後編、登場人物
●輪道 成海 (19歳・女)
ライムグリーン3眼ライトのkawasaki KX500改(通称サードアイ)を駆り
下村のデスペラードジャケットを模した、M65フィールドを着るようになった。
●下村 貴 (24歳・男)
TEAM SANTANAのリーダー及びGarage SANTANAの代表。
フルカスタムでスカチューンが施されたKawasaki Z1000Mk2改を駆る。
●上場見 顎 (25歳・男)
ヘビ顔の男。残忍な性格。麻薬ジャンキー。デリヘル店を経営者していたが
現在は数多の犯罪容疑で逃走中。
●岩野 剛 (27歳・男)
Garage SANTANA ~T. P. Special~ という主にトランスポーターのぎ装・販売をしている店を
下村から任されているメカニック。
●進藤 諒一 (27歳・男)
TEAM SANTANAのメンバー。職業は北海道警察の私服警官をしている。
●坂本 仁 (22歳・男)
TEAM SANTANAのメンバー。ドラッグの坂本とも呼ばれている。
●輪道 源三 (65歳・男)
元国際的な2輪ラリーストで、現役時代は“サードアイ”と呼ばれていた。
成海と七菜香の祖父。現在は「ペンション輪道」を経営している。
1 憎しみのウロボロス
季節が移り行き、夏から秋へ、そして冬となり、白金温泉郷の辺り一面が、白銀のヴェールに包まれる時、それは、北海道のバイク乗り達が、ガレージに愛車を仕舞い込み、来季に向け、整備、カスタムに精を出す季節でもある。しかしこの年、旧道・白金峠では、冬期間であるにも関わらず、2ストの甲高いバイクの排気音が、毎日鳴り響いていた。
冬期間の新道は、朝・晩と2回除雪車が走り、そこに暮らす町民の生活と、観光に来ている、スキーやスノーボード客の、出足を支えている。 そしてワインディングとなる、グラベルの旧道は、朝に一回の除雪が入るだけで、冬になると、この道路を走る者は、ほぼ皆無となっているはずだった。
しかし成海は、まともに、手入れがされていない状況の旧道こそが、トレーニングをするためには、最高の状態だと捉えたのだ。 大雪で深雪となる日。放射冷却現象で、冷え込みが厳しくなる日。吹雪でホワイトアウトとなる日。暖気でアイスバーン上の雪が解け、非常に滑りやすい、ウェット・オン・アイスとなる日。来る日も、来る日も、成海は旧道で、KX500 ・ 通称 “ サードアイ ” を駆り、自分の技を磨いた。
また、それと同時に、鍛えた技はもう一つあった。それは、過去、祖父から習った 「 松濤館空手 」 の蹴り技で、エンデューロブーツを履いたまま、毎日、毎日、足場の悪い雪の中で、繰り返し稽古を続けた。 その稽古場所として選んだのは、愛する下村と出会った、あの大きな白樺の木の下だった。ただ、ただ、ひたすら稽古し続けた。
そして、雪解けとなり、春の息吹を感じられる頃には、鋭い体感センサーと、絶妙なバランス感覚をその身に着け、更には、強靭かつしなやかで、鞭のような蹴脚も備わっていた。そんな今の成海には、「時間が全てを解決する」などという、日和りの弱々しさは、一切存在しなかった。
2
「成海や…、もういいんじゃないか?お前…すっかり変わってしまったぞ…」
源三は、MXウェアーに着替えた成海の背中越しに、優しく語りかけた。
「…おじいちゃん…」
以前までは、陽の光を浴びる、向日葵のように、明るい笑顔を振舞いていた成海だったが、その面影がすっかりと消えてしまい、今は笑わなくなっていた。
「ごめんね…」
それは悲痛な哀愁で満たされた、悲しみの表情だった。
「下村くんは、こんな事を望んじゃおらんぞ ! 今のお前を見たら何と言う !? 」
詰め寄る源三。しかし成海の表情は変わらない。
「成海…もういいんじゃないか?」
少し間をおき、同じ言葉を繰り返した。が、成海は静かに首を横に振った。
「おじいちゃん、あのね…今まで黙ってたけど、一つ心配な事があるの…」
ゆっくり頷く源三。
「なんじゃ?」
「アイツ…上場見は…」
それは、まるで呪文のようだった。その言葉を発した瞬間、成海の表情は、見る間に険しく変貌した。その様子を見た源三は、思わず息を飲み込んでしまう。
「アイツはさ、絶対近くに居る。指名手配されたにも関わらず、アタシと下村さんを、執拗に付け狙ったんだから」
更に成海の表情は険しくなった。そこでようやく、源三も口を開いた。
「そんなまさか !? あれだけの事をして、いまだこの地に潜伏しているなんて…」
その続きを聞く前に、成海は源三の言葉を遮った。
「アイツは間違いなく、機会を窺っている。こんな事くらいじゃ、簡単には諦めない」
「それにしたって、警察が…」
成海はまた、源三の言葉を遮った。
「アイツは地の底から、アタシに復讐する機会を “ ジッ ” と窺ってる。でも好都合。今度こそ… 今度こそ下村さんの仇を打つ ! 」
固く握りしめた自分の拳を見つめる。
「それに、そうしないと、次はナナに危険が及んじゃう。アイツの3人目の標的は、ナナだったの… だからアタシが… アタシが囮にならなきゃ !! 」
成海は唇を固く結び、そこで会話を終わらせた。
「そんな…まさか…」
源三の口から悲痛な思いが漏れた。それから成海は、踵を返し、下村のデスペラードジャケットを模した、M65フィールドジャケットに袖を通す。
「そんな…成海…。人を呪えば、必ず自分も、その報いを受けることになるんだぞ…」
源三は、立ち去ろうとする、成海の背中にそう投げかけた。
3
ペンション輪道を出て、成海が向かった先は 「 Garage SANTANA 」 だった。そこで、SANTANAのメンバーに会う約束をしていた。いや、それは約束というより、面接といった方が、適切な表現であろう。彼らに協力を仰ぐつもりだった。だがしかし、その面接は、手痛い “ しっぺ返し ” を喰らう結果となってしまう。
その場で成海を待ち受けていた、SANTANAのメンバーは、メカニックであり、オフロードマニアの岩野を始めとし、Kawasaki 750ターボを駆るドラッグの坂本、HONDA TLM220R・トライアルの進藤だった。
しかもその進藤は、成海に下村の死を伝えた、あの私服警官でもあった。そんな彼等の前に立ち、軽く頭を下げ、挨拶しようとした時、いきなり坂本が、成海に罵声を浴びせかけた。
「よくもまあ、抜け抜けと、ツラぁ出せたもんだなぁおいっ !! 」
怒りの表情で続ける。
「誰のせいで、こんなんなってんのか、分かってんのかぁ!ああ~~ん !? 」
成海には辛い問いかけだった。それに、次の言葉もよく分かっていた。
「俺達は、手前ぇのせいで下村さんを…」
「坂本、もう止めるッスよ !! 」
その言葉を遮ったのは岩野だった。
成海は、今にも泣き出したいくらい、本当に辛かった。だが、ただただ、溢れ出しそうになる自分の弱さを “ ぐっ ” と堪えた。
「くそったれ…今更になって、上場見捕まえんのを、俺達に協力しろだぁ!?それにその恰好 ! 下村さんの真似までしやがって…気に入らねぇ !! 」
明らかに好戦的な坂本に対し、成海はあえて挑発をした。
「だから何だって言うのさ?口じゃ偉そうな事を言ってるけど、誰も下村さんの仇を討とうとしてないじゃないか !! それでもSANTANAなのかい !? 」
「はっはっは…」
一瞬呆れるように、苦笑いをした坂本が、成海の正面にゆっくりと歩み寄り、それから左の平手打ちを飛ばした。交わそうと思えば、いくらでも交わせたが、成海は甘んじて受けた。それは、叩かれた痛みではなかった、心に突き刺さる、悲しみだった。
「テメェ、ふざけた事ばっかヌカしてんじゃねぇよ !! 」
「もう止めるッスよ」
そこへ岩野が割って入り、成海から坂本を遠ざけた。そして進藤が静かに語り出す。
「成海ちゃん。実はね、僕は今回の “ 下村殺し ” のヤマを降ろされたんだ。表向きの理由は、私情が絡むからだそうだ。僕は下村に近すぎるってさ」
「だから何?それで、おめおめと引き下がったの?」
坂本に平手打ちを受けたにもかかわらず、あくまで挑発的な成海の言い方は、あえて皆から、咎を受けるために発せられる、贖罪にも似た必死さが漂う。だが進藤は、自分の感情を抑え、穏やかに答えた。
「まさか。僕の本心は、はらわたが煮えくり返っている。だからこうして、個人的に動くことにしたんだ。僕もSANTANAの端くれだからね。上場見は絶対に許せない」
成海は “ コクリ ” と一つ頷き、黙って進藤の話を聞いた。
「でも協力できるのは、あくまで水面下だけだ。それ以上のことは期待しないで欲しい。その辺は察してくれよ」
進藤はゆっくりと一息つき、話を続けた。
「だから、僕がこれから話す事は、全部独り言だ!」
今度は全員が進藤を見つめた。
「上場見は間違いなく、近くに潜んでいる。それは恐らく、僕たちSANTAN…いや、下村に関係する、僕達全てを的にかけている。事実、あの事件以来、僕を失脚させようとする怪文書、つまり、有りもしない、公金の横領について書かれた手紙が届いたり、他のメンバーだって、バイクに悪戯されたり、夜道で何者かにツケられたり…身の回りでおかしな事が、頻発するようになった」
凛々しい表情で、黙って聞く成海。
「でも、僕達だって馬鹿じゃない。ある時、犯人のものであると思われる、バイクを一台押収したんだ。札幌市の街中で、防犯カメラに映った不審人物。どうも上場見と、背格好や特徴が似ていたことから、近くにいた警官が職質(職務質問)をしようとしたところ、急に逃げ出したんで、バイクごと引き倒し、取り押さえにかかった。けどその警官は、上場見の仲間と思われる人物に、後ろから後頭部を鈍器で強打され、いまだ意識不明の重体だ…可哀想に…。で、そのバイクなんだけど、引き倒した際に、どうやら、プラグが “ カブッ ” てしまったようでね、乗り捨てていったんだ。」
息を飲むメンバー。
『まさかZ1000Mk2?』 成海は心の中で、瞬間的にそう思った。しかし進藤は、それを見透かしたように、首を横に振る。
「そのバイクはHONDA CRF450R。本来、公道を走れないレーサーだったんだよ。テンプラナンバーと、ウインカーやライトまで付けてね。当初、盗難車かとも思ったんだけど、どうやら、そうじゃないみたいなんだ。まず、全国に照会をかけたんだけど、この車両…、いや、この車種の盗難届は出ていなかった。もちろん登録番号は全て削り取られていた…。しかも、全ての部品もだ!全ての部品番号がだぞ!! 全く信じられなかったよ。だが、諦めないでもっと調べていくと、とんでもない事が分かった。このCRFは、型が新しいにも関わらず、随分と走り込まれた様子があった事から、エンジンを調べてみると、オーバーホールされた形跡がみつかった」
「じゃあ、交換部品から追跡できたってこと?」
成海は、堪らず口を挟んでしまった。しかし、またもや首を横に振る進藤。
「いや、ダメだった。そこがコイツのとんでもない事なんだ。メーカーに照会をかけて、ここ最近で出荷された、オーバーホールパーツの全てを調べたんだが、全部行先がはっきりしていて、上場見に繋がる手掛かりは、全くなかったんだ。登録台数が少ない車種のうえ、飛ぶように売れるパーツじゃないから、直ぐに足がつくと思ったんだが…」
「つまり、どういう事なの?」
「つまり…あのバイクは完全な幽霊だ。存在していない。戸籍が無い人間と一緒だ。しかも上場見とその一味、数人の仲間がいることも確認されているのに、全く足取りが掴めん!つまりだ…その…」
進藤は言葉を詰まらせた。
「一番想定したくない事が起きている…つまり…、つまり…、誰か強力なバックがいて、奴等を匿っているとしか思えないんだ…」
「SANTANAの敵ってことなの?」
訝しげな表情の成海。
「わからん。そんな事が出来るなんて、相当な大物だろう。しかし、そんな奴にケンカを売った覚えはないし、第一、上場見を庇う理由が、全く分からんのだ」
暫く沈黙の後、何か試案していた成海が、ある提案をした。
「確かに、アタシも最近、人に見られている感覚がよくあったよ。漏れなくアタシも、監視されてるって事だよね !? それならさ、コソコソ隠れてないで、今月末にある “ BIEI RALLY GREAT DAYS ” に参加して、思いっきり目立ってやろうと思うんだ。もしそれで、奴等から何らかのアクションがあれば、足取りが掴めるってもんでしょ?」
進藤は黙ってしまい、容認しかねていた。そして、そこに水を差したのは坂本だった。
「オイ ! 調子に乗んなブスッ !! 何が思いっきり目立ってやるだ !? 誰のせいでこうなってるって思ってんだ?手前ぇのせいで下村さんはなぁ…下村さんは…」
言葉が詰まる。だがそこで、岩野が坂本の肩を軽く叩き、何度も頷いてから。ようやく口を開いた。
「坂本、わかったッスよ。わかったッス。皆で下村さんの仇を討つッスよ !! 」
岩野は、更に坂本の肩を叩きながら、自分の決意を述べた。
成海は下村の事で、責めを受ける覚悟はしていた。しかし、分かってはいたものの、それは心臓を掴み出されてしまったような、苦痛そのものだと感じた。事実上、SANTANAに協力は得られた。しかし依然として、孤独であることに変わりは無い。
とんでもない “ しっぺ返し ” だった。
つづく