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それから、何か少しでも情報収集をしようと思い、給油も兼ねエネオスのガソリンスタンドに立ち寄った。
「いらっしゃいませーー」
元気な声が響き渡り、若い店員が駆け寄ってきた。名札には 『 田城 』 “ たしろ ” と読むらしい。
そんな田城は落ち着きのない様子で俺の姿と、バイクをあれこれ見た後、少し “ ほっ ” とした様子で話しかけてきた。
「いやー、びっくりしちゃった。旭川ナンバーっすねオニーさん。バイクフェスタに行く途中っすか?」
ん?何がびっくりしたんだ?
「なにか驚いたかい?」
つい聞いてしまった。
「ああ、すんません。いや、どこのチームの人かなって、思ったもんで」
「ああ、そういうこと。縄張りみたいな?」
「そうなんす。それらしいバイクやクルマのお客さんは、まず新規では入ってこないんで」
なるほど。つまりこうだ。誰かしらチームの人間がそこに勤めているとか、OBがいるとか。この街じゃ、そんな感じに繋がった固定客が大半だと言いたいんだな。
「ところでオニーさんは、スティール・ランナーに会いに来たんすか?」
ああ、そのとおりだが…
「今日のフェスタはSANTANAが催してんすよ」
ああ、そうなんだ…
「いやぁ~、自分も行きたかったっすよ。このフェスタの売り上げってね、自分たちの収益にするんじゃなくて、恵まれない子供達へのチャリティーイベントなんすよ !! 」
ああ、そうなんだ…
「あっ ! そうそう、いまSANTANAの人達、少しピリピリしてるから気を付けた方がいいっすよ」
ああ、それしても君はよくじゃべるなぁ…
「え~と… “ 人達 ” って? チームなのかい?」
「そうなんすよ。スティール・ランナーの所属する、チーム『SANTANA』っす。いまサイコーにクールなチームなんすよ~♪
ああ、キミなんだか楽しそうだなぁ…
「で、イチャモン付けたりするのは、絶対にダメっすよ!何故なら、スティール・ランナーには常にボディーガードが近くにいて、そんな連中はそく排除されるんすよ!」
「はあ?ボディーガードぉ?」
なんじゃそら?
「ええ、ええ。たまに走りで勝てないハネッ返りが、スティール・ランナーにケンカふっかけたりするんすよ。んで、おっかねーボディーガードがそういった連中を排除して、スティール・ランナーには走りに集中して貰うって寸法なんす」
ああ、なるほど。それは有益な情報だな。
「それでね、それでね…」
田城はすっかり話に夢中になり、給油の手が少しおぼつかない様子になってきたので、俺は一瞥してからこう言ってやった。
「おい、こぼすなよ」
“ はっ ” とした顔の田城。それから妙に脅えた様子となり、彼は黙って給油を続けた。
あれれ?脅かすようなことは、何もしてないつもりだけど…
9
バイクフェスタのイベント会場は、少し郊外にあった。元は小型飛行機の滑走路だったらしいのだが、現在は使用されておらず、こういった催し物が開催される時に開放し、利用されているのだという。
コレもアレだね、行政のやる3セク(第3セクター)の失敗例の一つって訳さ。でも用途は違えど、こうして大いに利用されてんだから、まあ、良いんじゃねーの。と、俺は思う。
それにしても、人と出店の数が凄い。縁日でよく見るような屋台はもちろん、ヘルメット、ウェアー類を売る店、パーツ屋、個人のフリーマーケット、なんでもござれだ。
なかでも一番目を引いたのは 『 ウォッシュ屋 』 なる存在だ。つまりこいつは、1回三千円で、バイクを洗車してくれるのだが、普通そんな事に、そこまで金を使ったりはしない。だが、その洗い手がビキニを着たモデル並みの美女だったらどうだ!?その美女が泡にまみれ、水浸しになりながら艶めかしくバイクを洗うのだ。どうだい?気になるだろ !?
まだまだある。 『 ポールダンス屋 』 『 タトゥー屋 』 『 シャワー屋 』 『 シャツカット屋 』 に 『 チョコバナナショー実行員会 』 ? もうなんだか訳がわからない。
音楽に合わせ踊っている奴、ビールを飲み過ぎてフラフラな奴、ナンパに精を出している奴。まったく様々だ。それに女達のファッションも過激で、ビキニの上に破れたTシャツや、ショートパンツを身に着けている。これはさっきの 『 カット屋 』 で切ったのかな?
あと、チーム看板が背中に入った、Gベストや、革ジャンを着た奴もたくさんいる。まあ、なんにせよ楽しい雰囲気が溢れているイベントだ。
「さて、どこにいるんだ修二…」
俺は修二の姿を探した。
10
人ゴミのなか、辺りを眺めながら、ふらふら歩いていると、突然前方から、怒声が響いてきた。
「おいテメェーー!●×△※Д!!」
途中、なにを言っているのか聞き取れない。周りの人達もどよめきと共に、その声の方向を目指し、あっという間に人だかりのステージをつくってしまった。
「はは、修二みつけた♪」
どうやらそこは 『 SANTANA 』 のブースだった。修二はもちろんだが、10人ほどの仲間と CB750F。スティール・ランナーのバイクが、堂々と展示されていた。
「テメェーー、俺ぁゼッテー認めねぇーー !! 」
尚もその男は喚いた。素肌の上に着た革ベストの背中には 『 BAEL (バエル) 』 と書かれている。
「東の悪魔王か…」
なかなか面白い名前を付けるもんだ。俺のいた施設はカトリック系だったからな。そういうのはなんとなく知っている。
そして突然、この息巻いているバエルの男は、手に持っていたバドのビール瓶を割り、修二に向かって構えたのだ。
「きゃあーーー !! 」
今度は女の金切り声が響く。修二は少し悲しそうな顔をして、首を小さく横に振って一言つぶやいた。
「ハック…もうやめろよ…」
「スカシてんじゃねぇーー ! 」
ハックと呼ばれた男は、尚も興奮した様子で、修二に襲いかかろうと踏み込んだ瞬間だった。修二の横に控えていた2人の女、しかも双子が同時に飛び出し、一人がスラッと長い右脚で、男の手にあるビール瓶を横から薙いだや否や、もう一人が、胸元に強烈なサイドキックを放ち、バエルを弾き飛ばした。それは見事な連携だった。
だが、当然それでは済まない。ヤラレた方の仲間がワラワラと集まって来て、その場は大乱闘に突入しそうな様相を呈してきていた。
「そろそろ、こりゃヤバイな…」
そんな風に思い、仲裁に入ろうかと考えていた時、これまた修二の側近?ボディーガード?と思われる、身長2メートルはありそうな筋骨隆々のスキンヘッドが、バエルの数人を掌で弾き飛ばし、その場を制圧してしまった。
「ははぁ~。なるほど。鉄壁だね」
そう、鉄の壁である。修二の近くには、常にこの3人が寄り添い、がっちりガードされている。さっき田城が言った事は、嘘ではなかった。そして一つ気付いた。
「あっ !? あの女共…、さっきの XLCH と XR750 だな」
完全に見落としていた。だが今はっきりと確信した。何故なら、2人ともライダースの左肩エポレットに、赤いバンダナが特徴的な形で結ばれていたのだから。同時にもう一つ大事なことを思い出した。アレはその昔、俺達 SANTANA のメンバーがやっていた、仲間の証なのだ。
なんてことだ。俺は捨てたつもりだったのに、修二はSANTANAの誓いを、いまだに守っているんだ。捨てた?いや違う、忘れようとしていたんだ。永遠と言ったあの誓いを。
「くそっ ! くそっっ !! 」
思わず舌打ちをしてしまう。
修二、修二…。お前って奴は…。お前って奴はよぉ…。涙が流れそうだった。ああ、今いくぞ。
「お~~~い。修二ィ~ ! 」
この際、その場の空気なんて関係ない。修二と話さなきゃいけない。あの誓いを。
「お~~~い」
もう一度、人だかりの中から、修二に声をかけ、こう着状態のピリピリムードの中に、ずかずかと割って入っていった。
当然周囲はざわめき、全員が俺へ視線を集める。ふんっ、関係ない。俺は修二と話さなきゃいけないんだ。
「久しぶりじゃねぇーのよ。元気だったか?」
「下村…さん…!?」
修二は、一瞬呆気にとられた顔をした。
修二、お前は…お前は…。懐かしさと同時に、あの頃、俺達が味わった痛みも思い出す。そしてそこに邪魔が入った。
「おい!てめぇどこのモンだぁー !? 」
スキンヘッドの大男だ。邪魔すんな。俺は修二と話がしたいんだ。話さなきゃいけないんだ。が…。
「うるっせぇ!黙れぇぇぇーーー!!」
いけない。つい怒鳴りつけてしまった。違う、俺は修二に用があるんだ。
「うがああああーーー ! 」
興奮の臨界点。スキンヘッドが言葉にならない奇声を発し、右拳を大きくスイングバックして、突然殴りかかってきた。
「待てぇぇぇぇーーーーー !! 」
修二の叫び声、だがもう遅い。まるで隕石の墜落だ。大上段からデカイ拳が、凄いスピードで落ちてくる。俺はその隕石の墜落に対し、左足から一歩前に踏み出し、かがみ込むようにダッキングで隕石を交わした。それから間髪を入れず、強烈な右のボディーアッパーを突き上げ、鳩尾の辺りに、拳を深々とめり込ませてやった。
スキンヘッドは体を “ く ” の字に折りながら、目を剝き苦悶の表情で、一度大きく息を吐く。次には膝が折れ、スローモーションのように前向きに倒れ、そのまま立ち上がってはこなかった。
「ちょっとアンターーー ! 」
XLCH と XR が、2人同時にステレオで叫んだ。
「おい、邪魔すんじゃねぇよ」
俺は少々凄みを利かせ周囲を睨みつけたのだが、修二の仲間は臆することなく、俺の前に立ちはだかった。しかもすぐ目の前に現れた、まだ10代と思われるガキは、瞳に涙を浮かべ、ガタガタと震えながら、 “ とうせんぼ ” するように両腕を広げ、逆に俺を睨み返している。
「止めるんだ !! 」
威きり立つメンバーの前に、修二は割って入った。
「
下村さんお久しぶりです。ほんと突然ですね。全く気が付きませんでしたよ」
それは冷笑だった。以前、あんなに明るく笑っていた修二からは、考えられないほどの冷たい笑みだった。
「急にこんな場面にまた…。おい、この人があのDef bustaだ。僕の先輩だよ」
更に周囲の空気が張り詰め、ざわめき立つ。
「修二、あのな…」
言いかけた時、また邪魔が入った。
「オイ ! てめぇーー !! 」
バエルだった。後ろから左肩を掴んできた。
『 邪魔だ 』 俺は力任せに左鉄槌のバックハンドブローを顔面に飛ばし、一瞬で打ち倒した。
「なんだぁーてめぇ ! 」
は?なんなんだコイツら…。
「なんだって聞いてんだよコラァーー !? 」
くっそ邪魔くせぇ…。 俺は更に違うバエルを、右フックで殴り飛ばす。
「てめぇーー ! 」
「なめんなぁーーー!」
次々、次々、ワラワラワラワラと、邪魔なバエルが湧いてきて、俺はあっという間に取り囲まれた。
「ふざけんな…」
小声で呟いた。
「ああーーん?なんだぁ !? 」
「邪魔だ…」
更に小声で呟く。
「ああ~~ん!?」
それから、少し溜めをつくってから、腹の底からおもいきり吼えた。
「退きやがれぇぇぇーーー !! 」
そう叫んだのと同時に、目の前の奴を殴りつけ、次には宙に跳び上がり、バックスピンキックを見舞った。
「だらああぁぁぁーーー !! 」
右に左に激しく動きながら、次々とバエルを打ち倒したが、その間、何発も殴り返され、蹴り倒されそうになった。しかし、それでも動き続け暴れまわった。
「俺は修二に話があんだーー !! 」
だが、どんどん目の前に敵が現れ、修二が更に遠のく。
「修二に話があんだよ !! 」
何発もの拳が飛んでくる。
「修二ィーーー」
俺は倒れず、更に暴れ続けた。
つづく