8
出走番号は11番だった。フル参戦している車両が先に走り、スポット参戦は後に回されるようだ。それにジムニー&軽クラスは一番の激戦区となるらしい。やはり車種はジムニーが大半で、その他にパジェロミニや軽ワゴンの改造車があり、あと、軽トラが1台。もちろんその軽トラは、下村さんのとこの『Garage SANTANA』の車両だ。
自分の出番を待っている時間が長い。胸が高鳴る。それは緊張からなのか、それとも高揚からくるものなのか。ヘルメットの顎紐を締め直し、グローブのフィット感も確かめる。
それから、何気なく外に目をやった時、Garage SANTANAのドライバーと目が合った。
「あ…キレイな娘…」
下村さんのチームは、バイク乗りが主だったメンバーだと聞いたけど、あんなキレイな娘までがバイクに乗って、レースをしたりするんだろうか?疑問が湧き起る。
「だけど、なんだろあの娘?私を睨んでいる気がするけど…」
私は思わず目を伏せてしまった。
9
「どうしたっスか?成海ちゃん」
「いや別に…」
つい苦笑する成海。しかし彼女の心には少々面白くない思いがあった。
「あ~~、やっぱりダメ。岩野さん、なに?あの女 !?」
きょとんとする岩野。成海の視線の先にはTraffic Eagleのジムニーに乗る端野ミホの姿があった。
「なんなのアイツ。トロそうな女」
成海は吐き捨てるように言った。
「ああ彼女っスか !? 彼女はタカ社長のとこのドライバーっスよ」
「そんなのは見ればわかる!アタシが言ってるのはさ、あんな周りに流されているだけの、トロそうな奴が、下村さんに認められてるってのが…どうにも…」
成海は途中で口をつぐんだ。
「ああ、そっちっスか。面白くないんスね。まあ、自分もそう思うんスけど、なんというか、今日は見ものっスね」
どうにも釈然としない成海。それにもう一つ疑問があった。
「それにさぁ、なんで下村さんは、突然4輪のレースをやろうって言い出したんだろ?」
「そっちは簡単っスよ」
岩野がにこやかに答えた。
「下村さんと成海ちゃん、ウチの主力選手の2人が怪我してんスから。リハビリってことなんじゃないっスかね?それに、新たな分野の開拓でもあるんスよ」
「ふ~ん…。そっか。下村さんもアタシも大怪我しちゃったしね。ちょっとバイクはまだ…。まあ、その話はまた今度…」
それでも成海は、どうにも釈然としなかった。
10
あっという間に成海の出走順番となった。ゼッケンは10番。Traffic Eagleの一つ前だ。
成海は、岩野のセットアップに絶大の信頼を寄せている。よほどの事がない限り、破綻はあり得ない。沸々と内なる闘志が湧き上がってきた。
スタートフラッグが掲げられた。『用意』である。スターターの頭頂部に掲げられたフラッグを見やり、タイミングを計る。グローブの中の手が汗ばんでいた。自分の鼓動まで聞こえ出す。なんとも心地よい緊張だ。
それから間もなく、フラッグが“さっ”と振り下ろされた。『スタート』だ。
成海は派手に泥を巻き上げながら、第1コーナーの右ヘアピンへ突入して行く。その後に待つ45Rと30Rの右コーナーを抜け、タイトなS字へ。やはり綺麗にクリアーし、裏ストレートに進入。
時折、轍で思うように滑らず、片輪が持ち上がってしまう場面もあったが、逆にそれが観客を沸きあがらせた。
その様子を見ていた岩野は一人つぶやく。
「それでいいっス成海ちゃん。もっとガンガン攻めて下さいっス。軽トラはその名前と見た目でよくバカにされるっス、だけど300㎏以上の荷物を積んで、悪路を走るように設計された車体・足回り・ステアリング性能は、頑丈そのものっス。それはスポーツカーの設計理念にも近いんス。しかも DA62T は、他の軽トラより軽く造られていて、エンジンを始めとして、あらゆる流用可能パーツが多いんス、ちょっとした工夫で軽トラは化けるんス。オフロードの戦闘機と呼ばれるジムニーにも、引けを取らないくらいになるんス。もっともっと、ガンガンいって下さいっス !! 」
高回転域で、よりカン高い音となった軽トラDA62Tは、泥濘や轍をものともせず走り抜けて行く。まさしく軽いボディーの恩恵だった。
そして裏ストレートのドン詰まりには、きつい25Rのヘアピンが待ち受ける。
目を “カッ” と見開く成海。スピードを乗せたまま、車体を綺麗にスライドさせて行く。そして最後に、緩い丘を乗り越えゴールだった。
ゴール後、電光掲示板に出てきたタイムは1分2秒35だった。現在トップタイムとなる。
11
「ガガーー」
「あの軽トラ、マジですごいね!大丈夫?ミホ」
エリが無線で話しかけてきた。
「うん。ほんとすごいね。初出場なのに、ダークホスもいいとこだね」
「そうだね。でも気持ち切り替えて、集中してね ! 」
大丈夫。まかせておいて。口には出さなかったが、心の中でそう呟いた。そのあとは、スタートフラッグしか見えなかった。
緊張の『スタート』。
アクセルを踏み込んだ瞬間、非常に心地よいヨシムラのエキゾーストノートが、車内に鳴り響いた。スピードを乗せたまま、直ドリで第1コーナーへ進入した。これが私の真骨頂だ。次々と目の前に現れるコーナーを、すべてアクセル全開で駆け抜けた。片輪が浮こうが、フロントが流れようが関係ない。全部コントロールしきってやる。
「負けたくない」 それがすべてだ。わたしは今まで、周りに流されるように生きてきた。それで酷く困ったこともなかったし、迷惑もかけてなかったと思う。それに、人に合わせていると、引っ張ってもらえるから、楽でもあった。だけど、そんな私が見つけた、唯一、誰にも負けたくない事。それがクルマだ。「世の中には、自分より速い人がいる」とか、「上手い人はゴマンといる」とか、そんな綺麗事なんか聞きたくない。ダメダメだった私が見つけた、心からハマれる最高の遊び。
「ラストォーー」
私は最後の丘で、余計なくらい派手なジャンプを敢行した。
そして電光掲示板に出たタイムは、1分2秒57。軽トラには僅かに届かず、現在2位のタイムだった。
ゴール後、私はヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。
エリが駆け寄ってくる。
「ミホッ !いきなり軽トラのタイムに並んじゃったよ。僅かに届いて無いけど、1本目でこれは上出来」

エリは妙に興奮していた。
「
う~ん、でも途中何箇所かミスっちゃたんだよね~。2本目はもう少しタイム削れると思うよ」
「うん。うん。このままイッちゃおう !! 」
私はにっこりと笑った。
「あとね、さっきタカ社長に聞いたんだけど、やっぱりあの軽トラのチームって、只者じゃないんだって」
だよね。そんな気はしてた。
「なんか、タカ社長がバイクのレースをやってた時は、一度も勝ったことがなかったって言ってたよ」
「へぇ~。タカ社長ってバイクに乗ってたんだ」
「そう。オフロードバイクね。足を怪我してから辞めちゃったみたいだけど」
なんだか意外だった。
その後、次々と参加車両が出走し、ベクター・グライドの3台、#13パジェロミニが、無駄の無い走りで淡々とタイムを削り、1分2秒10でゴール。続く#14も派手さは無いものの、1分2秒03でゴール。大トリ#15のジムニー(JA11)はチームリーダーのようで、彼はなんとミホと同様、派手な走りで観客を魅了する。ゴールもまた、ミホ以上に飛距離のある大ジャンプを敢行し、1分1秒33の好タイムをマークする。
結果、ジムニー&軽クラス、フラットダート一本目の順位は、ベクター・グライドの3台が1、2、3位となり、Garage SANTANA成海が4位で、Traffic Eagleミホが5位だった。
この結果は、まったくをもって、心中穏やかでは無かった。
「エリ…」
「なに?」
「2本目見ててね、全部ひっくり返すから」
「そう」
含み笑いで顔を見合わせる。
「ふふふふふ、へへへへへへへ」
そして私達は、これでもかってくらい、不気味に笑い、強がってみせた。もちろん、周囲の人たちはいぶかしげに、私達から遠ざかって行ってしまった。
12
ジムニー&軽クラス、フラットダート二本目。
Garage SANTANA成海は、一本目よりタイムが伸びず、1分3秒03に終わり、一本目の良い方のタイムが採用される。他の連中もコンディションの良かった、一本目のタイムを上回るチームは存在しなかった。
しかし、たった一台だけタイムを縮めた者がいた。それはTraffic Eagleミホである。
一本目は、ほとんどのコーナーを、アクセル全開 “スカンジナビアスタイル” の豪快なドリフトで駆け抜けたのだが、二本目はスピードの乗るコーナーだけ、慣性ドリフトを使う。残りは轍を読み、タイヤを引っかけるように曲がったり、外に流れるタイヤのストッパーに使うなど、轍を最大限利用しコーナーリングした。それから最後の大ジャンプは、誰よりド派手に決め、ゴールしたのだ。
そして1分1秒02という、驚異のタイムをマークし、トップに踊り出た。そこには満足げな表情を浮かべる、ミホの姿があった。
次はいよいよモーグルである。
13
モーグルコースのスタート位置では、フラットコースと同様、一台一台の出走となるため、縦一列に車両が並ぶ。
スタート直前には、いきなり傾斜角30度のヒルクライムがあり、岩だらけのガレ場が待ち受けている。
モーグルは出走順に入れ替えがあった。フラットでのタイムが遅い順での出走となったのだ。当然、スーパーラップを叩き出した、Traffic Eagleは最後の出走となる。つまり,順位争いをしている上位5台の“大トリ”となるのである。
Traffic Eagle吉野ことヨッシーは、ラリー用のジェットヘルメットを被ったまま、ジムニーJB23の車内に収まり、アナウンスされてくるタイムをジッと聞いていた。
「#13ベクターグライド3号車、タイムは2分24秒32…。#14ベクターグライド2号車、タイムは2分23秒02…」
そしてチームリーダーである#15の1号車が出走する。
「でたー-!#15ベクターグライド1号車、ぶっちぎりの2分20秒フラットォーーーー !!」
ヨッシーは大きく深呼吸をした。
「大丈夫。大丈夫。練習どおりやれば優勝だ」
一人つぶやき、スタートフラッグを睨んだ。
『スタート』。
JB23の音が明らかに変わっていた。Traffic Eagleのメカ担当でもあるヨッシーは、この短時間で、トルク重視のセッティングを施したのだ。
ヨッシーは、あっという間にガレ場のヒルクライムを登頂した。
今度は緩やかなダウンヒルだが、そこには無数の廃タイヤがランダムに埋められている。
「おおおお!タイヤが地面から生えてやがるーー」
ボコンボコン、ベコベコ、ギュギュギュ。タイヤが潰れ擦れる音が気持ち悪い。
「おうっ、おうっ、おうっ」
飛び跳ねながら順調にクリアーして行く。次は大岩だらけのロックセクション。ヨッシーは一瞬でラインを読み、即アタックする。
「許せジムニー、このラインじゃないとトップが取れん!」
ヨッシーの言う『このライン』とは、大岩を乗り越え、車幅ぎりぎりの箇所をスリ抜けるという、かなり無茶なものだった。その大岩を乗り越える際、派手にバンパーが破損した。嫌な音が耳に残る。
「もう一丁!」
次に岩と岩の間のスリ抜けでは、フェンダーを潰した。ヨッシーは、自分に苦痛を受けているかのように顔を歪める。
「おっりゃーー!次っ!」
今度は傾斜角40度に達する、壁のようにそそり立つヒルクライムだった。JB23は、咆哮しながら、力強く丘を駆け上がる。
それから登頂後は、お決まりのごとくダウンヒルなのだが、そこには40度の傾斜にプラスし、不均等に配置されたコブの斜面が待ち受ける。
「みんなここで大きくタイムロスしているはず。だけど俺には秘策があるんだ!」
その時、ヨッシーが思い描いていたイメージは、スキーのモーグルプレーヤーが、斜面のコブを板で叩くように滑るさまだった。
そしてそのイメージと、目の前に広がる光景をリンクさせ、アタックに入る。
「おおっりゃーーー!」
JB23が飛ぶ。コブの斜面へ着地、それから一気に向きを変え、更に飛ぶ。見たことも聞いたことも無い、とんでもないドライビングだ。それは正しく “スキーのモーグル” と同様の動きだった。
右へ左へ飛び、途中転倒しそうになりながらも、なんとか全てのコブをクリアーする。
そして最後のヘアピンを、綺麗なドリフトで駆け抜け、無事にゴールした。
14
戦士達に安堵をもたらす、トワイライト。表彰台の前に、観客及び出場者達が集まっている。
そこへ、ドンッ!っと貼り出された順位表には 『4位Traffic Eagle』 の文字が…。
そう、結果は4位に終わった。
結局、このレースはフラットダートとモーグルの、タイム合計が勝敗を分ける。つまり、ヨッシーはやらかしてしまっていた。上位争いの中では、最後のタイムだったのである。
1位、#15ベクター・グライド1号車
2位、#14ベクター・グライド2号車
3位、#10 Garage SANTANA軽虎1號
4位、#11 Traffic Eagle
以下省略
それを見たTraffic Eagleチーム員は、お笑い番組に出ているタレントのように、ズッコケていた。それにヨッシーは、肩を落とし、あからさまな落ち込みを見せている。彼の回りだけ暗雲が立ち込めているようだった。
「ヨッシー…手前ぇ…やっちまったなぁ…」
タカ社長の顔は強張り、唇がヒクヒクと動いていた。
「タカ社長、もういいじゃないですか」
ミホがなだめた。
「おう、端野ミホ、お前はよくやった。フラットダートのレコードと、個人MVPまでもぎ獲ったからな。しかし、よぉ~しぃ~のぉ~!!」
ヨッシーの弁解。
「いや、その、タカ社長…違うんですよ、コレはソノアノ…」
「ああ~~ん !?」
「つまり…。ごめんなさぁーーーい ! 」
ヨッシーは一目散に逃げ出した。
「あっ ! 手前ぇ、待ちやがれ !! 」
タカ社長もダッシュで追いかける。が、この時、タカ社長の走り方は、少々ぎこちなく見えた。
「そういえばタカ社長、足に怪我したってエリが言ってたなぁ」
ミホはそんな事を考えていた。
ゴロゴロと遠くで雷の音が聞こえた。秋の終わりも近い。じきに嵐がきて、紅葉は全て散り、またこの地は白銀の世界に包まれる。
「以前は冬って楽しかったんだけどなぁ…今は大嫌い。ほんと嫌な季節がきちゃうなぁ…」
ミホのその言葉は、明らかにホワイト・グレネードへの嫌悪感を指していた。あの恐怖が蘇る。
また遠くで雷の音が聞こえた。
つづく