
南アルプスに佇む,サントリー白州蒸溜所を見学する機会に恵まれた。
選び抜かれた水・麦芽・酵母,そして気候風土という,自然の恵みに加え…
仕込→発酵→蒸留→貯蔵→ブレンドへと繋がる工程は,機械任せにしない職人の五感が息づいている。
順路をたどっていくと,人間がここまでウイスキーのために情熱を捧げてきたのかと感心させられた。
そして終盤,誰もが心を乱される建物───ギフトショップ。
普段はお目にかかれない「白州」が,当たり前の顔して並ぶ,タチの悪いあの魔性の空間である。
これが目的で,見学に来る人もいるほどだ。
私も例外なく,その末席に加えさせてもらった。
しかし,一番心を揺さぶられたのは「白州25年」ではなかった。
ふと手に取ったパンフレット。
木の上からツキノワグマが,不思議そうに,ウェルカム!
いやいや,今年ほど「クマ出没!」のニュースが連日流れ,日本中で「もう他人事じゃない」と思っているご時世に,なぜクマがお出迎えなのだ。
最新の報道では,山奥どころか住宅地に出る勢いで,クマは日本全国ツアー中。
近ごろ,幼稚園では「森のくまさん」さえ自粛ムードが漂っているというのに。
それにもかかわらず,パンフレットのクマだけは,やけに穏やかにこちらの出かたを伺っている。
そもそも,なんで木の上からウェルカムなんだ?
木の上に逃げようが「木登り名人のクマには無駄ですよ」というメッセージなのか。
それとも,地上で微笑んでいたら,ただの「恐怖の森の住人」になるので,クマなりのソーシャルディスタンスなのか。
白州の森は確かに美しく,空気は澄み,その自然の営みがウイスキーを育んでいる。
ただ,パンフレット片手にクマの笑顔を見ていると,どうも現実がちらつき,妙にシュールな気分になる。
自然の恵みに感謝しつつ,動植物との共存共栄を決して忘れないこと。
山の神とクマの神に敬意を払いながら,白州の香りを有り難く楽しむ。
───どうやら,そんな教訓を木の上のクマが教えてくれている…のかもしれない。
いや,やっぱ知らんけど。

むかし,誰だったか…お洒落な子が言っていた。
「お洒落って,どこか面倒だったり窮屈じゃないと始まらないの」
手ぐしも通らないほど,手間のかかるヘアスタイル。
歩幅にさえ,上品さと緊張感が同居するタイトスカート。
一歩ごとに,決死の覚悟のハイヒール───
どれも快適さとは無縁だが,結局,美しさは「面倒」と「窮屈」の上に咲くらしい。
ふと,この話をセブンに乗り込みながら思い出した。
私は閉所恐怖症ではないので,タイトなスカートコクピットは,逆に気分が上がる。
しかし,窮屈だと乗り降りに苦労するのも事実。
車庫から出発するときは,気分の暖機運転みたいなものなので,まだマシ。
ただ,ちょこちょこ買い物に寄ったり,トイレ休憩があると,面倒だから我慢して先を急ぎたくなるのだ。
セブンに乗り込むということ───
それはもう自作戦闘機でも離陸させる準備に等しい。
まず,クイックリリースのハンドルを外し,狭いコクピットに向かって深呼吸。
次にキルスイッチのレバーをオン。
この時点で,すでに他のクルマと秒針の進み方に違いが出ている。
さて,問題はここからだ。
着座する前に,シートに散乱している4点式ハーネスのベルトのねじれを取ってよけておく。
こうしておかないと,バケットに食い込んだ背中からベルトを引き出すことになり…
肩甲骨のかゆみを掻くぐらい,至難の業なのだ。
そして,片足を放り込んだ後に,体操競技の平行棒よろしく両腕を駆使して,尻を静かに落としつつ,もう片方の足を折りたたみながら滑り込ませる。
D難度トカチェフではないが,そのうち私の名前を冠した新たなE難度ができるだろう。
ここまでくれば,やっと拘束開始。
ベルト4本をバックルにカチャカチャと装着し,身動きの自由はほぼ終了。
キーを回してアクセサリーボタンを押し,イモビを解除したらスタートボタンを押して,ようやくエンジンに火が入る。
ここまでで,他のクルマはすでに2キロ先を走っている。
最後に,ハンドルをカチッと付け直し,グローブをはめれば───
やっと発進準備完了。
…なのは,春と秋の限られた期間だけ。
季節はここから牙をむく。
一見大変そうなセブンの乗り降り───
だが,あれはまだ軽い準備運動にすぎない。
セブンが本領を発揮するのは,実はここからだ。
日差しが強いとビキニトップが必要になる。
すると,乗り降りの苦行が,もうワンランク跳ね上がる。
例えるなら,クーペの窓から潜り込む格好で,もうイリュージョンの世界。
作り笑いのアシスタントが,イヤイヤ小箱に押し込められる───あの心境そのものだ。
クルマに乗ろうとしているのか,マジックのバイトなのか分からなくなる。
寒い日はハーフドア。
本来,開閉できるのがドアなのに,ハーフドアは出入口を塞いだだけの単なる当て木だ。
突然,壁が出現するので,今度はハードル選手。
乗車動作が,「跨ぐ→ひねる→滑り込む」という三段アクロバットに進化。
そして,このハーフドアにはオプションの罠がある。
ドア側のスペースが狭く,ヒジが出せないので,ジャンバーのポケットに手が入らない。
キーがポケットだと,乗った瞬間に「あっ!しまった」と気づき…
一度降りて,また跨いで,またひねって,また滑り込む。
もうこれだけで,一日分のカロリーを消費する。
更に更に追い討ちをかけてくるパーキングブレーキ問題。
セブンの旧モデルでは,パーキングブレーキがサイドではなく,助手席奥の洞窟みたいな場所にある。
4点ハーネスで拘束されると,もう腕が伸びず届かない。
だから,その前にギアがローに入っていることを確認し,パーキングブレーキは解除しておくことになる。
ここまできたらキャブ車の試練についても触れておこう。
幸い私のセブンは違うが,当事者にとってキャブレターは,発進前の最後のボスキャラ。
エンジン始動の儀式はあちこちにあるので,そちらに譲るとして…
総じて,キャブは季節を理解できないおバカな奴だ。
始動前,あらかじめアクセルペダルをパタパタ踏んで,燃料を供給するが…
エンジンが咳払いしないと,心理的にあせってまたパタパタ。
運悪く,プラグが被ろうものなら,ジ・エンド!
またまた降りて,ボンネットを開けて,プラグを引き抜き───(略)
もうこうなってくると,走りよりも,プラグ磨きを極めたい自分がそこにいる。
人は,便利さを手放したときに,それを「愚行」と呼ぶ。
しかし───
この一連の「面倒」と「窮屈」をくぐり抜け,ようやくアクセルを踏んだ瞬間…
その愚行は,静かに,美しさへと昇華する。
こんなクルマ,他にあるだろうか?
いや,この「手間の美学」こそがセブンなんだ。
だから今日もセブンはゆっくりと,しかし確実に「周回遅れで発進」する。

大前神社(栃木県真岡市)を参拝したとき,私は鳥居の前で固まった。
本来は「おおさきじんじゃ」と読むのだが…ふと,脳内で英語に翻訳してしまったのだ。
(大前)Oh My(神)God(社)Company
商売繁盛のえびす様を祀る神社が,まさかの「オーマイゴッド!カンパニー(何てことだ!この会社)」とは。
境内ではえびす様が,いかにも右肩上がりの商売を招いてくれそうに鎮座している。
一方で私の会社は,右肩が上がらず四十肩みたいな業績。
会社を託されている私は,さながら故障者リスト入り寸前のピッチャーである。
賽銭を投げ入れながら,渾身の思いを込めて祈った。
「えびす様,どうかお願いします!うちの会社にもご利益(ごりやく)を~!」
帰りがけ,誰かに声を掛けられたようで振り返ると,満面の笑みでえびす様がこう言っているではないか。
「まぁまぁ,気張らずとも,右肩なんて,布団から起きるときは,勝手に上がっているから」
大前神社───
商売繁盛を祈願しに行ったら,「心配ないから,肩の力を抜きなさい」と諭された気がした。

横断歩道で信号を待っていると,ふと後ろから声がした。
「あの風船はどこまで飛んで行くと思う?」
母親の問いかけに,小学生の男の子が胸を張って答えた。
「宇宙までー!」
その声は,ちょうど赤信号の向こうを飛んでいく,黄色い風船まで届きそうだった。
「じゃあ,宇宙まで行ったら,どうなるかな?」
母親がやわらかく重ねると,少し考えて男の子は言った。
「うーん…地球のまわりを,いつまでもぐるぐる回ってる!」
思わず,私に笑みが浮かんだ。
この星のまわりを漂う人工衛星も,きっとあの風船の仲間なのだろう。
それにしても,「いつまでも」という言葉の静謐(せいひつ)な力よ。
大人になると,「いずれ落ちる」「ヘリウムガスが抜ける」と,現実的で無味乾燥な答えばかりが口をついて出る。
だが,この子の世界では,風船はまだ夢を持って回っている。
壊れもせず,汚れもせずに,ずっと青い地球を見守りながら。
信号が青になり,親子は手をつないで去っていった。
その背中を見送りながら,私は心のどこかで思った。
―――それは多分,風船だけじゃない。
思いも,愛も,優しさも…
きっと誰かのまわりを,見えないところで,ぐるぐる回り続けているに違いないと…

枡酒を前にすると,つい息を呑む。
枡の縁まで表面張力でせり上がった日本酒。
ほんの一筋,こぼれるかこぼれないか…
その瞬間にこそ「美」が宿る。
そんな性癖を持つ男が,クルマに乗るとどうなるか?
車好きには,避けて通れぬ儀式がある。
それは,燃費を満タン法で測ることだ。
ゆえに,タンクはギレギレまで満タンにせねばならない。
ノズルがいったん「カチッ!」と止まっても,そこでやめたら男がすたる。
あれはただの肩慣らしで,本番はそのあと。
タンクの奥底に潜む空気を追い出し,数値の精度を高める…という名の執念である。
だが,継ぎ足しの世界は一種のギャンブル。
じわり,じわりと入っていくガソリン。
耳は給油口,指先はノズル,心は祈りに捧げる。
―――頼む,まだいける!
そして,次の瞬間「ゴボッ!」とイヤな音。
バリウム検査中のゲップのように,残念な思いでガソリンが吹き出し…
私の眉間には,「マジ?」のしわ。
空気が押し返したのか?タンクが反乱したのか?
理由はどうあれ,結果は一つ。
―――やっちまった。
継ぎ足し禁止?キャニスターに悪影響?
それも分かっている。
しかし,数字の魔力とは恐ろしいもので,また今日もノズルを握る手に力が入ってしまった。
最後に給油口をそっと閉じながらつぶやく。
―――あふれ出たのは,俺の器なのかも知れないな…
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