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8月19日。道央サーキット。この日は“SRB(スティール・ランナー・バトル)”のスペシャルステージだった。
AM 11:00、天気は快晴、気温26 ℃、絶好のレース日和である。下村を始めとするTEAM SANTANAの面々がピット内に勢ぞろいし、レースのサポートについていた。
先程 AM 10:00 に行われた出走順位決めのタイムアタックにおいて、下村は “ 1分29秒202 ” という、とんでもない数字を叩き出していた。それは、ここ道央サーキットと酷似のサーキットであるTSW(十勝スピードウェイ)で保有する自己記録を、3秒以上も更新していたのだ。
元々、道央サーキットは、TSWとコースこそは酷似しているが、各コーナーには様々なバンクが設けられ、約2秒程度のタイム差があると言われている。だが、それを差し引いても1秒以上タイムを削ったのは、新しいMk2の潜在能力の高さを物語っているとしか言い様がなかった。
それにこの時、一番時計だった修二とのタイム差は、僅か0.5秒にまで迫っていたのだから驚きである。
下村の順位は2位。スターティンググリッドはフロントローになる。つまり、1位のポールポジションをとった修二に肩を並べたのだ。
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本戦のスタートを待つTEAM SANTANAの面々。そんな大一番を前に彼らは賑やかだった。
メカニックにしてオフロードマニアの岩野(スズキDR-Z400改450SMヨシムラ仕様)、トライアルの進藤(ホンダTLM220R)、ドラッグの坂本(カワサキ750ターボ)、新・サードアイ輪道こと成海(カワサキKX500改)。彼等はアウェイに居ながらも、お祭り騒ぎとなっているレースの雰囲気を楽しんでいた。
下村はカドヤ製セパレートタイプのレーシングスーツのジャケット脱ぎ、サロペットのパンツ姿で大きめのアウトドアチェアーに深々と腰掛け、皆の様子を眺めていた。
「いや~、このスティール・ランナー・バトルってすごいね ! まるでMotoGP並みの盛り上がりだよ。人も出店もいっぱいで、賑やかだし、何より、このバイクとクルマの数に圧倒されちゃうよ♪」
成海は誰ともなく話しかけ、妙にウキウキしていた。
「そうッスね。この工業の街に育まれた、モータースポーツへの意識の高さの表れってとこッスかね」
岩野もなんだか楽しそうだった。
「ああ、益々この街が好きになってきたよ。それに修二はこんなヤツ等のテッペンなんだぜ ! ほんとスゲーよアイツ(笑)」
まるで他人事のように下村が言った。そんな彼に気負いは一切なく、実に落ち着いていた。
本来、レース前の緊張感漂うピット内にあって、仲間達の他愛のない会話やその仕草が下村は好きだった。そんな様子を見ていると、とてもリラックスした気分になれるし、同時に仲間の大切さも再認識できるからである。
進藤と坂本は、この街の近くで開催されているエンデューロレースの話題で盛り上がり、岩野は「レース場に来たら、バイクはいつも以上に、綺麗にしなくちゃダメッスよ」と言い、Z1000Mk2にワックスを掛けた後、マシンチェックを一通り行い、タイム表を見ながら一人頷いている。
『いい感じだ』 下村は心の中でそう呟いた。
ナンだカンだと言っても、岩野は一流のメカニックにして名マネージャーだ。マシンチェックの後に黙ってタイム表を見ているということは、特に問題が無いということを物語っているのだ。
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PM 12:30。スタート30分前だった。下村達が、そろそろ出走準備に取り掛かっていた時に、オフィシャルの一人が冴えない顔をしてピットへやってきた。オフィシャルの年齢は若そうだった。白い帽子を被り、薄手の青いナイロンジャンパーを着ている。
なんだか悪い予感がした。オフィシャルが冴えない顔をしている時は、大抵良くないことばかりが起こるものである。そして、そういった厄介ごとは、たいがい若い奴がやらせられるのである。
「あの…大変申し上げにくいのですが…」
応対したのは岩野だった。
「なんスか?」
「実は午前中のタイムアタックにおいて、ペナルティーが発生しました…」
「はっ?なんスかソレ?」
「走行妨害にあったとの報告を受けました。よって10秒のペナルティーを与える事になりました…」
「はぁ~~?走行妨害?誰ッスかそんな事言ってる奴は !? 」
「それは… お伝えすることは出来ないのですが… ゴニョゴニョ… 」
若いオフィシャルは言葉を濁した。やはり厄介ごとだった。岩野は更に吠える。
「多少強引な追い抜きがあったにせよ、それをレースの場で走行妨害なんておかしいッスよ ! どこのどいつッスかそんな事言ってるのは !? 直接ハナシつけてくるッスよ !! 」
オフィシャルは困惑の表情を浮かべ、岩野の激しい追及に次第に泣き顔になってくるのがわかった。
そのとき下村は、何となく見かねてしまい口をはさんだ。
「岩野、そんなに吠えんな。もういいよ。おいアンタ、スマンな。なんだか嫌な役回りをさせちまったみたいだな」
「いえ…自分は…」
若いオフィシャルは白い帽子を目深に被り直し、足早にその場を立ち去った。
「っちょ、下村さん ! なんでッスか !? 」
岩野は行き場のない怒りを発散しかねていた。
「はっは。確かにタイムを出そうとして少々強引なライン取りしたのも事実だしな。しょうがねぇさ…。そんな事よりよぉ、俺は早く走り出したくてウズウズしてきちまってんだ。このMk2、最っ高でよォ♪走れば走るほど軽く動き出すんだぜ。もう楽しくて楽しくて仕方ねぇんだ。ペナルティーなんざ、もうどうだっていいさ(笑)」
そこにいた一同、皆呆気にとられてしまった。そして最初に口を開いたのは、進藤だった。
「なんじゃそりゃ !? ほんと、どうなってんだお前は?まったくよぉ、アハハハハハハハァーー(大笑)」
下村は、敵の策略とも思えるペナルティーを与えられ、順位を大きく落としてしまったにも関わらず、そんな事よりも、新しくなった自分のバイクの事を考え、早く走り出したいと無邪気に笑ってみせた。それでピリピリムードになっていたピット内は、一気に和んでいった。
だがその罠は、下村を潰すために仕掛けられた悪意の塊であった。蛇のように絡み付く粘着質な捕食者の毒牙が、涎を垂らしながら獲物を待ち構えていたのだ。
つづく
Posted at 2018/08/23 20:40:32 | |
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