
ダリ回顧展に行ってきました。
上野の森美術館。
平日だというのに,そこそこの人出でダリの人気の高さが窺える。
若い女性が多いのが意外だった。
開館直後に行ったのだが,それぞれの絵の前に人が張り付き,じっくり鑑賞している。
絵画展の特徴として,皆,絵を鑑賞する時間が長く,同じようにじっくり観たいならかなりの時間を待たなければならない。
午後から仕事なので,あまり時間の余裕は無いのだが。
想像するに,皆ちゃんと絵画の勉強をしている方達なのだろう。
鑑賞する目が真摯だし。
中にはどうでもいいことをくっちゃべるカップルも居るが。
シュールレアリスムに関しては,語るほどの知識を持たないのでなにも言わないが,しかし観るのは好きなのだ。
気持ち悪い,という感想を持つ人もいるが,私は観てて心が躍るというか,ワクワクする。
ダリの作品集を持っていて,結構楽しんいたのだが,やはり本物は違う。
照明の効果もあるのだろう。
面白く感じるのは,作品集で観て感じていた絵の大きさが,実際には全然違うと言うこと。
とても小さいものも多いし,当然バカでかいものもある。
『未完の立体鏡的絵画』は,似たような二枚の絵が並べてあって,両目でそれぞれを見ることにより立体画像化するのだ。
私の持つ作品集には一枚しか掲載されていないので,作品の制作意図は全く無視されている。
絵そのものにシュールさは無い作品だし。
私は知らなかったが,ダリがよく描く,柔らかい時計はカマンベールチーズからの連想なのは有名な話らしい。
『家具-食物の離乳』は完成作の隣に「習作」つまり試し書きが展示されている。
完成作では乳母が右向きになっているのだが,習作では左向きに描かれていた。
他にもこのように構図を正反対にしたものがあった。
これはどのような心理なのだろうか。
私には絵心が無くて理解できない。
構図を途中で変えるのってどんな心境の変化なのか。
しかも向きを変えただけで,乳母の姿はそのままなのだ。
この回顧展では,集められた作品は60点ということで,観たかった『記憶の固執』、『部分的幻覚。ピアノに出現したレーニンの六つの幻影』、『死の騎手』、『燃えるキリン』などは無かった。
残念。
帰りに思わず,ミュージアム・グッズを買ってしまった。
『記憶の固執の崩壊』の額縁、『ネロの鼻の近くの脱物質化』(皇帝ネロの石膏像の鼻がもげているのだ)のクリアファイル、『磔刑(あるいは、超立方形の肉体)』、『早秋の日々』、『器官と手』、『手(良心の呵責)』のポストカード。
若い頃,「ダリ本人が刷った」というリトグラフを,40万で売りつけられそうになったとき,「4000円でも高価い」と突っぱねたことがある。
今回自主的に購入して,総額3600円程度だった。
違法でなければコピーで充分だと思う。
前述の『燃えるキリン』を中学の図画工作の教科書で観た。
私がダリを好きになるきっかけの出逢いだった。
確か『炎のジラフ』と言うタイトルで紹介されていた筈だ。
僅か4センチ四方程度のモノクロだった。
その程度の絵画でも,充分感銘を受けることが出来るのだ。
ダリの絵はインパクトがあったから。
ミュージアム・グッズで『記憶の固執の崩壊』のポスターが1050円で売られていた。
欲しかったが,持ち運びを考えて断念した。
午後から仕事なのだ。
朝,駅で待っていたら,件の寝台特急が来た。
思わず乗りそうになったが,なんとか堪えた。
ふー!
Posted at 2006/11/02 21:50:54 | |
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