・湾岸ミッドナイトの中で度々出てくる話だが、「ゼロからおこしたイチを持って居る奴は強い」というセリフがある。1を足して2にしたり、かけて10にしたりする事は比較的たやすいが、ゼロと1との間には無限の隔たりがある。畑村さんの本にも「日本の成功の50年はトップがいて模倣していた、しかしトップに立ってからの20年は目標がなくなってしまった」と述べている。よく戦時中の日本が潜水艦で技術将校が持ち帰るわずかな資料と戦前の古い情報で様々な発明をした話が出てくるが、それらは達成可能である事が逆に保証されていたからこそがんばれたという側面が強いと指摘している。一例としてペニシリンがある。これ、古いと思っていたら、実用化は1942年とまさに戦争のまっただ中であった。抗生物質は戦争では需要が増す訳だが、日本は当然ながらペニシリンの情報は持って居なかった。しかし、それが出来たという情報を元に「碧素」という名前で合成というか分離というか生産に成功している。
・別にゼロから起こしたイチだから偉いかと言うと別にそんな事はないだろうと私は思う。その人にとってのイチなだけで、世間的には既知の事象かも知れないし、そのイチが2なり10に化ける種類の物じゃない可能性だってある。情報化時代の今は、自分が気がついた事を検索したら60年代にはすでに分かっていたとか、中国あたりで大量に用いられていたりする事だってある。だから、正確に言うなら、そのイチってのは歴史的な意味合いでのイチではなく、個人的な経験の中でのイチという事になるのだろう。だから、本当に強いのは持って居るイチだけではなく、イチを探し出したという事実じゃなかろうか。日本は、日本人は、イチを探し出せているだろうか?ノーベル賞のような目に見える形ではなくても、どこか効率を重視して保守的になり、イチを起こすことを怠っているような感じもある。イチを起こすのは研究所とか大学とか一部の組織だと思っているのではないだろうか?確かにそういうイチもあるのだろうけれど。
・前フリはそんな所にして、今回は日本ワイン界における「絶対的なイチ」を起こした人の所に研修旅行に行ってきた。ワイン界も様々な偉人がいるのだが、この人引っ張り出されたら納得せざるをえない、それは「川上善兵衛」であり「岩ノ原葡萄園」である。この人が何がすごいって、明治から昭和前半、まだ赤玉ポートが唯一のワインという時代に、本格的なスティルワインを造るために欧州種や欧米雑種を育種した事、そして事業としてワイナリーも造った事にある。しかも、他のワイン黎明期の人達は多くが国策としての殖産興業のため国費留学などだったのに対し、川上善兵衛は自前資金でやってしまっている。しかし、当時はワインを飲んだ事がある人すらほとんどおらず、本格志向の川上の事業は低迷する。それを事業として成立させたのはサントリーの鳥居(創業者)であり、登美の丘ワイナリーである。その後、岩ノ原ワイナリーはぶっちゃけると目立った活動をしているように見えなかった。資本援助を受けて細々とはやっていただろうが、パイオニアとして存在感を見せていた訳でもなければコンクールの常連でもなかった。しかし、昨年の日本ワインコンクールで大きな革命が起きた。それは「岩ノ原ワイナリーから国産改良品種部門の金賞が出た」のだ。岩ノ原ワイナリーで何があったのか?そんな深い考えは何にも持たずに私はツアーで上越に向かった。
・上越は雪深い土地である。善兵衛が殖産興業としてワインを選んだのも、食事の欧州化などの需要と、冬場の農家の副業という二つの理由があった。と聞いていたのだが、ワイナリー周辺も地元と大差ない程度の雪しかなかったし、はるかに温度が高くて溶け出していた。しかし、醸造責任者の方によると(なんでも38年目らしい)、こんな雪が少ないのは例外的で、通常なら1,2mの積雪がある物だそうだ。そんな時期にワイナリーに行っても・・・と思うかも知れないが、ここに限れば「その土地ならではの自然条件」というのが良く分かる。それにしても岩ノ原ワイナリーは「特殊」だった。普通はワイナリーの周囲には直営農場のワイン畑が広がっている物だが、ここはワイナリーの背後のガケに棚があちこち段々畑のように残っている、としか表現出来ない所だった。しかも北斜面なのだそうだ。雪がふる曇り空で方向感覚が無かったのだが、普通じゃありえない話だ。しかし説明によると、農地として稲作出来る平地ではない所を開梱してのニッチな作付け」というのも善兵衛の中で葡萄栽培の意義だったらしい。まあ、最大の理由はそこが善兵衛の屋敷の裏庭だったからって事なんだろうけどね。
・これは有名なエピソードだが善兵衛は育種のために屋敷の庭を畑に作り替えてしまった。さて、という事は葡萄園の下は善兵衛の屋敷のはずだが、そういう建物は見あたらない。聞くと、醸造責任者さんが入った直後、38年ほど前に火事で焼失してしまったのだそうだ。ちなみに善兵衛は1944年に亡くなっていて、入社時には善兵衛とワイナリーで仕事をしていた人がまだ居て、様々なエピソードを聞いたのだそうだ。当時は自社農場は9ヘクタールだったそうだが、本当に切り立った崖まで農場にしていたため、現在は6ヘクタールに縮めて栽培しているそうな。仕立て方は当時の写真だと棒仕立てだが、棚栽培や垣根栽培にも取り組み、現在は棚の一文字(片流れ)や部分H型とX樹形が半々だそうだ。棚の高さが2.3mもある特殊な棚だそうで、これは豪雪対策だそうだ。他にも歴史ある雪室を使った発酵蔵(現在は樽の熟成倉庫)や、自前で樽工場を造ってやっていた事などを資料なども通して見せて頂いた。皇室との繋がりも深く、よく見ると岩ノ原ワインのラベルには菊水の紋が描かれている。
・さて、岩ノ原のワインがこれほど伸びた変化について述べよう。実は最新の醸造施設は見学する時間的余裕がなかった。正直、他の直売所の見学はあまり有意義ではなかったので、全部ここで使った方が良かったと思うのだが・・・で、その醸造工場は建ててから3年ぐらいというお話だった。ワイナリーというと、大きなシャトーが一つドーンと建っているイメージがあるのだが、岩ノ原は細かい工場があっちこっちに建っている感じで、「これがワイナリーの建物」ってのが分かりづらい。資料館がある建物は一階は販売ブースだ。そして工場はこういっちゃ何だが、味も素っ気もない外見をしている(私は好きだが)。ただ、その醸造施設の更新で思うようなワイン作りを出来るようになったのではないか?というのは誰しも思う要素だ。
・しかし、私はもっとメンタルな部分が強いように感じた。それは「我々は川上善兵衛葡萄で生きていく」という意思だ。それはワイン品種として甲州についで二番目に「日本の葡萄品種」としてマスカットベリーAが登録されたという事とも関係していると思う。よく「日本ワインと言っても本当に日本の品種で造っているのは甲州(と竜顔・ヤマブドウ)だけ」という声は聞く。たとえばイタリアにはイタリアの品種があり、ドイツにはドイツの品種がある。国際品種としてフランスの品種があちこちで造られているが、地ワインに戻る世界的なブームの中で「日本のワインとはなんぞや」という根源的な問に悩むワイナリーもある。その中で、マスカットベリーAは改良作出品種ではあるが、まさに日本が産んだ日本のワインに他ならない。「やっとカベルネ・フランがお亡くなりになって、善兵衛葡萄だけになってきた」というのは、強烈な自負だ。
それだけにマスカットベリーAのお膝元として、クローン選抜やウィルスフリー化についても独特の考え方があるようだ。ここは母樹が樹齢90はあろうかと思われる古株であり、そこからまだ取っている。つまり、ウィルスフリー化もしていない。系統選別もしていない。ウィルスがあるなら、それを含めて品種だし、今巷で言われている「青熟れ」「赤熟れ」についても懐疑的だそうだ(あんまり私がこんな所で言って良いか分からないので真意は知らないとしておく)。
・コンクールについては「最近審査基準が濃くてパワフルな物だけではなくなってきた」と言っていた。パーカー・ロラン的な物からの脱却と言っていいのか分からないが、確かにその傾向は感じる。実はワイナリーのフラッグシップというのは一つのパターンがあって、トップ畑で収量を制限して思いっきり糖度を上げて濃厚な葡萄を作り、それに見合うリッチな樽で長く寝かせる。こういうのが「高級ワイン」であり「コンテストワイン」でもある。確かに水平試飲するとですね、こういうワインは分かりやすく目立つので、他の繊細なワインがあっても印象に残ってくれないのではありますし、ボルドーの一級シャトーというのもこういうのが多い。でも、これって産地条件を少なくし、醸造栽培技術の画一化の元にある感じなんですよね。私なんかは濃厚な赤は全部同じに感じますもん(極端だけど)。そんな中、岩ノ原ワイナリーは元から原料がそういう技術で勝負する点ではハンディキャップを負っているので、その中で何をどう表現したらいいのか、その結論がコンクールで評価されたという事なんでしょう。
・さて、能書き長くなったので飲んで見た感想です。試飲と、実際に地元ワイナリーでの懇親会で飲んだ物、地元ワイナリーの物との比較になります。
岩ノ原ワイナリー 深雪花 赤(マスカットベリーA) ビンテージ不明(ラベルにありませんでした。ノンビンテージで売ってるのか、コルクあたりにあったのか不明)
色は透き通るような真紅、カベルネフランに近い。しかし意外と濃い。香りは・・・私はどうも赤の香りって表現の言葉がしっくり来ないのだけれど、落ち着いた印象。樽の丸さで角が取れた感じがするが、果実って感じはあまりしない。革とか鉛筆に近いニュアンスを感じるが土っぽさは無い。味はフルドライ、とても強いが、アルコールが全く目立たない。試飲の時にはわずかに最後に醤油のような感触があったが、懇親会では目立たなかったので、開いていくと出てくる物かも知れない。
山辺ワイナリー2013 マスカットベリーA (樽熟ではない方)
岩ノ原に比べると色が縁で紫色がかってまだ若い。香りはどちらも非常に良く似ているが、岩ノ原の方がパワフル。味は「山辺ってこんな酸っぱかったっけ?」と思うほど岩ノ原との比較では酸味が目立つ。全ての味の上に1杯のレモンが掛かっているかのようだ。後味はクリーンで、これはこれで美味しいと思うが、若いワインという印象もある。果実味に振ったので料理はやや選ぶ。
山辺ワイナリー2007 マスカットベリーA
ワイナリーさんの厚意で、ベリーAのオールドビンテージのストックをあけてもらった。これはもう入手出来ないので念の為。色は縁ですでにレンガ色になり、ずっと重い。味がまろやかで、岩ノ原により近い感じになっている。タンニンが落ち着いているが、香りもやや落ち気味かな?この当時は原料を分けてないので、2013より原料の幅があるかも知れない。二種類のワインが混じったような、「熟成に耐える部分」と「そうでない部分」を感じる。実はここに行き着く頃には結構酔っていて、味がだんだん分からなくなってきてます。
この時、レストランではライスボールの揚げが出ていたのですが、そのソースとベリーAのワインのマッチングが素晴らしかったです。ベリーAというと醤油とか味噌とか照り焼きのような和食とのマッチングの良さが言われますが、私はフルドライのタイプはむしろ本格的な洋食との相性がいいんだとも感じました。という事で、興味がある方はベリーAの比較試飲、如何でしょうか?
・さて、堅いレポはこのぐらいにして、今日の反省や予想外だった事。
その1:ヘリテージ売ってるじゃん!!!
実はHP見たら岩ノ原ワイナリーの金賞受賞ワインって全部売り切れだったんですよ。なので「深雪花(これもいいワインでした、ほんと)」を2本買ってくる予定だったのですが、なんと受賞ワインが追加リリースされてました
。ええ、当然押さえときましたよ!これはベリーAとブラッククイーンの混醸タイプで、もう一つベリーAのみの有機栽培だったかな?そういうシリーズもあるそうですが、そっちは売り切れ。さすがに2本は買えませんでした。あと、ワイナリー限定でマグナムボトルありまっせ。
その2:白ワインの実力、こいつは危険だ?
岩ノ原=善兵衛葡萄=ベリーA、もうこれが今回の旅行で感じた「退路を断った自負」でした。実際は善兵衛にはブラッククイーンという濃い赤、レッドミルレンニウムという白(これのクリオエクストラクションも絶対飲む価値あります)、ローズシオターという白(スパークリングに使う、多分酸味が強いタイプ)が残っています。逆に言うと22種類だかの登録品種、100以上の交配品種は大半が失われてしまっていました。で、欧州種はワイナリーとしては力は入れてない訳ですが、深雪花の白は国際品種のシャルドネを使っていました。善兵衛葡萄の白ではないんだ・・と思ったのですが、これが飲んだらたまげるほど香りが豊かだった。
正直ですね、シャルドネの寒冷地タイプ(シャブリとかそっち系)だと、地元ワイナリーは日本一だと私は思ってました。濃厚なタイプとか温暖地シャルドネは別ですけど、このスタイルだと味のクリーンさや香りの豊かさはピカイチです。しかし、深雪花はものっっっっそい、香りがいいんですよ。ずっとグラスを嗅ぎ回していたいぐらい。へんに飾ったレンジではなく、実際ラインナップだとベースグレードなはずですが、これは心底気に入りました。購入原料のラインなので、これもしかして高山村あたりから買ってる原料なんじゃないか?というのが私の予想です。実際いい原料だったら結構遠くでも買い付けするような話でしたし(冗談かも知れないケド)。
その3:もう少し聞いておけば良かった
この研修、大半の人は直売所部門だったので、加工の質問が少なく、あまり自分だけ聞いててもアレだと思ったのですが、販売ブースで醸造の人もレジに入る必要がありあまり聞けませんでしたが、「もっと聞いておけば良かった」という事が後から後から出てきました。有機栽培のベリーAの秘訣、収量や樹勢制限について、冬場の管理、台木選択や育苗について(多分自社のはず)、傾斜園の管理について。もちろん、最新の方の工場でのタンクの規模とかも見たかった。完全に準備不足というか、「岩ノ原は葡萄栽培では土地が恵まれてないから」とたかをくくっていました。
・そんな素晴らしい話の後になんですが、先日書いた「土建屋の社員が言う事聞かない地主をハンマーで襲って殺人未遂なのに、解雇して会社は知らん顔、報道もされない」という問題について、すぐ近所の人が具体的な会社名やトラブルを教えてくれた。犯罪企業は某全国規模の賃貸アパート経営会社のD建託だそうだ。地主がアパートにした土地の隣地の葡萄園を勝手に伐採して更地にしてアパートにしてしまったらしい。もちろん契約してない事で地主が抗議したら放火などで恐喝。犯人の目星がついているので警察に捜査と警備をお願いした矢先にハンマーで襲撃、一人はアゴや歯を砕かれ未だ入院、もう一人は意識障害で退院の目処も立たないそうだ。この話を教えてくれた人も「アパート経営を人の土地でやるという会社はやり方が汚い、ヤクザそのもので鉄砲玉は使い捨て、自分も恐喝や息子のハンコ取って勝手に作業進めようとするなど人外」と言っていた。地元も農家が高齢化して土地活用しようとしてアパート経営やったら、すぐにボロくなって入居者いなくなるような乱開発が続いているが、土建屋こそ仕事が切れると飯の食い上げになるので、不要な開発を押しつけて無理矢理回しているのである。自前でやるならまだしも、CM打ってるようなフランチャイズとかは最悪で接点持たない方がいいという事を伝えておきたい。世の中、殖産興業で私財をなげうって100年先の孫の事まで考えている人がいる中、目先の利益を我先に強引にむさぼる会社もあって、人間ってつくづく難しいなぁと感じた。
Posted at 2016/01/23 00:43:34 | |
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