし、オイル量も増えているので分散が進んでいるのだろうが、冬場だとオイルクーラーはほんと小さくて良さそう。オイルの温度が低いと「粘度が想定より高い」「燃焼で出る水蒸気などが蒸発しないのでオイルが湿る」「水温も引っ張ると燃焼温度も下がりすぎる」「本来の機械のクリアランスにならない」って問題が出てくる。一方で、この程度の投資でいつものエンジンオイルが焼ける怖い思いをしないですむのなら、これはこれで良かったかな?とも思う。そもそも油温計なかったわけだし、これはクーラーで冷やした温度なので本体内部だともう少し上がってしまっているわけだ。
あと、サーモも5年使ったので、そろそろ半開きとかあるかも知れない。LLCは途中で交換してるけど、サーモって割とすぐダメになってるからな。今は新品オイル入ってるから、今後潤滑性が落ちてからがクーラーの出番かも知れない。
・祖父の墓参りに行ってきた。軽く線香束をバーナーで焼いて点火して転がしてきた。桜もほとんど葉が散っていて、落ち葉に引火しないかちょっと心配だった。お寺が無い所のお墓だと束で線香焚くのが普通だと思うが、お寺の所だと煙なんかに気兼ねして大きいのは燃やしづらいよね。祖母も身障者になって墓も汚くなってはいたが、普通っちゃ普通。
・先日「おいしくなった」と書いたデラのワイン、話を聞いたら「2013は補酸した、2014は補酸なし、味がかわったのは作り方を変えた」んだそうだ。何がどう変わったのかは今度具体的に聞いてみたい所。聞いてどうなる物でもないが。
・農協について政府の規制改革会議の答申で「農業委員会」「農業法人」とともに改革案が示されたそうな。その内容について組合員に討議願いたいという事でペーパーが配られている。農協に関する改革案は3つで「信用事業の代理店化」「全農の株式会社化」「中央会制度の見直し」が示されている。細かく見ると5点らしく「信用事業(金融部門)を信用組合に移管して、単協は代理店になる」「準組合員の扱いを下げる」「理事会の過半数を認定農業者や非農家、青年農業者にする」「全農は株式会社にする」「中央会は新たな制度にする」となっている。程度の差はあるが、基本的には農家の組織力を削ぐ目的でやられているのが明白だが、じゃあ現在の制度がいいのかと言うとそうでもあに点も多々ある所。
まず、一番問題なさそーな準組合員の扱いから。今は農家でないが出資者である非農家(過去農家だった人も含む)にも農協に口出し出来るようになっており、利便性も同じくあるが、それを差別しろという物。そうすると準組合員は農協のメリットが減ってさらに組合員が減るという魂胆だが、逆に言えば非農家でも農協に関わってると農協法でメリットがあったのではないか?って言う訳。でも農協のメリットなんて農家でなければないわけで、準組合員に乗っ取られている訳でもなく、論外。終わり。正組合員としてはメリットもなきゃデメリットもない、どうでもいい会議だなおい。
信用事業の外部化はずっと難しい問題で、代理店化すると利益が一本化されて信用事業で穴埋めしている営農事業が成り立たないというのが主張。金融事業も結構お世話になっているので、代理店化には抵抗も多い。ただ、別に農家はJA銀行を使わなければならないとは決められてないので、農家がどの金融機関を選ぶかは自由。つまり、その事で農家にメリットが生じるとは考えづらく、誰のための改革なんですかと俺は聞きたい。農協の預金が欲しいか、利用者の囲い込みが羨ましいんだろうけど(みずほ、お前の事だよ)、だったらJAの金融のように休日に指導に来て一緒に草刈りするんだな?しないんだったら、つぶれかけの零細企業から搾り取ってろ。あ、でも、農協の支所は今は多すぎるのは事実で、これは保有合理化やってる。でも、多い言うても、築50年のボロ屋とかだから、そんなメリットでるんかなぁ。
私に全然分からないのは単協の理事会で、非農家の農業関係者を入れるという条項。政府は農業法人を想定しているらしいが、現在は農業法人=農家の寄り集まり。すると、農家なのは認定農業者だけになるが、メリットないので大半の人が補助金頼みの認定は受けてないから地元にそういう人はおらん。すごい農業と工業のせめぎ合いがある地区とか農業の発言力がある地域は分からないが、うちらだと「またグローバリズムの押しつけだよ」って感じである。なんか流行だよね、世界基準の押しつけ、みんな貧乏にしたいみたいだ。田舎だと理事会なんて名誉職でメリットないで?
全農というのは、県単位である農協の上位組織の事で、単協の集まったのを指導する部署である。その上に中央会という全国組織がある。全農までは営利事業を行うが中央会は指導監督だけで営利活動は行わないけど上前をはねていくってので評判悪い。どこも同じだが、本社本庁中央会はのけぞって上ばっか見ている所。全農が株式会社されると独占禁止法が関わってくるのと、営利事業によりシフトするので、非営利部門の切り捨てが懸念されている。ただなぁ、全農がやってるとされるガススタ、Aコープ、LPガスとかは価格競争力がない、半分お役所仕事なので、そこらへんの合理化は必要かも知れない。
中央会はこういう単協の会議だとついでに守るべきって言わされるんだけど、本音の部分だと上で書いたように役立たず機関だからなくなっても困らないんじゃない?でも、ここを飲むとなし崩し的に改悪が進むかもね?って感じである。私はここに関しては潰れるべきだと思っている。理由は至極簡単で、中央会は行ってみれば農政運動の旗振り役であり今回のTPPにしろ自由貿易にしろ農地法にしろ全部自ら意見を述べ政策を糾弾し、政治の中に発言力を持つ努力をすべきだった。もっとハッキリ言うなら明治大正以降の農家の自主組織という流れがある中で、体制と自民党と政府にたてつく存在であるべきだった。しかし農家を思想誘導して自民党に追随するようにしてきたのは彼らであり、それが保身だと思ってやってきた。今、国がまた国体主義に染まろうとしている時にその毛と肉を差し出すのは当然のことだ、自分達の行いのツケ払え。
じゃあ農協が弱体化して農業が衰退してどうするのか?分からないんだよねぇ、政府の中の人が何考えているのか。よくアメリカによる過剰生産物の押しつけリスクとか言われるけど、農産物関税さげて本当に自由貿易主義やると別にアメリカより競争力がある農産物は沢山ある。TPPはアメリカが大きいけど、牛肉ならすでにオーストラリアが、鶏肉ならブラジルが、って感じで、外圧による農家イジメってのは分かりやすいようで分かりづらい。自主独立農民が・・・って言うのは多分農家の中に入ってみると分かるが、専業農家でも8割はそんな気概ないです。もう、かつてのように政策フリーハンドを与える権限が農協にはないし、代替機関を国が設立するなんて結局同じ事になるし、その能力が国にそもそもない。競争で活力を与える(早い話が農業もブラック企業化しろ)って言っても、農業こそブラックの走りだからなぁ。
もう一つ農協の合理化が進むとこうなるけど、どうなんかなぁというのは地域の雇用の問題。農業には季節性があるのでフレキシブルな雇用があるし、世襲な所があるから農家が農協で働いている事例も多い。彼らの能力に関してはかなりの幅があって、企業的なふるいにかけると落ちてしまう人も沢山出てくるだろう(てかそうやって人を減らすのが合理化だと思ってるから)。しかし、そうやって地域の雇用が減ればそれだけ地域の活力もなくなり、生活保護世帯が増えるだけだ。かつては「こんなん雇ってだから農協は」って思ってたけど、今はそうは思わない。不祥事に関してはそう甘い事も言ってられないけど、あれの責任取るとしたら監督責任がある中央会がまずなんかしたのかとね。同じ人数がより優秀な企業からの引き抜きで埋められて、余剰能力が地域の再生のために使われるなら、まあしゃあない。
Posted at 2014/11/14 20:38:39 | |
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2014年11月13日
・部屋が明るい。朝起きてみると、部屋が妙に明るい。ちょうど雪が降った朝みたいで、屋根の照り返しが部屋に入ってきてまぶしいのだ。朝の目覚めにはいいけど、夏場は窓の前のスダレの固定をもっとがっしりやらないといかんな。今年も台風のたびにスダレは外れちゃってたし。
・軽トラのオイル交換とオイルクーラー取り付け、一応こうしようと思っていたプランがあったのだけれど、脱線して別の方法で取り付けてしまった。まあ、ついてりゃいいんだけどさ。オイルは量は正常で消費は止まっているっぽい。色はやや茶色で、焦げ気味な部分もあり、やはり温度が高すぎるんだろうな。オイルクーラー付けてオイル入れてプラグコード抜いてクランキングするも、いつまでたってもオイルプレッシャーランプが付きっぱなし。おかしいなぁと思ってエレメントを外したらちゃんとオイルは来ている。再び動かしたらやっと油圧が上がった。そんだけオイルラインの容量が増えていて、基本2.5リットルぐらいな所、4リッターちょっと入った。
オイルラインについては諸説あって、今回はオーソドックスな上入れ上出しが出来ず、横置きになってしまった。この横置きも諸説あって、上入れ下出しがいい、いや、下入れ上出しがいい、様々である。ただ、私の場合オイルラインの取り回しの関係でへんな角度に置いたのでホースが一番高い場所に来た。なので、オイル落ちとかは心配しないでいい。実際これまではオイルランプってエンジン始動してワンテンポあって消えていたのが、今はすぐに消える・・・というか常に油圧掛かってるのかつかない事すらある。
油温センサーも配置して配線するだけになっているのだが、油温そのものはまだ分からない。しかし、そこらへん走っただけでもオイルクーラーは触るのが厳しいほど、多分80度ぐらいまで上がっている。まあ80度で安定するならいいけど、なんか安心出来ない感じだ。場合によっては冬場でもシュラウド作らないといけないかもな。
それよりなにより、今回はこの工作のためオイル交換を引っ張ったので、オイルの物理的な劣化は進んでいたらしく、交換後はものすごくフィールが良くなった。いかにも新油を入れましたって感じで気持ちいい。オイル交換自体は軽トラだと5分もありゃ終わるので(エレメント交換しても1分かかるかどうか)、交換そのものが手間って訳ではないが。
・皆さんは稲生物怪録というのをご存じだろうか?江戸中期の広島で肝試しをした16歳の武家の所に様々な化け物が出てきたのを記録した本、という触れ込みである。私は子供の頃に子供向けに書かれた本の上巻だけ読んで「どうなるんだろう」とワクワクしていたのだが、結局下巻は図書館には入らず(あるいは出版が間に合わず)記憶の片隅にしまい込んでいた。その名前が稲生物語ではなく稲生物怪録だと知ったのも割と最近だったのだが、原書は当然古文に近いので読めないし、誰か翻訳ないかと思ったら、とてもありがたい注釈本があったので読んでいる。
まず、なぜ翻訳が簡単でないかと言うと、広く流布した本は柏という人物の絵本らしく、おどろおどろしい妖怪が絵で描かれている。なので文章だけだと描写のどこが本筋なのか分かりづらいって事が一つ。また、この本の面白い所は登場人物が実在の三次の人達で、主人公の稲生武太夫もまた存在しており、彼自身による手記も残っている。それらと読み合わせを行うのはかなり大変なのだろう。その分、メチャクチャ本が厚くなってしまっているが、毎晩一体の妖怪が出たと思えば読み続けられそうではある。
その中でいきなり「そういえば」とびっくりした指摘は物語の巨人や鬼の一部は金属民であるという事。たたらによる金属の精錬技術は渡来人によってもたらされたが、同時に彼らは資源を求めて山野や河川上流部を移住する山の民でもあった。タタラを信奉する異教徒であり、職業上の風貌の変化もあったと言われている。つまり、炎を見続ける為に片目が潰れ、熱い熱で焙られて赤く焼け、タタラを踏み続けるため足を悪くするというのである。これらが「片足片目の赤鬼」のベースになったと言うし、もっと前は彼らは神であったと。金属精錬の神は神話においては上記の姿として描かれる事が多く、日本書紀ではアマツマラという鍛造の神様が出てくるが、ギリシャでもゼウスの雷の武器を鍛えたのは片足のヘーパイストスという神様と、その手下の片目の巨人、キュープクロス(サイクロプス)達だと言う。ま、ギリシャ神話と日本神話はおっそろしいほど似ているよね。で、かつては金属民はそれらの神の系譜に連なる神性を帯びていたのだけれど、その技術が広く出回り製品が普通に見られるようになると、その神性がはぎ取られて俗、というより畏怖の面のみが残されるようになったのではないか?という指摘である。これを本に出てくるイッポンダタラという妖怪から連想する筆者もすごいが・・・
また、この金属民・山の民・平地民の三つどもえの確執を書いた「もののけ姫」はアニメとしての娯楽性、メッセージ性はともかく、歴史フィクションやメタファーとしては大変優れ居ていた事も分かる。たたら場が平地に固定される事になり環境汚染が固定化し、原住民の山の民とも対立するし、平地の豪族や朝廷とも対立するあたりはなるほどなぁと思う。ちょっと平地民側の代表がジゴボウという山伏の姿の間者一人ってのがさみしくはあったが。
そう言えば先日聞いて「なるほどなぁ」と思ったのが大仏建立の話。大仏を立てたきっかけは「病気の広まりなど国土の荒廃を神仏の力でどうとかしようと思った天皇の発心」って事になっているが、実際は大仏を作るには大量の銅やメッキのための金の使用が必要であり、過剰な伐採による治水能力の低下や、精錬時に出る汚染物質による河川など環境破壊、そして金メッキを当時は水銀でやっていたので有機水銀中毒の発生という公害と、どう考えても順序が逆だと。大仏建てたがゆえに奈良周辺は災害に襲われたはずであり、。後世でその時系列を逆にしたのではないかと言う指摘があった。
Posted at 2014/11/14 17:13:44 | |
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2014年11月11日
・徳大寺さんが亡くなって、いろんな人のブログを読んで、追悼記念に「女性のための運転術」というのを読んでみた。うーむ、なるほど、最新の技術も認めつつ、一方でマニュアルを薦めるとか、なかなか出来る事じゃないよな。ま、それはさておき、氏の車の評価で以前から一つ気になっていた事を指摘したい。この人の運転、燃費悪すぎる。いやね、よく「軽自動車のカタログ燃費は素晴らしいが、実燃費は都内だと15km」とかその手の話題が沢山出てくる。私は都内に住んでないので、テストコース環境が分からない訳だが、間違いだらけの車選びでも小排気量で気に入らない車に対しては「回すと燃費がすごい悪い」って評価が良く下される。逆に元から燃費が良くない大型車に対しては甘い。環境性能が重要な時代に燃費が悪い車に乗り続けるのは社会悪で知性が低いと繰り返して言っておられる割りに、ご自身の運転の省燃費の努力が全く感じられない。
この人のドライブ風景はすごーい昔に和風キャノンボールをテレビ番組でやった所しか見てないのだが、運転が下手って事はないとは思う。ただ、ご自身の基準が2.5リットルセダンあたりにあって、全ての車をそれと同じ加速度で走らせて比較しているような気がする。かつてはみんなそうやって青信号ではアクセル踏み込んでエンジン唸らせて、赤信号では直前でブレーキ踏んでたけど、そういう乗り方をする限りエコカーもエゴカーも関係なく燃費は悪くなる。エコカーのマイルド制御は嫌いってのは分からないでもないが、もっと繊細にコントロールして乗る物に車は変わって来ているのを認めてなかったんじゃないかなぁ。証拠に「女性のための運転術」には「省エネ運転」の項目は一つもない。軽自動車は相変わらず60km以下の買い物車扱いだ(それでも、そういう目的は認めてるけど)。
・料理してて最近砂糖があんまり好きじゃなくて困っている。私の定番の味付けって砂糖と醤油とか砂糖+めんつゆとか、味噌+砂糖とか、砂糖は味付けの中心にあった。実際多くの料理本だと砂糖ってかなり使われているんだけど、あのワンパターンな味が辛くなった。鰤大根とかも、もう定番の味付けだけど、鍋一杯食べると飽きがくる。そんな訳で、今度の鯖の大根の煮付けは酢と出汁で出来るだけ砂糖無しの味を模索中。酢はうちのレパートリーでは少ないのだけれど、あれ入れると最近なんでも美味しく食べられる気がする。問題は今日は暖かいので薪ストーブさん運転する意味がない事だ。IHって改めてエネルギーすごい無駄にしていると思うし、かと言ってガスに戻る気もない。ガソリンも使ってみたが、コールマンのバーナーの気化器の問題か、使い勝手はお世辞にも良いとは言えなかった。あれだったらうちなら薪ストーブの方がマシだ(立ち上がりも火力もランニングコストも)、
・屋根二度目の塗り、かなり塗料の伸びがよくて楽だが、ハケを使うと効率が悪いので瓦棒の部分は別塗りにする事にして飛ばしている。塗料がのびる分希釈下げているので、ハケだとベタベタする。屋根も思っていたより塗膜が柔らかくて季節的な物もあるだろうけどちょっと不安もある。色は大分真っ白になって、表面の平滑さも出てきて空が写り込みまぶしい。地面から見ると「白い屋根」という物が普段の生活であまり見ない事や、反射が特殊で色見が見えづらい事もあり、「あれ何色なんだろう?」って不思議な感覚がある。あと、屋根からの照り返しで壁の白さが逆に目立った気がする。余った分でアオリと荷台を適当に塗ってみたが、足付けしてないと乗りが悪いのと、フックが邪魔でちゃんと塗れないのが気になった。やっぱ、スプレーの方がこういう時は楽。
・資金回収してみたら、割とあってびっくり。うーん、どっから湧いてきたんだ?って金があるんだが、振り込むぞ詐欺とかないよな。手元にあったのも入金してみたらちょっとした車がががが、買わないけど。ネット検索すると古民家は市内だと何件かヒットして、かなり羨ましい物件もある(温泉の横、とか)。でも農家って土地に縛られるので、あまり遠方だと通勤の意味がない。んで、グーグルアースさんで散策してみると、以前よりさらにストリートビューが拡充されていて、かなり参考になった。てか、あいてる畑多いなぁ。
・農協青年部の会議はなんだかなぁ・・・正直、多数が参加してる作業請負組織は私的な利益のためにやっているんじゃない事は理解しているが、そこに参加してないのに都合がそこ優先になると、じゃあ青年部じゃなくて作業請負の連中だけでやりゃいいじゃんって気がする。旅行も会議やった割に結局お任せになりそうで、値段知らないけど参加する奴は出欠取るとかになってるし。面倒だから、参加しない方向で調整すっかな、ずっと趣味が合わない人達と一緒にいるのも辛いし。
・工業系読書その3「直径2cmの激闘」工業系の町工場が技術アピールの場として喧嘩独楽の戦いをする話。着眼点は面白いし、各工場の強みが生かされていて、一見皆同じ感じになりそうなのにそうでない点、そして人の手で投げて戦うという不確定要素によるドラマなど、「本業大丈夫かよ」って思うほど本気で良かった。ただ、ロボコンとかが割と自由な発想で様々なアプローチがあるのに対して、独楽の場合は答えが最初から一つになっていて、やっぱり本業から強い系がオーソドックスな物で強いというのはちょっと残念かも。もちろん、そういう所は逆にプレッシャーが相当だったりするし、最強素材は重い銅タングステンと分かっているが、それは本番用素材なのでステンで形状検討をやったら、本番素材だと全然だめだったとかあって、結局軸がテフロンで耐久性がないから一発ミスると終わるとか、ギリギリを狙う難しさもある。他にも逆さ独楽に挑戦したが結局出来なくて、諦めて暴れ独楽を作るべく素材に穴あけたら逆さ独楽になったとか、意外性もある。横の繋がりや、普段は下請けで日の光が当たらない町工場が主役になっていて、単純なのに面白かったのだが、読んでいると辛い事実が浮き上がってくる。
町工場は技術力はあっても下請け、孫請けであり、量産品作ると海外に製造はもっていかれるので、生き残っている所は試作品製作かコスト度外視の「医療・防衛・航空宇宙」なんかに限られる。そこでも受注はどんどん減っているのが実情らしい。コマ作りにしても、要素解析や数式を使った課題解決の授業として新人教育に使ったとか人材募集の話題になったとか商品化したって所がある一方で、暇なんで端材で適当に作ったみたいな所もある。ある意味、技術の無駄使いであり、もしかしたら参加チームのいくつかは倒産しちゃっている所もあるかも知れない。そういう閉塞感、日本からモノ作りが失われている事への危機感を新たにした。まあ、量産品を言われるがまま作っているってのはモノ作りの中では比較的程度が低い部分であって、こういう企画力とか宣伝力とかが求められているんだろうけど、今の世界だと収益性の大半が製造じゃない所で出ているってのが「物人間」の私としては悔しく感じられる。
Posted at 2014/11/12 21:26:15 | |
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2014年11月11日
・屋根塗り塗り、楽しいなぁー(シンナーでラリって屋根の上で転がりながら)。全然楽しくねえよ、なんでこの塗料こんな塗りづらいんだよ。遮蔽力は低いし上手く広がるぐらい薄めるとたれるし、何故か気泡が沢山出てくるし、屋根にはゴミが多いし。一応一回目は塗り終わったので、明日は二度目だ。ローラー交換した方がいいのかなぁ。
・ブドウの代金の請求だったが、やっぱり手計算は信用ならんのでエクセルでやる。スプレッドシートの必要性なんか全くないんだけど、よく違う結果が出るよりはマシ。こんなん簡単な計算表作っちゃうと楽かもなとも思うが、手売りは税務申告に入れないから関係ないか。必要になったら財務のパソコンの方にでもいれとくか。
・知ってるワイン畑で半分ぐらいが収穫しないで腐ってた。今年は条件悪かったけど、あれやっちゃうと木が弱るからやめる気かもな。実際早期落葉してたからダメージ必須だし。10年たって色々な事もあるんだろうな。
Posted at 2014/11/11 21:09:18 | |
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2014年11月10日
・整理・整頓・清掃ですけどね。まずゴミを捨ててますが、なんでこんな使ってない物があるんだろう?ってのが率直な感想。ゴミにスペース占拠されてたは。特にダンボール類、効率がいいのに買い換えた家電類、食べなかった食品類、洗面所もなぜか大量にあるカミソリ。こういうのが地味に精神力を削っていたのだなと。とある町工場で実際にこの手の活動に取り組んだ事例の本を借りてきたが、一般化された教科書より、こういう実例の方がずっと読んでいて楽しいし身が入る。そこは金型工場だったのだけれど、以前の実例がまさにうちみたいで笑ってしまう。技術にあぐらをかいて「出せばなんでも出来るから」とか思っていると、物探しに年間100時間も掛かっていたとか、工数管理をしてみたら自給が1万円の仕事と1000円の仕事が混じってたとか。ちょっと羨ましいのは情報のデジタル管理で、うちではそこまでデーターは重要じゃないのでやってないが、探すのに苦労する事はあるし面積を圧迫するので、最初からPDFデーターでくれりゃいいのになって事はある。
・図書館で借りてきた本2冊目「町工場の親父 電気自動車に挑む~あっぱれEVプロジェクト 淀川製作所開発奮闘記」 難しい電気数列とか読みたくないのと、このぶっさいくなEVはテレビ番組でちらっと見て「何やってんだ」と思った覚えがあるので読んでみたのだが、涙無しには読まれないような内容だった。まず先に言わなければならないが、これを作った町工場の社長である小倉さんの努力や苦労、これを形として作った事は尊敬するしかない。本当にお疲れ様でした。三洋もなくなりパナも海外脱出するなか、空洞化する大阪の町工場を活気づけようという気持ちは良く伝わって来た。色々批評するが、それだけは間違いない事実だ。
問題はこの本を読むと後藤という女の建築デザイナーに気軽にタダ仕事させたら、毎度イチャモン付けられて車の事分かってない以前に人間として一貫性がない奴にプロジェクトメチャクチャにされたキーって話になっている点だ。いやね、ホンットそうだったろうと思うよ?一緒に仕事できっこないもん、その手の。でも、この親父さんは工場やってきたのか怪しいほど技術に無関心に思えた。てか、消費者サイドを見てない、行政の補助金があるから、それをフルに無駄使いする事しか考えてない、そして肝心の日本のモノ作りでコア部品は中国って言う空虚っぷり。実物見て貰えば分かるが、電気自動車と言うけどシャーシはオート三輪のがあってさ、そこにガワであるボディー乗っけただけなのよ。そのデザインもおよそデザイン不在の遊園地のゴーカートかゴルフ場のキャディーカーですよ。しかしワンオフで合理化されてないデザインを無理矢理立体化するので、特殊な製造技術でなんとか作ってしまった。もうね、目先の部分しか見てない近眼的な所がまさに町工場!職人!って感じですよ。LPL(主監)としてコントロール出来てない。
言ってみればこれデザイナーズハウスの家版で住む所じゃないです。大工が作った家の方がよっぽどマシだし、その中でも「ヒノキの床板何㎜」みたいな所を自慢しない、ちゃんと住んで見た時の事を考えた設計が出来る大工ってのがいいんですよ。これ、デザイナーハウスを素材自慢大工が床の間入れた感じです。動いたらしいけど、航続距離が公称40kmですからね、もうアホとしか言いようがない。電気自動車が全く無い世界なら分かるけど、アイミーブが200万で200km走るぐらいの時代にこんなゴミ作ってどうすんのと。このために技術開発出来てると言えば扉部分の360度開き扇子ぐらいだから波及技術ないし、客寄せパンダになって受注があったとか言うけれど、その手のが長続きしない事は分かっている。
暗中模索だったから仕方ないじゃないかと言われそうだが、思うに電気自動車のプロとか自動車のプロはちゃんとメンバーにいた。何故後藤とか言うインテリアデザイナーがこんなクズラフを持って来た時点で切らず、本の中で恨み言を言うのか。根本的にはこのおっさまには自動車という物が身近にありながら、その本質への洞察が全くなかったのだ。技術者職人でありながら、ブラックボックスとして車を見ていなかったし、その使い手も見てなかった。まさに今の日本の町工場がかかえる提案力の無さ、技術の無駄使いを体現してしまったと言えるだろう。ま、マスコミがそれに大々的にのっかり、行政がさらにそれに乗っかって「地元の市と補助金出した府が確執」とか、いかにも日本だわーって思ったけどね。あれじゃ電気自動車のネガキャンだわ。あんなん作るならジャイロキャノピー改造ミニカー改造EVの方がずっとマシ。それにEVで肝心要のバッテリーそのものの話が全く出て来ないのはなんなんだろうね?きっとユニット一式海外から持って来ているんだろうなぁ。
・そうそう、この手の本を読んでいて思ったのは、正規雇用じゃないと社会が沈没するなって事。結局3S活動5S活動も単純な効率化の側面もあるが、人材教育のための行動教育というか矯正の意味合いが強い。町工場にしても被雇用者を単なるコマとして考えているなら、あんまりああいう事には意味がない。今労働力の流動化とか自分にあった働き方とか言ってるが、職場に愛着がなく金銭のみの関係になる事は、日本的な価値観に対する冒涜にも思う。無論、従来のエスカレーター式年功序列制がいいとは言わないけど、結局無能な上司ってのは制度が変わってさらに地位に固執しているように見えるし、ネガばっか浮き彫りになってるような。
・畑ではまだ除草剤の効果は出てない、やっぱり冬は遅いな。2週間ぐらい前に散布した所は綺麗に真っ茶色になって、ライムギだけ生えて来ている。草刈りの見た目の良さが畑仕事の全てではないけれど、やっぱり草を刈ってある事も職場を綺麗にするのと同じような印象を受けるのは否めない所。
・あと、地元のシャルドネ畑が完全に抜根されて別の生食品種に代わってた。苗は昨年から植えてあって伸ばしていたのは見ていたので、もう切るのも知っていたが、これでシャルドネの成園がまた一つ減るわけだ。そこのシャルドネの品質は知らないが、マンズレインカットの遺構があったので、初期導入の一つだと思われる。改植で棚も直したみたいで、マンズレインカットは除去、邪魔な雑木も切ってそっちにも棚面を広げ効率的な運用になった感じ。マンズの資材はほっぽってあるから、売って貰おうかな。でもマンズは結局やってる人一人なんだよな。シャルドネは病気が酷いというのなら被覆すれば良かった気もするんだが、やっぱり問題多かったのか。
・昼は屋根のペンキ塗り続き、シンナーくさい。濃度は塗ってるローラーから言えば濃く(べとつく)、色から言うと薄く、あんまり希釈したくもないのだが、ハケがさすがに伸びなすぎるので10%ぐらい薄くした。二度塗りで大分良くはなるが、表面が結構バサバサな感じだ。下地からそういう感じもあるので、サフとして下地用塗料塗った方が楽だったかもな。拾い塗りした部分は塗料の乗りも発色もいいし。飯はもう毎日美味しくて困る。ストーブでじっくり加熱して真ん中までネットネトになったサツマイモにチョコを刻んだのをかけて溶かして、林檎のコンポートをかけて食べるとお茶がすすむ。ブリの煮付けも1日たって大根が良い具合に味を吸った。最後の秋なすは何度か塩水で揉んでアクを抜いてから煮て、肉味噌かけて食べる。ご飯が足りない。あ、銀行預金が見た事ない金額になってた、やっぱり巨峰さん偉大っす。
Posted at 2014/11/10 18:39:58 | |
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