
日ごろ,腕時計はしない。
なぜならスマホを持ち歩いている。
時間なら,これで十分だ。
だが,改まった相手と会うときは別である。
目の前でポケットからスマホを出すのは,どうも気が引ける。
だから,そういうときだけスーツ用の腕時計を巻く。
ところが最近,逆にカジュアルな腕時計が欲しくなった。
おそらくセブンのせいだ。
ほとんどのクルマには,当たり前のように時計が付いている。
しかし,セブンにはそんな洒落た物もなければ,スマホなんて滅相もない。
あのクルマ,雨風と引き換えに色々なものを置き去りにしている。
だから,時間を知るにも妙に原始的だ。
ちらりと手首を見る。
そのくらいがあのクルマには似合っている。
そうなると,視認性が欲しくなる。
雨は「天候」ではなく「アトラクション」なので,防水は必需だ。
車内灯のないセブンは,後続車の善意で照らしてもらうが,暗闇で一人ぼっちだとバックライトも必要である。
雰囲気としては,少しタフなミリタリー時計か───
しかし,ドライビングなら,やっぱりクロノグラフが定番だろう。
だが,タキメーターで平均時速を計る奴なんているのか?
そう言えば,私のセブンはキャブじゃないけど自然吸気だし,ラジエターファンは回りっぱなし。
だったら,気圧や気温も測れる登山時計のほうがセブンの乗り手らしいか───
そんなことを考えているうち気づいた。
私は,腕時計が欲しいのではない。
それを巻いてセブンで旅に出たいのだ。
文庫本を買うと,どこか遠くへ行きたくなることがある。
それと少し似ている。
まだ何も始まっていないのに…
物語だけが,先に走り出しているのである。

「イラン石油の輸入は堂々天下の公道を闊歩するもので,天下に何ひとつはばかることもない。ただ敗戦の傷の癒えぬ日本は正義の主張さえ遠慮がちであるが,日本国民として俯仰天地(ふぎょうてんち)に愧(は)じざることを誓うものである。」
これは1953年,出光興産創業者・出光佐三の言葉である。
米英の圧力により国際市場から締め出されていたイラン原油の輸入を決断した際に発せられたものだ。
当時,貧困に苦しむイランは,英国に搾取されていた石油資源を自国の手に取り戻すべく,国有化を断行した。
英国はこれを不服とし,国連に持ち込むも,安保理の賛同は得られなかった。
業を煮やした英国は強硬手段に打って出る。
軍艦をペルシャ湾に展開し,イラン原油の輸出を封じ込めようとしたのだ。
そのイランの窮地を救ったのが出光で,タンカー日章丸を派遣し,日本で初めてイラン原油の直接輸入を実現したのだ。
敗戦からわずか8年。
占領の記憶もなお生々しい時代である。
多くの日本人が自信を失い,大国の顔色をうかがわざるを得なかった時代,出光佐三は自らが正しいと信じる道を堂々と歩んだ。
英国の圧力に屈しなかったその気概は,敗戦に沈んでいた日本人に誇りを呼び覚ました。
私が胸を打たれたのは,石油でも外交でもない。
「俯仰天地に愧じざることを誓う」
この,一企業人の覚悟である。
今日の日本では,外交も安全保障も「現実的対応」という言葉でくくられることが多い。
しかし現実に配慮することと,自らの信念や国益を語ることは,本来別の話である。
大国と向き合うとき,私たちはいつから相手の顔色をうかがうことに慣れてしまったのだろうか。
政府もまた,国民もまた,自らの立場を堂々と主張する気概を失ってはいないだろうか。
先達が築いた礎に立つ我々は,かつて日本人が持っていた気概を,今一度強く受け止めねばならない。

ふと立ち寄った本屋で,文庫を買った。
その本を鞄に忍ばせ,旅に出たくなる。
むろん一人旅だ。
列車の窓に流れていく見知らぬ町。
車内に漂う,少し湿った空気。
普段耳にしない方言───
目的地なんて,どうでもいい。
読みかけのページと途中下車できる切符さえあれば。
日常というのは便利だが…
それは同じ時間に,同じ景色を見続ける場所に過ぎない。
だから時々…
知らない土地で田舎そばをすすり…
客のまばらな喫茶店でコーヒーを頼み…
知らない作家の文章に心さらわれたくなる。
物語に浸るための旅なのか,旅に浸るための物語なのか。
その境目が曖昧になるとき,人は少しだけ,忘れ掛けた素顔に戻れる気がする。

先日,主治医に「左手がしびれて…」と言ったら,即MRIとなった。
人生初のMRI。
想像するに,病院の奥に鎮座するMRI室は,さぞかし神聖な領域なのだろう。
広く白い部屋の中央に,SF映画さながらの巨大な装置。
「いよいよ最先端医療か」と少し身構える。
ところが,診察台に横たわると,その期待はもろくも崩れ去った。
人智の粋(すい)を結集して作られた「狭い穴」では,顔を掻くこともままならず,閉所恐怖症でなくても無心になるほかない。
まな板の鯉…現代風に言うならば,電子タバコのホルダーにセットされたスティック状態だ。
「音が大きいので…」とヘッドホンを渡されていた。
流れてきたのは『となりのトトロ』のオルゴール曲。
癒やしの代表選手みたいな選曲だ。
しかしMRIは,そんな努力を鼻で笑った。
ガガガガガ…
ギッギッギッ…
ゴゴゴゴゴ…
カ行の濁音で暴れ始める。
金属的で,硬質で,まるで壊れる寸前のバイクか旧車だ。
途中から私は,不安になってきた。
本当にこれは検査なのか?
実は私の脳に,最新OSでもインストールしているのではないか?
───記憶領域を最適化しています。不要な人格を削除しました。陽気さのアップデートに失敗しました。
そこで私は発想を変えて,騒音を受け入れることにした。
自分はヘビメタバンドのリズムセクション担当なのだと。
ガガガガガ…
ギッギッギッ…
ゴゴゴゴゴ…
そう思うことで,多少は楽しめた。
ただし演奏終了後,拍手の代わりに渡されたのは,3割負担の診療費であった。

タイ料理なんて,辛いだけである。
タイ人は,高温多湿の国で暮らしているうちに,味覚がマヒしてしまったのではないか?
そう思っていた。
だが,深く考えると妙なのである。
タイ料理は単に辛いだけではない。
酸っぱい。甘い。香草もやたら効いている。
「辛ければよかろう」ではなく,唐辛子を中心に味の調和をはかっている節がある。
四川も韓国もメキシコも実はそうかもしれない。
ところがブータンでは,唐辛子を「香辛料」ではなく,なんと「野菜」として食べているらしい。
サラダが唐辛子?
日本の食卓では「今日のサラダは定番のトマトとレタス」という話が…
ブータンだと「今日はいつもの赤唐辛子と青唐辛子」となるのである。
狂気である。
ブータンは,かつて「世界一幸せな国」と呼ばれていた。
しかし,そんなに唐辛子を食べて,お尻は平和なのだろうか?
…などと,今年最初の冷し中華を食べながら,ふと箸が止まった。
私は,和辛子を大量に入れる。
酢ダレがまっ黄色に濁る溶解点限界まで溶かす。
だから,耳かき程度の小さじでは,実にまどろっこしい。
麺をすすった瞬間,鼻腔から脳天へ黄色い稲妻が突き抜けて…
「食事」ではなく,「罰ゲーム」が始まったのかと思う。
ただし,そこからが本番。
和辛子により,チャーシューの塩気が立つ。
キュウリの青くささが締まる。
錦糸卵の甘みが浮く。
酢ダレの輪郭がはっきりする。
つまり私は「和辛子で味を破壊している」のではなく,「和辛子の花を咲かせている」のだ。
そう,これこそ繊細な味覚である。
決っして味音痴などではない。
むしろ高度な食文化への善き理解者だ。
───と,ここまで味わったところで,我に返った。
結局私は,ブータン人を笑えないどころか…
和辛子の中毒患者だったのだ。
赤唐辛子・青唐辛子・黄和辛子
一見,赤パジャマ・青パジャマ・黄パジャマと同じ早口言葉だが…
噛んだ瞬間,神経細胞への宣戦布告がはじまる。
|
夏が終わる、その前に・・・ ( ´・ω) カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2025/08/31 06:55:10 |
![]() |
|
岡谷のうなぎとニッコウキスゲ (後編) カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2025/07/12 06:11:10 |
![]() |
|
スイッチラベルの自作 カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2025/05/26 09:25:32 |
![]() |
![]() |
ヴァイパーブルー (ケータハム セブン480) 480R(LHD 5MT)に乗っています。 ★Open top ☆Wheelbase- ... |
![]() |
ファイアーレッド (ロータス エリーゼ) ELISE 220Ⅱ(LHD 6MT)に乗っています。 ★Targa top ★Whe ... |
![]() |
ブルーラリー (アバルト 695 (ハッチバック)) 695 TRIBUTO 131 RALLY(LHD 5MT)に乗っています。 Hat ... |
![]() |
オブシディアンブラック (メルセデスAMG Cクラス セダン) C 63S E PERFORMANCE(LHD 9AT)に乗っています。 |