
奥多摩有料道路時代の奥多摩料金所跡地付近に昔から知名度のある索道があります。色々な廃線マニアなどのホームページで紹介されており、中を探訪する人もいます。
この線は「小河内観光開発」が1962年に運用を開始。営業距離、運賃など採算に合わなかったことから、1966年ごろには休止したようです。会社も中央区日本橋二丁目にあったことになっていますが、現在は不明とのことです。
状態として正式には休止線のようです。(ほぼ廃線ですが)
但し疑問があるのですが、休止線って、休止理由を休止期間中に休止延長の申請とかし続けないと×なのでは??

久しぶりに三頭山口駐車場から三頭山口駅を見てみたんです・・・・が、
ん?・・・
???ん・・・?
ん?・・・・????

いろ、色、色変わってね?
・・・・
私設の保存会でも存在するのでしょうか?謎です。確認用に10年程前の写真をアップします。

明らかに色が濃くなってるでしょ。
今回は近くまで寄りませんでしたが、あんまり荒らしまくると本物の管理者様のお怒りを買って侵入するだけで通報されるようになります。お気をつけてください。
巷で有名になる前から廃物、廃線探訪をしてきた者として、廃物はありのままそっとするのが良いと考えています。(異論はあるでしょうが)
私の考えでは残置物等は年数が経てば経つほど価値が出ます。資料としても有効です。なので壊したり、持ち去ってはいけません。触る場合でも丁寧に触りましょう。ジュースの空き缶一つにも、価値があると思っています。
話が反れましたが、この索道。
休止から56年が経過しており、いろんな場所がヤヴぁいです。ワイヤー、滑車、支柱等壊れないのか?触ったら、音とともに崩れないか?かなり心配しています。休止なので復旧の夢があるのか分かりませんが、老朽化がすさまじく復活は望めないでしょう。(採算も合わないし・・・・)
56年間もこの状態で残っていたのは奇跡です。
奇跡には多分に理由があります。(調査していないので憶測になりますが、会社自体が夜逃げとかよくわからない解体をしたとか)もしかすると所有者が不明瞭になっているのかもしれません。
誰か調べて教えてください
そんな奇跡の索道もいつまでも見ていたい、崩壊しないでほしいと願うのは私だけではないかと思いますが、別の気持ちで、やはり朽ちて崩壊し、さっぱりなくなることが文化的には望ましいとも考えます。軍艦島の例を見ても、あれで本当に良かったのか疑問があるので・・・・。
東京でこれほどハッキリとした過去の産物、遺物・遺構は少ないので機会がある限り、記録には残していきたいとは思います。
ア・・・・峰村行きたいかも・・・
Posted at 2022/12/05 05:33:06 | |
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