

高速道路を走っていると,デカいキャリアを背負ったレクサスを見掛けた。
この大きさなら,1ヶ月分のキャンプ用品は積めそうだ。
いや,もはやキャンプというより引越しである。
転入届は,このクルマで役所に行くのだろうか?
ボディを覆いつくして鎮座するその鉄パイプは,実用性の匂いを一切発していない。
テントも薪も積まれていないのに「積めますよ」という圧だけがある。
いったい,何を運ぶつもりなのか?
あるいは単に積めることを見せたいだけなのか?
もしかすると,これは軍の特殊車両なのではないか?
レクサスという擬態をまとい,民間人の流れに溶け込みながら,極秘任務を遂行中かも。
前後の巨大キャリアには,通信機器か?無人ドローンか?あるいは,人類存続に関わる何かを格納するに違いない。
そう思わせるのはあの塗装だ。
艶消しのマッドブラック。
洗車という概念を拒否し,光の反射を裏切る色。
平和な高速道路の中で,そこだけ妙に終末感がある。
───が,たぶんこれは,実験車両だ。
最近のクルマには,「ADAS(先進運転支援システム)」というものがある。
衝突被害軽減ブレーキや追従走行といった,クルマが周囲を「見て」「考える」ための仕組みだ。
その実験のために,こうした治具を付けたクルマが,ごく普通の顔をして高速道路を走ることがある。
おそらく,このレクサスもその一台なのだろう。
今日も行く。
未来の安全を,静かに試しながら───

今日の風は,昨日に増して冷たかった。
TVでは,天気予報が流れている───
その何気ない言葉が,思わず私の心を震わせた。
好きで好きでたまらなかった。
傍にいるだけで───
ただそれだけで,胸の奥の息苦しさが淡い光に溶けていった。
二人してよく歩いた。
春の桜や,夏の花火,秋の紅葉,そして冬の木枯らしの中を。
でも,思い返せば,美しい景色もすべてあなたの背景に過ぎなかった。
頬を伝う花びらの冷たさは,あなたの指先が触れたときの優しさ。
またたいては消える閃光に,映し出されたあなたの横顔。
落ち葉を踏む音が重なると,私たちはひとつの調べになった。
肌を刺す風に,そっとあなたの腕に顔をうずめた夜。
あなたは,存在そのものがどこか光に似ていた。
そんな眩しい存在に惹かれながらも,二人の未来を思い描こうとすると,指の間をすり抜けてしまう。
いまを共に歩けても,その先に並んでいる私の影はない───
そんな予感だけが,いつも心の陰で揺れていた。
それなのに,心はあなたを選んだ。
選んでしまった,と言ったほうが正しいのかもしれない。
理屈では止められない「熱」というものを,人はどう扱えばいいのだろう。
掴みきれず,抱えきれず,それなのに,離してしまえば,胸の奥でかすかな痛みが走る。
その痛みこそが,恋の正体なのだと知ったのは,あなたがいなくなってからだった。
ある朝,目が覚めると一人だった。
言い争いも涙もないまま。
ただ,季節がページをめくるように,次の1行を残して二人は別々の道へ導かれた。
それでも,巡る季節の中で,あなたと歩いた風景がふいによみがえる。
忘れようとすると,ふと別の季節の気配に呼び止められ,思い出そうとすると,扉がそっと閉じてしまう。
そういう距離感のまま,あなたは今もぼんやりと私の中に灯(とも)り続ける。
夜明け前の街にほのかに残る温度のような灯火。
その儚い明かりを見つけたとき,私はあのころより少しだけ大人になれた気がする。
───TVでは天気予報士が,この冬,最初の木枯らしが吹いたと告げていた。
黙っていても,季節は移ろう。
そして私は,心に漂うその季節を,そっと抱いて歩いている。

悪友の一人に,少々変わった人気者がいる。
彼がいるだけで,周りが笑いの渦に包まれてしまう。
なぜならば,それは彼が「怒り系キレ芸人」だから。
朝はYouTubeで,あおり運転を再生しながら腹を立て,映像の向こうのドライバーに免許返納を迫る。
昼はワイドショーに乗せられて,障害者に対する企業のコンプライアンスに噛みつき,株主でもないのに議決権を行使。
夜は夜で,SNSの炎上案件を見つけ出し,政治家の疑惑を巡って,一人で百条委員会を開いている。
つまり彼は,わざわざ推しの「怒り」を探し出し,それを拡散させる「怒り系インフルエンサー」とも言える。
まるで怒りのネタ帳を持ち歩くピン芸人だ。
本人は真剣だが,こっちはその一発芸にいつも大爆笑である。
そんな瞬間湯沸かし器の彼も,自分のこととなるとまるで見えていないようだ。
スピード違反で免停をくらっても「自分だけ捕まえるのはおかしい!」と抗議の逆ギレ。
駐車場では障害者スペースに堂々と停めて,「ちょっとならOK」と屁理屈を展開する。
そして,極めつけは…
自分が気に入った政治家の不祥事となると,「スキャンダルを乗り越えてこそ大物だ!」と後援会長気取りでエールを送る始末。
彼の言動は,その場限りの…いや正確にはご都合主義の正義感なのか?
それとも,正義という他人のふんどしを借りてでも注目されたい承認欲求なのだろうか?
だが,怒りの媒介者である限り,瞬間芸として消費されるのみで,現実を動かす力には結びつかない。
我々が安易に笑うたびに,彼はますます増長し,ピエロを演じ続ける。
そして,笑いと虚しさが混じった影を,私たちの心に落とす。
だからこそ,感情に支配された意見には一度立ち止まり,思慮深く俯瞰する姿勢を忘れてはならない。

むかし,誰だったか…お洒落な子が言っていた。
「お洒落って,どこか面倒だったり窮屈じゃないと始まらないの」
手ぐしも通らないほど,手間のかかるヘアスタイル。
歩幅にさえ,上品さと緊張感が同居するタイトスカート。
一歩ごとに,決死の覚悟のハイヒール───
どれも快適さとは無縁だが,結局,美しさは「面倒」と「窮屈」の上に咲くらしい。
ふと,この話をセブンに乗り込みながら思い出した。
私は閉所恐怖症ではないので,タイトなスカートコクピットは,逆に気分が上がる。
しかし,窮屈だと乗り降りに苦労するのも事実。
車庫から出発するときは,気分の暖機運転みたいなものなので,まだマシ。
ただ,ちょこちょこ買い物に寄ったり,トイレ休憩があると,面倒だから我慢して先を急ぎたくなるのだ。
セブンに乗り込むということ───
それはもう自作戦闘機でも離陸させる準備に等しい。
まず,クイックリリースのハンドルを外し,狭いコクピットに向かって深呼吸。
次にキルスイッチのレバーをオン。
この時点で,すでに他のクルマと秒針の進み方に違いが出ている。
さて,問題はここからだ。
着座する前に,シートに散乱している4点式ハーネスのベルトのねじれを取ってよけておく。
こうしておかないと,バケットに食い込んだ背中からベルトを引き出すことになり…
肩甲骨のかゆみを掻くぐらい,至難の業なのだ。
そして,片足を放り込んだ後に,体操競技の平行棒よろしく両腕を駆使して,尻を静かに落としつつ,もう片方の足を折りたたみながら滑り込ませる。
D難度トカチェフではないが,そのうち私の名前を冠した新たなE難度ができるだろう。
ここまでくれば,やっと拘束開始。
ベルト4本をバックルにカチャカチャと装着し,身動きの自由はほぼ終了。
キーを回してアクセサリーボタンを押し,イモビを解除したらスタートボタンを押して,ようやくエンジンに火が入る。
ここまでで,他のクルマはすでに2キロ先を走っている。
最後に,ハンドルをカチッと付け直し,グローブをはめれば───
やっと発進準備完了。
…なのは,春と秋の限られた期間だけ。
季節はここから牙をむく。
一見大変そうなセブンの乗り降り───
だが,あれはまだ軽い準備運動にすぎない。
セブンが本領を発揮するのは,実はここからだ。
日差しが強いとビキニトップが必要になる。
すると,乗り降りの苦行が,もうワンランク跳ね上がる。
例えるなら,クーペの窓から潜り込む格好で,もうイリュージョンの世界。
作り笑いのアシスタントが,イヤイヤ小箱に押し込められる───あの心境そのものだ。
クルマに乗ろうとしているのか,マジックのバイトなのか分からなくなる。
寒い日はハーフドア。
本来,開閉できるのがドアなのに,ハーフドアは出入口を塞いだだけの単なる当て木だ。
突然,壁が出現するので,今度はハードル選手。
乗車動作が,「跨ぐ→ひねる→滑り込む」という三段アクロバットに進化。
そして,このハーフドアにはオプションの罠がある。
ドア側のスペースが狭く,ヒジが出せないので,ジャンバーのポケットに手が入らない。
キーがポケットだと,乗った瞬間に「あっ!しまった」と気づき…
一度降りて,また跨いで,またひねって,また滑り込む。
もうこれだけで,一日分のカロリーを消費する。
更に更に追い討ちをかけてくるパーキングブレーキ問題。
セブンの旧モデルでは,パーキングブレーキがサイドではなく,助手席奥の洞窟みたいな場所にある。
4点ハーネスで拘束されると,もう腕が伸びず届かない。
だから,その前にギアがローに入っていることを確認し,パーキングブレーキは解除しておくことになる。
ここまできたらキャブ車の試練についても触れておこう。
幸い私のセブンは違うが,当事者にとってキャブレターは,発進前の最後のボスキャラ。
エンジン始動の儀式はあちこちにあるので,そちらに譲るとして…
総じて,キャブは季節を理解できないおバカな奴だ。
始動前,あらかじめアクセルペダルをパタパタ踏んで,燃料を供給するが…
エンジンが咳払いしないと,心理的にあせってまたパタパタ。
運悪く,プラグが被ろうものなら,ジ・エンド!
またまた降りて,ボンネットを開けて,プラグを引き抜き───(略)
もうこうなってくると,走りよりも,プラグ磨きを極めたい自分がそこにいる。
人は,便利さを手放したときに,それを「愚行」と呼ぶ。
しかし───
この一連の「面倒」と「窮屈」をくぐり抜け,ようやくアクセルを踏んだ瞬間…
その愚行は,静かに,美しさへと昇華する。
こんなクルマ,他にあるだろうか?
いや,この「手間の美学」こそがセブンなんだ。
だから今日もセブンはゆっくりと,しかし確実に「周回遅れで発進」する。

大前神社(栃木県真岡市)を参拝したとき,私は鳥居の前で固まった。
本来は「おおさきじんじゃ」と読むのだが…ふと,脳内で英語に翻訳してしまったのだ。
(大前)Oh My(神)God(社)Company
商売繁盛のえびす様を祀る神社が,まさかの「オーマイゴッド!カンパニー(何てことだ!この会社)」とは。
境内ではえびす様が,いかにも右肩上がりの商売を招いてくれそうに鎮座している。
一方で私の会社は,右肩が上がらず四十肩みたいな業績。
会社を託されている私は,さながら故障者リスト入り寸前のピッチャーである。
賽銭を投げ入れながら,渾身の思いを込めて祈った。
「えびす様,どうかお願いします!うちの会社にもご利益(ごりやく)を~!」
帰りがけ,誰かに声を掛けられたようで振り返ると,満面の笑みでえびす様がこう言っているではないか。
「まぁまぁ,気張らずとも,右肩なんて,布団から起きるときは,勝手に上がっているから」
大前神社───
商売繁盛を祈願しに行ったら,「心配ないから,肩の力を抜きなさい」と諭された気がした。
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