いきなり暖かくなってきたので、ぼちぼち今年の
ハチロク盆栽整備を始動したいところですが
取り付け待ちパーツがいっぱいありすぎて整理して
計画的にやらないと二度手間になること間違いなし(^^;
ということで、まん延なんちゃらも解除になって
旅の計画も始動しつつ、広島ネタの続きを
~~ つづき
うさぎの島、大久野島に上陸後はすぐにうさぎ発見!
朝早すぎて周辺施設はオープンしていないので、その辺をウロウロします。
うさぎ推しなので、うさぎにちなんだモノが点在します。
ウサギ耳の集音器
一応体験してみましたが、見た目な感じでした(^^;
時間はたっぷりあるので歩いて、帰りの桟橋の場所確認で散策します。
海沿いの散策路横にはキャンプ場があって、結構賑わってました。 朝食時?
遊歩道の下はねぐらになってる?!
島に生息するうさぎは野生のうさぎとのことですが、観光客が餌を持ち込んで
与えているので微妙なところですが(^^; このコロナ禍で観光客が激減して
餌が減ったので山に戻ってしまって、観光エリアではうさぎが激減しているとか
たしかに旅行前に調べていて思っていたより、圧倒的にうさぎが少ない(^^;
野生っぽいうさぎはたくましく巣作りか?
画像はありませんが、さらに進んでいく途中でカラスが騒いでいて
何しているんだろう?と思ってよく見たら、なんと親子うさぎと乱闘?
さらにカラスが子うさぎを咥えて飛んでいってしまった(;゚Д゚)
他の観光客が追いかけていくと、カラスが子うさぎを落としてなんとか救出!
朝から野生の王国(古っ)を彷彿する光景を目の当たりにしてしまいました(^^;
そして歩くこと10分ほどで第2桟橋に到着! 帰りの時刻表を確認しておきます。
ココからはうさぎとは別の目的地へ
向かってみましょう♪
廃墟を好む私としてはコレはたまらん(^^;
この大久野島は、かつて「地図から消された島」と呼ばれていました。
理由は日本の化学兵器製造拠点として第二次世界大戦で使用するための毒ガスの
製造を行う、重大な国家機密の島だったことからによるところだそうです。
なので別名毒ガスの島として、毒ガス製造に関わる史跡が島内に点在します。
隣の建物もいいカンジに朽ち果ててます。
さらに奥地に進もうと思いましたが、急な坂道が見えたのでちょうど来た
シャトルバスに乗り込みます♪
先ほど歩いてきた遊歩道横のバス専用道を走って、休暇村に到着。
意外と広い島だったのでサイクリングをレンタルします!
結構使い込まれているマシンですがオッケー♪
改めて島内観光スタート!
徐々に増えてきた観光客を横目に海沿いをチャリで駆け抜けます(^^)
毒ガス製造に関わる史跡も寄っておきます。三軒家毒ガス貯蔵庫跡。
他にも毒ガス貯蔵庫が点在しますが、どんだけ貯蔵してたんだ…
うさぎもそこいら中に点在しています(笑)
大雨災害で立入禁止区域が多くて残念(T_T)
レンタルサイクル受付で急な坂道があると教えて頂いたのですが、想像以上の
急坂で押しチャリで登りした。 電動にしておけばよかった(^^ゞ
急坂を登り切った先に眺めの良いスポット。
日清・日露戦争時、瀬戸内海を防衛するために設けられた北部砲台跡。
このあたりが一番高所かな? 下り坂は楽チン♪
うさぎ撮影ハンターを横目に駆け抜け地上に近づいたところで狭い道は
降車して歩きましょう!です。
ぐるっと1周したかな? 発電場跡に戻ってきました。
トンネルを抜けた先には
桟橋の遺産?
さらに進んで、毒ガス製造に従事して毒ガス障害を負い命を落とした元従事者の
慰霊碑もあります。
さらに奥に進むと神社があったので寄ってみますが…
誰も管理していないようで、社殿は崩壊していました。
毒ガスが製造されていた事実と、その過程で多くの犠牲者を出すに至った現実、
そして、その悲惨さを訴え、恒久平和を願うために1988年(昭和63年)に
建設された毒ガス資料館にも立ち寄っておきます。
正式には認められていませんが、ココで製造された毒ガスを使用された戦地が
あるようで、生物兵器はホント使ってはいけないと認識しました。
そして、スタート地点に無事帰還。
大久野島を十分堪能したので、帰還すべく第二桟橋行きのシャトルバスに乗って
帰りは大きなフェリーに乗船して
うさぎの島とお別れして
忠海港に戻ってきました。
今から島に行く人いっぱい(^^;
キリがいいので、このへんで
~~ つづく
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Posted at
2022/03/14 00:47:14