![[本の小並感 133]内側から見た富士通 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし [本の小並感 133]内側から見た富士通 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし](https://cdn.snsimg.carview.co.jp/minkara/blog/000/044/342/658/44342658/p1m.jpg?ct=faa390198f0b)
私が城繁幸を知ったのは10年以上も前だろう。もう直接のきっかけは忘れてしまったが、著作はほぼ全て読み、一時期は有料のメルマガまで購読していた。
5、6年前くらいからだろうか?私の中では彼に主張は十分に咀嚼され、自分の血肉になっている実感があったので、メルマガも解約し、著書やWebの記事もすっかり読まなくなってしまった。簡単に言えば得られる新しい情報や考え方がなくなったから、ということになる。
しかし、それは彼の主張が時代遅れになったという意味ではない。むしろ、コロナで在宅勤務が当たり前になりつつある中、30年近くも前に始まった(1993年に始まっている!)富士通の成果主義の失敗は、歴史として学ぶべき価値があるように思う。
というわけで、1度読んだ本はほとんど読み返さないが、わざわざメルカリで購入して再度読んでみた。
1. 富士通の成果主義
富士通の成果主義のコアとなる制度は次のようなものだ。
a) 部門ごとの目標作成と個人へのブレイクダウン
b) 評価結果の賞与額及び昇給額への反映
c) 裁量労働制の導入
これを見て違和感を感じる人間はあまりいないのではないか?組織目標を個人の業務にブレイクダウンしてアサインするa)、成果に対する正当に報いるb)、時間ではなく成果を中心とした就業方式のc)。
当たり前である。それができていないから「仕事のための仕事」を繰り返し、仕事をしたふりをして毎日を消化する「サラリーマン」が量産されるのだ。
2. なぜ失敗したのか
しかし、結果としてこの成果主義は、社内を怨嗟と憎悪の渦に突き落とし、社員はモチベーションを失い、業績は凋落し、リストラの嵐が吹き荒れ、自殺者まで出す結果を招いてしまう。
その理由を私なりにまとめると次のとおりだ。
a) 降格制度が存在しない
b) 相対評価だった、絶対評価に移行するとインフレが起こった
c) 目標自体の妥当性を評価できない
これらはいずれも成果主義という単語に意味するところから程遠い問題だ。
成果が出なければ降格させればいい。そうならないように社員は頑張るだろう。
成果主義なんだから、Aが何%、Bが何%などという評価分布は必要ない。成果を出した人間には絶対評価で報酬を出すべきだ。
しかし、目標の達成でABCを評価すると、低い目標を掲げてAを連発することになってしまう。
では目標自体を上司が正しく妥当なものに設定すればいいだろう。しかし、もともと年功序列で育った上司にはそれができない。数値に表せない仕事もある。
3. どうすればいいのか
つまり、これらは成果主義が失敗したというよりも、成果主義を徹底できなかったということだ。
しかし、じゃあ原理的に突き進むべきだったのかというと、著者もアメリカ式の成果主義がうまくいくとは考えていない。いくつか提案が挙げられてて、例えば目標すらなくし成果だけで評価する、裁量労働制と時間管理とを併存させないなどだが、この辺りは確信を持って提案されているわけではないように思える。
どうすべきか?に対する簡単な答えはない。テレワークが普及する中で、試行錯誤して行くしかないだろう。私はその任にあるわけではないが、この本は売らずにしばらく下駄箱にしまっておこう。
Posted at 2020/08/30 20:13:27 | |
トラックバック(0) | 日記