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2018年07月01日 イイね!

White grenede 第五話

White grenede 第五話












    8


出走番号は11番だった。フル参戦している車両が先に走り、スポット参戦は後に回されるようだ。それにジムニー&軽クラスは一番の激戦区となるらしい。やはり車種はジムニーが大半で、その他にパジェロミニや軽ワゴンの改造車があり、あと、軽トラが1台。もちろんその軽トラは、下村さんのとこの『Garage SANTANA』の車両だ。

自分の出番を待っている時間が長い。胸が高鳴る。それは緊張からなのか、それとも高揚からくるものなのか。ヘルメットの顎紐を締め直し、グローブのフィット感も確かめる。




それから、何気なく外に目をやった時、Garage SANTANAのドライバーと目が合った。

「あ…キレイな娘…」








下村さんのチームは、バイク乗りが主だったメンバーだと聞いたけど、あんなキレイな娘までがバイクに乗って、レースをしたりするんだろうか?疑問が湧き起る。

「だけど、なんだろあの娘?私を睨んでいる気がするけど…」

私は思わず目を伏せてしまった。






    9




「どうしたっスか?成海ちゃん」

「いや別に…」

つい苦笑する成海。しかし彼女の心には少々面白くない思いがあった。




「あ~~、やっぱりダメ。岩野さん、なに?あの女 !?」




きょとんとする岩野。成海の視線の先にはTraffic Eagleのジムニーに乗る端野ミホの姿があった。

「なんなのアイツ。トロそうな女」

成海は吐き捨てるように言った。




「ああ彼女っスか !? 彼女はタカ社長のとこのドライバーっスよ」

「そんなのは見ればわかる!アタシが言ってるのはさ、あんな周りに流されているだけの、トロそうな奴が、下村さんに認められてるってのが…どうにも…」

成海は途中で口をつぐんだ。




「ああ、そっちっスか。面白くないんスね。まあ、自分もそう思うんスけど、なんというか、今日は見ものっスね」




どうにも釈然としない成海。それにもう一つ疑問があった。

「それにさぁ、なんで下村さんは、突然4輪のレースをやろうって言い出したんだろ?」

「そっちは簡単っスよ」

岩野がにこやかに答えた。

「下村さんと成海ちゃん、ウチの主力選手の2人が怪我してんスから。リハビリってことなんじゃないっスかね?それに、新たな分野の開拓でもあるんスよ」

「ふ~ん…。そっか。下村さんもアタシも大怪我しちゃったしね。ちょっとバイクはまだ…。まあ、その話はまた今度…」




それでも成海は、どうにも釈然としなかった。










     10


あっという間に成海の出走順番となった。ゼッケンは10番。Traffic Eagleの一つ前だ。
成海は、岩野のセットアップに絶大の信頼を寄せている。よほどの事がない限り、破綻はあり得ない。沸々と内なる闘志が湧き上がってきた。

スタートフラッグが掲げられた。『用意』である。スターターの頭頂部に掲げられたフラッグを見やり、タイミングを計る。グローブの中の手が汗ばんでいた。自分の鼓動まで聞こえ出す。なんとも心地よい緊張だ。

それから間もなく、フラッグが“さっ”と振り下ろされた。『スタート』だ。




成海は派手に泥を巻き上げながら、第1コーナーの右ヘアピンへ突入して行く。その後に待つ45Rと30Rの右コーナーを抜け、タイトなS字へ。やはり綺麗にクリアーし、裏ストレートに進入。
時折、轍で思うように滑らず、片輪が持ち上がってしまう場面もあったが、逆にそれが観客を沸きあがらせた。








その様子を見ていた岩野は一人つぶやく。

「それでいいっス成海ちゃん。もっとガンガン攻めて下さいっス。軽トラはその名前と見た目でよくバカにされるっス、だけど300㎏以上の荷物を積んで、悪路を走るように設計された車体・足回り・ステアリング性能は、頑丈そのものっス。それはスポーツカーの設計理念にも近いんス。しかも DA62T は、他の軽トラより軽く造られていて、エンジンを始めとして、あらゆる流用可能パーツが多いんス、ちょっとした工夫で軽トラは化けるんス。オフロードの戦闘機と呼ばれるジムニーにも、引けを取らないくらいになるんス。もっともっと、ガンガンいって下さいっス !! 」




高回転域で、よりカン高い音となった軽トラDA62Tは、泥濘や轍をものともせず走り抜けて行く。まさしく軽いボディーの恩恵だった。
そして裏ストレートのドン詰まりには、きつい25Rのヘアピンが待ち受ける。
目を “カッ” と見開く成海。スピードを乗せたまま、車体を綺麗にスライドさせて行く。そして最後に、緩い丘を乗り越えゴールだった。

ゴール後、電光掲示板に出てきたタイムは1分2秒35だった。現在トップタイムとなる。


     



11


「ガガーー」 「あの軽トラ、マジですごいね!大丈夫?ミホ」
 
エリが無線で話しかけてきた。






「うん。ほんとすごいね。初出場なのに、ダークホスもいいとこだね」
「そうだね。でも気持ち切り替えて、集中してね ! 」

大丈夫。まかせておいて。口には出さなかったが、心の中でそう呟いた。そのあとは、スタートフラッグしか見えなかった。




緊張の『スタート』。

アクセルを踏み込んだ瞬間、非常に心地よいヨシムラのエキゾーストノートが、車内に鳴り響いた。スピードを乗せたまま、直ドリで第1コーナーへ進入した。これが私の真骨頂だ。次々と目の前に現れるコーナーを、すべてアクセル全開で駆け抜けた。片輪が浮こうが、フロントが流れようが関係ない。全部コントロールしきってやる。




「負けたくない」 それがすべてだ。わたしは今まで、周りに流されるように生きてきた。それで酷く困ったこともなかったし、迷惑もかけてなかったと思う。それに、人に合わせていると、引っ張ってもらえるから、楽でもあった。だけど、そんな私が見つけた、唯一、誰にも負けたくない事。それがクルマだ。「世の中には、自分より速い人がいる」とか、「上手い人はゴマンといる」とか、そんな綺麗事なんか聞きたくない。ダメダメだった私が見つけた、心からハマれる最高の遊び。




「ラストォーー」

私は最後の丘で、余計なくらい派手なジャンプを敢行した。










そして電光掲示板に出たタイムは、1分2秒57。軽トラには僅かに届かず、現在2位のタイムだった。
ゴール後、私はヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。




エリが駆け寄ってくる。

「ミホッ !いきなり軽トラのタイムに並んじゃったよ。僅かに届いて無いけど、1本目でこれは上出来」






エリは妙に興奮していた。

う~ん、でも途中何箇所かミスっちゃたんだよね~。2本目はもう少しタイム削れると思うよ」

「うん。うん。このままイッちゃおう !! 」

私はにっこりと笑った。




「あとね、さっきタカ社長に聞いたんだけど、やっぱりあの軽トラのチームって、只者じゃないんだって」




だよね。そんな気はしてた。

「なんか、タカ社長がバイクのレースをやってた時は、一度も勝ったことがなかったって言ってたよ」

「へぇ~。タカ社長ってバイクに乗ってたんだ」

「そう。オフロードバイクね。足を怪我してから辞めちゃったみたいだけど」

なんだか意外だった。










その後、次々と参加車両が出走し、ベクター・グライドの3台、#13パジェロミニが、無駄の無い走りで淡々とタイムを削り、1分2秒10でゴール。続く#14も派手さは無いものの、1分2秒03でゴール。大トリ#15のジムニー(JA11)はチームリーダーのようで、彼はなんとミホと同様、派手な走りで観客を魅了する。ゴールもまた、ミホ以上に飛距離のある大ジャンプを敢行し、1分1秒33の好タイムをマークする。

結果、ジムニー&軽クラス、フラットダート一本目の順位は、ベクター・グライドの3台が1、2、3位となり、Garage SANTANA成海が4位で、Traffic Eagleミホが5位だった。




この結果は、まったくをもって、心中穏やかでは無かった。

「エリ…」

「なに?」

「2本目見ててね、全部ひっくり返すから」

「そう」




含み笑いで顔を見合わせる。

「ふふふふふ、へへへへへへへ」





そして私達は、これでもかってくらい、不気味に笑い、強がってみせた。もちろん、周囲の人たちはいぶかしげに、私達から遠ざかって行ってしまった。










    12

ジムニー&軽クラス、フラットダート二本目。

Garage SANTANA成海は、一本目よりタイムが伸びず、1分3秒03に終わり、一本目の良い方のタイムが採用される。他の連中もコンディションの良かった、一本目のタイムを上回るチームは存在しなかった。

しかし、たった一台だけタイムを縮めた者がいた。それはTraffic Eagleミホである。
一本目は、ほとんどのコーナーを、アクセル全開 “スカンジナビアスタイル” の豪快なドリフトで駆け抜けたのだが、二本目はスピードの乗るコーナーだけ、慣性ドリフトを使う。残りは轍を読み、タイヤを引っかけるように曲がったり、外に流れるタイヤのストッパーに使うなど、轍を最大限利用しコーナーリングした。それから最後の大ジャンプは、誰よりド派手に決め、ゴールしたのだ。

そして1分1秒02という、驚異のタイムをマークし、トップに踊り出た。そこには満足げな表情を浮かべる、ミホの姿があった。



次はいよいよモーグルである。








    13

モーグルコースのスタート位置では、フラットコースと同様、一台一台の出走となるため、縦一列に車両が並ぶ。







スタート直前には、いきなり傾斜角30度のヒルクライムがあり、岩だらけのガレ場が待ち受けている。
モーグルは出走順に入れ替えがあった。フラットでのタイムが遅い順での出走となったのだ。当然、スーパーラップを叩き出した、Traffic Eagleは最後の出走となる。つまり,順位争いをしている上位5台の“大トリ”となるのである。

Traffic Eagle吉野ことヨッシーは、ラリー用のジェットヘルメットを被ったまま、ジムニーJB23の車内に収まり、アナウンスされてくるタイムをジッと聞いていた。

「#13ベクターグライド3号車、タイムは2分24秒32…。#14ベクターグライド2号車、タイムは2分23秒02…」





そしてチームリーダーである#15の1号車が出走する。

「でたー-!#15ベクターグライド1号車、ぶっちぎりの2分20秒フラットォーーーー !!」




ヨッシーは大きく深呼吸をした。

「大丈夫。大丈夫。練習どおりやれば優勝だ」

一人つぶやき、スタートフラッグを睨んだ。





『スタート』。  









JB23の音が明らかに変わっていた。Traffic Eagleのメカ担当でもあるヨッシーは、この短時間で、トルク重視のセッティングを施したのだ。

ヨッシーは、あっという間にガレ場のヒルクライムを登頂した。







今度は緩やかなダウンヒルだが、そこには無数の廃タイヤがランダムに埋められている。

「おおおお!タイヤが地面から生えてやがるーー」





ボコンボコン、ベコベコ、ギュギュギュ。タイヤが潰れ擦れる音が気持ち悪い。

「おうっ、おうっ、おうっ」


飛び跳ねながら順調にクリアーして行く。次は大岩だらけのロックセクション。ヨッシーは一瞬でラインを読み、即アタックする。

「許せジムニー、このラインじゃないとトップが取れん!」





ヨッシーの言う『このライン』とは、大岩を乗り越え、車幅ぎりぎりの箇所をスリ抜けるという、かなり無茶なものだった。その大岩を乗り越える際、派手にバンパーが破損した。嫌な音が耳に残る。




「もう一丁!」

次に岩と岩の間のスリ抜けでは、フェンダーを潰した。ヨッシーは、自分に苦痛を受けているかのように顔を歪める。





「おっりゃーー!次っ!」

今度は傾斜角40度に達する、壁のようにそそり立つヒルクライムだった。JB23は、咆哮しながら、力強く丘を駆け上がる。







 それから登頂後は、お決まりのごとくダウンヒルなのだが、そこには40度の傾斜にプラスし、不均等に配置されたコブの斜面が待ち受ける。

「みんなここで大きくタイムロスしているはず。だけど俺には秘策があるんだ!」







その時、ヨッシーが思い描いていたイメージは、スキーのモーグルプレーヤーが、斜面のコブを板で叩くように滑るさまだった。







そしてそのイメージと、目の前に広がる光景をリンクさせ、アタックに入る。

「おおっりゃーーー!」




JB23が飛ぶ。コブの斜面へ着地、それから一気に向きを変え、更に飛ぶ。見たことも聞いたことも無い、とんでもないドライビングだ。それは正しく “スキーのモーグル” と同様の動きだった。
右へ左へ飛び、途中転倒しそうになりながらも、なんとか全てのコブをクリアーする。

そして最後のヘアピンを、綺麗なドリフトで駆け抜け、無事にゴールした。















    14


戦士達に安堵をもたらす、トワイライト。表彰台の前に、観客及び出場者達が集まっている。







そこへ、ドンッ!っと貼り出された順位表には 『4位Traffic Eagle』 の文字が…。
そう、結果は4位に終わった。

結局、このレースはフラットダートとモーグルの、タイム合計が勝敗を分ける。つまり、ヨッシーはやらかしてしまっていた。上位争いの中では、最後のタイムだったのである。
  


1位、#15ベクター・グライド1号車

2位、#14ベクター・グライド2号車

3位、#10 Garage SANTANA軽虎1號

4位、#11 Traffic Eagle

   以下省略




それを見たTraffic Eagleチーム員は、お笑い番組に出ているタレントのように、ズッコケていた。それにヨッシーは、肩を落とし、あからさまな落ち込みを見せている。彼の回りだけ暗雲が立ち込めているようだった。











「ヨッシー…手前ぇ…やっちまったなぁ…」

タカ社長の顔は強張り、唇がヒクヒクと動いていた。





「タカ社長、もういいじゃないですか」

ミホがなだめた。

「おう、端野ミホ、お前はよくやった。フラットダートのレコードと、個人MVPまでもぎ獲ったからな。しかし、よぉ~しぃ~のぉ~!!」




 ヨッシーの弁解。

「いや、その、タカ社長…違うんですよ、コレはソノアノ…」

「ああ~~ん !?」

「つまり…。ごめんなさぁーーーい ! 」

ヨッシーは一目散に逃げ出した。




「あっ ! 手前ぇ、待ちやがれ !! 」

タカ社長もダッシュで追いかける。が、この時、タカ社長の走り方は、少々ぎこちなく見えた。




「そういえばタカ社長、足に怪我したってエリが言ってたなぁ」

ミホはそんな事を考えていた。





ゴロゴロと遠くで雷の音が聞こえた。秋の終わりも近い。じきに嵐がきて、紅葉は全て散り、またこの地は白銀の世界に包まれる。

「以前は冬って楽しかったんだけどなぁ…今は大嫌い。ほんと嫌な季節がきちゃうなぁ…」




ミホのその言葉は、明らかにホワイト・グレネードへの嫌悪感を指していた。あの恐怖が蘇る。

また遠くで雷の音が聞こえた。







つづく
2018年07月01日 イイね!

Def busta 第三章 ~legacy~ 第6話

Def busta 第三章 ~legacy~ 第6話
始めたからには、きっちりケリをつけろってね

再開します。

コメ等は不要です。。 お好きな方だけ楽しんでいって下さい。。。










          12


俺は事のあらましを岩野に話した。最初は “やいのやいの” 喚いていたが、やはりコイツもSANTANA だ。スティール・ランナーやレースの事になると、とたんに目の色が変わった。




「さて、どうしたもんスかね?あのCB750Fのタイム」








そうなのだ。今しがた調べた、道央サーキットのホームページに載っていた、修二(スティール・ランナー)のベストタイムは、1分28秒台 という驚異的なものだった。
ちなみに類似コースである、TSWクラブマンコースでの、俺のベストタイムは、それから4秒も遅い 1分32秒台 だ。 道央サーキットは、各コーナーに様々なバンクが設けられ、TSWより 2秒 ほど速いタイム差があると言われているが、それを差し引いても、更に2秒も差があるなんてな…。まいったね…。




「なんでっスかね?同じ年代のバイクだし、プロの職業ライダーでもないから、乗り手の差もそんなに違わないと思うんスけど…」

「いや、そんだけ修二がとんでもねぇーって事じゃねーの」











自分でそう言いつつ、溜息が漏れる。
それに岩野も唸ったまま、何も言わなくなってしまった。
肝心な時に黙る、使えない奴だな。まったく。





そんな時だった。

「ふぉーふぉっふぉっふぉ。困っておるようじゃな下村くん」




聞き覚えのある、独特な笑い声が、入口の方から聞こえてきた。
その瞬間、あの姿が脳裏に蘇る。サンタクロースの様なその風貌。




「じっちゃん !? 堀井のじっちゃんじゃねーか !!」




KAMUI社 の妖怪ジジイ、堀井士郎だ。

「なんだよじっちゃん、突然だなぁ。こっち来てたんなら、連絡くらいくれよ」




それは本当に嬉しい再開だった。あの『KAMUI零』の事件以来だ。俺達は大切なものを護るため、文字通り共闘し、命懸けで戦ったんだ。戦友に再開する気持ちって、ちょうどこんなのかもしれないな。腹の底から嬉しさが込み上げてきて、いてもたってもいられなくなる。




「ふぉふぉふぉ。相変わらず、絆創膏だらけの顔をしておるのう」




それから俺達は、ハグで喜びを分かち合った。本当に嬉しい気持ちの表れだ。




「どうしたんだよ急に?」

白銀の髭に覆われた顔の堀井は、目元に皺を寄せ、嬉しそうな表情で、何度も黙って頷き、俺をショップの外へ促した。

「なんだよ?じっちゃん。なんか言えよ…って、あ…」




最盛期を過ぎた灼熱の太陽は、まだ厳しい西日を、地上に落とし込んでいた。が、俺の視線の先、その一角だけは明らかに雰囲気が違っていた。そこには、穏やかで清浄な空気感があったんだ。
その中に静かに佇む、一人の女性の姿。涼やかな白いパンツスーツに、風になびく栗色の髪、優しい眼差しと、透けるように白い肌。そう、そこに居たのはレイだった。2年前とは比べものにならないくらいに洗練された、美しいレイの姿がそこにあった。俺は声を失いレイに見とれてしまった。












相変わらず “はにかんだ” 仕草を見せるレイ。小さな手が伸びてくる。その細くて長い華奢な指先は、俺の顔の傷跡を、絆創膏の上から、優しくそっと撫でてきた。




「レイ…」

言葉が詰まる。もう何を言っていいのか分からない。




「聞いたよ。スティール・ランナー」

「ああ…」

俺は自分の頬の位置にあったレイの手を、優しく包み込むように握りしめた。




「あの修二くんだよね…。彼とレースをするの?」

「ああ…ケリをな…つけなきゃな…」

優しい眼差しのレイ。本当に綺麗になった。




「私…私…」

「し~…」俺は言葉を遮った。




見つめ返してくるレイの瞳は、ゆるやかに潤み柔らかい光を帯びていた。それに白い頬には薄い桜色が射し、上気しているのがよく分かる。俺は自分の節くれた武骨な手が、彼女を傷つけてしまわぬよう、細心の注意を払いながら、絹のような光沢の髪と頬を、そっとひと撫でして、細いウェストをゆっくりと引き寄せた。レイの唇は、まるで熟れた苺の様に、冴えた赤い色で、艶かしく誘惑の世界に誘う。






「もうダメだ…」

俺は、レイの瞳に吸い込まれた。レイの引力に逆らえなくなっていた。
顔を近付け、ふっくらと柔らかなその唇に、俺の唇が触れそうになった瞬間だった。

突然何かが弾ける、耳触りな音と共に、目の前に火花が散り、視界が黒っぽくぼやけた。
くそったれめ…。誰か俺の後頭部を固いもので殴りやがった…。









          13


「喝ぁぁぁーーーつ !! 」

激しく口角泡を飛ばす堀井に、厳しく叱咤された。

「全くお前という奴は(怒) ! 久々の再開と思い黙って見ておれば、いきなりレイ様に何をしてけつかるんじゃぁぁぁーーー !? 」





まいったね。酷く怒ってやがる。だけど、まだ塗料の入っている一斗缶で、人の頭を殴るのはやり過ぎだろ !? しかも角だぞ !!
そんな堀井と俺の様子を見ていたレイは、なんとも楽しそうに笑っていた。はは。ま、いっか。




「とんでもない奴じゃ…ブツブツ…」

「堀井さん。もういいから。それよりアレを早く」

レイの声の音質がとても優しい。荒ぶる堀井は、手懐けられた猛獣のようだ。主人の命に従い、渋々どこかに消えて行った。




「下村くん、頭大丈夫だった?ふふふ。また下村くんの唇を奪えそうだったのになぁ。ざんねんね」

またもや、ふっくらと柔らかなレイの唇が揺れる。ああ、もういいや。誰に見られていても構わねぇ、
今度こそ吸い付いてやる !? などと考えていた時、またジジイが凄い勢いで戻ってきた。




「なんだとーーー貴様ぁーーー !! レイ様の唇を奪っただとぉぉぉーーー !! 」






次には襟首を掴まれ、近付いてきた堀井の口からは、生臭い唾が、俺の顔に大量散布される。
しかし、どんだけ地獄耳なんだ。もうカンベンしてくれ…。




「堀井さん。もういいから、きちんと説明して下さい」

レイの声の音質は優しいが、凛とした響きに変わっていた。




「うう~~む…」

堀井は一つ唸り、説明を始める。

「ふん。まあ、今日のところはこのくらいにしてやるわい」




何が『今日のところは』 だ、このジジイめ。

「儂等はのう、あの事件以来、君を追っておった。どうも、おかしな動きをする連中がおったからのう。大きなお世話だったかもしれんが、そうさせて貰った。あんな事に巻き込んでしまった、責任もあるしのう」




『あんな事』とは、“KAMUI零”の一件だ。権力や利権争い、略奪に暴力etc。まさしく命懸けの戦いだった。

「別に構わねえよ」

『問題無い』 そんな感じでニヒルに答えてやったが、内心は少々嬉しくもある。
レイは見ていてくれたんだろうか?ずいぶんと活躍しただろ俺。
そんなレイは、相変わらず優しく微笑んでいる。





「色々大変じゃったのう。全てわかっておったよ。そして問題の今回の件じゃ」

「修二のことか?」

「そう。スティール・ランナー。やはり彼奴のバックで、おかしな動きをする者がいる。しかも、そやつが資金提供までして、あのFを仕上げさせたという情報も掴んでおる」

「なに ! ?そうなのか?誰なんだそいつ」

「いや、これ以上は知らない方が良い。だけどな、レイ様を始め儂等は、君に多大なる感謝をしておるのも事実じゃ。だからこそ、君のZ1000Mk2に、少し手を入れさせて貰いたいんじゃ」

「どういう事だ?」

「なに、ただちょっと、KAMUI の技術でそのバイクのフレームを作り直させて貰いたいんじゃ。パイプフレームワークは『零』で散々やってきたからのう、悪いようにはせんよ」

「もう少し詳しく聞かせてくれよ」


俺は堀井の話に食いついた。











          14


「スティール・ランナーのフレームはのう、10数年前、既にクロモリ鋼管で作り直されておったんじゃ。1/100mm 単位で作成されたものでのう。つまり、精巧で強靭かつしなやか。そして非常に軽量に作られておる」




クロモリ鋼管だと !? 耳を疑う。そんなバイクで走っていたのか。なんてことだ。まったく驚く事実だ。

「その当時の情報はの、わかっておるんじゃ。しかし、最近組み直されたというエンジンについては謎なんじゃよ」

「いや、それだけ分かれば充分だ。道理で750のFベースなのに、ダウンチューブのフレームが、取り外し式から一体物に代わってたワケだ」

俺はFの全体像を思い浮かべた。







「それに、この絶望的とも思えるタイム差に納得ができた」

俺の隣で、目を輝かせた岩野が、堀井の話を食い入るように聞いていた。
まったく、借りてきたネコのように大人しくて、気持ちが悪い。




「下村君、こっちも本気で作るぞ。1/100mm 単位なんてもんじゃない。1/1000mm 単位で精度を出す。それに重量も半分以下にする」




本当に驚く事をサラリと言ってくれる。ついつい顔がニヤけちまうぜ。望むところだ。
それから、堀井が通りに向かい、何か合図した時、MBM社のスーパーグレートが一台、Garage SANTANAの駐車場に入ってきた。








「コイツの荷室にはのう、『零』の時に使用しておった、フレーム修正用の機材が積んであるんじゃ。しかもその定盤(台)につかう床は、さっき言ったように、1/1000mm 単位で水平が出せる代物なんじゃよ」

スーパーグレートに乗っていたのは、あの時、一緒に闘った戦友、稲葉、中田、大谷の3人だった。3人は、クルマの荷室を安定させるための作業に取り掛かる。荷室内の操作盤で、アウトリガーを自動で動かし、フレーム修正用の床と定盤を調整して、他の機材のチェックを始めた。
俺は息を飲んだ。あの時、何気なく見ていたコイツには、KAMUIの技術の粋が詰まっていたんだ。その他にも、旋盤にフライス、溶接用の酸素に炭酸ガス。全て必要な物が揃っている。




「まさか、こんななぁ…」

「さあ、下村君、ぼやぼやしとらんで、バイクをバラすぞ!それから一気に冶具を作成し、フレームを作るぞい」




ああ。気合いが入った。

おう。じっちゃん頼むよ。それにレイ。ありがとう。本当に心から礼を言うよ」

「ううん。お礼を言うのは私達の方だよ。あの時、下村君に出会わなかったら、きっと今の私達はない。コレはKAMUI全員からの贈り物なんだよ」




レイは優しい眼差しで見つめ返してくる。

「ありがとうレイ。本当にありがとう」

俺はレイの両手を取って、心からお礼を言った。そしてこの、言葉になんか言い表せないほどの、感謝と感激の気持ちが、レイに100%伝わってくれることを切に願った。




「ん、ん、ん、うん !! いつまで手を握っておるんじゃ下村くん」


全く、うるせえジジイだ。でも今は言う事を聞いておこう。それにしても、さっきから岩野が、大人しすぎるな。いつもは、グダグダとやかましいくらい、理由を問いただしてくるのに、今回は、すっかりとKAMUIの雰囲気に圧倒されちまったようだ。いつもこうだったら良いのだが。まあ、それは無理な相談ってもんだな。教育ママってのは、煩いと相場が決まっているもんなんだよな(笑)

そのとき堀井が、俺とレイの間に割って入ってきて、握り合っていた手を、無理やり引き離しやがった。それから凄い顔で睨んでくる。
いや、だから…。頼むからもうカンベンしてくれ。







          15


夢のフレームワーク。怒涛の3日間の始まりだった。その作業は、ほぼ不眠不休で実施された。
その様子は、まるでレースウィークに突入した、ワークスチームの動きそのものだった。一人ひとりが無駄なく動き、全ての作業が流れる水のごとく、次々と進んでいく。Mk2をあっという間にバラしたかと思うと、フレームはステム付近の車体番号が刻まれた部分を残し、治具の上で全て新設された。
そして3日目。仕上がったそのフレームを、思わず手に取り持ち上げると、それは拍子抜けするほどに軽く、その見た目とは裏腹に、片手で簡単に持ち上がってしまうその事実に、ただただ言葉を失ってしまった。






しかもだ、形は似て非なる物。元のフレームをそのままコピーしたわけじゃなく、Z系と呼ばれるバイクのウィークポイント、つまり、強化すべきところはキッチリ強化し、広げるべきところ、狭めるべきところ等々、全て見直され、理詰めによる計算のもと、ほぼ新設計といってもいいくらいの、素晴らしい完成度を誇っていた。











          16


本当に夢のような日々だった。全ての作業が終わった、3日目の夜。完成したMk2を目の前に、KAMUI社の稲葉、中田、大谷。そんな懐かしい顔ぶれ達と、プロの仕事が出来たことに、大きな満足感を得ていた。
それに飯休憩の時には、『零』 の思い出話しなんかをして盛り上がり、レイや堀井とも心の底から笑い合えた。いや、違うな。俺は、またレイと一緒に居られた事に、心から感謝していたんだ。








          17


「レイありがとな」

撤収にかかっていたレイとKAMUIの面々に、俺は本当に心の底から、その言葉を贈った。そして見送ろうとした時だった。なんだかレイに元気が無いと思っていたが、凄く寂しそうな表情を残し、何も言わず、その場から去ってしまった。何だろう?ついさっきまであんなに笑っていたのに。妙に心に引っ掛かる、後味の悪さがある。




『何だろう?』もう一度そう思った時、堀井に後ろから声をかけられた。


「下村くん。すまんが、ここまでじゃ。それにレイ様の事は、今日限りで忘れてくれ」

「はあ?急に何言いだすんだよ、じっちゃん !? 」

「すまん下村君。後生じゃ。これ以上、レイ様を追わんでくれ。頼む。レイ様だって…」


そう言い残しKAMUI は去って行った。




ああ、そうだ。この時は深く考えていなかったんだ。レイがどういう思いで、この3日間を過ごしていたのかなんてな。俺は、せいぜい当分の間、会えなくなるのが辛い。そんな程度にしか考えていなかったんだ。

ほんと大バカな俺…。









つづく
Posted at 2018/07/01 19:06:03 | コメント(3) | トラックバック(0) | Def busta≪デフバスタ≫ | タイアップ企画用

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「91時限目 第2弾!カントク冒険隊! 神の湯へ http://cvw.jp/b/381698/45694253/
何シテル?   12/11 14:56
☆Youtubeで動画投稿してます。  「カントクの時間」です。よろしければ寄って行って下さい。 https://www.youtube.com/chann...
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