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ザクとは違うのブログ一覧

2019年05月20日 イイね!

舞鶴まちある記(後編)

まちあるきもぼちぼちお昼を迎える頃になってきました。
昼食はやっぱり海軍カレー。
舞鶴では「海自カレー」の名で売り出していますが、私は海上自衛隊より旧海軍に興味があるので、ラインナップのお店から選ぶのは、旧海軍のレシピを使ったところ。
唯一の選択肢が西舞鶴駅前にある「カフェレスト 駅カフェ」です。
しかし…

おやすみでしたorz

仕方なく近辺を歩いていると小さな蕎麦屋が。
店頭のメニューを見ると肉じゃがを出しているとのこと。
肉じゃがは舞鶴鎮守府の初代長官となった東郷平八郎元帥がイギリスで食べたビーフシチューをいたく気に入り、そこからヒントを得て開発したものなのだとか。(諸説ありそうですが)


厨房にはこんなポスターも。

そこにはレシピの表示もあります。
この店では基本的にはこのレシピ通りに作っているそうですが、少し板前さんのアレンジが入っているとか。
女将に聞くと、まちおこしで肉じゃがを売り出すようになったのはここ15年くらいではないかとのことでした。意外と最近ですね。

さて、此処から先はスタンプラリーとは関係ないディープな世界へ行くことにしましょう。
行き先は旧舞鶴要塞。
明治時代、ロシアからの侵攻を想定した日本は、舞鶴を軍港として開発し、その防備として湾口に大砲などを並べて要塞化しました。
その跡が残っているようなので、行ってみます。

道の駅「とれとれセンター」の信号交差点を北進し、海沿いの道を30分くらい走ると「槙山公園」と書いた小さな看板のある角があるので、そこを山へ向かってさらに走ります。
クルマ一台分しかない狭い道を30分くらい進むと、突然現れます。


おー!
これが槙山砲台跡。日本遺産にも指定されています。
草木に覆われつつあるとは言え、とても100年前に建設されたものとは思えないほどしっかりした状態。
内部もきれいな状態を保っています。
道沿いに進むと同様のものがいくつも。


3連式のものまでありました。
いずれも蔦などに覆われ土が崩れ落ちつつある状態で、高い「ラピュタ感」が得られます。

脇に作られている階段を登って向こう側に進んでみると…


パラグライダーなどの出発地点があり、そこから見下ろす舞鶴湾の美しいこと…
少し不謹慎かもしれませんが、砲台跡でそんなことを思ってしまいました。

実は槙山砲台跡のすぐ近くに金岬砲台跡というのもあるらしく、むしろそちらのほうがかなりの遺構が残されているとの情報を得ました。
槙山砲台跡を出て、来た道を引き返し、途中にある↓のようなヘアピンカーブで車を停めます。

↑の左端に写っている倒木を乗り越えていくと、奥に向かって獣道が続いています。

倒れかかっている木の下をくぐり、垂れ下がっている蔦などをかき分けながら進みます。
途中にはこんな場所も↓

足の幅ほどしかない場所を、左端に写っているロープを掴みながら進む。さながら探検です。
こうして20分ほど歩くと…

入り口らしき場所に着きました。

激しいラピュタ感…
さらに進むと…

出ました、金岬砲台跡の掩蔽壕。
確かに槙山砲台跡よりも様々な遺構が残されているようです。
内部も大変綺麗な状態で保たれています。
さらに奥へ進むと5連掩蔽壕も。

内部では横でつながっているようです。
近くには烹炊所跡と思われる場所もあります。

キャンプ魂を揺さぶられますね。
掩蔽壕の上に登ってみると…

円形の構造物があります。この中心に大砲を置いてあったのでしょう。
さらにはこんな作りのところも。

3本の石柱の上には測距儀などを置いたのでしょうか。
また、半地下式の掩蔽壕もありました。



いずれも激しいラピュタ感…

こうした山の奥深くに施設を作り、侵攻してくる敵を眼下に確認しながら砲撃を加える。
その瞬間のために明治から大正にかけて、ここまで資材と労働者を運び、しっかりとした施設を作って、完成した後には兵隊や弾薬などを運び、いつ来るか分からない敵に備えてじっと待つ。
建設労働者の中には大陸から強制的に連れてこられた人もいたかもしれません。
現地までは狭く険しい道のりが続いているので、資材や弾薬などの運搬も自動車などではなく牛車などだったかもしれません。
そんなことを考えながらこれらの施設を見ると、改めて戦争の愚かさ、争うことの無意味さを感じざるを得ません。

スタンプラリー目的で訪れた舞鶴でしたが、美しい景色に感動し、勇壮な軍艦の姿にワクワクし、そしていろいろと考えさせられる、非常に中身の濃い旅となりました。


今回の旅で撮影した約200枚の画像は、以下のアルバムに収めました。
舞鶴のまち
舞鶴の自衛艦見学
Posted at 2019/05/23 06:57:48 | コメント(2) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2019年05月20日 イイね!

舞鶴まちある記(前編)

「海軍さんの港まちスタンプラリー」の3都市目は舞鶴です。
今回は日帰り。
片道200kmを3時間で走破し現地へ到着。
まずは舞鶴引揚記念館へ行きました。

太平洋戦争が終わり、中国、朝鮮やシベリアなどへ出兵していた兵士や彼らに伴って渡っていた人々が日本へ引き揚げる際に使われたのが舞鶴港。
その歴史を綴ったのがこの引揚記念館。
しかし今回は時間がないので館内見学は省略し、スタンプだけ押してきました。
でもすぐ近くに引揚桟橋が復元されていると知ったので、現地を訪れました。

記念館からクルマでわずか2分。
「岸壁の母」が聞こえてきそうです。

次に向かったのが赤レンガ博物館。

赤レンガの歴史について、貴重な資料を使って解説されていました。
建物は戦争中に魚形水雷(いわゆる魚雷)の倉庫として使われていたものだそうです。
私は知りませんでしたが、こうした建物などのレンガの積み方には数種類あるそうです。
赤レンガ博物館の積み方は「フランス積み」。


次に訪れたのが赤レンガパーク。

こちらは2年前の10月に訪れているので、内部の見学等は省略し、外観の撮影とスタンプを押すのみ。
こちらのレンガの積み方を見ると…

「イギリス積み」でした。
博物館とパークはすぐ近くにあるのですが、両者で積み方が違うのは興味深いですね。

次に向かったのが北吸桟橋。
こちらでは土日限定で、桟橋に接岸している自衛艦10隻近くをすぐ目の前で見学することが出来ます。






んー、カッコいい!
比較的シンプルなフォルムのイージス艦よりも、昔ながらのごちゃごちゃした護衛艦のほうが個人的には好みです。

潜水艦・くろしおの見張り役をしていたこのおじさん↓

本職は潜水艦内でのレーダー監視役。
この日は艦の上でニコニコしながら「何でも聞いてくださいよ♪」と気さくに仰ってました。
せっかくの機会なのでいくつか質問。

ザク違:潜水艦の表面になにか張り付いてますよね?↓

おじさん:これはゴムですね。金属のままだとレーダーなどの電波や音波を反射してしまうので、それを吸収するためですよ。
ザク違:なるほど。でもいずれ劣化するので交換するんですよね。
おじさん:はい。4年に一度定期的にドック入りして整備する際、すべて張り替えますね。
ザク違:魚雷やミサイルは常時積んでいるんですか?
おじさん:ドック入りしている時以外は常に積んでますよ。いつでも出撃できるようにってね。
ザク違:乗組員のプライベートスペースはどのくらいですか?
おじさん:艦長以外は、ベッドのみです。プライベートスペースはありません。
ザク違:へ~、航海は長期の時もありますよね。息が詰まりませんか?
おじさん:仕方ないですよね(苦笑)
ザク違:航海中はどんな生活をされてるんですか?
おじさん:主に訓練ですね。1日あたり6時間。それ以外は自由時間です。
ザク違:自由時間は何をしてるんですか?
おじさん:本を読んだりゲームをしたりかな。
ザク違:インターネットは使えませんよね。
おじさん:使えないですね。探知されちゃうから。でもほとんど寝てますよ。寝てばっかりかな。ほんと、やることないですね(苦笑)
ザク違:潜水艦以外でも同じですか?
おじさん:どうでしょうね~。私は水上艦に乗った経験がないので。

うーむ、水上艦船に比べて隠密行動が求められる潜水艦乗りゆえでしょうか。なかなかに過酷です。でもこうした方々の努力によって日本の平和が守られているのでしょうね。

お次は海軍記念館。

海軍記念館は、自衛隊員の教育に資することを目的として1964年(昭和39年)5月27日に舞鶴地方総監部大講堂(旧海軍機関学校大講堂)の一部を利用して設置された。1901年(明治34年)に舞鶴の地に鎮守府が設置され、初代司令長官に赴任した東郷平八郎元帥に関する資料の他に、旧日本海軍の資料が約500点展示されている。
(Wikipediaより)
内部には大きな講堂がありました。
ステージ脇にはこんな貴重なポスターがわりと無造作に置いてあったり…

ちなみにこの建物のレンガの積み方は「長手積み」でした。

ここで痛恨。
この記念館のすぐ近くに東郷平八郎の邸宅が保存されているのですが、見忘れました!
残念…。

気を取り直して向かったのが、五老スカイタワー。

タワーの頂上は海抜325mで、その展望室からは舞鶴湾と舞鶴市内の360度パノラマビューが見られ、その眺めは「近畿百景第1位」に選ばれたのだそうです。


確かにキレイ!

さて、舞鶴まちあるきはまだまだ続きます。
後編に続く。
Posted at 2019/05/22 07:16:12 | コメント(2) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2019年05月13日 イイね!

横須賀 まちある記

ホビーショーと駿府城で満腹になった翌日、朝早く起きて早速行動です。
行き先は横須賀市。
「海軍さんの港まちスタンプラリー」のチェックポイントです。

横須賀は昨年11月に一度訪れていますが、その時は港内クルージングを中心に、ヴェルニー公園と戦艦三笠を見て回りました。
今回はそれら以外の場所でスタンプを押してくることに加え、横須賀のまちを歩いて回ることを目的に据えました。

まずは戦艦三笠の見学受付所に行って、スタンプカードをもらいに行きますが「ここにはもうありません」とのこと。


やむなくスカナビ(横須賀観光インフォメーション)へ移動し9時半頃に到着しますが、営業時間は10時から。この30分はもったいないので、ヴェルニー公園(ヴェルニー記念館)を目指しつつ、その途中のどぶ板通りに向かいます。



路面には横須賀にちなむ有名人の手形レリーフが飾られています。



ちょっと変わった通りの名称は、第二次大戦前、この通りの中央にどぶ川が流れており、人やクルマの往来の邪魔になるため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらって蓋をしたことから来たものだそうです。
現在ではドブ川・鉄板ともに撤去されてしまっているので、名前だけが残っている状態です。
どぶ板通りと言えば「スカジャンの発祥地」。そしてジャズバーやジャズ喫茶が並ぶ商店街です。
しかし、シャッターの閉まっている店が多く見られました。



時間が早かったせいもあるとは思いますが、どうも「常時閉」に見えたのは私だけでしょうか…

そしてヴェルニー記念館。
こちらにはスチームハンマーが置かれています。

スチームハンマーとは蒸気力でハンマーを駆動し金属を鍛造する機械です。
江戸時代末期の1865年に作られ、翌年にオランダから横須賀製鉄所に輸入されたものだそうです。
↑の機械は平成8年まで現役として使われていたのだとか。つい最近ですね。
この施設でようやくスタンプカードをゲット。

次に猿島へのフェリー乗り場。
猿島は東京湾を守る要塞として砲台などが置かれていたようです。
現在は無人島となり、BBQや海水浴などが楽しめる観光スポットになって、最近ではレンガ作りの要塞跡に苔などが生えたため、「天空の城ラピュタのよう」と話題になっているとのこと。

(↑ネットで拾った画像です)
しかし帰る時間を考えると、島に渡っている余裕はなさそう…。
後ろ髪を強く引かれながら、本土側でスタンプを押すだけにしましたorz

次のチェックポイントは横須賀市美術館。

こちらも時間があれば展示をゆっくり見たかったのですが、スタンプのみorz

そして最後のチェックポイントは、最初に行きそびれたスカナビ。
こちらでスタンプを押して横須賀コンプリート!
クリアファイルがもらえました。

これで呉に続き、横須賀も完了。
次は舞鶴の予定です。

【横須賀のまちなみについて】
あくまでも個人的な意見です。
港まちとしての横須賀の強みは次の通りかと。
 ①東京や横浜などの大都市に近いため、集客しやすい
 ②猿島+ジブリというキラーコンテンツを持っている
 ③海軍カレーの知名度が高い
 ④歌謡曲に歌われるほどイメージがよい

↑こうした風景は港まちならではですよね。

一方で弱みは…
 ①旧海軍の主要施設は米軍が押さえていて見学できない
 ②まち全体の規模が小さい
 ③人口減少・高齢化が進み、活気がない


↑港の脇にある大規模商業施設は閉店していました。「売り」の一つである港内クルージングとセットで観光客への売り込みが見込まれたはずですが…

前回訪れた時のブログにも書きましたが、例えば「海軍カレーをまち全体で盛り上げよう」=「みんなで横須賀を盛り上げよう」という意識がまちの人たちにどのくらいあるのかなと。
上記以外にも私が気付いていない強みはいくつもあるはずです。
それらを合わせればきっと弱みを感じさせない力をこのまちは持っているのではないか…そう感じました。
スミマセン、かなり辛口になってしまったかも。
Posted at 2019/05/15 23:48:14 | コメント(2) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2019年04月30日 イイね!

軍港めぐり・呉編 そしてプチオフ(2日目)

さて2日目。この日は朝早く起きて島へ渡ります。

まずは倉橋島。
音戸大橋を渡るとそこには渡船場が。

わずか数分で向こう岸まで付いてしまうほどの距離で、しかも橋もかかっていながら、いまだ現役で渡し船が運営されていました。
この昭和の雰囲気、たまりません!

そして道中には牡蠣を取り扱っていると思われる工場や港がいくつも見られます。


これぞ呉、といった印象を受けました。

そして到着したのが三ッ子島。

この島の手前側に空母天城が大破着底したという、正にその現場です。
そう思うと感慨深いものがありますね。
(現在では工業塩を輸入し貯蔵するための場所となっていますが、なんとここだけで日本の工業塩の75%を担っているのだそうです。)

さらにドライブを続け、江田島に渡り、利根公園に行きました。

ここは重巡洋艦・利根が大破着底した場所↓です。

公園内には小さな建物がぽつんとあり、その中には利根から引き揚げた貴重な品々が展示されていました。




公園は道路から少し離れた場所にありますが、案内看板などは一切設置されていません。せっかく素晴らしい展示がされているのに勿体無いですね。

きびすを返して呉市へ戻り、昨夜立ち寄ったアレイからすこじまを再び訪れます。




道を挟んだ反対側には、赤レンガ倉庫群も。

小さな子供を連れた家族連れが記念写真を撮っていたり、私同様、物思いにふけりながら佇むおじさんがいたりするなど、様々な愛され方をしていました。
夜の姿とはまた違った味がありますね。

いよいよスタンプラリー最終地点・入船山記念館です。


ここには旧呉鎮守府司令長官官舎、郷土館、歴史民俗資料館等があります。
特に長官官舎は極力当時の姿を再現しており、一見の価値ありと思いました。
ただ残念だったのは、敗戦後に呉の町に駐留したイギリス軍が、官舎をイギリス風に改修してしまったこと。
もともとは金唐紙が貼られていた壁は、白い壁紙が上から貼られてしまいました。金唐紙を作る技術はその後廃れてしまい、当時を再現する術はなくなったかに思われましたが、関係者の努力により再現されています。

この他、当時の時計台や東郷平八郎が使用した離れ座敷などがありました。
詳細はフォトアルバムを御覧ください。

呉まちあるきもぼちぼちおしまい。
最後はランチをいただきます。

左上の肉じゃが、左下のじゃこ飯、右上のがんすはいずれも呉名物です。
特にがんすは美味しかった!
思わず日本酒がほしくなるような味でした♪

帰りも高速を走りましたが、強めの雨が降っていたことと旅の疲れもあったので慎重な運転に心がけ、自宅へ着いたのは午後9時過ぎでした。
2日間で1100キロという長旅と現地での徒歩移動は、さすがに老体に堪えますね…。
でもARIAーRさんとのオフも含めて、本当に楽しい旅でした(^^)/


【呉のまちについて】
昔は呉浦と呼ばれる小さな漁村だったそうです。
それが明治時代に海軍の鎮守府(根拠地)が置かれ、太平洋戦争までは4つある軍港中、最大規模を誇るまでに至り、人口も40万人を超える大都市になりました。
しかし太平洋戦争では米軍から執拗な爆撃を受けて焦土と化し、その後の造船業の伸び悩みとともに人口も減少して、現在では約22万人にまで減りました。
海上自衛隊での位置づけも4軍港中、横須賀、佐世保、舞鶴に次いで4番目となっています。
ある意味、歴史に翻弄された都市であるとも言える気がします。
今回のスタンプラリーでは4つの港をまわると「4都市コンプリート」賞がもらえるのは、4つの軍港が概ね同様の状況に置かれている証左ではないかというのは考えすぎでしょうか(^_^;)

日本全体に目を転じてみると、大都市への人口集中の流れは加速し、中小都市は人口減少に頭を悩ませ、生き残り策に奔走しています。
呉市の場合、「観光」がその答えの一つだとすると、2005年に開設された大和ミュージアムはその切り札的存在。
実際、たくさんの観光客が集まっていますし、隣接する商業施設のお土産売り場にも多くの来店があります。そう思うと海上自衛隊や戦艦大和などの資源を持つ呉市は、大都市・広島市に近いという地理的優位もあって、生き残りに成功する可能性が十分あるように感じました。

ただ。
先に訪れた浜松城のガイドボランティアさんが言っていました。浜松市は艦砲射撃を受けたことに加え、人々が歴史的遺産を大切にする心を持っていなかったので、そうしたものはことごとく破壊されてしまった、と。
大和の大屋根が改変された話を聞いた時、その話を思い出してしまいました。
また横須賀のカレー屋の店主は、昔から住んでいる人からすると「横須賀はいつからカレーのまちになったんだ」と思っていると言っていました。
呉市民が観光を売りにしていくことをどう受け止めているか分かりませんが、造船を含めた軍需産業では生き延びていけない(今や自衛艦もアメリカから買う時代)可能性も考えると、「みんなで考え、みんなで進めるまちづくり」が大切になるのではないかという気がしました。

まちあるきをしながらもう一つ感じたのは、「広島弁(呉弁)の優しい響き」。
ARIAーRさん曰く、きついイメージがあるとのことでしたが、映画「この世界の片隅に」で私が感じたのは「なんと優しい言葉なんだろう」と。
実際、町中で聞かれた言葉はそのイメージ通りでした。
私の住む尾張地方は名古屋弁ですが、「~だがや」に代表される下町言葉であり、そこに誇りを持っている人は少ないと感じています。
それに比べれば呉弁は遥かにいいイメージがあります。
その土地の言葉が聞こえてくると、あぁこの土地に来たのだなという感慨も深まるので、方言はなくならないといいなと思います。

そんなまち・呉がこれからも発展していくことを望んでやみません。


本ブログにかかる画像は、以下のフォトアルバムに収めました。
呉まちあるき(倉橋島、江田島)
アレイからすこじま&入船山記念館
Posted at 2019/04/30 23:19:54 | コメント(3) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2019年04月30日 イイね!

軍港めぐり・呉編 そしてプチオフ(初日)

空前絶後の10連休。
会社によっては連休の数がもっと少なかったりするようですが、我が社は基本カレンダー通りなので、有り難くお休みを満喫させていただけます。
例年、GWはどこへ行っても混雑と渋滞に悩まされると考え、「GW=ガンプラウイーク」として外出は控えていましたが、今回は人出もばらけるだろうと予想し、旅行することにしました。
行き先は広島県呉市。
昨年行った横須賀で知った「海軍さんの港まちスタンプラリー」の対象地でもあり、過日作ったジオラマ・空母天城が大破着底した地でもあり、さらにはみん友・ARIAーRさんの住む土地でもあります。

少しでも行程を順調に進めるため、初日は朝4時半に出発。
東名から名神、山陽道を通って現地まで走ります。
途中トイレ休憩1回のみ(10分程度)という強行軍でしたが、ほぼ渋滞に巻き込まれないまま、約7時間かけて到着…とその前にトラブル発生!

なんとカーオーディオの電源が急に落ち、復旧しなくなってしまいました。
エンジンを切っても「ブーーーーーー」という異音が出続けます。
広島呉道路を降りたすぐのホンダディーラーに入りましたが、「オーディオ本体の故障でしょうね。ヒューズはクルマの他の機能と共用になっているようだったので、カプラーを外しておきました」とのこと。
一応異音は消えましたが、無音ドライブで2日間過ごすことが決定しましたorz

幸先の悪いスタートではありますが、その後は超充実した時間を過ごせました。

まずは軍港めぐり。
自衛隊艦船が停泊する呉港内を30分かけて一周してくれるクルージングツアーです。さすが10連休だけあって当日受付枠は無し。予約して正解でした。





港内には空母「かが」や護衛艦、潜水艦などがたくさん停泊していました。
さらには建造中の大型コンテナ船も見られ、港湾施設も300mm望遠レンズでしっかり収めることができました♪
この日は生憎の曇り空で、海上は少し寒いだろうと想定し、ビニールジャンパーを持っていきました。このあたりは横須賀のクルージングの経験が生きましたね(^^)
横須賀と違ったのは、イージス艦がいないことと米軍艦船がほぼ見られないことです。このあたりは改めて後述します。

次に行ったのは大和ミュージアム。
この施設は2年前の「Wロケット発射場ツアー」の帰りがけに訪れていますが、展示の充実具合に感動すら覚えました。今回は時間もあまりないので企画展「海底に眠る軍艦ー大和と武蔵ー」を見てきました。




大和は呉市、日本テレビ、テレビ朝日が、武蔵はマイクロソフト社の共同創業者ポール・アレン氏の財団によって潜水調査がされています。
そこで判明した事実や引き揚げられた物品等が展示されていました。
奇しくも前回この施設を訪れた時も「海底の戦艦大和」という企画展が開催中でした。これは単なる偶然なのか、それとも必然なのか。いずれにせよ不思議なめぐり合わせを感じました。

大和に関しては、呉市を中心にして引き揚げを望む声があるそうです。
でも私は反対。
沈んだ船はその乗組員とともにそこに眠っています。つまり人と艦の墓場。
遺骨を引き揚げて遺族に渡すならともかく、観光目的が透けて見えるような引き揚げは単なる「墓暴き」としか思えず、賛成する理由が見当たりません。
昔から艦船プラモデルを作ってきた立場からは、引き揚げによって未解明だったディテールが分かるという期待も無いとは言いませんが、それは単なる個人の趣味のレベル。墓暴きをしてよい理由にはなりません。

閑話休題。

今度はスタンプラリーのチェックポイントを目指してまちあるきします。
目的地は大和を建造したドックの後ろ半分を覆う大屋根。
昔のIHI(石川島播磨重工)、現在のJMU(ジャパンマリンユナイテッド)へ向かいます。
途中、海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎(旧呉鎮守府庁舎)の前を通りました。


さらに進むとこんな名前の歩道橋が。

歩道橋の上からは鎮守府庁舎がよく見えました。

このような小さな石碑や歩道橋の名前は、歩いているからこそ発見できますね♪

そしてたどり着いた大屋根。

実はこの大屋根、20年近く昔に一度見たことがあります。入社2年目に山陽地方を一人旅したのですが、その途中に立ち寄った気がします。その時の大屋根には現在のように「大和のふるさと」などと大書されていませんでした。また大屋根の前半分はきれいになっていますが、これは平成4年に改修工事を行った結果です。
AREAーRさんによれば映画「男たちの大和」撮影時に監督(?)が「大屋根をもっときれいにすべきだ」と言い出し、また「もっと呉を売り出すべきだ」と言い出した結果、このような姿になったのだそうです。
でも、ちょっと風情がない気が…。

とは言え、隣りにある第3及び第4ドックはほぼ当時のままの姿をとどめており、今も稼働しています。米軍が呉を空襲する際、大和建造ドックも含めた港湾施設を戦後に使うため、空襲の対象から外したのが大きいですね。

さらにドック群を見下ろす道から山側の一角には「歴史の見える丘」公園があります。



ここには呉市の歴史にまつわる石碑などが置かれています。こうした遺構を脇にして港湾施設や海に浮かぶ艦船を眺めるのは、また感慨深いものがありますね。

その後は来た道を引き返さず、あえて別ルートを歩きます。
しかも幹線道路でない道を選択。
こうした歩き方をすると、思いがけない発見があったりするものです。
実際、写真には納めませんでしたが、切り立った斜面に建てられた施設は、建物を支えるための露出した柱が壮大でした。
また商店街周辺ではこんなものも見かけました。


いずれも呉ならではの風景ですね。
JR呉線は今でも単線。

列車の到着メロディは「さらば~地球よ~」で有名な宇宙戦艦ヤマトのテーマでした。

さて、そろそろARIAーRさんとのオフの時間。
待合せ場所はお好み焼き屋さんです。
お互い初めて会うので少しドキドキ。
でもとても初めてとは思えないほど会話が盛り上がりました。
呉のまちの話、みんカラの話、ガンプラの話、艦船の話、そして車の話…
お好み焼き屋さんでは時間が足りず喫茶店へハシゴし、それでも足らず「アレイからすこじまは夜景もキレイですよ」との囁きの乗って現地までカルガモドライブし、そこでまた艦これネタで盛り上がり、さらに私の車中泊場所である音戸の瀬戸公園駐車場までご一緒していただきました。


ARIAーRさんは私よりだいぶ若い方でした。
口調は大変優しく、人柄がにじみ出るような会話の仕方をする方であり、同時にしっかりした考え方を持った人という印象を受けました。
みんカラ、クルマ、ガンプラ、艦これなど、趣味のシクロ率も高く、話していて全然飽きませんでした。
遅くまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

こうして初日終了。
呉の旅はもう少し続きます。

当ブログにかかる画像は以下のフォトアルバムに収めました。
呉艦船めぐり(クルージング)
呉艦船めぐり(クルージング)その2
大和ミュージアム
呉まちあるき
Posted at 2019/04/30 20:26:18 | コメント(4) | ダークツーリズム | 旅行/地域

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「重巡鳥海の製作(煙突の工作その1) http://cvw.jp/b/488285/48625038/
何シテル?   08/29 07:11
模型工作とキャンプが大好きなヘタレをやぢです。 私がフォローする方には2種類あります。 一つは「以前からのみん友さん」 もう一つは「ちょっと興味を持っ...
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