5
そこは旭川市郊外、下村の経営するショップ「Garage SANTANA」だった。主にアメ車の中古車を取扱い、トランスポーターとしての偽装などを手掛ける。が、当然バイクのカスタムも行っている。
ここへKX500の改造をするため、バイクを運んできたのである。もちろん他の目的が無いわけでもないが…。
『Garage SANTANA』の室内整備スペースには、Snap on大型工具箱が並び、下村の愛車Z1000MkⅡと、ここでメカニックをやっている岩野のSUZUKI DR-Z400改450SMヨシムラ仕様も置かれている。
その横で岩野は、KX500をいじり始めた。今回はKX500に、17インチスリックタイヤ付きスポークホイールを取り付け、富良野市郊外で行われる「FURANO SUPER MOTO」に出場するための改造を施しているのである。
「いよいよ来週っスねFURANO SUPER MOTO」
メガネレンチを手に成海に話しかける岩野。
「うん。いよいよレース常勝軍団SANTANAに挑戦だよ ! 」
成海はにこやかに答え。右拳を岩野の前に突き出してみせた。
「でも手加減抜きで走ってよね。そうじゃないと本気で怒るからね ! 」
「もちろん ! でなきゃ社長… いやいや下村さんに怒やされちまうっスから」
同じく右拳を突きだす岩野。
それから程なくして、ホイール取り付け作業が終わり、岩野は右腕で額の汗をぬぐいながら、急に違う話題を成海に振って来た。
「ぶっちゃけ聞くっスけど、成海ちゃんて下村さんの事が好きなんスよね?」
急に後ろに向きを変え、KX500を点検し始める成海。顔が真っ赤になってしまったが、声だけは冷静に答えた。
「別にそんなワケじゃ…ただウチのおじいちゃんの代りに、アタシが下村さんと走れればなんて思ってるだけで…」
今度は成海の背中越しに語りかける岩野。
「その下村さんなんスけど、今度のレースは観戦に来るって言ってたっスよ」
体がピクリと反応する成海。
「なんせ成海ちゃんは、レジェンド・サードアイ輪道のお孫さんっスからね~。かなり気になってるみたいっスよ」
成海は真っ赤な顔を更に赤く染めあげ、嬉しそうな表情でKX500を見つめる。
「へぇ~そうなんだ」
しかし後ろを向いたまま、つれない態度で興味が無さそうに答えた。
『ふふふ。後ろを向いてても、耳まで真っ赤っスよ(笑)』 岩野は心の中で微笑ましく成海を見つめていたが、急に気になっていた事を付け加えた。
「あっ、そうそう ! 足回りのセッティングは自分で考えながら出すっスよ ! そうやって少しずつ速くなれるんスから」
ヘルメットを被る成海。聞き流すように空返事をする。
「ふ~~ん…」
「成海ちゃん、いいっスか…」
岩野がそう言いかけた時、成海は勢いよくキックを踏み下ろしエンジンをかけた。無情にも岩野の声が途中で遮られる。それどころか、周りの音すべてを掻き消すような、KX500の炸裂音が響き渡った。アクセルを吹かす成海。FMFサイレンサーから勢いよくスモークが吐き出される。
それからKX500と共に勢いよく外に飛び出し、その場でフロントタイヤをロックしたまま、右にリヤタイヤを滑らせ円を描く。新品のタイヤは激しいスモークを吐きだし焦げ付いた匂いを辺りに振り撒いた。
そして今度は左に向きを変え、更にタイヤを滑らせる。成海は一瞬でタイヤの皮むきを完了させ、ヘルメットの中で “ ニコッ ” とほほ笑み、次の瞬間にはウイリーしながら走り去ってしまった。
茫然とする岩野。
「ふう(ため息)。 たしかに…。あんなじゃじゃ馬ムスメを扱えるのは、下村さんくらいしかいないっスね」
汗をかきながら、苦笑いで遠くを見つめた。
6
それからあっという間に一週間が経ち、FURANO SUPER MOTO当日を迎えた。
スタートラインに並ぶ15台のバイク。既にスイッチの入った成海の顔は、一見冷静を装っているが、心の中では緊張と興奮と高揚と闘争心が入り混じり、自分自身を押さえつけているのが大変なくらいだった。
その時、オフィシャルがフラッグを構える。横一列、すべてのバイクが一斉にエンジンをスタートさせた。
高鳴る鼓動、そしてバイクに乗るという闘争心。誰の心にも『はやく走らせろ』そんな思いが渦巻く。
回りで煩いくらいに響くエキゾーストノートは、既に聞こえなくなるほど集中していた。アセファルトの陽炎に揺らめくフラッグを、今か今かと待ちわびる瞬間の緊張感がたまらない。成海は、腹の底からゾクゾクと湧き上がる、アドレナリンの感触を楽しみながら、全神経を左手のクラッチレバーに集める。
そして運命のフラッグが振られた。
FURANO SUPER MOTOレーススタートだ。
2ストロークと4ストロークの混走レース。まるで地鳴りのような音が、腹の底に響いてくる。色とりどりのMXウェアー姿のライダー15人が、一斉にスタートを切った。
大混乱であった。だが、ターマックの第一コーナーを抜け、第二コーナーを回った頃には、概ねの集団グループが出来上がる。トップグループは3台のマシンに絞られ、レースを牽引する体制ができていた。
トップはチャンピオンマシンの、ゼッケン#1岩野DR-Z400改450SMヨシムラ仕様。 続く2位は、ゼッケン#9成海KX500。 少し離れた位置には、3位ゼッケン#5上場見。KTM450 EXC SUPER MOTO仕様。がつける。
三つ巴でコースを周回。成海と岩野は僅差のデットヒート。そして少し離れている上場見は、虎視眈々と二台の行方を見つめる。
観客スタンドの中には、源三と七菜香の姿があり成海を応援している。また違う場所には、異彩を放つデスペラードジャケットを纏う下村の姿があった。
3台ともターマックではブラックマークを残しながらドリフトし、グラベルでは必要以上に滑るタイヤをコントロールしながら走る。
一番安定した走りの岩野。それに必死に食らい付く成海。だがKX500は、ターマックにおいてアクセルオンでリヤが沈む姿勢変化を起しており、コントロールが上手くいかずアンダーステアを出していた。
そこで3位上場見の走りが変わった。勝負どころを見極めたのだろうか。荒々しいライディングで各コーナーを攻め出した。
タイヤスモークの焦げた匂いと、泥埃が舞うFURANOサーキット。順位に大きな変わりはなく、いよいよ大詰めのレース終盤に差しかかる。 ゴール間近のグラベル20R左コーナー。そこで岩野が魅せた!お手本のような綺麗なドリフトで、スピードをのせたままRを描き、コーナーを駆け抜ける。
だが成海も負けない。岩野にピタリと張り付き、僅差でコーナーリングする。その時、何かを確信したように、ヘルメットの中で、口元に笑みを漏らした。
「イケる ! ゴール前で差す !! 」
が、そんな成海の企みとは裏腹に、一つの危険が迫っていた。それは3位の上場見だった。スピードを落とさず成海めがけてイン側へ突進してきたのだ。
上場見は、イン側から成海を抜きにかかると同時に、オーバースピードを相刹するため、スライドしながら、リヤタイヤアタックをKX500のフロント部へめがけて敢行してきた。
“ドッ” と湧く観客達。
不安そうに見つめる源三と七菜香。
下村は腕を組みながら、非常に厳しい表情で事の成り行きを見守る。
突如成海の脳裏に、電気信号のような感覚が走る。それは直感だった。上場見のアタックを間接視で捉えたのだ。一瞬で身体じゅうから“ドッ”と汗が噴き出た。
そこからは、まるでスローモーションのようだった。上場見の動きを視界の端でしっかり捉え、次のアクションを起こす。自分の鼓動さえゆっくりと聞え出す。
『ここだ !! 』 コーナーのバンクが見えた。
渾身の力でフルブレーキを敢行。そしてバイクの向きを変えるのと同時に、車体の動きを一瞬だったが無理やり止めた。
重力や慣性、それに摩擦。そんな物理の法則にストップをかけるような、力技の強行はその身に受ける代償も大きい。あらゆる負担が身体に重く圧し掛かる。が、そんな事は全く意にも介さない。彼女には鍛錬による蓄積がある。膨大な時間の走り込みが、技術と自信に繋がっているからだ。
『なんだ !? 』 血走った眼を見開く上場見。アタックを成海に交わされた形となり、勢い余ってコース外へ飛び出してしまった。
「はっ ! 」
事なきを得た成海は、肺に溜まった熱い空気を一息吐き、再びアクセルオンで走り出したのだが、その目に映ったのは、岩野がゴールの大ジャンプをFMXライダーの様に車体を斜めにして跳んだ瞬間の映像だった。
「あっ…チクショー…」
その姿を見た成海は、小さな声で一つ悪態をつき、少し遅れてゴールの大ジャンプを跳んだ。
つづく