18
「岩野ぉ、全然ダメだ、コーナーでアクセルを開けると、リヤタイヤが簡単に滑っちまう !! 」
俺と岩野はT峠で新Mk2のシェイクダウンを行っていた。ひと通り走ってきた俺は、ヘルメットのバイザーを上げて、岩野に叫んだ。
「まいったッスね~。まさかこんな弊害が…」
「もう少し、リヤのプリロードを緩めて、柔らかくするか !? 」
「いや、おそらくプリロードも減衰力もこれが限界ッス。これ以上柔らかくしたら、パワーを掛けたとき、滑らなくなるかもしれねーッスけど、逆に踏ん張れなくなっちまうッスよ」
「くそっ ! !… まいった」
確かに新しいMk2は、依然とは比べ物にならないくらい軽くなった。それに、しなやかにして強靭なフレームは、強力なトラクションと動力性能を生み、あの 『 KAMUI零 』 のように、点から点へ移動するかのような動きを、このバイクで実現できるはずだった。が、違った。最大のメリットとなるはずの軽さが、現状のサスセッティングには釣り合わず、文字通り足枷となっていた。そう、車体が軽くなり過ぎたため、コーナーでアクセルを開けると、いとも容易くリヤタイヤが滑ってしまい、まともに走れない事態に陥ってしまったのだ。
「こうなると、この車重や走らせ方に合わせたサスを、ワンオフで作って貰うしかないッスね。減衰力も伸び側縮み側、もっと細かく調整できるように…」
イライラが募る。今すぐにだって修二と ヤ(走)りたいのに。アイツはあの F で待っているんだ。まいった…。
「くそったれ、それじゃ時間が無い。ダメだ。それじゃ遅せぇんだよ ! どうしたらいいんだ !? 」
誰にではなく、自分に問いただした。
19
その後、一端 『 Garage SANTANA 』 に戻ることにした俺達だったが、帰り道においても、あらゆる交差点で、いろいろな走り方を試してみたが、全くをもって、焼け石に水といったところだった。
「くそぉーーー !! 」
ダメだ気持ちがザラつく。いや、焦る気持ちで心がザラつく。せっかくの珠玉といえる、このフレームを活かしきれていない。
「1135 cc でツインプラグ化して 150 ps 。トルクに至っては 12.0kg/m。 元々がもともとだけに、ギリギリのところで、セットアップしてたっスからねぇ…」
『どうすればいいんだ。どうすれば…オヤジ…』 オヤジ… “ オヤジ !? ”
自分でも驚いた。突然オヤジの事が頭をよぎった。まったく。どうしちまったんだ俺は…。確かにこのエンジンを最後に組んだのはオヤジだ。だけど、弱気にも程があるよな。普段思い出しもしないようなオヤジの事を思い浮かべるなんて。くそったれめ。
しかしそんな時だった。一台のトヨタ・サクシードバンが、Garage SANTANA の駐車場に入ってきた。そしてそのバンからは、見たことのある風貌の男が現れた。そう、それは苫小牧市で会った、あのセイコーマートの、小太りの店長だった。
店長は周囲を一望し、なんとも懐かしそうな雰囲気で、静かに語りかけてきた。
「そうか…まさかとは思ったが、お前が下村のセガレだったのか…。俺がそのA3を見間違うなんてな。スカチューンまでされて、すっかり様変わりしたなぁ」
「いきなりなんだアンタ !? 」
やはり気持ちがザラつく。
「そう睨むな。少し落ち着いて、俺の話しを聞いてくれないか?」
その店長は、あくまでも穏やかに、俺に語りかけてきたんだ。
20
「俺の名前は “ 六部本気 ( ろくべもとき ) ” 。 あの街じゃ 『 ロブ ・ マジー 』 なんて呼ばれている。ああ、冷やかしなんかじゃないぞ、尊敬だ。尊敬を込めてだぞ」
ニヤリと笑う六部。とりあえず敵意は無いようだ。
「貴は俺の事を覚えていないだろうな…最後に会ったのはかなり前だから。お前のお袋さんの葬式の時だ。小学生の頃か…」
そんな事はどうでもいい。一体何をしに来たんだこの男は?どうにも怪しい。
「そう睨むな。それにしてもお前さん、あの街じゃ、かなり有名人になっちまってるぞ。 “ デフバスタ と名乗る男が スティール・ランナー に宣戦布告してきた ! ” ってな。 近所のガキ共が騒いでいた。そしてその噂の発端となる “ バエル ” との大乱闘だ。 しかも、たった一人で暴れまわったんだって !? まったく、とんでもない奴だなお前は」
俺は更に睨んでやった。
「はっは。まあ、順を追って話すから、よく聞いてくれ」
ようやく本題に入りそうだ。
「俺はな、お前の親父、下村時雄 ( しもむら ときお ) とは盟友でな。その A3 (Z1000Mk2 ) で一緒にレースをやっていたんだ。俺が主にメカ担当で、時雄は乗り手だった。だが時雄は、メカとしても優れていたからなぁ。 “ メカを知る者は走りを知る ” ってよ、知ってるか? ヤツは、必然的に速く走れる資質を、備えていたんだな」

どういうつもりだ?なぜ突然オヤジの話しになるんだ?
「いまから十数年…、いや、正確には20年くらい前だな、当時俺達には凄いライバルが居たんだ。そいつの名前は 『 フレデリック ・平(たいら )』。 ハーフでな、皆 “ フレディー ” って呼んでいた。かなりハンサムな奴だったよ。ああ、そうだ。そいつが初代スティール・ランナーだったんだ」
俺はようやく、黙って話を聞く気になっていた。さっきまでは、ケツでも蹴り上げてやろうかとも、本気で思っていたんだがな。
「フレディーは、あの街に駐在していた米軍パイロットの息子でな。あの、お前が暴れたイベント会場、あれは米軍のために建設された、飛行場跡地なんだよ。だけど、わずか数年で撤退し、より条件の良い千歳基地と統合したりでな…。まあ、そんなのはどうでもいいな。でもあの頃はそんな軍の連中(米兵)が多くてな、あの使われなくなった飛行場で、ドラッグレースなんかが、よく催されるようになった。それがアイアン・バウンド。スティールランナーバトルの始まりだったんだ」
まったく…。 どいつもコイツも、なんだっていうんだ。
21
俺とロブ(六部)はMk2を挟むように向かい合い、話を続けた。
「当然、俺達もそのレースに参加した。当時はドラッグとオーバル、あとストリート(峠)がアイアン・バウンドの、レースウィークに実施された。で、その時すでに、ストリートレースを一つ獲っていたフレディーと、初めて対決したんだ。もちろん俺達の圧勝だったよ。だけどフレディーは俺達を敵視するどころか、その速さをえらく称えてくれた。まあ、なんというのかな?風土の違いとでもいうのか、素直に速い奴を認め称え合い、レースが終わったら、ビールで乾杯して即ダチになる。そんな、本当に気持ちの良い奴だったよ」
俺は黙って聞いていた。
「そのうちフレディーに、マシンのチューニングを頼まれるようになった。俺も時雄も喜んで受けたよ。でもあの F をバラした時は、本当に驚いた。あのフレームはクロモリ鋼管で作り直された代物だったんだからな。フレディーは腕の良い板金工でもあったんだ。あの街の、いろんな連中の手を借りて完成させた、自慢のマシンだ!なんてよく言ってたっけ」
その当時、プライベーターとして、あの硬いクロモリ鋼を加工していたんだな。本当に凄い連中だ。
「そして俺達は、一番過激な純正カムシャフトを持つ、CB900F のエンジンをベースに、1123 cc までチューニングし、あのバイクに載せ、無敵のスティール・ランナーを生み出したんだ」
ロブはまたニカッと笑ってみせた。それからロブは、ポケットからセブンスターを取り出し、旨そうにゆっくりと煙草を吸い出した。だがそれは、これから話そうとする、内容の重さに耐えるための、準備だったのだろう。煙草の火をもみ消した頃には、表情がかなり険しく一変していた。
「それからの5年間は、俺達の一番輝いていた時期だった。だけど、そんな黄金期は、永遠ではなかった。フレディーは事故で命を落とし、時雄は嫁さんを亡くしたショックから酒に溺れ、俺はバイク屋としての商売が上手くいかず、ついには店を畳んだ…」
ロブは俯き加減に話し出す。
「それから10数年…。あの、エミーとマリーはもう知っているだろ?」
「ああ、あの XLCH と XR750 だろ」
「そうだ。あの2人だ。あの娘達はな、フレディーの娘なんだ。そしてフレディーは3台のバイクを、この世に残した。それがあの娘達が乗っている2台のハーレーと、CB750F だ」
俺は思わず目を丸くしてしまった。
「去年、どういう経緯かは知らんが、エミーとマリーが修二を連れて、俺を訪ねて来たんだ。F を蘇らせてくれって言ってな」
ロブの眼をみつめ、ゆっくりと頷いた。
「バイク屋は商売として成り立たず、見事に潰しちまった今の俺はよぉ、ただのコンビニの雇われ店長だ。だけど、バイクの事は簡単には諦められなかった。ずっとバックヤードビルダーとして続けていた。わかるヤツのマシンだけ、俺のチューニングをわかってくれるヤツだけのをな。あの2台のハーレーも、俺が手を入れたんだ…」
ロブの表情がどんどん険しくなる。
「あの男勝りで、誰のジャジャ馬馴らしも受け付けなかった、あの2人の娘がよぉ、自分たちが惚れた男だって言って、修二を俺の元に連れてきたんだ。父親の F を復活させたいって言ってなぁ…。俺は感動で震えが止まらなかったよ」
ロブは、またセブンスターに火を点け、少し間を取りながら、話しを続ける。
「修二の最初の印象は、ただの優男だった。正直、なんでこんな奴に、あの2人が惚れたのか、少々不思議だった。だけどその理由はすぐにわかった。修二はな、ケンカなんてからっきし弱いくせに、あの二人を護るため、フレディーの F を護るために、拳を振り上げて闘ったんだ。アイツは本当に良い奴だった。だからこそ俺は、あの F を本気で組み上げ、魂を吹き込んだんだ…だけど…だけど…」
それから、何度もタバコの煙を吐きながら、絞り出すように言葉を発した。
「不思議だった。まだ20やそこらのガキが、豊富な資金を持ってくるんだよ。最初は、貯めていた金を、持ってきているんだとばかり思っていたが、そうじゃなかった。俺はバカだ…。そんな事にも気付かず、フレディーの F を蘇らせられる喜びで、気付かなかったんだ…」
ロブはそこで黙ってしまった。堪らず俺は聞いてしまう。
「どうしたんだよ?その金が何だっていうんだよ !? 」
それからロブは何度も頷き、意を決したように口を開いた。
「その金はな… ある奴から資金提供をうけていたんだ。そいつの名前は “ 府月 ” 。 “ 府月周遠 (ふづきしゅうえん)” … 」
府月?どこかで聞いた名だ。しかし思い出せない…。なんだこれは?凄く嫌な胸騒ぎがする…。
「いいか貴、心して、よく聞いてくれ、府月は俺達の敵でもあるんだ」
ロブの眼に強い光が宿っていた。さっきから嫌な胸騒ぎが止まらない。
「府月はHN社の重役なんだ。それに、北海道、あの工業都市に強い影響力を持つ大物だ。そして2年前のある日、お前のオヤジ、時雄は、まさしくこの場所で死を迎えた。それにも大きく関係している」
まさか…
「時雄はなぁ、お前が帯広市のバイク屋に就職したって喜んでいた。本当に喜んでいたんだ。アイツの夢はな、お前と一緒にここで働くことだったんだ。お前が施設に預けられてからは、ずっと断酒していたんだ。それは、またお前と一緒に暮らしたいと、心から願っていたからなんだ。だからここの業務を拡大して、岩野を雇い、クルマの整備を手掛けるようになった。お前がいつ帰ってきても、一緒にやっていけるだけの、ベースを作るためにな。そしてある時、大口の仕事を取って来たんだ。それは自動車学校の、教習用バイクの整備だった。時雄は本当に嬉しそうだった。 『 倅も頑張っているんだから、俺はもっと頑張るぜ!』 ってな。でも…、でも…、それは…、序章だった…」
まさか…
「最初は上手く行っていた。だけどある時、教習車に使っている、HN系のバイクの部品が、一切手に入らなくなったんだ。何故だと思う?あの府月だ ! なんの恨みがあったのか知らんが、こんな小さなバイク屋に対し、あらゆる方面からの、部品供給を止めてしまったんだ !! 」
ロブは一度大きく深呼吸をした。
「時雄は必至であちこち駆け回った。だけど、どこも部品を卸してはくれなかった…。あっけない幕切れだ。それで終わり。時雄は、仕事と信用を一気に失った…。失っちまったんだよ…」
まさか…まさか…
「そんな時に、大量の酒瓶が入ったダンボールが、店の前に置かれていたんだ。おかしいだろそんなの !? だけど、もうまともな判断なんか出来なかったんだろう…。十数年続けていた断酒を破り、一気に飲んでしまったんだ。で、次の日の朝、新聞配達員が、大量の空の酒瓶と共に、時雄の冷たくなった亡骸を発見した」
まさか…まさか…まさか…
「貴、たしかに証拠は何もない。だけど、俺にだってまだ、多少なりともツテがある。間違いなく “ 府月 ” のヤローの仕業ってのは分かっているんだ !! 俺は本当にバカだった。そんな奴の金を使い、喜んでバイクを弄っていたのだから…。なんだか、悔しくて、悔しくてよぉ…」
まさか…まさか…まさか…
「だけど分からないのは、なぜ時雄が狙われたのかなんだ。ん?おい、貴、どうした?大丈夫か?」
そんな… まさか…
「貴 !? 」
「ロブさん…」
「どうした?」
「俺なんだ…俺なんだよ…」
「どうしたんだ !? 」
2年前の KAMUI 零 の事件、HN社の重役・府月。そしてオヤジの死。そうだったのか…。
自分の中で全てが繋がった。
「俺なんだ…オヤジが死んだ原因を作ったのは俺なんだよ…」
そう言った瞬間、突然、目の前のロブの姿がボヤけ出した。そんな俺の目からは、止めどもなく、熱いものが溢れてきていた。
すまん…
すまん… オヤジ…。
つづく
Posted at 2018/07/12 19:49:24 | |
トラックバック(0) |
Def busta≪デフバスタ≫ | タイアップ企画用