まとめ記事(コンテンツ)

2019/02/24

江島神社(神奈川県藤沢市江の島)

2月24日

相変わらずのビート君の慣らしを兼ねた放浪ついでに
以前途中まで進めていてほったらかしで鎌倉江ノ島七福神
も・・・忘れかけていたので・・・

江ノ島は江島神社へと行ってみました
こちらはうぃきによりますと
・・・
社伝によれば、欽明天皇13年(552年?)、神宣に基づき欽明天皇の勅命により、江の島の南の洞窟に宮を建てたのに始まると伝える。神仏習合により当社は金亀山与願寺と称する寺となった。『吾妻鏡』によれば、寿永元年(1182年)、源頼朝の命により文覚が島の岩屋に弁財天を勧請したとあり、これをもって創建とすることもある。歴代の鎌倉幕府将軍・執権や、代々の領主から崇敬を受けた。江戸時代には弁才天信仰が盛んになり、多くの庶民が参詣するようになった[2]。

当社には岩本坊・上ノ坊・下ノ坊の3つの別当があり、それぞれ岩屋本宮(現在の奥津宮)・上之宮(現在の中津宮)・下之宮(現在の辺津宮)を管理していた。その中で岩本坊は総別当とされ、江島寺とも称した。慶安2年(1649年)に京都・仁和寺の末寺となってからは、岩本坊のみ院号の使用が認められて「岩本院」と称するようになった。三坊は競って当社の縁起を説いて回り、参詣者を集めた。そのうちに利権争いが起こり、寛永17年(1640年)、岩本院は幕府からの朱印状を得て上ノ坊を吸収した。後に下ノ坊も支配するようになり、岩本院が全島の権益を握ることとなった。

明治元年(1868年)の廃仏毀釈により三重塔の他多くの仏教施設や仏像などが破壊された。明治6年(1872年)には、仏式を廃して神社となり「江島神社」へ改称、県社に列せられた。同時に僧侶は全員僧籍を離れて神職となり、岩本院は参詣者の宿泊施設としても利用されていたことから、旅館となり「岩本楼」へ改称した。
・・・

となっていまして・・・いつものように丸写しですと長い。。。

不安要因のリップも無事もげずに

無事到着しましてビート君は有料駐車場に置いてけぼりで


早速ご~♪

でもちょっとその前に

すぐ近くの児玉神社にちと浮気を
こちらは

大日本帝国陸軍の児玉源太郎大将を祭神とする神社
ですが


参道をとぼとと・・


さて・・境内は。。


む?


残念ながら現在工事中・・・
さらに残念なことに御朱印は宮司様が今日は午後に来られるようでして・・・・・
午後に出直そうにも駐車場多分開いてない予感が。。するのでこちらは涙を呑んで断念を;;

ま・・・まぁ・・気を取り直して
江島神社の方に

こちらはエスカレーターもありますが


こちらの方から

とぼとと・・

まずは

こちらの「辺津宮(へつみや)」で参拝をしまして
無事記帳していただきまして

七福神も無事完遂♪

目的は達したのでここで撤収・・ではあんまりですので

再び

とぼとぼと

「中津宮(なかつみや)」でも参拝をしまして

まだ奥がありますご様子で


あぁ・・釣りをしている御仁もいらっしゃるのねとか思いつつ


「奥津宮(おくつみや)」でも

参拝をば・・
あと・・


階段を下りまして(帰りがつらい;;


海岸沿いに出たら富士山も見え・・・霞んでよく見えな^^;

さて次は洞窟です・・


二か所あるようですが


ロウソクを渡されまして奥の方へと怖々と・・

こちらは富士山の方に続いているらしい?


第二岩屋の方は竜神様がお出迎え
Posted at 2019/02/24 21:59:51

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