2005年07月19日
頭切られる覚悟でいたので,髪の毛も当然剃られるだろうと思い頭髪は伸びたままだった。さすがに気になり,外出許可で床屋に行った。
病院ではシャワーは好きなときに使える。
時間の規則はあるようだが,いつも空いているのでナースに言えば使わせてくれる。
自力でシャワーを浴びられる入院患者って少ないから。
私は入院するのは生まれて初めて。
産まれ落ちたのも自宅だったし。
自分が入院する一年前,上司が肝機能障害で大学病院に入院していた。
見舞いに行ったとき,病院の食事が不味いことをこぼしていた。
濃い味が好きな人だったから。
だから食事の不味さは覚悟していた。
が,あにはからんや美味!
1週間分の献立を貰い,朝と夜の食事は2種類から選べるのでメニューを吟味。
たいてい和食か,それ以外の選択肢になる。昼は共通。
私は毎回完食。
好き嫌いは少ない方だし,嫌いでも出されれば食べる。
きれいに平らげるので,配膳のおばちゃんも喜んでくれる。
他の人は残す場合が多いらしい。病気や怪我で入院している訳だから,それは仕方無いだろう。患者の栄養状況を心配する配膳のおばちゃんから叱られている。
午後に外出する2~3時間以外ほとんど寝たきりなので,太るのを心配していたが,驚いたことに逆に体重は減っていた。
ナースにそれを言ったら,「ちゃんと計算されているから」と。
侮るなかれ病院食。
今、「ダイエット入院」なんてのがあったらすぐに行きたい。
ベッドの枕元にビデオ付きのテレビがある。
有料だし,寝た状態では角度的に見づらいので,ポータブルの液晶テレビを持参した。アンテナを繋げば普通に観れるし,ラジオも付いている。
なによりも観る姿勢が楽。
Posted at 2005/07/24 02:56:03 | |
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2005年07月17日
早く入院すれば,その分早く退院できると考え,土曜日の午前中に入院した。
だが,医師曰く
「土日はスタッフは休みなので検査も何も無い。暇なら外出許可を出す」
って急いで入院した意味無いじゃん。
入院のための荷物を自転車に満載し,苦労して病院まで来たのでそのまま入院した。
早速外出許可を貰い遊びに出かけた。
しばらく食べられなくなるだろう,ラーメンを食べた。
病室は6人部屋だった。この病院では大部屋になる。
ベッドにかかっている札を見ると私以外は整形外科の患者。
骨折,椎間板ヘルニアなど。
書き忘れていたが,脳動脈瘤は自覚症状が無い。
痛くも痒くも無い。ほとんど健康と言えるコンディションだ。
入院しているとはいえ,午前中の検査や点滴が終わると午後は遊びに出かけていた。
毎日点滴するので,点滴用の針は腕に刺したままで,ジョイントの部分をテープで腕に止めてある。
開頭手術って頭蓋骨,電鋸で切られるらしい。
『き~~~ん,ガリッガリッガリッ!』
医者:「痛かったら左手あげて下さい」
患者:痛くて左手をあげる。
医者:「もうちょっとですから我慢してくださいね」
鑿とハンマーという噂も聞いた。本当かな?
動脈瘤は切除するのが望ましいが,私の場合は手術が難しい場所にあるので,開頭することなく血管内手術になるそうだ。
ホッとした。
Posted at 2005/07/17 10:40:41 | |
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2005年07月17日
当時,プロ野球はオールスターの時期だった。
野球への興味は薄いので名前は忘れたが,パ・リーグの選手で脳腫瘍から復活した人がいることを知った。
私にとっては良いニュースと悪いニュースだった。
良いニュース。
「脳腫瘍からでもオールスターに選ばれる程の活躍が出来るまで回復した事例である」
悪いニュース。
「復帰まで数年を要した。その期間の治療費・生活費はどうなる?自分は高給取りの野球選手ではない」
数年というのは,プロスポーツ選手の身体に持っていくまでのことだろうが,それにしても普通に社会復帰出来るようになるまでにも時間がかかるだろう。
会社に入院,手術を報告した。
事前に医師は「素人は知り合いの例を挙げて無責任に色々なことを言ってくるが,耳を貸すな」と忠告してくれていた。
会社の総務部長は小うるさい人物で好感は持っていなかった。
その総務部長が,「知り合いに同じ病気に罹った人がいる」と言ってきた。私は,「お,さっそく来たな」と身構えた。
総務部長はこう続けた。
「その人は治った。だから君も治る」
口下手にも程がある。
「えっ!」と思えたほど説得力に欠ける言葉だった。
「何が良い,悪い」という類の無責任な意見ではなく,純粋に勇気づけたい,という配慮が好感だ。
嬉しかった。「結構良い人じゃん」
この後,この総務部長を大好きになった。
CTでははっきりしなかった部分をMRIで再度検査した。
幸い,MRIの結果は希望の持てるものだった。
腫瘍では無く,動脈瘤の可能性が高いらしい。
腫瘍は取り除かなくてはならないが,動脈瘤なら必ずしも取り除かなくても済む。
最終的に動脈瘤であることが確認された。
Posted at 2005/07/17 10:23:41 | |
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2005年07月17日
眼科の美魔女女医は診るなり,「眼では無く脳に原因がある」と言った。
そんな馬鹿な。外直筋麻痺なんだって。
CTスキャンを撮った。「やはり脳に影がある」と直ぐに脳神経外科に回された。
脳神経外科医はCTスキャンを見て,「脳内になにかがあるのは確か。もしそれが悪性のものだったら切除が必要。ただし手術は危険なものになる。医師として全力を尽くすが,最悪の事態は覚悟して欲しい。もちろん手術を受けるか受けないかはあなたが選択すること。」と言った。
脳神経外科の医師が最悪の事態を覚悟しろ,って死ぬことだと理解した。
いきなりすごいことを言われてしまった。家族とかにそっと言うじゃないんだ。
インフォームドコンセント。
今では患者に真実を告げるのが良いと考えられている。
死ぬのは怖く無かった,と強がってみる。
実は思春期の頃から自殺願望があった。
いろいろ悩んだ末,自分は自殺出来ないことを自覚した。理性的過ぎるんだ。感情に溺れることが無い。
まともな精神の持ち主は,自らを殺す作業ができないのだ。
が,不慮の死を望む気持ちは少し,残っていた。
バイクに乗り始めるとき,オートバイ雑誌の編集後記で,「バイクに乗ろうとする者は,死ぬ覚悟はしておけ」と教わって,覚悟をしてみた。なんとなくだけど。
そんな若さからずいぶん時間を置いての「死ぬかもしれない」宣言。
自殺願望もとうに忘れた頃だ。
先ず,「女房,子供が居なくて本当に良かった」と思った。
次に,「いや,女房はまだしも,子供が居なくてホント良かった」と思い直した。
子供残して死ねないんだろうなあ。子供持ったこと無いけど,しみじみ思った。
自殺願望はまだ残っていて,こんな形で死ぬのが理想かな,とも思った。
でも逃げるのは卑怯だと思ったから,手術を受けることにした。
ジョーゼフ・ヘラーの小説『キャッチ22』の主人公,ヨッサリアンはこう言った。
「生きる努力をしている過程で死にたいんだ。」
同感だ。
視神経を圧迫していることから,頸椎付近にヤツは居る。
となると,後頭部(耳の後)から切開して,脳をかき分けて切除するという難しい手術になると説明を受けた。
上等じゃねえか,やっちまってくれ。
ちょうどいいや。北海道へ旅行する予定だったが,フェリーが取れなかったんだ。
こうなりゃバカンス気分で入院だ。
Posted at 2005/07/17 10:10:11 | |
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2005年07月16日
35歳を過ぎた辺りからか,酒で酔うと左目が外側に動かなくなった。
高校時代の外直筋麻痺が再発したのだと思ったが,素面のときは問題無いので放置していた。
そのうち素面のときも症状が治まらなくなったが,高校時代と同じように,左目で見るものを無視出来るので,医者には行かなかった。
この頃,精神的に落ち込んでいて,無気力に生きていた。
酒量が増えていた。酒を大量に飲まなければ眠りにつけなかった。2日で1本のバーボンを空ける,という日々が続いた。
ある日激しい腹痛に襲われ,病院に行った。原因ははっきりしなかったが,ウィルス性のものだったようだ。
1週間の自宅療養で治ったが,その後定期的に病院に行くようになった。
酒に頼らずに眠れるように誘眠剤の処方を受けた。
誘眠剤は市販のものを試したことがあり,全然効かなかったので期待はしていなかった。が,今回はなんと効果あり。
酒量は減ったが,左目はやはり自由にはならない。
会社で野球チームが出来,運動不足解消に,と思い参加した。
左目が動かないので,球捕れない,打てない。左打ち転向も考えた。
通っていた病院が,実は眼科が優秀であることを偶然聞いた。
病院って,大抵3回待たされる。受診するまで,精算するとき,処方された薬が出るまで。
あるとき,待ち時間を利用して眼科を受診してみた。
Posted at 2005/07/16 13:27:25 | |
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