22 OFFERINGS TO THE GOD OF SPEED
俺はロブの前で、KAMUI零の事件をポツリポツリと話し出した。
正直、自分で何をどういう風に語ったのかは、よく覚えていない。ただ何となく、支離滅裂にならないよう、言葉は選んでいた気がする。
そして、悔しくて悔しくて、時折込み上げてくる感情が、激しく溢れ出す。
「貴、わかった。わかったよ。お前は何も悪くない。むしろ正しい行いをしたんだ」
ロブは瞳に涙を浮かべながら、何度も俺の肩を叩きそう言った。
「お前は、レイさんを始め KAMUI を助けたんだ。確かに時雄の件は残念だった。だが、奴だって、きっとお前の事を、誇りに思っている」
ダメだ…。ロブを直視できない…。
「きっと時雄は、自慢の息子だって、誇りに思っているさ。きっとそうだ」
くそっくそっくそっ!自分の無力さに、無性に腹が立つ。
「貴、よく聞いてくれ」
ロブが俺の顔を覗き込んできた。
「いまあの街は、府月に牛耳られようとしている。実質、あの街、すべての工場の期間社員達を、意のままに操れるようになると、どうなると思う?産業の動脈を握られるとどうなる !? きっとまた、第二第三の時雄が生まれることになるんだ !! 」
ロブの声が、深く、鋭く突き刺さってくる。
「そうなんだ。スティール・ランナーを自分の配下に治めてしまえば、あの街のバイク好きやクルマ好き、すべてのチームの人間が、府月の手に落ちることになる」
俺もロブの目を見返した。
「そんな事をさせる訳にはいかない。そのためには、府月の思いのままにならない人間が、スティール・ランナーを倒し、その野望を打ち砕かなきゃならんのだ」
そうだ。そうだ ! 修二 !!
「いまソレが出来る可能性があるのは、貴、お前だけなんだよ。修二を、いや、あの街の仲間を護ってくれ!たのむ貴 !! 」
チカラの籠った、ロブの言霊を受け取った。『仲間を護る』 そう、それがSANTANAの誓い。
そうだ。悲しみに暮れている暇なんかない。そうだよなオヤジ !?
俺は俺の、正しいと思う道を突き進むぜ ! どうか見守っていてくれ。
23
次の日、俺達は再びT峠に戻ってきていた。
話しを少し巻き戻すと、前日、ロブはZ1000Mk2に “ ある魔法 ” を施した。それはデチューンという魔法だ。
一通りMk2を走らせ、現状を把握したロブはこう言った。
「やっぱり、こんなセッティングをしてやがったのか。ある程度馬力を上げれば、あとは人間の方で乗りこなすってか?離れて暮らしていたとはいえ、やっぱりお前たちは親子だな。時雄もこんなセッティングを、よく好んだんだ」
「どういう事だよ。もっと詳しく説明してくれよ」
「ああ、つまり、これじゃあサーキットでタイムは出せねぇんだよ。中間を犠牲にして、ピークパワーを狙うセッティングじゃあな。それに、2バルブエンジンの良さが、全然生かせていない」
「でもオヤジは、コレでタイムを出してたんだろ?」
「そうなんだ…だから、よく意見が衝突した。これで調子の良い時は、スーパーラップまで叩き出しやがってよぉ…。常識外れもいいとこだ…。ブツブツ…」
「ロブさん、ブツブツ言ってねーで、どうすれば良いのか言ってくれ」
「ああ、そうか、すまん」
ロブは一つ咳払いをした。
「おほん。つまりな、このKAMUIのフレームの件も相まって、完全にバランスを崩しているようだが、ちょっと見方を変えれば良いだけなんだ」
「つまり?」
「つまり、あと10馬力くらいデチューンして中低速重視のセッティングに変える」
「ああん !! 何だって !? ここに来てデチューンだと?本当に大丈夫なのか?それで、タイヤが滑らなくなるのか?1分28秒台が狙っていけるのか?」
「まかせろ。それで、A3の持てるチカラを、存分に発揮できるようにしてやる」
「で、具体的には?」
「まず現状のKERKER KR管のエキパイを42.7φから40φにまで絞り、4 in 1構造の集合部に仕切り板を入れ4 in 2 in 1構造にする。そして、FCR41φも35φにまで落として、セッティングを出すぞ。それで、よりドッグファイト向きにもなる」
マジか !? 本当にそれであのFと互角に闘えるようになるのか?不安が募る。
「ところで、あのFの仕様はどうなってんだよ?」
「ああ、アレか…アレはな…」
「なんだよ、はっきり言ってくれよ」
「1123ccで150psきっちり出している。4バルブエンジンらしく、上までカーンと回るエンジンだ。今のこのA3みたいに、中間を犠牲にしてな」
ロブがニヤリと笑った。
おいおい。本当に大丈夫なんだろうな…。
24
それは、本当に魔法と呼ぶに相応しかった。あんなに苦労したコーナーリングが、今度は驚くほど、よく決まるようになっていた。
ロブのいうデチューン。吸・排気を絞り、ピークパワーを殺し、2バルブエンジンらしい、中低速重視のセッティング。そう、恐ろしいほどに乗りやすい。
しかも、こうすることにより、コーナーでタイヤが滑ることもなくなり、ましてや、どんなところからも、自在にラインを変えていけるだけの、軽さと扱いやすさ、つまり、真ん中にぶっ太いトルクが備わっていた。馬力を落としているなんて、言われなきゃ気付かないレベルだ。
「チクショウ。なんてオヤジ共だ!クソッタレめ !! 」
思わず顔がニヤけてくる。
25
午後9時。苫小牧市のとあるショットバー「Memphis(メンフィス)」。そこには、数多くのバイク乗り達が訪れる。
元々は店名と名を同じくする、アメリカン系バイカーチームの溜まり場であったが、修二の介入により、彼が作ったSANTANとも友好関係が結ばれ、様々なタイプの者達が出入りするようになった。
店内はそここそ広く、そのほとんどが立ち飲み席で、テーブルが置かれているだけだが、メタル調のカウンターは、10席スツールが設けられている。その他にも、バンドが演奏するための簡易ステージや、ビリヤード台、ピンボール台にダーツマシンまで設置され、仲間と夜通し、ALLで遊ぶには最適な場所だ。
実はこの店の元オーナーは、初代スティール・ランナーの “ フレデリック平(フレディー) ” であったのだが、今は、その実子であるエミーとマリーが跡を継ぎ、いつもカウンターの内でバーテンをやりながら、店を切り盛りしている。
「おかわりをくれ…」
カウンター右端の奥から、ベイツの革ジャンを着た修二が、マリーに声をかけた。
「修二…。あんまり飲めないんだから、無理しないほうがいいよ」
「…。頼むよ。僕だって飲みたい時くらいあるさ」
マリーは少し困った表情をしながら、ワイルド・ターキーのオンザロックを手早く作り、修二の前にグラスを“スッ”と置いた。
修二は、そのグラスの中で、ゆっくり溶け出す氷の様子を、暫く眺めていたのだが、次には、ワイルド・ターキーを一気に口の中に放り込み、喉が焼ける感覚に、苦い表情を見せていた。
俯く修二。その様子に、マリーは黙って、彼の手を握った。
同じく、カウンターの反対側に座っていたスキンヘッドがエミーに呟く。
「おい、どうしたんだ修二のヤツ。随分と荒れてるじゃねーか。お前も行って慰めてやれよ」
「ふん。グリム・リーパーと呼ばれている男が、ずいぶんお優しいこったね。アタシが他の客と口きくのでさえ、ひどく嫌がるクセにねぇ」
「…。ああ、確かに。正直、俺はお前に惚れてる。だから、他の男と話しているところを見るだけで、激しく嫉妬しちまう」
修二といつも行動を共にし、ボディーガードの役を買って出ている、スキンヘッドの大男は “ グリム・リーパー(死神) ” と呼ばれていた。
「だけど修二は別だ。アイツは特別なんだ。荒れている原因は、あの下村ってヤツの事なんだろ?」
下村と聞き、エミーの片眉がピクリと反応する。
「全く、修二の話どおり、マジで化物じみたヤツだったな…。憧れの先輩か…。それをこんな形で再会しちまったんだから、裏切ったような気持ちになってんだろ…」
グリム・リーパーは手に持っていたコロナビールを一口呷った。
「今日はよぉ、2人で慰めてやれよ」
「ふふん」
エミーは鼻で笑ってみせる。
「修二は大丈夫さ、強い男だよ。なんせアタシ等が、本気で惚れた男だからねぇ」
真っ赤なルージュが、勝ち誇った微笑みを見せる。
「確かに修二は特別。いいかい、よく聞いておきな。アタシ等2人はねぇ、その修二の子を産むんだよ。3代目スティール・ランナーをね ! 」
一瞬目を見開くグリム・リーパー。
「おいおい、マジかよ…」
エミーはまた、鼻で笑ってみせた。
そんな様子を尻目に、その横では、バンドマンのような風体の、初老の男が、ハイネケンのビールを片手に、酷く酔った様子で、ジュークボックスへコインを落とし込み、レニー・クラビィッツ 『自由への疾走』 を選曲した。やがてスピーカーから、エッジの効いた、ギターサウンドのオープニングが流れ出る。ニヤリと薄笑いを浮かべるバンドマン。
実はこの男、バイカーチームMemphis(メンフィス)をまとめあげている人物で、通り名を “ ギブソン ” と言い、フレディーの盟友でもあった男なのだが…。
その瞬間だった。それは突然やってきた。そこに大嵐が発生したのだ。入口ドアが勢いよく開け放たれる。店内の客が全員、その方向へ向いたとき、戦慄が走った。なんと、そこに現れたのは、デスペラードジャケットを着た下村だった。
「はっはっは。修二め~っけ♪」
肩の毛皮がなびく下村の傍には、岩野と成海の姿があり、ついでに、オドオドした様子で、ガソリンスタンドの “ 田代 ” が立っていた。
それを見たエミーとマリーの2人が、バーカウンターを飛び越えたのと同時だった。店内全てのバイカーが、一斉に下村の前に立ち塞がる。
だが、それは無駄な行為だった。えも言われぬ下村の無言の迫力は、そこに居る全員を圧倒していた。皆、彼の強さを知っているが故、恐怖からくる萎縮でもあった。そして彼が、歩を進めるたび、立ち塞がった者達は、後ずさりを始める。その様子はまるで “ モーゼの十戒 ”の様だった。
エミーとマリー、グリム・リーパーでさえも、冷汗が流れた。だがしかし、そんな中にあって、たった一人だけ、下村に臆することなく、彼の正面に立ったのは修二だった。
自信に満ちた落ち着きのある表情に、凛としたその立ち姿。そこには、先程までの焦燥感や、アルコールに酔った雰囲気は、微塵も感じられなかった。これこそ、修二がいつの間にか身に着けた、2代目スティール・ランナー、王者の風格である。
「修二…」
「Def busta…」
2人は睨みあった。
「修二、待たせたな。こっちの準備はOKだ。いつでもヤ(走)れるぜ」
「そうですか…。では良いステージを用意しましょう。来週の日曜、SRB(スティール・ランナー・バトル)の最終戦、サーキットバトルが開催されます。そこで決着を付けましょう。貴方が出場できるように、僕の方からオフィシャルに、掛け合っておきますよ」
下村は力強く頷いた。
「ああ、楽しみだ。ケリを付けよう」
そう言い、獰猛な肉食獣のような迫力を持つ彼は、踵を返し、その場を立ち去ろうとした。が、その前に、度胸のあるハンターが、もう2人出現したのである。
「Def busta … か…。俺は ガープ(Goap) ってチームを纏めている、フロストってモンだ」
「俺はノーマン。ウチのチーム(Bael) のモンがずいぶん世話になったなぁ」
フロスト(霜男)と名乗る大男は、その名のとおり、氷の様に冷たい眼光が特徴的で、対するノーマンという男は、ギラギラと野望に満ちた眼をしていた。
『Goap に Bael 。 西と東の悪魔王か。全く面白い連中だ』 下村は心の内でそう呟いた。
「俺の弟のハックは、先日テメェが暴れた喧嘩で、怪我ぁしちまってな…。可哀想に、テメェの強烈な左ミドル(キック)を右肘に喰らったあいつは、その勢いで右肩を脱臼しちまったんだ」
下村は “ ふんっ ” と一つ鼻を鳴らした。
「俺はアイツを、バエルの実力者である、ノーマンの元に、修行に出していたんだ」
フロストは、更に静かに語りかける。
「そう、バエルはノーマンズランド。代々統治する者が居ない、実力がモノをいうチーム。そのチームで頭角を現し始め、遂にはエースライダーにまで、上り詰めたのによう…」
フロストの凍てつく視線が痛い。
「Def busta、テメェのせいでなぁ、ハックはSRB(スティールランナーバトル)に、出られなくなっちまったんだよ」
下村は、黙ってフロストの眼を見つめていた。そしてノーマンが吠える。
「このクソヤローが ! 今度は俺が相手になってやる !! 」
だがフロストは、今にも飛び掛かりそうなノーマンの肩を抑え、静かに言った。
「やめとけよノーマン」
次には、下村を睨み付ける。
「今度はサーキットで勝負だ。テメェ逃げんじゃねぇぞ。いいか、ステゴロの時のようにいくと思うな。レースじゃあ、再起不能になるまで、徹底的に叩きのめしてやる」
さっきまでの冷たい瞳が、今度は鋭い眼光で、ギラギラと燃え出していた。
下村は思わず嬉しくなる。 『 ここは本当に面白い街だ 』 心からそう思った。
「はっは。いいぜ。ケリを付けよう」
彼は“ニヤリ”と不敵に微笑み、2人を押し除け、バーの外に出ていった。
そしてギブソンがリクエストした、レニー・クラビィッツのクールな名曲は、嵐と共にその役目を終えた。
26
バーの外に出た下村は “ ふぅ ” と一息つく。この緊張感がとても心地よかった。それから、ヘルメットを被ろうとした時、後から着いてきた成海が、青い顔をして言ってきた。
「ちょっと何なの下村さん !? こんな夜中にツーリング行こう、なんて言い出したかと思えば、いきなり宣戦布告って、どういうこと !? 冷汗かいたじゃない! 生きて帰れないかと思ったわよ !! 」
「成海ちゃん…」
岩野は言葉を失っていた。
「はっは、ワリィワリィ。でもよう、一つ良いこと思いついたぜ」
岩野と成海は、顔をしかめながら首を傾げる。
「せっかくココまで来たんだから、このまま函館まで行って、イカ飯でも食おうぜ ! 奢るからよぉ♪」
「はぁ~?函館ぇ~!?ここから何Kmあると思ってんのよぉ~」
「成海ちゃん…」
「はっは。早く用意しろよ ! 置いていくぜぇ~(笑)」
「ちょ ! マジで言ってんの !? 」
そう言いかけた成海の声は、Z1000Mk2が奏でる、猛獣のようなエキゾーストノートに掻き消された。そして下村は、フロントホイールを天高く突き上げ、荒々しく走り出す。
「成海ちゃん、もう行くしかないッスよ」
岩野もDR-Z400改450SMヨシムラ仕様を、素早く発進させる。
「もぉ~マジなのかよ !? ちょっと待ってよぉ !! 」
それから、3眼ライトのKX500は、闇をつんざく2ストの炸裂音を残し、離陸しそうな勢いで、ストリートを走り去る。
それは、あっという間の出来事であった。時間にしてみたら、一つのロックなサウンドが終わる、5分程度であったが、その場に残された、ポカーンと呆けた表情の “ 田代 ” にしてみたら、永遠に終わらない、遥かなる5分間に感じていたことだろう。
田代は途中、拉致されるように、この場にまで案内をさせられ、おおよそ経験したことのない、一触即発、極度のプレッシャーに晒され続けたのだ。
解放された途端、緊張の糸がブッツリと音を立て切れた。夢か幻か。田代は、ただただ、その3人を、ポカーンと見送るしか出来なかったのである。
つづく