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kotaroのブログ一覧

2026年11月06日 イイね!

奇跡の遭遇

奇跡の遭遇たまにメンテナンスで古い記事を見直しするのですが、
コロナ禍の真っ最中に独り言みたいな短い記事を書いた
ものの、公開する気になれず、下書きのままの記事に
気がついて、「何してる」に出ないようにそっと封印を
解いたらいいねをつけてくれる人が少しいてびっくりしました。

あの頃の絶望的な思想、空気は6年経つ。
今は世界中誰もあの時の感覚は遠い痛みになってしまって
いるが、封じ込めた文章にはそれが残っていた。

なんともいえない気分になったが、実は最近驚くことがあった。



フィアット124クーペに20年振りに遭遇したのである。
全くの偶然で850クーペに乗っていたので、行き過ぎてから停車をした。



本当に綺麗な個体でびっくりした。
カラーは初めて見るレモンイエロー。好きな色だ。

室内も見せてもらったがとても良い状態だった。

この数年は850クーペ1台になり、酷使しているので、本当に欲しい気持ちが
沸いたが無理だと思うが、もう一回見せて貰いに行ってみようか。





Posted at 2026/11/06 14:56:26 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2026年10月12日 イイね!

オペルを再考したい。

オペルを再考したい。日本の路上から、戦後の日本で長くポピュラーだったフォードとオペルが姿を消して長い。

2000年代までは、日本に於ける輸入車の中でも確たる地位を築いて、販売も大変多くは無いが安定した人気もあった。



写真は私も乗ったカデット最終モデルEである。
この後に長く親しんだ名を捨てアストラに変わる。アストラは2代に渡りよく売れた。それなのにもう路上から全てのオペルが消え去ってしまった。



1970年代の頭に、世界と日本でさえ人気のあったオペルGT、日本ではオペル1900GTの名で、プラモデルも発売されて、トヨタ2000GTに似ているなんて何のその
高価過ぎるトヨGに対して量産車パーツを多用したオペルGTはかなりの人気を博して、1980年代から90年代には残存車両がこうやってカーイベントに参加していた。



少し笑ってしまう新車当時のメーカーが用意したイメージフォト
マッチョな男性がモテた時代に、このコークボトルラインのグラマーな小型スポーツはセクシーな輝きがあった。それも妖しくでなく健全な湘南ボーイ、湘南ガール的なイメージで



もう少し古い時代の1960年頃のオペルレコード(レコルト)
これは割と近年の海外でのコレクション車の写真である。オペルのイメージは、巨大なアメリカ車をヨーロッパ他の他国で乗れるよう、現地サイズにダウンサイジングした。もちろん世界最大の企業だった米GM(ゼネラルモーターズ)の海外進出の、現地企業なのだが、その歴史は第2次大戦より以前に現地生産が始まっている。




これはレコルトのイメージ写真かイラストレーション このシーンを見て判ると思うが、オペルやフォードの目指したカーライフは、自動車のある健全な一家、家族である。
前にフォードに付いて一考を書いたことがある。
https://minkara.carview.co.jp/userid/176891/blog/43525851/

今の日本と海外の先進国や中国が失ったり、持っていないものは、競争でない穏やかで安定した、ライフ。暮らしじゃないかとよく思う。



戦後すぐのオペルの田舎を走る乗合バス。こういう車種をヨーロッパの戦後復興する山間部に、それこそサウンドオブミュージックの映画のように、アメリカが理想のスイスの山間部に「エーデルワイス」をヒットさせた。その時代の脇役でもあった。



クルマがあるライフ(生活場面)には、ちょっとウレシイ、+アルファの何かがあって、それが成人すると日本だとライセンス(免許証)が取得できて、いわば大人の階段の楽しみがあった。
だから単純な背景の時代には、僕らは大人になると同時に免許を取り、自動車に乗り始めた。



こういったカーライフの始まりが10代と違う異性との出会いであったり、結婚する相手との出会いや思い出であった時代。それは20世紀で終わってしまったのであろうか。



コンピュータがパソコンになり家庭に入ってきて25年以上。私は今年30年。
その後にガジェットとして携帯電話が一気にスマートホンに代わり15年くらい。

今やAIが個人の生活領域まで入ってきて、ちょっと恐ろしいスピードで進化しているらしい。 しかし私たちは今の社会の無機質な速度のアップに着いていけない。



オペルが消えた理由や背景は、アメリカがモデル社会を描けなくなったからだと思う。




昨日今大阪で公開中の「アンドリュー・ワイエス展」を巡って、ワイエスとは何者かと言った講演会があって聞きに行った。
ワイエスは1917年ー2009年にアメリカの初期フロンティアな移民の歴史のある町に生まれ育ち、南北戦争の記憶の中で育っている。

興味深い証言で戦前に若くして持て囃されたこの国民的画家が、戦後の一時期はあまり重用されなくなった。その説明は長いのだが、米ソの対立、冷戦時代に、アメリカのカルチャーのメーンストリームが、ワイエスのような原風景から抽象画を重んじる傾向に変わったから。
抽象画は社会主義のソ連に真似できない文化で、文化の兵器となったのは、ワイエスではなく現代美術だった時代が続いて、誰も顧みなくなったからだそうである。

そうやって考えると、オペルの時代、オペルはアメリカンライフを翻訳した”輸出兵器”だったのかもしれない。
でも華美でもなく質素でベーシックなオペルの良さが失われたのは、アメリカ本国が迷い、自信を失ったから、かもしれない。
アメリカはもう一回ヨーロッパと繋がりを取り戻して欲しい。今の米大統領はアメリカが本来あるべき範となる立場であることを殴り捨てて勘違いしているように思える。
強いアメリカより世界が待っているのは、オペルのような車種がカバーとサービスしていた世界観の復活のような気がしている。


Posted at 2026/10/12 05:45:22 | コメント(1) | トラックバック(0) | つれづれ日記 | クルマ
2026年10月06日 イイね!

大人の文化祭

大人の文化祭9月27日にニコ玉の高島屋ホールで開催された
いのうえこーいち氏の関わる「大人の文化祭」に
顔を出してきました。














なんと自走して行ったのですよ。


Posted at 2026/10/06 02:41:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々の旅 | クルマ
2026年09月24日 イイね!

今が20年前だったら

今が20年前だったら夏の疲れが残って涼しくなったのに、自動車に乗って旅でもしようという気持ちが出て来ない。はっきり言って老いである。

朝起きて普通にメシは食っている。しかし美味しく感じにくい気がする。
食欲が落ちているのに普通に食い続けると、夏の間に3キロ太った。
その体重が消費できず落ちないのも動きにくい原因になっている。

ところで自動車のことであるが、20年前は地元関西、東京、九州といろんな場所でイベントやオフ会に顔を出した。
しかし今は六甲山や芦有に上がって自動車を停めて他人の車を眺めようという気が全く起きない。
下の年齢の成功者がポルシェやランボルギーニという車を買って嬉しくてデビューするのを見ても、自分と無関係なのでピンとこない。

当たり前だがもう67歳になると70が見えてきて、若い人の芸能やお笑いの話の輪に入れないのと同じである。

それで京都の高雄に行くと、同じようなお爺さんの手前くらいの人々が変わらない車に乗って通っていることは知っているが、何の新鮮味も無いので、わざわざ高速使って有料道路に入って、さらに参加費を払ってというのに、あんまりメリットを感じなくなっている。これがそろそろ20年続いている。
つづけられることは立派だと思うよ。

そこではないが、あるイベントの主催者にこの民からで過去に絡まれたことがあった。
直接批判した訳でもないが私の自動車アイが気に入らなかっただけである。
コメント欄で揉めたくないので封鎖していた時代もあった。
感想は人それぞれ違うのだし、返事が気に入らないということはある。


ふっと思うと、日本のモータリゼーションと自動車趣味の歴史を作り上げた人物たちが続々と圏外に出ている。
小林彰太郎氏を最後に見たのが2012年9月のカーグラ50周年行事であった。
あと著書に影響を多少受けた徳大寺有恒氏も追うように亡くなって長い。

あとはいろんなジャーナリストも居たが、殆ど名前も見なくなっている。
雑誌を買えば出ているのかもしれないが、私自身が家中本だらけなので、死後の始末が大変で新刊本は雑誌の定期購読はゼロである。

SNSのフェイスブックなどに自動車のグループはあるが、外国のは車種別に多数入り読んでいる。日本人のグループは6年前くらいに殆ど退会して、関わらない。
個人的な感想やコメントでも日本人は揉める。外国のは英語でたまに日本の現状とかを書いたりする。

タイトルに戻れば20年前はアナログの自動車がまだ面白かった時代である。
自分も40代で若かった。
いま例えば、1960ー70年代のスポーツカーを新たに加えて乗り回す場所と必要があるだろうか。
それで旅をして気分よく回れたのは、やはり20年前までだったと思う。






海外は、アメリカと中国のニュースばかり毎日目にするが、あまり趣味の発展した国でない。
それ以外の諸国は差はあるが、まだのんびりした自動車趣味の風景が10年前までは見られた。

しかし一番変わりゆく昔の途上国の変化は急ピッチで、そういう所でも
元々古いヨーロッパ車文化に縁があった国と、縁のなかった国の差がある。

中国でも香港と、台湾は日本に近い。
しかし中共と呼ばれた本国は大金持ちになれたが、過去の歴史は趣味で言うと暗黒である。
また韓国もヒュンダイを1970年代に日本車の三菱の準ノックダウンで始めて以来で
そんなに旧車があった訳でない。

タイとインドネシアは面白く、プジョーやフィアットと日本の1970年代車をよく見かけた。





これに次いで海外でもう一回行ってみたいのは中進国ながらめっきり実力の成長したトルコである。

トルコのノスタルジーなグループサイトを見ていると、1970年代に国産のアナドールという車があった以外は、みなアメ車である。
私が行った2000年代はルノーとフィアットのノックダウン国産車が多かった。




長くなったのでもう「世界の旅」は終わりにするが、諸外国のモータリゼーションの外側のエンスー熱は、日本の90年代くらいある。

日本はどうしちゃったんだろうと、毎日思うのは、日本は国の政治と民間の企業のリストラなどで、墓穴を掘りまくり、つまり政治は失政。民間企業はバブル退治の不況でインケツになったママ。

30年以上市民の給料をデフレで誤魔化した上、「円安」という愚策で海外旅行も楽しくなくなった。民の方を向いていなかったのである。


それではこの国に未来を感じる10、20代から40代は稀有になっても仕方がない。


Posted at 2026/09/24 04:30:25 | コメント(2) | トラックバック(0) | オンザカー | クルマ
2026年09月07日 イイね!

残れるためには何をすべきか

残れるためには何をすべきか21世紀になって26年いや27年になる。

さすがに20世紀メソッドのものは衰退や退場が進み、淘汰されて行っている。

個人所有の自動車とその文化は曲がり角を曲がってもう何年にもなり
やがて危機感もなく忘れられていくものの一つになると思っている。

最後の曲がり角になる前に、自動車好きは何とかしないといけない。

そんなことが21世紀の真ん中、2050年までに続くと予想をしている。


私が16年前まで27年間働いたマスコミの一翼、新聞社が苦しい。
しかしそこで働いた人間たちはまだ生きている。
もちろん多数のOB達は亡くなり過去の人になったが。

今私は古巣のOB会に入り、新しいことをしようと言い出した。

ネット空間上に卒業生達が立ち寄れたり、公開部分も作り発信できないかと考えている。

これは一つの例だが、これからの時代は、廃れて行くものは無くなり消えるだろう。
それは当然だが、それでも何かを残したい。



我々クルマ好きにとり、オフ会やイベントだけで良いのか。
特に1960年代から頑張ってきた自動車雑誌の衰退が著しい。
雑誌文化だけでも記録に残して行けば、後年の人に参考になる。
学術的なレベルでないけど、趣味の歴史は面白い。
そういう無形のものの記録が、自動車のミュージアムは車両がやはり展示の中心なのでそこまで手が回らない。

そこで永遠の永続性はないがネットは30年が経ちこれからは、アーカイブ構築の時代ではないか。

ここのみんカラも続いているおかげで資料に充分なり得ている。



私は記録の時代。21世紀後半にかけて。それを今提言したい。

旅先で書いた荒い記事なので、申し訳ありません。
Posted at 2026/09/07 05:29:30 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思うこと | クルマ

プロフィール

「奇跡の遭遇 http://cvw.jp/b/176891/49401271/」
何シテル?   11/06 14:56
車は殆ど処分して、1971年登録のフィアット850クーペに 1987年以来、乗り続けています。 住居は昭和4年築の、古い日本家屋に、現状で住んでいます。
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