
コミュニティー○○
一見、近代的な名前のようにも感じるが、ココは…
寂れた市町村によくありがちな、古い公民館だ
しかも閉鎖された廃墟…
窓にはびっしりとコンパネが打ち付けられ、除雪されたような跡も見当たらない
が、玄関戸は開け放たれ、何かを引き摺ったような人の足跡が一つ
間違いなくココだ… そう、間違いなく俺は誘われている
招待状なんて嘘ッパチだ。 罠が大口を開けて俺(獲物) を待ち構えている
全身の細胞が、ソコに入る事を全力で拒否していた
分かっていて飛び込む罠をいうのは、こんなにも恐ろしいものなのか!?
“だが、A子 を助けねば”
俺を突き動かす唯一の理由
これは緊急を要する事態。警察の到着なんか待っていられない
それに、この雪面に出血痕が残っていないのは、まだ生存の可能性だって示唆しているんだ
む
「いま行くぞ!!」
号令だ。自分にそう言い聞かせ無理やり納得する
“すぅ~”“ふっ”、“すぅ~”“ふっ”
腹式呼吸で臍下丹田に気を落とし込み、ついでにアドレナリンも大量に放出させた
室内の闇は強いプレッシャーとなり、肌をヒリつかせる。 それに埃とカビの臭いでむせ返りそうだ
だが、その埃おかげでA子を探す必要はなさそうだった。引き摺られた跡が、奥の部屋に続いている
闇に眼が慣れてきたのと同時に、物音、気配、空気の振動、全身のレーダーで周囲を探る…
と、その時!! 戸を開け放たれた奥の部屋に、A子と思われる白い足が見えた
む
「A子!?」
マズったか!? 俺もまだまだ修行が足りない。A子を発見した途端
彼女への心配が、警戒心を一気にぶっ飛ばしてしまった
“集会室” そう読み取れる札のついた部屋に飛び込んだ
そこで目にしたもの… それは… あまりにも無残な姿だった
まず目についたのは真っ赤に染まった白無垢の和装。 裾や襟元が酷く乱れている
そして、彼女の髪。 3年前に出会った時は、長くてとても綺麗な栗色の髪だった
だが今は、何かの刃物で適当に切られた、散切り頭となっている
なんて事だ!なんて事だ!! 俺は軽くパニックに陥りかけていた
む
「A子!!」
俺は大声を出し彼女に近寄った。 そうすると
A子
「…う、う~…ん…」
応えた!?まだ息があるぞ!!
む
「A子!、A子!!」
彼女の身体を即座に観察した。確かに白無垢は赤く染まっているが
それは A子 のものじゃない。おそらく “E” からの返り血なのだろう
A子 には傷が見当たらない、無残に刈り取られたその髪は、あまりにも痛ましいが
まだ生きている。 良かった。本当に良かった。思わず涙ぐみそうになる
ヒタッ…
タタタ…
背後からの足跡
あっ! やべぇ!!
振り向きざま音の方向へ眼をやった。何かの鈍い光、そこで見たもの
おおよそ、この世の者とは思えぬ形相の女だった
間違いなく A子 の母親なのだろうが、あの時の面影など微塵もない
髪を振り乱し、大きく見開かれた血走った眼、そして耳障りなほどに響く金切り声
手に持った得物を頭上から大きく振りかぶり突きおろしてくる
自分の未熟さもあるが、ほぼ不意を突かれたこんな時、冷静に “突きや蹴り” ましてや掴んでの
“投げ技” を使用できる奴はどれだけいるのだろうか? 頭の中なんて真っ白なんだ
ただ、とっさに相手の腕を掴めたのは幸運だった
バ
「ぎぃーーやぁぁぁぁーーー(叫)!!!」
む
「うおおおおお!!!!」
たとえ女の力といえど、振り下ろされる運動に対し、下から押し上げる力は圧倒的に不利である
切っ先が眼前に迫る
む
「むおおおおお!!!」
包丁? いや違う!? コレは、コレは鉈だ! 切っ先の尖った剣鉈だ!!
そうか! 包丁とは違い、身幅の厚い剣鉈は叩きつけるようにして断ち切る得物だから
“E” の創傷は浅かったんだ。 しかし、突きにこられるとヤバイ
見えない敵、眼前に広がる闇に対し、えも言えぬ恐怖に駆られていた俺だった
が、危機的状況にもかかわらず、異形とはいえ相手を確認し、有機体に触れたことにより
冷静さが戻ってきた。
振り下ろされる縦のベクトルに対し、横から力を加え、その軌道を変える
いわゆる “いなす” というやつだ。 体を右に交わしながら小手返しの要領で、女を地面に転がした
本来ならここで、掴んだ腕を極めたまま、相手が戦意を喪失するまで、顔面に掌底を打ち込んでやるところなのだが、そうはしなかった。この時点ではまだ躊躇いがあったのだと思う
俺は、右拳を 水月(鳩尾) にめり込ませてやった
バ
「ぐうぇえええええ… 」
女は体の内側から裏返りそうな勢いで胃の中のものを吐き出した
酸味のある臭気が鼻を突く
バ
「お前が… お前が…」
“このクサレバ○ア!”
一言悪態でもついてやろうかと思ったが、これで “勝負ありだ” ! そう思った
こんな奴のことより A子 だ。早くここから連れ出さなきゃ!
しかし、甘かった
踵を返した次の瞬間、左のふくらはぎに激痛を感じた
む
「がああああ!」
なんとこのクサレ○バアは、俺のふくらはぎに剣鉈を突き立て、更には脛に噛みついてきた
む
「痛ってぇぇぇーーーー!」
そこで俺は前のめりに倒れてしまった。 更にふくらはぎの鉈がコジられる
む
「△○×*:・☆~~!!!!!」
自分でも何を言ったか覚えていない。恐らくは悲鳴に近い声で、呪いの言葉を吐いたんだと思う
それから右足でババ○の顔面を蹴り飛ばし、引き離したはいいが、バ○アの噛力が意外に強く
脛の肉の一部が食いちぎられた
む
「ぎゃああああ!! △○×*:・☆~~!!!!!」
左足を抱え転げまわった
○バアは口の回りについた血を拭い、たぶん俺の脛肉を吐き出した後、こう言ってきた
バ
「…お前が悪いんだ… お前のせいであの人が出て行ったんだ…」
あの人だと!? それはあの低能のクズ男か!? 顔なんか覚えてねぇーけどな
と言いたかったが、言えなかった。 というより、脈打つ激痛にひたすら耐えていた
大甘、激甘… 甘ちゃんのオンパレード、もっと早く気付くべきだった
これは、試合でも喧嘩でもない、殺し合いだったんだ
バ
「わたしにはあの人しかいなかったんだ… あの人しかいなかったんだ…」
今度はA子に視線を移した。 ヤバイ! 本気でヤバイ!!
ば
「このクソヤローの前で殺してやる… 」
実に恐ろしきは人の心…
恨みや憎しみは人間を何倍にも強くさせ、狂気に走り出させる
ダメだ!ダメだ!!ダメだ!!! 俺は立ち上がろうとしたが、直ぐに転んでしまう
左足に力が入らないどころか、踝から下が全く動かない。 内のどこを損傷したんだ!?
激痛が脈打ち、血が次々と吹き出す
バ○アがA子に近づき、またもや頭上に剣鉈を突く体制で掲げた
む
「クソったれぇぇぇぇーーーーーーー!!!」
気力、根性、火事場の○○力、アドレナリン、エンドルフィン、なんでもいい、あるなら
でるモン出てこい! とっとと、俺に力を貸せぇーーーー!
俺は気合いと共に右脚の力だけで立ち上がった。 関節がビキビキと悲鳴を上げる
まだだ!まだだ!!歯を食いしばる。そうして一つ鋭く息を吐き出したあと、新鮮な空気を肺に取り込み、全身に酸素を行き渡らせ、腹に力を込める
それから地面を蹴りながら体移動を完成させる “踊り” という古武道の歩法を用い
右足のみで地面を蹴り、弾丸のように体を前方に跳ばした
む
「がぁぁぁぁーーーー、りゃああああーーーー!」
渾身の胴タックル。しかしそれは相手を転ばすためのものではない
相手を抱きかかえたまま、全体重と突進力で壁にブチ当てるための、捨て身の力技だ
む
「がああああ!! △○×*:・☆~~!!!!!」
バ
「*:・☆~~!!!!!△○×」
もはや獣の叫び声だ
ドッダァーーーーーン!!
建物全体が揺れるほどの衝撃を最後に、殺戮の宴 “血の結婚式” は幕を閉じた…