
八ヶ岳南麓・清里に,天然キノコの収穫期だけオープンするフレンチレストランがある。
毎年一回,このロマンチックなお店で先輩と落ち合い,会食する。
むろん,彼とはそういう関係ではない(汗)
ところで,この会食と私の愛車は何故か相性が悪く,いつも何らかのトラブルに見舞われる。
2年前はアルピーヌのエアコン・ガスが抜けて,渋滞で移動式サウナ。
昨年はセブンが緊急入院となり,急遽代車で駆けつけた。
今年は先日セブンが積載車で運ばれ嫌な予感がしたが,バッテリー交換で無事復活。
そうなれば,今年こそセブンの出番である。
やはり秋空の高原にはセブンが似合う。
高原の空気,美味しい料理,弾む会話───
近況や仕事の話に始まり,いつしか話題の中心はこの1年の恋バナへ。
人生の酸いも甘いも語り合い,心もお腹も静かに満たされる。
ああ,なんて至福なひと時なんだろう。
この幸福が永遠に続くなら,人生に何の不満があろうか。
だが,いつまでも夢うつつでいるわけにもいかない。
気を引き締め,帰りのロングドライブに備える。
さいわい中央道は順調だったが,やはりセブンでは寒風が身に染みる。
そこで,普段ならオープンカーでは絶対に入らない,首都高,常夏の山手トンネルで暖を取ることに───
ところが,わずか5分後。
プス…プス…プスッ…
エンジンが息をつき始め,ついには力なくストール。
えーマジか!先週に続き,またかよ!しかも山手トンネルで2年連続受賞。
天国から地獄とは,まさにこのことだ。
壁際にギリギリ寄せたものの,深夜の大型トラックやルーレット族が,猛スピードでビュンビュン通り過ぎていく。
怖い,暑い,走馬燈のタービンが焼きつくほど回る。
トンネル内は40℃,額に汗が浮かぶ。
冷や汗なのか,脂汗なのか,単なる暑さなのか,もはや脳ミソまで茹で上がって思考力ゼロ。
そろそろ食べごろの毛ガニである。
非常電話の受話器を上げると向こうから,他人ごとのように「どうされましたかー?」。
ほどなくして黄色い首都高パトロール隊が到着し,パイロンを並べ,発煙筒を100メートル手前から惜しげなく投入する。
水まで差し入れてくれて,ありがたい。
だが,暑い。
続いて,JAFで積載車を手配していたが,それとは別の首都高レッカー車が来た。
一刻も早く本線から故障車を強制撤去したいらしい。
最初は素直に話を聞いていたが,車高の低いセブンを吊ると擦る可能性があると説明され,同意書にサインを迫られる。
命の危険にさらされながら,愛車を傷つけられるリスクも自己責任で,なかなかハードな契約社会である。
泣く泣くサインをしようとしていたら…
ジャジャーン!間一髪でJAFの積載車が到着。
ヘッドライトの光の中から隊員の姿が現れた瞬間,神様に見えた。
手際よく積載車にセブンを載せ,地底の魔窟から救出してくれた。
真夜中,帰宅手段のない状況で,積載車の助手席に乗せられた私は,合コン帰りで逃げられない送りオオカミ状態。
首都高レッカー隊から救ってくれた恩もあって,5分も経たず友人以上の感情を抱き,このまま体を許してもいいとさえ思った。
先ほどまで恋バナに花を咲かせていた男のハートは,その夜,JAFに射抜かれた。
恋愛に必要なのは,容姿でも会話でもない。積載能力なのだ。
セブンはしょっちゅう故障するが…
どうやら,人の理性までも壊してしまうようだ。

高速道路で膀胱の警告灯が点くことがある。
しかし,急いでいると,トイレ休憩は先延ばし。
ところが,そんな時に限ってその先の渋滞にハマるのだ。
次の出口は見えるのに,人生の出口が遠のく瞬間である。
人間は限界が近づくと,現実から目を背けるらしい。
先週末のことだ。
目的地までは,あと50キロ。
燃料計の針は,微妙な位置だった。
お目当ての閉店時間は迫っている。
途中で給油すべきか,このまま行くか。
こんな田舎でガス欠になれば,JAFを呼んでも何時間待たされるか分かったもんじゃない。
幾多のトイレ経験で学習した私は,手前のインターで降りてスタンドを探した。
ガス欠は免れたが,途中から一般道だったので閉店には間に合わなかった。
100キロも走ってきて,燃料だけ入れて帰る。
いったい何しに来たのか?
クルマ版の無駄足選手権があれば,優勝候補である。
目的は叶わず,さっさと帰るつもりだった。
だが,日没後の高速走行でセブンに待ち受けているのは耐寒試験。
日が差せば暑く,日が落ちれば冷える。
まるで砂漠を旅するキャラバンだ。
そこで走行中も後付けした温度計を眺める。
気温は分かる。寒さも分かる。
しかし,どうすれば暖かくなるかは教えてくれない。
実に高性能な役立たずである。
そのときふと,すぐ下に表示される電圧計が気になった。
電圧が下がってきている。
少しずつ,しかし確実に。
やばい!
ガス欠を避けたと思ったら,今度はバッテリー上がりか?
燃料はあるのに,電気がない。
アポロ13号は酸素タンクの爆発事故で電力不足に陥り,それでも無事地球への帰還を果たした。
私はNASAの乗組員さながらに,決死の覚悟で自宅を目指した。
なんとか地元まで戻り,あと少しと安心したのも束の間。
信号待ちで,ついにエンジンストール。
セルすら回らず,完全に沈黙。
自宅目前で,まさかの帰宅難民である。
泣く泣く路肩までセブンを押し始めた。
ところが,後続車からはクラクションの嵐。
行き交う人たちはスマホを構える。
さっきまで誰も見向きもしなかったのに,止まった途端に野外イベントに早変わり。
都会では人助けより,困っている映像のほうが価値があるらしい。
威嚇のためのクラクションは,道交法違反だろ?
勝手に撮影したら盗撮じゃないの?
いや待てよ。
撮影する側にしてみれば,これはスクープなのかもしれない。
いやいや,勘違いするな!
俺はクルマ泥棒じゃねーって!
盗む気があったら,こんな目立つクルマは選ばない。
JAFを待つ間,思った。
道路ではクルマが走っていても無関心。
止まっていれば事件。
押していれば犯罪なのだ。
都会の人間は日常に潜む刺激に飢えている。

手術を終えた友人が,通院以外は退屈しているというので,会いに行くことにした。
オペ後に無理はさせられまいと,思い描いたのはお洒落なカフェでの,のんびりトーク。
ところが,本人曰く…
歩いて,歩いて,また歩いて───散歩2万歩が日課らしい。
血行促進のためだという。
優雅にお茶を飲むはずが,何と市内耐久レースの伴走者!
買ったばかりのお洒落なクツは早々に断念。
形崩れして捨てるつもりだったスニーカーを,まさかの現役復帰。
それを引っ張り出し,半べそで洗いながら思う。
形崩れとはいっても,これってオレの足の形なんだよな。
まぁ,オーダーメイドということにしておこう。

イスラエルの戦闘がやまない。
かつて,アウシュビッツから生還したユダヤ人の歴史家イェフダ・エルカナは,こんな言葉を残している。
アウシュビッツの灰燼(かいじん)からイスラエルには二つの国民が生まれました。
一つは「二度とこのようなことが(誰にも)起きてはならない」と主張する少数派。
もう一つは「二度とこのようなことが自分たちに起きてはならない」と主張する多数派です。
一方,被爆国となった日本は,一貫して核兵器のない世界を目指す声が多数派を占めた。
非核三原則を国是に掲げ,核廃絶を訴え続け,日本の平和主義を世界に示してきたのだ。
ところが,ここにきて風向きが変わりつつある。
「持たず」,「作らず」,「持ち込ませず」のうち,最後を「撃ち込ませず」へと発想の転換を図ろうというのだ。
抑止力の名のもとに非核三原則を形骸化させ,かつては少数派だった米国との核共有の動きが活発化してきた。
安全保障上の脅威は疑いようのない事実だ。
だが,その答えを核だけに求めるのは,歴史から学ばない者の短絡的な発想である。
はたして日本は「誰にも起きてはならない」という国民であり続けるのか?
それとも「自分たちに起きてはならない」という国民になろうとしているのか?

後輩と広島出張。
普通なら,「原爆ドームを見よう」とか「お好み焼きを食べよう」となるのだろうが,車好きコンビの発想は違う。
「せっかくの広島だ。昼までは予定もないし,マツダミュージアムへでも行くか!」
ところが,検索してみると,見学は事前登録制。
それも2日前までときた。
あっさり撃沈である。
すると後輩が突然スマホを取り出した。
「電話で直接交渉してみます」
諦めるというアシスト機能が故障している男らしい。
数分後…
「ボス,午後なら欠員が出てます」と勝ち誇った顔。
カスハラ…じゃないよな?
仕事の約束よりロータリーエンジンを優先するのは,社会人としてどうかと思うが(汗)
もっとも私も揺れていた。
♪あれもしたい♪これもしたい♪もっとしたい♪もっともっとしたい〜
綾瀬はるかが,「あれもこれも諦めなくっていいんじゃない?」と語り掛けてくる。
だが結局,その日は前夜の飲み過ぎで,二人とも腹がゆるかった。
夢のマツダミュージアム。
差し迫るトイレ事情。
そこで,見学自由の展示スペースとオフィシャルショップが併設されたマツダ本社ロビーへ向かった。
むろんキレイで安心快適なトイレ完備。
するとショップで後輩が固まった。
もよおしたからじゃない。
視線の先にはFD(RX-7)のミニカー。
しかも,最近フルレストアしたばかりの彼の愛車と同じグレード,同じ色。
ミニカー好きなら分かるはず。
同じ車種,同じ仕様,同じ色となると,これはもう一期一会か運命か。
私は思わず購入し,後輩に渡した。
いい歳をした大人なのに,彼はガンプラを買ってもらった子供みたいな顔で喜んだ。
彼は日ごろ,レアな私のクルマのミニカーを見つけると買ってきてくれる男だ。
たまには私が彼を喜ばせる順番だ。
結局,我々が広島で得たものは,マツダミュージアム見学でもなければ仕事の成果でもない。
飲み過ぎた中年二人と一台の小さなFDである。
そして,最後に本社前で記念撮影。
満面の笑みを浮かべる彼を見ながら思った。
仕事では,偉そうに教えることの方が多い。
だが,人を喜ばせることの大切さは,案外こちらが教わっているのかもしれないな…
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