GREAT DAYS(審判の日)
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『 BIEI RALLY GREAT DAYS 』 は4日間にわたり、様々な林道と公道を駆け巡る、クロスカントリーラリーである。初日は天気に恵まれ、晴天の気持ち良い朝に幕を開け、地元民も大勢集まるなか、盛大な開会式が行われた。
その後オフシャルが、出場選手達への簡単なブリーフィングを行い、レーススタートとなるのだが、それは、大会事務局から事前周知された『ラリー概要』からなる、文書を、理解した上でのことだ。
『 BIEI RALLY GREAT DAYS 』 概要
BIEI RALLY GREAT DAYSは、一般公道を利用する競技であるため、道路交通法規を遵守すると共に、地域社会に配慮する必要がある。
SS (競技区間)では、一般車両の進入を防ぐなどの対策が施されているが、リエゾン(移動区間)では、一般公道や市街地を走行することもあるため、車検取得など、交通法規に準じた、厳しいレギュレーションを設ける。重大な交通違反を犯した者は、即失格とする場合もある。
スタートは、一台ずつが一定の間隔でスタートする、タイムトライアル形式で競技を行う。スタートする順番はゼッケン順だが、前日のゴール時間順、または前日までのリザルト順などとする。
SS (競技区間)では、所要タイムが少ない順に順位が確定される。ただし途中設けられた、CP (チェックポイント)を通過できない場合や、その他レギュレーションに違反した場合は、ケースごとにタイムペナルティーが課せられ、そのステージごとの総合計と、その日までのスタートからの累計によって、順位を決定する。
リエゾン(移動区間)に設けられるCP (チェックポイント)では、設定タイムより早く到着した場合にも、ペナルティーが課せられる。
事前に走行ルートは発表しない。レッキやペースノート作りは禁止とする。その代わり、『コマ図』と呼ばれるルートブックを、当日に配布し、ラリー用トリップメーターの距離とコマ図のイラストから、ルートを読み取り目的地を目指すこと。
以上
と、このような感じである。
今回、成海のサポートに着いたのは、岩野と坂本の2人であった。進藤は観客に紛れ、辺りの様子を窺うことにした。そして相も変わらず、仏頂面の坂本であるものの、バイクの整備やタイム計測など、黙ってサポート隊としての仕事をこなしていた。
このラリーに出場してくる、選手のほとんどは 『 年に1回のお祭りを楽しみに来ている 』 そんな雰囲気であるが、ごく一部、本気で上位を狙う連中のなかには、相当な手練れも存在している。
特に、岩野からレース前に紹介された、オフロードの師匠という、左門豊作を彷彿とさせる容姿の “ 武田達人(たけだたつひと) ” なる人物は、相当な経歴の持ち主で、世界中のラリーレイドに出場する、プライベーターのラリーストであり、パリ・ダカールラリーを始め、 ISDE ( International Six Days Enduro ) や、国内の MFJ CPU ENDURO で、数々の輝かしい成績を納めているのだ。
ラリー開始後は、予想通りの展開となった。KTM400EXCを駆る武田の走りは凄まじく、穏やかな風貌とは打って変わり、攻撃的なライディングで、他の追随を許さず、SS (競技区間)でのタイムアタックは、常にトップを独走状態となり、次々とレースを消化していった。
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SANTANAのメンバーにあっては、あらゆる期待と不安が、複雑に入り混じる事となった今回のレースであったが、その実、上場見が絡むような特段変わった事は何も起きなかった。が、しかし、ことレースにおいて、手を抜かない彼等は、大番狂わせを起こそうとしていた。
当然ダークホースはSANTANAだ。最終日となる4日目、なんと成海は、その身につけた、祖父譲りのテクニックを駆使し、順位を2位にまで浮上させていた。トップを独走する武田を、完全に射程距離に捉えていたのだ。
最後のリエゾンが終わり、ファイナルクロスと称される、SSのタイムアタックでは、トップを走る、この百戦錬磨の手練れ、武田の背中に、自分の息がかかりそうなほどタイム差を詰めていた。
逃げる武田、その後を追うSANTANA。 その瞬間、成海は本当に楽しかった。ただ、目の前の強敵を追い詰め、速く走る事に没頭できたのだから。
この時、復讐の旅路の途中にある成海ではあったが、皮肉にも、レースの楽しさや、バイクで走る楽しさを再認識することとなってしまったのだ。
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結局、本ラリーは総合点での勝負となる。強敵だった武田を、最終のSSにおいて、遂に抜き去る事ができた成海であったが、当初の目的は違うところにあったので、終始軽視していた、リエゾンでのペナルティーがひびき、結果は3位に終わった。
そう、本来の目的が違った…。 それはSANTANAだけが知る事実…。
しかし、武田や他の参加者達は、女性ながら、成海のガッツある、そのライディングに、盛大な賛辞を送った。
「岩野、お前、とんでもない新人を連れてきたなぁ。遂には追い抜かれちまった。いや~、まいった、まいったぁ(大笑)」
武田は、照れ隠しにおどけてみせたが、次の岩野の言葉に、思わず驚愕してしまう。
「武田さん。輪道の名前で、誰かを思い出さないッスか?成海ちゃんは、サードアイ輪道のお孫さんにして、直弟子なんスよ」
それを聞き、驚きの表情で凍りつく武田。
「なんだって !? まさか… そんな… サードアイ…」
武田は次の瞬間、黙って成海の両手を握り、深くお辞儀をしてきた。一瞬困惑した成海であったが、武田のその行為は、祖父に向けられた、敬意であった事を知る。
「サードアイ輪道は、私達のヒーローなんだ。彼に憧れて、オフロードバイクを始めた。まさか貴女が、その血筋の方であったとは…。どうか、お爺様によろしくお伝え下さい」
なおも最敬礼をする武田。
全力を出し切り、本気で闘い、勝敗が決した後にあっても、お互いを称えあえる相手に出会い、成海は感動を覚えていた。そして、バイクで走る楽しさまで、再確認させられ…。
それに、ずっと仏頂面をしていた坂本も 『 3位なんてビリと同じだけどよぉ、最後のSSは…。あの武田さんを抜いちまうなんてな。凄く良かったよ 』 などと、少し照れながら、成海に賞賛の言葉を贈った。
あの事件以来、ずっと孤独だった成海。それは、冷たく閉ざしてしまった心に、少しだけ、温かい光が差し込んだ瞬間でもあった。
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夕刻、表彰式も無事に終わり、帰り支度をしていた時だった。
「おう、喉乾いたろ?なんか飲み物買ってきてやるよ」
坂本が珍しく気を利かせ、成海にそんな事を言った。
「うん。頼むッスよ」
岩野が、小走りに駆けていく坂本の背中に、そう言葉を投げかける。
「成海ちゃん、坂本を許して欲しいッス。あいつは心底、下村さんに惚れ込んでたんスよ。だから行き場のない悲しみを、成海ちゃんに向けてしまったんス。どうか許して欲しいッス」
愁いの表情の成海。
「許すもなにも…もう充分わかってるよ。アイツ、本当は優しいヤツなんだよね」
そんな成海に、岩野は何度も頷いてみせた。
その時だった。少し離れた場所で、タイヤのスキール音が激しく鳴り、次には女の悲鳴が聞こえてきた。
顔を見合わせる成海と岩野。嫌な予感がした。全力で走り出し、その場の人だかりの中へ割って入る。そこで見たものは、頭部から血を流し、無残にも倒れている坂本の姿だった。
「坂本ぉーー ! しっかりするッスよぉーー ! 坂本ぉーー !! 」
岩野が叫びながら駆け寄った。
「一体何があったんスか !? 」
するとギャラリーの一人が答える。
「いや、急にあのクルマが走ってきたかと思ったら… その人を撥ね飛ばして…」
その男の指さす方向には、坂本を撥ねたと思われる古いセダンが一台停まっていたのだが、運転手の姿は既に消えていた。
「チクショー ! まさかこんなタイミングで襲われるなんて !! 」
周囲を見渡す成海。
「チクショー、チクショー…」
注意深く、全神経を張り巡らせる。更に注意深く、注意深く…。
そして野次馬の向こう側に、一台のバイクを見つけた。
「あっ !? 」
そこで見たそのバイク !? そいつは聞き覚えのある、空冷4サイクル・モンスター、KERKER KR管の野太いエキゾーストノートを響き渡らせた。
「…Z1000MkⅡ…」
成海の眼が大きく見開かれた。
そのバイクに跨った人物は、フルフェイスのヘルメットを被っていたが、すぐに誰だか分かった。瞬間、その男は右手で“来い”というジェスチャーをしてみせた。
「上場見ぃーー !! 」
成海の心が、どんどんドス黒く変色していった。
「岩野さん、アタシはアイツを追うから、坂本さんをお願い ! 」
そう言うや否や、一直線に走り出す成海。が、上場見は、激しくタイヤスモークを吐き出しながら、その場から走り去る。
「チクショー !! 」
次は成海の番だ。スクランブルインターセプト。サードアイに跨ると同時に、キック一発でエンジンに火を入れ、一瞬でその場から、離陸するかのように、KX500を発進させた。
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同時刻。旭川市の某所。そこはスキー場近隣に立ち並ぶ、ログハウス風の山小屋群である。そんな場所に進藤の姿があった。
その昔バブル期に、別荘として建て売りされた、70㎡程の小さな住宅の一つである。その他にも数軒その存在が確認できるが、どれも使われている様子はなく、既に忘れられた遺産である。静寂に包まれた廃屋達。それはまるで、おとぎ話に出てくる魔女の棲家のようだった。
進藤は随分と急いだ様子であった。彼は、目的と思われる山小屋に辿り着くと、入口のドアに、合図のノックを、最初に2回、その後に3回と分けて叩き、室内に入っていった。
陽が落ちかけ、薄暗くなった室内。そこにはランタンが置かれており、一人の人物が、天井の梁にぶら下がり、見事な肉体美の上半身を露わに、何度も懸垂を行っていた。しかし明かりは “ ぼんやり ” としていて、はっきりと顔が見てとれない。
それから進藤は、その人物のトレーニングの邪魔にならないよう、ゆっくりと話しかけた。
「遂に上場見が動き出した。それに睨んでいた通り、バックには相当なヤツが絡んでいそうだ」
その人物は、進藤の言葉を聞きながら、更に数回懸垂を続け、ある一定回数に達したとき、ようやく梁から手を離し、床に飛び降りた。少し呼吸が荒い。
「そうか…他の連中は?」
その男の声、それは低音ながら、澄んでよく響く声だった。
「坂本が車で撥ねられた…。まさかあの場で、そこまでするとは…甘かった…」
進藤は悔しそうに下唇を噛む。
「成海は?」
「成海ちゃんは…。いま彼女は、上場見と思われる人物を、バイクで追っている。それに、俺の方から所轄署にも通報を入れたから、警官隊も総出動し、あちこちで検問を張っている。確保は時間の問題だと思うが…」
一瞬言葉に詰まった。
「いや、これは俺の勘だが…。それだけじゃ終わらない気がする。まだ上の許可は下りていないが、いますぐ一緒に来て欲しい」
暗がりで、薄ぼんやりとしか顔は見えないが、その人物が “ ニヤリ ” と笑ったのがわかった。
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2台のモンスターマシンによる追跡劇。成海は遂に、上場見を追い詰めた。追っているそのバイク、それは下村のZ1000MkⅡだ。 他の人間が、易々と乗りこなせる代物なんかじゃない。暴れる車体を押さえつける強靭な下半身と、卓越したバランス感覚、更には、指先に繊細なアクセルワークを要求してくる 『 空冷モンスター 』 なのだ。同じ “ 時代遅れの化物 ” を飼い馴らす成海には、よく分かっていた。
事実、アクセルを開けるたびに、あらゆる場所で、派手なテールスライドを誘発し、立ち上がりでは、いたるところで、ポンポンとフロントタイヤを浮き上がらせる。その溢れ出すパワーとトルクは、速いどころか、逆に 『 乗り難さ 』 という足枷が、容赦なく乗り手に襲いかかってくるのだ。
それでも上場見は、そんなバイクを辛うじて操作しながら、旭川市街で派手なカーチェイスを繰り広げ、郊外の山麓、ある解体屋の工場に逃げ込んだ。
つづく