休日の朝,突然「今日はクルマの整備でもしちゃうか」と謎のやる気が降ってきた。
普段はクルマに乗るときですら「エンジン?掛けるだけっしょ?」というレベルの私が,何を血迷ったのか「タイヤの空気圧,測っちゃうぞ!」と張り切り出したのだ。
先日購入した赤いエアゲージを手に取って,ぐるりと見回す。
うぅ…カッチョいい…
これでオレもメカニックの仲間入りだ。
心なしか胸を張って駐車場に向かうと,愛車がこちらを見てる(ような気がする)。
「ほんとにやるのかよ…」という目だ。
うるさい!やると言ったらやるんだ!…
最初の難関はタイヤのバルブキャップ。
回すだけのはずが,なかなか取れない。
え?こんなに固かったっけ?手汗が凄くて滑る。
格闘すること5分,ようやく勝利。
次に登場するのがエアゲージ。
こいつをバルブに押し当てれば…って,シューーーって音がしてる!空気抜けてる?
「いやいやいや,測りたいだけなんですけど!減ってるってどういうこと?」とタイヤに文句を言う。
タイヤにゲージ当てる→ズレる→空気漏れる→焦る。
一発で決まった試しがない。
しかも数値,単位「kPa」って誰が読めんねん。
結局,4本中3本は「まあまあ」。
下手にいじった1本が「おい,お前…ペチャンコじゃねえか…」という結果に。
渋々,近所のガソリンスタンドで空気を入れ直した。
しかし!やり切った感はある。
帰り道すがら,ちょっとだけクルマに乗るのが楽しくなった。
心做しか,タイヤが普段よりスムーズに回ってる(ような気がする)。
たぶん,気のせいだけど…
最近のクルマは,例外なく外気温が表示される。
いったい外の気温を知って何の意味があるのか?
高温だろうが低温だろうが,どうせ車内はエアコンで快適なはず。
ならば,外の気温を知っても「へぇ~」で終わるだけだ。
あれは,本当に必要な情報なのか?
恐らく快適な車内とのギャップを見て,ニヤけるための優越感アゲアゲ装置なのだろう。
「外は猛暑でも,車内は設定温度20℃だぜ。ふふん」みたいな。
しかし!うちのセブンにはエアコンがない。
そればかりか,ドアも屋根もなく,あるのは暴風と太陽と忍耐と根性だけ。
夏はローストチキン地獄,冬は冷凍マグロの刑。
セブンの辞書には「快適」の二文字はなく,「心頭滅却すれば火もまた涼し」の禅の境地だ。
そこで,もうセミの声や霜ばしらから車内温度を推定するのはやめて,小さな文明を導入することにした。
シガーソケットに挿すだけの「温度計&電圧計」だ。
赤と緑のLEDが怪しく光り,ちょっとだけ近未来。
ちょっとサイバーで,ちょっとウサン臭い。なかなかイイじゃないか。
装着してみると,「12.8℃」と表示された。
「おお,そりゃ肌寒いわけだ」
これまでは「なんか寒い」だったのが,これからは「12.8℃,確かに寒い」と…
今まで以上に,震える体にも実感を込められる。
夏には40℃越えのチキンモードが表示され,冬には氷点下でマグロ認定される日も近いだろう。
数字で絶望できるって,意外と嬉しい。
でも…よくよく考えたら…
セブンの車内温度って―――つまり,外気温そのものなんだよな。
やっぱり外の気温って大切だ(汗)
PCの画面に,むなしく光る「お振込の受付が完了しました」の文字。
とうとう,やっちまった(汗)
明日から卵かけご飯の日々だ(涙)
詐欺にあったのではない。
騙されて…いや(納得して)購入したクルマの支払いだ。
為替レートの影響もあるにせよ,あのセブンがとうとう大台の1千万越え。
昔,雑誌で眺めていたころは,確かこの半値以下だった。
あの頃は,四隅の車輪の上に座席とハンドルだけ付いたような,ほとんど詐欺みたいなクルマに「500万も払う人の気が知れない」と思っていたが…
今の自分は,その「気が知れない人」デュオである。
一旦,気を落ち着かせようとしていたら,ふと,あることに気づいた。
「もしかしてセブンって,911GT3よりも高くね?」
いや,車両本体価格ではない,重さ当たりの値段だ。
つまり車重1キロあたりの価格=プライス・ウエイト・レシオで比べると…
GT3の18660円/㎏に対して,セブン480Rは21267円/㎏。
ちなみに,上位バージョンに当たるGT3RSの22151円/㎏に対しても,480ファイナル・エディションに至っては24416円/㎏だ。
こう考えると,GT3のほうが「特売お買い得車」に見えるから不思議だ。
黒毛和牛A5ランクのサーロインでも,キロあたり2万前後だから,まさにセブンはそれに匹敵する。
もちろん,ステーキは食べればなくなるが,セブンなら残る。
いや,正確には,セブンも乗っていればクラッチもタイヤも消耗する。
和牛と違って消化はしないが,消費はする。
それどころか,事故れば,一瞬でウェルダンなんてことも…いや,考えるのはやめよう。
焼けたエンジンに,ドライサンプでかけるソースは化学合成オイル味。
何だか,その香りだけで食欲がそそる。
いずれにせよ,こんな美味しそうなクルマは,しゃぶり尽さなければもったいない。
もったいないというよりも,そうしなければ,この物語は始まらない。
ゴールデンウイーク。
それは,日本中のクルマが一斉に出かけ,日本中の道路が駐車場と化す,まるで水場を目指すヌーたちの大移動だ。
にぎやかな目的地とは裏腹に,流れる時間は音もなく長く,車内でひとつ歳を取る覚悟と悟りの境地が求められる。
中でも,修行僧のように眉間にしわを寄せているのが,私のようなマニュアル車のドライバーたちだ。
…停止,発進,また停止。
オートマ車の友人が隣でスマホ片手に猫動画を見てニヤついているのを横目に,こちらは無表情で「クラッチとアクセルワークの舞」をひたすら踊る。
しかもフロア限定,ソロ公演。
舞台袖はなく,あるのは汗と沈黙だけの,足だけ本気のミュージカル。
だが,そんな苦行にも,戒律を破る密かな楽しみがある。
私にとって,それは「クラッチを踏まずにギアチェンジをする」大人だけの快楽である。
そう,これはもう「マニュアル2ペダル」とでも呼ぶべき禁断の技だ。
教習所では決して教えてくれない,煩悩にまみれた闇メニューなのだ。
エンジン音に耳を澄まし,回転数をアクセルで合わせる。
タイミングを見極め,スッとシフトを押し込む。
決まれば美しい。
ギアが吸い込まれるように入るときの快感―――
それはもう運転ではなく,交信である。
回転数と心拍数がシンクロする瞬間だ。
慣れればほとんど決まる。
しかし,ときどきクルマが一瞬「は?」と不機嫌になる。
あれほど素直だったシフトノブに,突然電気が走ったように,ガリッとすねる。
「なに勝手なことしてんの」とでも言いたげに拒むのだ。
その横で,猫動画に夢中な友人は「この猫,怒った顔してんの」と笑っているが,こっちのクルマのほうがよっぽど怒っている。
やっと渋滞を抜け,私は疲労困憊(こんぱい),友人は猫動画を満喫…
そして私は思う。
「オートマだったら,こんな苦労もいらないのにな」と。
しかし,次の瞬間,ギアがスコッと決まり,エンジンが「お!いいねぇ」とうなずいた気がした。
やっぱりこのクルマでいい,猫より話が通じる気がするから…
初めて先輩からタケノコをいただいたのは,少々気まずい事情の後だった。
私のわがままで,ご面倒をお掛けし,謝罪に参じた春の日の午後。
竹林の奥から,長靴に鍬を携えた先輩が,ゆっくりと姿を現した。
応接間に通され,言葉に詰まる私に,先輩は何も言わずにうなづいた。
それが,赦(ゆる)しのしるしだった。
帰り際,駐車場で差し出された包みは,掘りたてのタケノコ。
無骨で泥だらけのこの春の恵みに,なぜか心が和らいだ。
あれから,春が来るたびに,先輩は欠かさずタケノコを送ってくれる。
それは,単なる季節の贈り物ではない。
あの日,無言の赦しをいただいた静かな続きなのだ。
竹に旬と書いて,筍。
十日で竹になる。
土の中から顔を出し,陽の光を浴びて一気に伸びる。
若いころの私のようでもあり,あの時の関係も,もしかしたらそうして再び芽吹いたのかもしれない。
水煮パックでは味わえない,土の匂いと時間の重み。
アクを抜き,丁寧に炊いたタケノコの味は,どこか懐かしい。
先輩の手と季節の恩恵が合わさって,ようやくたどり着く滋味がある。
旬を食べるとは,こういうことなのだと,つくづく思う。
あの竹林があるかぎり,この季節は続いていくのだろう。
だが,その時間もまた限られていると,どこかで知っている。
だからこそ,毎年届くそのタケノコに,私は変わらぬ想いと静かな絆を感じている。
春はめぐる。
タケノコもまた,春の味わいを運んでくる。
竹林の奥で鍬を振るう先輩の姿を想像しながら,私はまた今年も,タケノコの皮を一枚ずつむく。
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