三次試験場50周年マツダファンミーティング(その6)
投稿日 : 2016年02月27日
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マツダは,R360クーペやキャロルで市場を席巻し,1960年代中期までは軽乗用車の有力メーカーでしたが,ホンダN360等の他社の高性能モデルの登場と,ロータリーエンジン搭載の乗用車に重点を置いた開発・販売戦略を採ったため,キャロルはモデルチェンジもせずに1970年で生産終了しました。
マツダの軽乗用車市場の巻き返しの切り札として登場する予定だったのは,キャロルロータリー
シングルローターのロータリーエンジンを搭載した軽自動車を企画したものの,監督官庁や軽自動車業界からの反対に遭って頓挫した・・・と言う話です。(諸説あります)
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画像は,マツダミュージアム所蔵の3A型ロータリーエンジンです。
実際にはシングルローターの振動対策などの技術的課題もあったと言う話もありますが,この時エンジンマウントの設計に関わっていたのは,まだ入社間もない若き日のミスターロードスターこと貴島教授だったと伺ったことがあります。
その後に登場したシャンテは,ポーターやポーターキャブ用に開発された2気筒2ストロークエンジンを搭載した形で登場しました。
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1976年式 マツダシャンテGLⅡ(KMAA)
このシャンテは,広島 マツダ旧車クラブのネコパンチさんの愛車で,オプションのクーラー付です。
ボディタイプは,キャロルと異なり2ドアのみでしたが,当時の軽乗用車最長であるホイールベース2,200mmで,競合他車に比べると室内は広く,足の長い長身の方でもゆったりと乗れるのが特徴です。
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1964年式 ファミリア800デラックス(SSA)
当時,マツダの主力車種は三輪トラックでしたが,R360クーペを皮切りに,軽自動車や小型乗用車に主力を移行させつつありました。
まずは,軽自動車のキャロルと,ファミリアを開発しましたが,まだ小型自動車への参入は時期尚早と判断され,軽自動車のキャロルが先に発売されました,
ファミリアは,1963年10月にライトバンが発売され,翌年の1964年4月にはファミリアワゴンが発売。
乗用車ではなく,ライトバンやワゴンから発売がスタートしたのは市場調査の結果だったそうですが,ベルトーネデザインの流れを汲む,個性的で美しいイタリアンデザインと,キャロルの排気量アップ版の,総アルミ合金製水冷4気筒エンジンが搭載され,当時の他メーカーのライトバンと比較しても,「貨客兼用というよりも乗用に近い」と評されたそうです。
1964年10月に,待望の4ドアセダンの乗用モデルが追加発売されましたが,この個体は超初期型となります。
このクルマは,コスモスポーツやコスモAP等マツダ車も所有されている福岡のMさん所有なんですが,昔お父様が乗られていたとのことで,探し求めてようやく入手されたとのことです。
ちなみに,僕の父親もキャロル360デラックスから乗り換えたのが,ファミリア800の2ドアセダンでしたので,(当然生まれてなかったので記憶はない)親近感の湧く一台です。
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1966年式 ファミリアクーペ1000(MPA)
こちらは,1965年11月にクーペボディにツインキャブで武装したPA型1000ccエンジン,前輪ディスクブレーキなどで武装した「ファミリアクーペ1000」が発売されました。
流麗なクーペボディを纏ったファミリアクーペは当時の若者のあこがれの的で,うちの父親も欲しかったそうですが,高価で買えなかったので,義理の弟が乗っていたファミリア800の2ドアセダンで我慢していたそうです。
このファミリアクーペ広島ナンバーなのですが,実は初めて見る個体でした。
広島のマツダ旧車乗りの方なら,割と知ってるはずですが,このファミリアクーペだけはオーナーさんが不明だったんですが,イベント終了間際のパレードに出る直前にオーナーさんが戻ってこられたので声を掛けようとして,顔を見てビックリ!
実はマツダ株式会社でモータースポーツ関係の仕事をされている方で,顔は知っていました(笑)
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1967年式 ファミリア1000デラックス(SPA)
初代モデル末期に追加されたPA型1000ccエンジン搭載のモデルで,ヘッドライトが「角目」になっていますが,1967年11月に2代目ファミリアがデビューするまでの1年くらいしか発売されていなかった希少なモデルです。
このファミリア1000は,広島 マツダ旧車クラブのO本さんの所有で,当時東洋工業(現在のマツダ)に勤務されていた,奥さんのお兄さんが新車で購入され,4年くらい乗ったものを譲りうけ,「広5」ナンバーを維持しておられます。
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走行距離は既に24万キロですが,一度もオーバーホールしたことはないそうです。
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1973年式 ファミリアプレストロータリーTSS(M10A)
1967年11月にファミリア 初のモデルチェンジで2代目に移行しました。
スタイリングは,初代と一転して丸みを帯びたデザインとなり,三角窓も廃止されました。
1968年6月には,コスモスポーツに続く,2台目のロータリーエンジン搭載車で,ロータリーエンジンの普及モデルとなった,ファミリアロータリークーペ(輸出名:マツダR100)が発売されました。
ロータリークーペのインパネは,戦闘機を彷彿させるT型のコクピットタイプでした。
1969年7月には4ドアセダンにロータリーエンジンを搭載した「ファミリアロータリーSS」が発売され,同年10月にはセダンにT型インパネを搭載した「ファミリアロータリーTSS」が追加されました。
1970年4月のマイナーチェンジで,「ファミリア・プレストシリーズ」となりましたが,現存している2代目ファミリアの大半は,ファミリア・プレストのロータリーエンジン搭載車が多く,前期モデルは殆ど現存していません。
1971年9月にグランドファミリアが追加されましたが,その後も1973年のモデルチェンジまで併売されました。
この個体は,最近三次市にUターンされたO井さんの所有車両ですが,1973年式のほぼ最終モデルにあたります。
O井さんは,伯父さんから譲り受けた「広島5」ナンバーのファミリアプレストロータリーSSも所有されていますが,元々このファミリアプレストロータリーTSSは部品取り車として購入したものの,程度が良かったので,レストアして乗られているそうです。
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