6月9日(日本時間10日)、米国・ラスベガスのMGMグランドガーデンで、WBO世界ウェルター級タイトルマッチ、マニー・パッキャオ(フィリピン)vs.ティモシー・ブラッドリー(米国)戦が行われた。今年度最大級のビッグファイトと注目された対戦だったが、そこには会場に陣取ったファンも、リングサイドの記者たちも、そしておそらくは勝者の陣営ですら、誰もが仰天する結末が待っていた。
■疑問の残る判定 パッキャオ7年ぶり黒星
パワーに勝る6階級制覇王者パッキャオが、序盤から的確にビッグパンチをヒット。手数は挑戦者で元スーパーライト級王者のブラッドリーがやや上でも、印象的な有効打の数で勝るフィリピンの英雄が試合を支配しているように見えた。
「効かされるようなパンチは一発ももらっていないと思う」
試合後にパッキャオが残した言葉は誇張には聞こえなかった。特に第4ラウンドにダメージを受けて以降のブラッドリーは、パンチの切れを失っており、パッキャオは明白なリードを保って12ラウンドを戦い終えたように思えた。
しかし、試合後に発表されたジャッジの判定は驚くべきものだった。1人が115-113でパッキャオの勝利としたが、残りの2人は115-113でブラッドリーを支持。疑問の残る判定の結果、ブラッドリーはブーイングの中で2階級制覇を達成し、破竹の勢いで突っ走り続けてきたパッキャオは、7年ぶりの黒星を喫したのである。
■ブラッドリーですら“パッキャオ勝利”と認識
試合前から、パッキャオの周囲に不安論が囁(ささや)かれていたのは事実だった。ブラッドリー戦を前にして、近年は飲酒、ギャンブル、女遊びに勤しんでいたと告白。真偽は謎のままだが、“昨年11月のファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)戦の直前には夫人から離婚届を突きつけられた”などという報道もなされた。そしてそのマルケス戦では大苦戦を味わい、辛くも判定に救われたのは記憶に新しい。
今回の試合前には、乱れた生活を聖書の教えに従って改善したと宣言。ただ、そのおかげでもうキラーインスティンクトを失ったのではないか、33歳になって衰えは隠し切れないのではないか、などと疑われた。
そして案の定、序盤から優位に進めたブラッドリー戦でも、結局は5戦連続となる判定決着。2ラウンドで左足首を負傷したというブラッドリー(※試合後の会見には車椅子で現れた)を終盤は持て余した姿に、“さすがのフィリピンの雄も全盛期は過ぎたか”と思わせる試合内容だった。
だが……確かにパッキャオの出来も全盛期にはほど遠かったが、それでもこの試合に負けていたとはどうしても考えにくい。
「ブラッドリーは讃えたいが、ボクシングに関わってこんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。ジャッジは採点の仕方を知らないとしか言いようがない」
パッキャオ、ブラッドリーが所属するトップランク社のボブ・アラム・プロモーターは、ファイト後の会見でそう捲(まく)し立てた。
試合を放送したHBO、そしてリングサイドに座ったESPN.comの記者はともに119-109でパッキャオの勝ちと採点。ブラッドリーのマネージャーであるキャメロン・ダンキン氏ですらも、116-112でパッキャオ勝利とつけたという。さらになんとブラッドリー本人までも、リング上で採点が発表される前に「精一杯やったけど勝てなかった」とアラムに告げたという話も伝わってきている。
■11月の再戦ではどんな戦いが待っているのか
「3人のジャッジがいて、このように判定したんだ。僕に何ができるというんだ? もちろん再戦したい。試合後にはブーイングも聞こえたから、(次は)より分かりやすい形で勝ちたい」
試合後の会見で一度は勝利を祝ったブラッドリーだったが、微妙な採点について突っ込まれた際にはそう答えている。
実は試合前から、ブラッドリーが勝った場合には今年11月に再戦が行われるという条項が契約に含まれていた。パッキャオとの対戦のない、“戦わざるライバル”5階級制覇王者フロイド・メイウェザー(米国)が6月1日に暴行罪で収監されたこともあり、パッキャオの今後の相手候補が枯渇(こかつ)し始めていたのも事実だった。
そんな状況下で迎えた一戦での、パッキャオのまさかの判定負け。再戦は必然的にビッグビジネスになるだけに、ESPN解説者のテディ・アトラス氏に至っては、「ジャッジの誤り以外に別の意思が働いたのではあるまいか」とまで語っている。
真実味はどうあれ、関係者からそういった言葉が出てきてしまうこと自体が残念なこと。そしてこういった一連の背景を考えれば、パッキャオとブラッドリーのリマッチはいずれにしても開催されないわけにはいかないだろう。
期日としてすでに内定しているのは11月10日。場所はおそらく再びラスベガスのMGMグランドガーデン。「再戦ではもう12ラウンドを戦いたくない」と正直に語るパッキャオは、決着をジャッジの手に委ねるのを避けるべく、言葉通りにKOを狙って攻めるに違いない。最近はモチベーションの低下が指摘されていた怪物ボクサーは、リベンジに向けて久々にやる気をかきたてられているかもしれない。
ただ……例えそうだとしても、今年度最大級のビッグファイトがブーイングの中で終わった後味の悪さが消えるわけではない。そして昨年のマルケス戦に続き、世界的に注目度の高いパッキャオ戦の結末が再び疑問の残る判定となったことで、業界関係者はまた決まりの悪い思いを余儀なくさせられた。
“真の敗者はパッキャオではなく、ボクシング界”――。そんな皮肉の効いた言い草を、現時点で真っ向から否定することは難しいのが現実でもある。
Posted at 2012/06/11 20:32:08 | |
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