
こんにちは~ひでぼんです・・・今日は、前回のスカイライン伝説の続き(箱スカ編)を書いてみますね、ここでは印象に残る3レースを中心にダイジェストでお伝えします…皆さんお付き合い下さい、前回以上に気合い入ってますがね! S-20エンジンを搭載したハコスカがデビューしたのが、1969年5月3日 JAFグランプリ(富士スピードウェイ)です、 このレースは過去のグランプリで好成績を挙げたドライバーが参加出来ないルールの為、トヨタ・日産とも若手ドライバーでレースに参戦します、トヨタは完熟の域にある名車1600GT(セリカではありませんよ)日産はデビュー戦のGT-R…前日の予選は実力伯仲で当時を迎えます
レーススタート!…直線重視のGT-Rはスタートで出遅れ最後までトヨタ勢の後塵を拝します…そして最終ラップ…グランドスタンド前の攻防を制してチェッカーを受けたのは…高橋選手のトヨタ1600GT!…デビューウインならず、と思われたのですが…なんと高橋選手に走路妨害の判定が下され3位に降格!(かなり後味が悪いですが)薄氷を踏む思いでデビューウインを飾ります、このレースから約2年半の間にGT-Rは、49勝とワークス出場29連勝をあげており1971年12月の富士TT500(富士スピードウェイ)を迎えます…その間各メーカーも手をこまねいてみていたわけではなく特にマツダはロータリーの戦闘力を着実に上げ無視出来ない存在になっていました…
レーススタート、序盤から日産ワークスにトラブルやリタイアが相次ぎレース中盤にはワークス勢が全滅しマツダの1・2体制に…残ったスカイラインはプライベートの久保田選手のみ…日産陣営に暗い影が忍び寄ります…しかしカペラもトラブルで全滅し残るはプライベーターのサバンナのみ! そして90周目…遂にサバンナを抜きトップに立ち後はチェッカーを受けるだけとなります…奇跡のような逆転劇に観客は総立ちとなりますが…残り4周残しサスペンションを壊し敢えなくリタイア、優勝はサバンナの頭上に輝きます…このレースを最後に日産は、ワークス活動を中止します(><)
年が開けた1972年3月…富士300㌔レースにプライベーターとして日産ワークスのエース高橋国光選手がエントリーします、50勝をかけて…当日は台風並みの豪雨で一時は中止も検討される程の天候の中20→12周に短縮されてレースはスタートします…スタートと共に国光選手はトップを奪い恐ろしいペースで後続を引き離します…(サバンナのラップが1周3分20秒台なのに国光選手のスカイラインのラップは2分40秒台!!!)そして全車を周回遅れにして50勝を達成します…(^^)v
しかし個人の超人的なテクニックではもう限界でこの後はサバンナの時代が到来し、スカイラインも静かにレースから退いていきます… 箱スカ編はこれでおしまいです!次は最後の32GT-R編をお送りしますね、長々とお付き合いありがとうございました! ではまたε=┏( ・_・)┛
良かったらフォトギャラも見て下さいね。
スカイライン伝説②(ハコスカ50勝とそのライバル達)

Posted at 2010/12/04 16:24:15 | |
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