あけましておめでとうございます。
今年もデフバスタをよろしくお願いします(=^∀^=)
登場人物
●下村 貴
“しもむら たかし” (24歳・男)
TEAM SANTANAのリーダー及びGarage SANTANAの代表。
過去に「Def busta下村」と呼ばれていた。Kawasaki Z1000MkⅡ改を駆る。
●真田 修二
“さなだ しゅうじ” (22歳・男)
もう一つのSANTANAのリーダー。下村の後輩。
●南條 零
“なんじょう れい” (24歳・女)
通称レイ。MBM社を母体とする新興バイクメーカーKAMUI社の若き女社長にして、南條家の令嬢。
下村に淡い想いを寄せている。
●牧 真志
“まき しんじ” (24歳・男)
下村の悪友。かつてはプロのキックボクサーだった。現在は高利貸業を営んでいる。
●府月 周遠
“ふづき しゅうえん” (32歳・男)
HN社の重役。KAMUI零の一件以来、下村に深い恨みを抱くようになった。
●岩野 剛
“いわの つよし” (27歳・男)
Garage SANTANA のスゴ腕メカニック。
●進藤 諒一
“しんどう りょういち” (27歳・男)
TEAM SANTANAのメンバー。職業は北海道警察の私服警官。
●坂本 仁
“さかもと ひとし” (22歳・男)
TEAM SANTANAのメンバー。通称ドラッグの坂本と呼ばれている。
●輪道 成海
“りんどう なるみ” (19歳・女)
TEAM SANTANAの新メンバー。3眼ライトのkawasaki KX500改(通称サードアイ)を駆る
●堀井 士郎
“ほりい しろう” (88歳・男)
MBM社を母体とする新興バイクメーカー「KAMUI」の特別顧問。
●上場見 顎
“うわばみ がく” (25歳・男)
麻薬のジャンキー。デリヘル店を経営者していたが、現在は数多の犯罪容疑で逃走中。
●六部 本気
“ろくべ もとき” (50歳・男)
通称ロブ・マジー。謎のチューナー。現在はコンビニエンスストアー(セイコーマート)の雇われ店長。
あらすじ
「Steele Runner(スティール・ランナー)」それは、まだ不良少年だったあの頃、誰もが憧れた伝説の男。皆が彼のように成りたくて、バイクに乗り、誰もが彼の幻影を追った。
しかし、スティール・ランナーは。夢や幻じゃない。十数年ぶりに、その名を現代に甦らせ、二代目となった、もう一つのSANTANA・真田修二。
その真田を利用し、下村を付け狙う府月。あらゆる想いが交錯し、下村は渦中のスティール・ランナーを巡る闘いに、巻き込まれて行くこととなる。
ここに、己の想いとプライドを賭けた男達の、一大レースの幕が、切って落とされる。
1.Steele Runner
道央サーキットは、TSW(十勝スピードウェイ)の全長3,405mクラブマンコースを模倣し、建設されたサーキットであるが、各コーナーには様々な角度のバンクが設けられており、本場クラブマンコースより、2秒程度(速い)タイム差があると言われている。
この日は、これから北海道の一大レースイベントである「Steele Runner battle(スティールランナーバトル)」が開催されようとしていた。
5番ピット、真田修二はベイツの革ツナギを着て、愛車・スペンサーカラーのCB750F(FB)を前に、ステップ回りの点検を行っていた。
跪いたその姿は、まるで祈りを捧げているようにも見える。それは、背中に大きくペイントされたチーム名 『 SANTANA 』 、Saint Ana 《 聖なるアナ 》 への礼拝にも似ていた。
「いよいよ今日、二代目スティール・ランナーの誕生ですねぇ。十数年ぶりに栄誉あるその名が復活するとは、今からわくわくしますよ」
修二の後ろから、非常に爽やかで、物腰が柔らかく、紳士的な府月が声をかけてきた。端正な面立ちで、一つ一つの振る舞いに、気品すら感じる程だった。
「府月さん…」
修二は立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「それもこれも、全て貴方のお陰です。パーツ提供のみならず、資金まで出して頂いて…。 でも… どうして僕に、ここまでしてくれるのですか?」
「はっはっは、簡単な事です。スティール・ランナーは皆の憧れ。その初代のバイクに拘り、それを復活させ、ましてや現代のマシンと同レベルになるまで改造を施して、その名を復活させようとしている、そんな真田さんの情熱に私は心を打たれたのですよ」
優雅なその振る舞い、声の音質、府月のそれは、男であろうと女であろうと、たちまち虜にする。
「それに、今後は真田さんのように、才能ある若い方がリーダーとなり、皆を牽引する指標となるべきなんですよ」
「はあ…、でも本当に感謝しても、しきれないくらいです。こんな僕に何か出来ることがあれば言って下さい… あ、いや、僕ごときが貴方ほどの人に出来る事なんて何も無いか… ははは」
そのとき府月は “ ニヤリ ” と口角を吊り上げた。
「いやいや、真田さんのお気持ちが、本当に嬉しい。そうですね。一つだけお願いしたい事があります」
そう言い、府月はスーツの内ポケットから、一枚の写真を取り出し手渡してきた。 すると、修二は驚きの表情となる。
「え?これって、下村…さん」
「おや、ご存じでしたか?」
それは確信犯の問いだった。さっきとは打って変わり、今度は顔を歪めた、冷たい冷たい笑みとなる府月。
「今回のレースで、貴方がスティール・ナンナーとなった暁には、必ずこの男が真田さんの前に現れるでしょう。そうなった時、この男を完膚無きにまで叩き潰して欲しいのです」
一瞬言葉を失う修二。
「そんな…下村さんを…」
修二の内で下村への、あらゆる想いが交錯する。 過去の栄光、尊敬、憧れ。 そして今ある障害、義理、意地、自尊心。本当にあらゆる想いだった。
ひとしきり思慮した末、意を決し答えた。
「私怨ですか?…いや、すみません。そんなのは問題じゃないですね。彼は僕が超えなくてはならない壁であり、目標でもあった。 だけど…だけど…」
修二は急に表情を曇らせた。彼にも一抹の苦い思い出があったのだ。
「うん。そう、私怨は僕の方だ…」
修二の顔つきが変わる。
「わかりました。彼は敵だ!必ず叩き潰してみせますよ!!」
「はい。期待しております」
その言葉に呼応し、府月の冷笑は、更に冷たさを増していった。
2
俺の名前は下村貴。学生だった頃のあだ名で “ Def busta (デフバスタ) ” なんて呼ばれる事もあるけど、ほとんどの奴は俺のことを下村と呼ぶ。
2年前、北海道の旭川市で、親父が残してくれたこのショップを継ぎ、『 下村輪業 』 から 『 Garage SANTANA 』 と店名を変え、中古車の販売、整備、トランスポーターのぎ装なんかをメインとし、細々と営業している。
あ、もともとはバイク屋だったんだけど、それだけじゃ、食っていけないってことで、親父は岩野を雇い、メカニックとして育てクルマの整備を始めたんだ。で、今にいたっている。
ん?親父?ああ、親父はさ、死んじまった。その2年前にね。酒の大量摂取による、急性アルコール中毒だったと聞いている。親父は、アルコール依存症だったんだ。だけど、依存症がアル中で死んだなんて、シャレにもならんよな…。でもそれは、酒で家庭を壊しちまった、寂しい男の末路…かもな。
それで俺はというと、その頃は、帯広市のバイク屋で働いていた。親父の死に目にはあっていない。裁判所の命令でね。家庭の事情ってことで、施設に預けられ、就職した後も、滅多に親父には会えなかった。
それから、このショップとZ1000MkⅡ、あと、デスペラードジャケットを相続した。これは親父の形見でもあるんだ。
『 Garage SANTANA 』 はさ、なんていうのかな、不思議とこの店には、同じ匂いの仲間が自然と集まり、一つのチームが発足した。そして必然的に、バイクのモータースポーツにも、興じるようになり、『常勝軍団TEAM SANTANA』なんて、呼ばれるようにまでなったんだ。
それに、ときおり、刺激的な事件も起こるしね!退屈はしていない(笑)。つまり、まあ、毎日それなりに、楽しくやっている。
3
そう、この年、夏の始まりは急にやってきた。ついこの間までの寒さは、一体どこにいったのやらだ。
朝なのに、遠くから聞こえてくるセミの鳴き声は、これから暑くなることを否が応にも想像させられる。だが俺はこの時期、気温がまだ低い朝の清々しいこの時間に、Garage SANTANAの玄関前を掃除するのが好きだった。別に掃除が好きってわけじゃなくて、こんなのんびりした瞬間が、ただ好きなだけなんだ。
一つ大きく伸びをして、まだ冷気を感じる新鮮な空気を胸いっぱいに取り込むと、全身の細胞が瑞々しく活きてくるのがわかった。
そんな気持ちの良い朝、俺はムーンアイズ “ アイアンクロス・玄関マット” の埃をほうきで掃っていると、店先の歩道に一人の男が立っているのが見えた。その男は俺と眼が合うや否や、音も無く近寄ってきた。 最初は 「 客かな?」 とも思ったが、違うことがすぐにわかる。 男が近づくにつれ、俺の肌はヒリつき、背筋には寒気が走る。 それは明らかな殺気だった。
こちらもとっさに身構えたが、その男の顔を見た時、更にヤバさを感じた。その顔には表情が無かった。 笑うでも、怒るでも、睨むでも、泣くでもない、いわゆる能面のような無表情ってやつだ。つまり、これだけの殺気を放ちながら、表情を消すことができるってのは、相当な訓練を受けたか数々の修羅場を潜り抜けた猛者 ! そうとしか考えられない。
「やっべぇ ! 」
ついそんな言葉を、漏らしてしまった。その男は鋭く踏み込んできて、高速のワンツースリー、右ローキックを、コンビネーションで打ち込んできた。 が、そんな程度の攻撃をかわすのはわけもない。
「ヒョウ ! 」
ウェービングでパンチを避け、左脚でローキックをガードしたと同時に、短く息を吐き左右のワンツーと、右前蹴りを返した。
「あっ !? 」
ミスった ! 不用意に出してしまった前蹴り。それを交わした男は胴タックルに入ってくる。しかもコイツの頭は、フロントチョークを取られないような位置、つまり俺の胸元付近にあった。
『 転がったらヤ(殺)られる !! 』 本能がそう叫んだ。マウントポジションから、次々と打ちおろされる拳を一瞬でイメージしてしまった時、俺の中で完全にリミッターが外れ、戦闘スイッチがONとなった。
これは試合じゃあないケンカなんだ ! この訳の分からない輩は、間違いなく俺を ヤ(殺)り に来ている !!
「くそったれーー !! 」
俺は体幹の強さだけでこいつの胴タックルを止め、右手で背中を掴み、左腕は相手の頭を抱えるような状態となった。
「んっだらあああぁぁーーーー」
一切容赦はしなかった。相手の頭を抱えていた左手で男の左耳を掴み、何のためらいもなく思い切り後方へ引き千切ってやった。俺の万力のような握力からは決して逃れられん !
「ぎゃああああ!!」
音をたて、耳が千切れるその感触は、雑草の束を鷲掴みにして引き抜いた感触にも似ていた。そこで男は始めて声を上げ、喚きながら俺から離れた。さっきまでの能面のような表情は人の “ それ ” に変わっていた。
「もらったぁーーー ! !」
すでに俺は相手を一撃で仕留める技を持って、確実に決める距離にいた。 極限まで捻じった右腕を肩口に折り畳み、一気に力を爆発させようとしていた。 それは、今までどんなヤツだって、確実に仕留めてきた必殺のコークスクリューブローだった。
「終わりだ」
拳を突き出す瞬間だった。視界の端に何かが映った。戦闘スイッチの入った俺の感覚は、極限まで研ぎ澄まされている。 故に、感じ取った新たなる危険だった。
「くそっ !! 」
自分の突進力を一気に相刹し、反作用になるスウェーバックで、こちらに飛んできた物体をかわす。
その物体は革のブリーフケースだった。目の前を勢いよく通過し、その後、鈍い音をたて地面に転がり、その衝撃で蓋が開いたと思いきや、中からは、大量の札束がこぼれ落ちてきた。
俺は対峙していた男から決して眼を離さないよう、バックステップで距離を取りつつ、横目で新手を確認する。 だがそこで、思わず驚いてしまった。それは、思いがけない人物との再会となったからだ。
「あん?お前、まさか…、シンジ?シンジじゃねーか !? 」
新手の男は、かつての悪友、牧真志だった。オールバックに撫で付けられた頭髪、ダークスーツに、チャコールグレーのYシャツ。それに、こんな大量の札束まで持ち歩き、すっかりと変貌を遂げていたので、ヤクザにでもなったのか? と、少々勘繰った。
しかし、コイツに関しては懐かしさというより、常にケンカをしている苦い思い出しかない。コイツはガキの頃から、キックボクシングに慣れ親しみ、いつもそのテクニックで俺をサンドバック状態にしていたのだからな。俺はまだ警戒を解かなかった。
「よう、久しぶりだな。 って、もうそんなに警戒すんなよ、ケンカは終いだ」
「あん?手前ぇ、一体どういうつもりなんだ !? 」
そんな、今にも噛みつきそうな俺を尻目に、シンジは怪我をした男の元に歩み寄り、耳の状態を確認し、こう言った。
「もういいだろ。早く手当てしてこい」
そしてその男は、シンジに一礼し、その場から立ち去った。やはりネコ科の動物のように、音もなく消える。 しかしどういう事だ?事情が全く飲み込めん。
「おいシンジ」
「ああ、待て待て、悪かったよ下村」
今度は急に謝りだした。何だっていうんだよ?
「俺は、いや、俺達はな、数年前から札幌で高利貸しをやってんだ。相手が誰であろうと、どんな奴であろうと、きっちり取り立てる。それがモットーだ。だけど、そんなアンダーグラウンドな世界じゃ、理屈が通じない場合もあってよぉ、俺達はどんな奴にも負けない力が、どうしても必要になる時がある」
シンジはそう言いながら、地面に散らばった札束の埃を払いながら、ブリーフケースに納めていった。
「先代から…、いや、オヤジからこの稼業を受け継いだ時によぉ、俺を慕ってついて来てくれた若い奴が3人もいてな」
この場合の “ オヤジ ” は実父ではなく、組長、社長、カシラ、まあ、そんなとこだ。
「今の奴は黒崎ってんだけど、俺が育てた中でもとびきり優秀なんだ。取り立てに関しても、腕っぷしに関してもな」
「だからって、なんで俺に殴りかかってくんだよ?お前から借金した覚えなんて無ぇぞ」
「ああ、そこなんだ。黒崎はな、あまり自分の感情を表に出す奴じゃ無ぇんだけどよ、お前に会いに行くって俺が言ったとたん、どうしてもお前と立ち合いたいって頑として譲らず、ここまでついて来ちまったんだ」
シンジは頭を掻きながら、困った表情を見せた。
「ま、なんて言うか、俺がお前の事を大袈裟に話し過ぎたのかな。一度でいいから本気の “ Def busta下村 ” と闘いたい。って言い出してな… でも、まさか、こんななぁ… 手痛い授業… いや…」
言葉を選ぶ。
「いや、いい勉強になったな。お前みたいなバケモンが現に存在してるってな」
「おい ! なにを勝手に… テメッ… ああ… くそ…」
どうにも後味が悪過ぎる。
「わぁーってるよ。アイツだって覚悟の上だ、文句は言わん。でもお前、最後に狙ってたのは右のコークスクリューだろ?そんなん貰っちまった日にゃあ、黒崎がぶっ壊れちまうからなぁ、途中で水入りさせて貰ったんだ。 しかし…」
シンジは一瞬口ごもった。
「しかしソイツは、元々俺の技だろ。それを俺とのケンカの中で盗んだうえ、自分の技として完全に昇華させちまいやがってよぉ… 全く嫌な奴だよお前は」
「おい、そんな事よりお前はいったい何をしにきたんだよ?」
「はっは、そうだ、それそれ。お前、真田修二を覚えてるか?」
「あん?真田って、俺達の後輩だった、あの修二の事か?」
「そう、その修二だ。高校時代お前が作ったチーム 『 SANTANA 』 で、唯一バイクの走りでお前に付いていく事が出来た、天才と呼ばれたあの男だ」
「おう懐かしいな。元気にしてんのか?あいつは」
「ああ。元気どころか、今あいつは二代目のスティール・ランナーに成ったんだぞ」
スティール・ランナーだと !? 一瞬我が耳を疑った。その名は、俺達がまだ、街の不良少年だったあの頃、誰もが憧れた、伝説の男の名前だ。皆が彼のように成りたくて、誰もが彼の幻影を追った。
『まさかあの修二が…』 俺の中で、何度も何度も、修二の無邪気な笑顔が、反すうされては消えていった。
つづく