昔は、黒煙を煙幕の様に吐き出して進むトラックがたくさんありましたね。
幹線道路では窓を開けて走れないのはもちろん、外気導入でも臭くて内気循環が当然でした。
1999年に石原都知事が登場し、会見で黒い粉が入った透明のペットボトルを取り出し、ディーゼル車の黒煙が東京都だけで1日に12万本も排出され続けているとして、DPFを装備しないディーゼル車の東京都での走行を禁じる条例を制定したおかげで、今は黒煙を煙幕の様に吐き出す車を見なくなりました。
■SKYACTIV-D のインテークマニホールドにこびり付いた煤
煤(スス)とは、カーボンとか黒煙とも呼ばれている、排気ガスに含まれる軽油の燃えカスです。
昨年、大阪の整備会社が SKYACTIV-D 2.2 の吸気系に溜まった煤の写真をアップし、それを知識がない一部の人が取り上げたのを切っ掛けに「NOx低減と煤低減は相反する。SKYACTIV-D は NOx を低減を優先させるために煤を多く出している」から「SKYACTIV-D は煤が発生しやすい」という誤解が広まりました。
誤解だというのは、ほんの少し考えればわかります。
「もし SKYACTIV-D が本質的に通常のディーゼルよりも煤の発生が多い技術であれば、DPF再生頻度が高くなるはずだ」
ということです。
(煤は、EGR経由でインテークマニホールドだけに溜まる訳ではないですからね)
SKYACTIV-D 2.2 のDPF容量は、旧型ディーゼルエンジンである MZR-CD 2.2 より削減されているにもかかわらず、再生間隔は変わらないどころか、むしろ長くなっています。
この大阪の整備会社は、
・今回入庫したアテンザはどこかが壊れている訳ではありません。
・ディーゼルはもともとコレぐらいの煤・カーボンは発生します。
・マツダ ディーゼルだけではなく、他社のディーゼルも大体同じ。
・ディーゼルEGR系カーボン詰まりはディーゼルを扱う整備士はすでに知っている。 特に珍しいことでは無い。
と真意を説明していますので、悪意や誤解は全くないと思います。
ドライアイス洗浄をを広めるために、すこし大げさだったかなとは思いますが。
■技術的見地からの説明
誤解と書きましたが「NOx低減と煤低減は相反する」は酸素量だけを考慮すれば概念的には正しい知識です。
ここでNOxと煤の発生原因と低減策を並べます。
NOxの発生原因:高温高圧により酸素と窒素が結合する
NOxの低減策:低温低圧で燃焼させる。燃焼に使われない余分な酸素を減らす。
煤の発生原因:酸素不足(=燃料過多)により燃料が燃え残る
煤の低減策:酸素を増やす、燃料の噴射を細かくし、酸素と良く混ぜる
つまり酸素が多ければNOxが増え、酸素が少なければ煤が増える、酸素量だけを見れば概念的には正しいのですが、個別に減らす対策がない訳ではないのです。
そもそも、個別に減らせなければ世代を追うごとに Euro4→Euro5→Euro6 と、より厳しい基準に適合していける訳がありません。
■SKYACTIV-Dではどうしているのか
マツダの見解は下記の通りです。
(マツダ技報より抜粋)
「SKYACTIV-D では低圧縮比と高過給・高EGRによる燃焼温度低下と空気と燃料のミキシング促進により、煤とNOxの発生を同時に低減できた」ということです。
少し具体的に記述すれば、
【NOx の低減に使われている技術】
・低圧縮化(低圧力化と燃焼温度低下)
・EGR(酸素量低減)
・EGRクーラー(吸入空気温度低下)
【煤の低減に使われている技術】
・低圧縮化(酸素と燃料が良く混ざってから燃焼)
・エッグシェイプ型燃焼室(酸素と燃料の混合促進)
・多噴孔ノズルおよびマルチパイロット噴射(加速領域での酸素と燃料の混合促進)
・高効率過給(多量EGRでの酸素量確保)
となります。
つまり、単に酸素量を減らして NOx を低減しているのではなく、様々な技術を組み合わせて、燃焼温度を低下させると同時に酸素と燃料をよく混ぜ合わせ、適正な酸素量で燃え残りが無い様にしている訳です。
余談ですが、この
エッグシェイプ型燃焼室は恩賜発明賞を受賞しています。
もう少し詳しく知りたい方は、こちらの記事「
SKYACTIV-D はどうやって煤(スス)を減らしたのか」も読んでみて下さい。
■EGR系統に付着した煤について
ディーゼルエンジンを扱う整備士なら、EGR系統に結構な量の煤が付着するのは誰でも知っています。
何しろ、ディーゼルエンジンは上記の低減対策を行っても煤をゼロにはできないのですからDPFが装備されているのです。
ハイブリッド車に充電池とモーターが装備されている様に、今のディーゼル車にはEGRが装備されています。
特に異常でなければ、付着物で吸気系が細くなっていくと流速が高くなるため、完全に詰まること無く剥がれ落ちます。
(EGR量低下によるパワー低下については、私は懐疑的です)
そして、ハイブリッド車に充電池やモーターの故障がある様に、ディーゼル車にもEGRの故障はあり得ます。
(充電池などはEGRとは違い、確実に寿命がある部品なんですが)
ただそれだけの話です。
もちろん、気になるなら大阪の整備会社にお願いして、EGR系統を掃除するというのも悪くはないと思いますよ。
ただ、それは必要な整備ではなく、(掃除によって多少は何かが改善するにしても)本当に何か問題があるなら、燃料噴射系などのチェックの方が重要だと思います。
■メーカーの見解は?
こちらのブログでメーカーの見解を掲載しているので紹介します。
CX-5 吸気圧センサーの状態確認と PC 診断の結果
https://oyaji-666.com/cx-5-pc-diagnosis/
大阪の整備会社は、煤がこびりつくのが異常であるかのように不安を煽って商売につなげようとしていますが、メーカーとしては設計当初から煤が付着するのはわかっているということです。
Q1:カーボンが堆積した場合,センサーに影響はないのか。
A1:センサー性能への悪影響はない。
吸気圧 No.2 センサーは周辺の気圧を測るセンサーで,センサーコアが外気にさらされている必要がある。
上図のように全面がカーボンに覆われており,一見外気にさらされていないように見えるが,カーボンには微細な孔があいており通気性は確保されている。
Q2:カーボンの堆積によって燃費や走行性能にどれだけの影響が出るのか。
A2:燃費や走行性能に影響はない。
Q3:どのようにしてカーボンが発生・堆積するのか。目詰まりの可能性は。
A3:カーボンの発生・堆積メカニズムは以下のようになっており,無制限に堆積することはなく,目詰まりを起こすことはない。
<カーボン発生・堆積メカニズム>
(1) EGR によってカーボンを含んだ排気が吸気側に還流する。
(2) EGR ガスが冷却される過程で凝縮水が発生。
(3) カーボンが EGR 凝縮水を含んで粘土質になる。
(4) 湿った粘土質のカーボンがセンサーに付着。
(5) 粘土質のカーボンが付着し続け,カーボンが堆積。
(6)吸入空気によってカーボン表面が乾燥し,乾燥したカーボンが剥離。
(7) (5),(6)を繰り返し,やがてセンサーに堆積する量は頭打ちになる。
この堆積⇒乾燥⇒剥離を繰り返し,カーボンの堆積量は一定に落ち着き,Q1 のようにカーボンが堆積しても外気から遮断されることはないため,燃費・走行性能に悪影響はない。
■でもリコールがあったんじゃなかったの?
SKYACTIV-D 1.5 のリコールは排気系のカーボン堆積ですが、
原因:(特定の条件で)燃料濃度が部分的に濃くなり、燃焼時に多く煤が発生し、隙間に入り込み排気バルブが動きにくくなる
対策:対策プログラムに修正、インジェクタの交換
これは SKYACTIV-D だから起きるのではなく、SKYACTIV-D 1.5 特有の問題ですね。
実際に SKYACTIV-D 2.2 では同様のリコールは発生していません。
■SKYACTIV-D 2.2 でもリコールがあったんじゃないの?
SKYACTIV-D 2.2 のリコール詳細で書きましたが、
原因:吸気バルブとバルブシート間に煤が挟まり圧縮不良となって、エンジン回転が不安定になる
対策:エンジン回転の変動から、減速時の圧縮抜けを検出した場合に、減速中の燃料カット復帰を早くし、ススの押し潰しを行える様にする
原因も対策も不良発生箇所もまったく違う別の問題です。
■誤解と悪意
今日は黒煙の代わりに毒を吐きます。
以上の通り、「SKYACTIV-D は NOx を低減を優先させるために煤を多く出している」という話は、ほんのすこし考える頭があれば誤解だとわかる話ですが、中途半端な理解しかしていない人や、悪意のある人が、これを事実であるかの様に広めていました。
大阪のとある中古車屋が、オイルフィルターの改善対策を理由に、
>指定のオイルやフィルターを使ってないかもしれない
>=金属粉が発生して、エンジン内が傷だらけになる
>って事でしょ?
>そんな面倒な車種は扱わない。
とのことで「当社ではマツダのスカイアクティブディーゼルは扱いません」とネガティブキャンペーン。
炎上商法、つまりPV稼ぎ目的だというのはわかるのですが、ほんのすこし考えれば、リリーフバルブの開弁圧が不適切なオイルフィルターを使えばエンジン内部が傷だらけになる可能性があるのは、スカイアクティブだけではなく、マツダもホンダもトヨタも BMW も関係ないというのは、わかるはずです。
例えば 10W-30 指定のエンジンに 0W-20 以下の省燃費エンジンオイルを使えばダメなのも当たり前、最近のホンダ純正エンジンオイルなどは車種指定で、粘度表記すらありませんからね。
指定のオイルやフィルターを使ってないと、エンジン内部が傷だらけになってしまうかもしれないのは、どのメーカーの車も同じです。
つまりこの理屈に従えば、この中古車屋はどんな車も扱えないということです。
そもそも、この中古車屋は車の在庫を持たないことをメリットとして挙げているようですが、在庫を持たないというのは中古車の状態もわからないということですから、決してメリットではありません。
つまり在庫すら持てない経営状況で、買う車も現認できないということになります。
なぜこの業者はマツダディーゼルを目の敵にするのか、それはマツダのディーゼル車は中古車市場でも人気車で、オークションに回る車はあまり質が良くなく、こういった在庫すら持てない零細業者では扱いたくないのです。
車の過去のオイル使用状況で「傷だらけになる」と、どんな車種でも当たり前のことを大騒ぎしながら、自分が売る車は現認できない、そんな中古車屋から車を買ってはいけないという話でした。