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きリぎリすのブログ一覧

2025年11月28日 イイね!

面倒と窮屈を抱きしめながら[完全版]

面倒と窮屈を抱きしめながら[完全版]

むかし,誰だったか…お洒落な子が言っていた。
「お洒落って,どこか面倒だったり窮屈じゃないと始まらないの」

手ぐしも通らないほど,手間のかかるヘアスタイル。
歩幅にさえ,上品さと緊張感が同居するタイトスカート。
一歩ごとに,決死の覚悟のハイヒール───

どれも快適さとは無縁だが,結局,美しさは「面倒」と「窮屈」の上に咲くらしい。

ふと,この話をセブンに乗り込みながら思い出した。

私は閉所恐怖症ではないので,タイトなスカートコクピットは,逆に気分が上がる。
しかし,窮屈だと乗り降りに苦労するのも事実。
車庫から出発するときは,気分の暖機運転みたいなものなので,まだマシ。
ただ,ちょこちょこ買い物に寄ったり,トイレ休憩があると,面倒だから我慢して先を急ぎたくなるのだ。

セブンに乗り込むということ───
それはもう自作戦闘機でも離陸させる準備に等しい。

まず,クイックリリースのハンドルを外し,狭いコクピットに向かって深呼吸。
次にキルスイッチのレバーをオン。
この時点で,すでに他のクルマと秒針の進み方に違いが出ている。

さて,問題はここからだ。

着座する前に,シートに散乱している4点式ハーネスのベルトのねじれを取ってよけておく。
こうしておかないと,バケットに食い込んだ背中からベルトを引き出すことになり…
肩甲骨のかゆみを掻くぐらい,至難の業なのだ。
そして,片足を放り込んだ後に,体操競技の平行棒よろしく両腕を駆使して,尻を静かに落としつつ,もう片方の足を折りたたみながら滑り込ませる。
D難度トカチェフではないが,そのうち私の名前を冠した新たなE難度ができるだろう。

ここまでくれば,やっと拘束開始。
ベルト4本をバックルにカチャカチャと装着し,身動きの自由はほぼ終了。

キーを回してアクセサリーボタンを押し,イモビを解除したらスタートボタンを押して,ようやくエンジンに火が入る。
ここまでで,他のクルマはすでに2キロ先を走っている。

最後に,ハンドルをカチッと付け直し,グローブをはめれば───
やっと発進準備完了。

…なのは,春と秋の限られた期間だけ。
季節はここから牙をむく。


↓ ↓ ↓ ↓ ↓ (ここから後編) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


IMG_8173.jpg


一見大変そうなセブンの乗り降り───
だが,あれはまだ軽い準備運動にすぎない。
セブンが本領を発揮するのは,実はここからだ。

日差しが強いとビキニトップが必要になる。
すると,乗り降りの苦行が,もうワンランク跳ね上がる。
例えるなら,クーペの窓から潜り込む格好で,もうイリュージョンの世界。
作り笑いのアシスタントが,イヤイヤ小箱に押し込められる───あの心境そのものだ。
クルマに乗ろうとしているのか,マジックのバイトなのか分からなくなる。

寒い日はハーフドア。
本来,開閉できるのがドアなのに,ハーフドアは出入口を塞いだだけの単なる当て木だ。
突然,壁が出現するので,今度はハードル選手。
乗車動作が,「跨ぐ→ひねる→滑り込む」という三段アクロバットに進化。

そして,このハーフドアにはオプションの罠がある。
ドア側のスペースが狭く,ヒジが出せないので,ジャンバーのポケットに手が入らない。
キーがポケットだと,乗った瞬間に「あっ!しまった」と気づき…
一度降りて,また跨いで,またひねって,また滑り込む。
もうこれだけで,一日分のカロリーを消費する。

更に更に追い討ちをかけてくるパーキングブレーキ問題。
セブンの旧モデルでは,パーキングブレーキがサイドではなく,助手席奥の洞窟みたいな場所にある。
4点ハーネスで拘束されると,もう腕が伸びず届かない。
だから,その前にギアがローに入っていることを確認し,パーキングブレーキは解除しておくことになる。

ここまできたらキャブ車の試練についても触れておこう。
幸い私のセブンは違うが,当事者にとってキャブレターは,発進前の最後のボスキャラ。
エンジン始動の儀式はあちこちにあるので,そちらに譲るとして…
総じて,キャブは季節を理解できないおバカな奴だ。

始動前,あらかじめアクセルペダルをパタパタ踏んで,燃料を供給するが…
エンジンが咳払いしないと,心理的にあせってまたパタパタ。
運悪く,プラグが被ろうものなら,ジ・エンド!
またまた降りて,ボンネットを開けて,プラグを引き抜き───(略)
もうこうなってくると,走りよりも,プラグ磨きを極めたい自分がそこにいる。



人は,便利さを手放したときに,それを「愚行」と呼ぶ。
しかし───
この一連の「面倒」と「窮屈」をくぐり抜け,ようやくアクセルを踏んだ瞬間…
その愚行は,静かに,美しさへと昇華する。

こんなクルマ,他にあるだろうか?
いや,この「手間の美学」こそがセブンなんだ。

だから今日もセブンはゆっくりと,しかし確実に「周回遅れで発進」する。


Posted at 2025/12/03 14:37:44 | コメント(17) | トラックバック(0) | クルマ
2025年11月16日 イイね!

オーマイゴッド!カンパニー参拝記

オーマイゴッド!カンパニー参拝記

大前神社(栃木県真岡市)を参拝したとき,私は鳥居の前で固まった。
本来は「おおさきじんじゃ」と読むのだが…ふと,脳内で英語に翻訳してしまったのだ。

(大前)Oh My(神)God(社)Company

商売繁盛のえびす様を祀る神社が,まさかの「オーマイゴッド!カンパニー(何てことだ!この会社)」とは。

境内ではえびす様が,いかにも右肩上がりの商売を招いてくれそうに鎮座している。
一方で私の会社は,右肩が上がらず四十肩みたいな業績。
会社を託されている私は,さながら故障者リスト入り寸前のピッチャーである。

賽銭を投げ入れながら,渾身の思いを込めて祈った。
「えびす様,どうかお願いします!うちの会社にもご利益(ごりやく)を~!」

帰りがけ,誰かに声を掛けられたようで振り返ると,満面の笑みでえびす様がこう言っているではないか。

「まぁまぁ,気張らずとも,右肩なんて,布団から起きるときは,勝手に上がっているから」

大前神社───
商売繁盛を祈願しに行ったら,「心配ないから,肩の力を抜きなさい」と諭された気がした。


IMG_7204.jpg

Posted at 2025/11/22 06:33:47 | コメント(5) | トラックバック(0) | 旅行/地域
2025年11月07日 イイね!

風船の周回軌道

風船の周回軌道

横断歩道で信号を待っていると,ふと後ろから声がした。

「あの風船はどこまで飛んで行くと思う?」
母親の問いかけに,小学生の男の子が胸を張って答えた。
「宇宙までー!」
その声は,ちょうど赤信号の向こうを飛んでいく,黄色い風船まで届きそうだった。

「じゃあ,宇宙まで行ったら,どうなるかな?」
母親がやわらかく重ねると,少し考えて男の子は言った。
「うーん…地球のまわりを,いつまでもぐるぐる回ってる!」

思わず,私に笑みが浮かんだ。
この星のまわりを漂う人工衛星も,きっとあの風船の仲間なのだろう。

それにしても,「いつまでも」という言葉の静謐(せいひつ)な力よ。
大人になると,「いずれ落ちる」「ヘリウムガスが抜ける」と,現実的で無味乾燥な答えばかりが口をついて出る。

だが,この子の世界では,風船はまだ夢を持って回っている。
壊れもせず,汚れもせずに,ずっと青い地球を見守りながら。

信号が青になり,親子は手をつないで去っていった。
その背中を見送りながら,私は心のどこかで思った。

―――それは多分,風船だけじゃない。
思いも,愛も,優しさも…
きっと誰かのまわりを,見えないところで,ぐるぐる回り続けているに違いないと…

Posted at 2025/11/15 08:49:42 | コメント(10) | トラックバック(0) | 日記
2025年11月05日 イイね!

満タン法という罠

満タン法という罠

枡酒を前にすると,つい息を呑む。
枡の縁まで表面張力でせり上がった日本酒。
ほんの一筋,こぼれるかこぼれないか…
その瞬間にこそ「美」が宿る。

そんな性癖を持つ男が,クルマに乗るとどうなるか?

車好きには,避けて通れぬ儀式がある。
それは,燃費を満タン法で測ることだ。
ゆえに,タンクはギレギレまで満タンにせねばならない。

ノズルがいったん「カチッ!」と止まっても,そこでやめたら男がすたる。
あれはただの肩慣らしで,本番はそのあと。
タンクの奥底に潜む空気を追い出し,数値の精度を高める…という名の執念である。

だが,継ぎ足しの世界は一種のギャンブル。
じわり,じわりと入っていくガソリン。
耳は給油口,指先はノズル,心は祈りに捧げる。

―――頼む,まだいける!

そして,次の瞬間「ゴボッ!」とイヤな音。
バリウム検査中のゲップのように,残念な思いでガソリンが吹き出し…
私の眉間には,「マジ?」のしわ。

空気が押し返したのか?タンクが反乱したのか?
理由はどうあれ,結果は一つ。

―――やっちまった。

継ぎ足し禁止?キャニスターに悪影響?
それも分かっている。
しかし,数字の魔力とは恐ろしいもので,また今日もノズルを握る手に力が入ってしまった。

最後に給油口をそっと閉じながらつぶやく。

―――あふれ出たのは,俺の器なのかも知れないな…

Posted at 2025/11/10 09:22:19 | コメント(21) | トラックバック(0) | クルマ
2025年11月03日 イイね!

うろこ雲とオレンジの警告灯

うろこ雲とオレンジの警告灯

炎天下でラウンドするゴルファーや,厳冬に唇を青くさせ波を待つサーファー。
私はずっと,ああいう季節感のない奴らを,鼻で笑っていた。

しかし,逆の視点で捉えれば,彼らこそ季節を直に肌で感じている,真の風流人とも言える。
走る人間百葉箱セブンに乗ると,しみじみ彼らの偉大さが分かり,頭が下がるばかりだ。

とはいえ,オープンカーにとって最高の季節は,春と秋。
天国の扉が開く,あの貴重な数週間だ。
日差しは柔らかく,風は甘い。
汗ばむことも震えることもなく,ただステアリングを握っているだけで,人生に拍手を送りたくなる。

だが,そんな夢のような時期に,愛車セブンは入院生活を余儀なくされていた。
病名は「原因不明のエンジンストール症候群」。
担当医いわく,「部品は発注してあるんですが…ちょっとイギリスからの船が…」。
もうそれ,紅茶飲んでる場合じゃない。

ところが不思議なことに,病室で寝ている間に症状はピタッと消えた。
まるで「先生,もう治りました!」と入院生活に飽きてきた患者のように。
…が,エンジン警告灯だけは頑として消えない。
たぶんセブンのほうもバツが悪いのだ。
「ワタシ,まだ本調子じゃないの。ゴホン!ゴホン!」とオレンジに染めたアイシャドウでウインクしてくる。

そんなわけで,医師(ディーラー)の許可を得て一時外出許可をもらった。
仮退院?仮釈放?
とにかく,一旦セブンは出所した。

帰り道,風が少し冷たい。
見上げれば,うろこ雲が細かく空を刻んでいる。
それでも,久しぶりのセブンの鼓動は,やけに温かく感じる。
なんとか移植手術の日までは,再発して救急車で運ばれぬよう,共に祈ろうじゃないか。


Posted at 2025/11/06 18:15:38 | コメント(12) | トラックバック(0) | クルマ

プロフィール

きりぎりす(旧GRASSHOPPER)と申します。 ここ10年ほどで,やっと実用性0(ゼロ)のセカンドカーを持てるようになりました。 サルはエクスタシー...
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