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俺達は、Garage SANTANA の事務所内で、スツールに腰掛け、淹れたてのコーヒーを啜りながら、昔話に花を咲かせていた。
「親に捨てられた俺(シンジ)。母親に死なれ、保護者不適格の烙印を押された父親から、引き離されたお前(下村)。そんな俺達が出会ったのは、あの札幌の児童養護施設…、中1の春だったな」
「ああ、出会ったその日にもうケンカだ。笑っちまうよな。でもお前はキックボクシングをやっていたろ、俺は毎日負け通しで気分が悪かったぜ」
「はっ ! そんなお前は俺とケンカする度にどんどんテクニックを盗んでいきやがってよぉ。気分が悪かったのは俺の方だぜ」
「お互いバイクに出会うまではよくケンカをしたな。行き場のない感情を受け入れてくれる器が無かった。とでも言うのかな…。あの常にイラつく激情…。眼に映るもの全てを壊してやりたくってな。あの頃の俺等は人間じゃ無かったな(笑)」
「はは、全くだ。それよか下村、バイクっていやぁ、あの当時乗ってた “ ゼファー400改 ” はまだ持ってんのかよ?」
「もちろん。16の誕生日に親父が贈ってくれたバイクだからな。大切に持ってるよ。裏の倉庫で眠ってる」
「お~お~、でもあのゼファーは反則だろぉ !? 550エンジンをベースに、ワイセコピストン組んで615ccにボア(ボアアップ)。でツインプラグ。敵わないわけだよなぁ」
「ああ、でもお陰で楽しい高校生活を送れた。ところでお前は?まだKH400は持ってんのかよ?」
「いや、残念だけど…。ありゃあ沖縄でスクラップにしちまった。色々あってな…」
急にシンジの表情が曇ってしまった。
「プロライセンスも剥奪され、病気で肺も潰れてよぉ。今じゃ1分もまともに動けねぇ。そんな時、オヤジに拾われてな。新しい人生を貰ったんだ…」
「そうか…」
俺は言葉に詰まってしまった。シンジのライセンス剥奪は知っていた。試合中、相手選手の度重なる故意のバッティング(頭突き)にブチギレてしまったシンジは、ダウンを奪った際、馬乗りなって相手を殴りつけ、失明させるほどの重傷を負わせたのだ。その後、シンジは行方不明となり、俺は帯広、旭川と移り住み、このショップを受け継いだ。お互い本当に色々あったのだ。
「下村よぉ、暗い話は止めようぜ、それよか修二だよ ! スティール・ランナー」
「おお、まさかアイツがなぁ。ケンカの腕はからっきしだったけど、バイクに乗った時はなかなかだった。当時は 89式 の NSR250R に乗ってたよな。走り出して半年も経たないうちに、俺のケツに張り付いてくるようになって。それで天才なんて呼ばれるようになってよぉ」
「そう、そして間もなくチーム 『 SANTANA 』 は解散する…。だけどアイツは走り続けていたんだ。今は苫小牧市の、自動車部品工場の期間社員だと聞いた。バイク文化が独自に発展したあの街で、アイツは一人、SANTANAを名乗り走り続けていたんだよ」
俺は無言で、シンジの話に耳を傾けた。
「そして、どういう経緯かは知らんが、奴は初代スティール・ランナーのCB750Fを手に入れ、現代に蘇らせる。で、先日行われた『Steele Runner battle (スティールランナーバトル)』で見事勝利し、十数年ぶりに二代目が誕生したってわけだ」
シンジは少々興奮気味に語った。
「ああ、そのバイクは知ってる。スペンサーカラーのFだ。いや誰もが知ってる。皆の憧れスティール・ランナー…。まさかそのバイクを」
「そうだ。 Iron bound (アイアンバウンド 『 鉄張り 』 ) と呼ばれる、レースウィークに開催される『 Steele Runner battle 』。 ドラッグ、ストリート、サーキット、全てのステージを同じバイクで駆け抜け、全てを勝ち取った、タフな者だけが名乗れる称号 “ スティール・ランナー ” だ」
シンジの身振り手振りが大きくなる。
「あまりにも過酷。だからこの十数年、キングは不在だったんだ。初代以外は誰一人として達成出来なかったからな。これは大いなる偉業なんだよ」
顔が少々紅潮していた。シンジはまるで自分の事の様に楽しげだった。
「アイツはやった ! やったんだ !! 修二のヤツはキングの座を見事にもぎ獲ったんだよ !! 」
CB750F。修二が駆るキングのバイク。 「ふぅ~」 思わずため息が漏れる。過去、自分も憧れた、初代スティール・ランナー。ストリートを颯爽と駆ける、あの勇壮なる姿。
ふとそのイメージを修二と重ね合せた時、自分の中に嫉妬心が生まれていたことに気付き、つい驚いて思わず苦笑してしまった。
5
それから次の週末が、非常に待ち遠しくてしかたがなかった。なんせ、シンジの奴が 「今度の週末、苫小牧市でチャリティーイベントのバイクフェスタがあるぞ」なぁんて、言い残していきやがったもんだから、そわそわするのなんのって。
修二がその中心に居ると思うと、いてもたってもいられなかった。だけど、どんなに気が急いても、時間が早く過ぎることはなく、ましてやその逆で、長く感じてしまったりするから非常にタチが悪い。まるで遠足を心待ちにしている子供と一緒だな。
しかし、俺のそんな様子を見ていた岩野が 「なしたんスか?」 「なしたんスか?」 と何度も尋ねてくるのが、とてもうっとうしかった。うん、本当にうるさい奴だ。いや、なんかムカつくなぁ…。そう、この時決めたんだ。俺は絶対に理由を言わない事にした(笑)。
そんな日が数日続き、ようやく日曜日となる。定休日ではないので、ショップは開店しているのだが、岩野がここ数日、非常にうるさかったので、仕事を全部押しつけて、俺はZ1000MkⅡに跨り、一人で苫小牧市に向かう事にした。
「なしたんスか急に?何があったんスか?教えて下さいよぉぉぉぉ~~」 なんて言い出したので、ちょっと可哀想だなと、3秒ほど考えたが、デスペラードジャケットに袖を通し、バイクで走り出した途端、そんな事は全て忘れてしまった。
つづく
Posted at 2017/01/21 16:58:23 | |
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