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2008年12月08日 イイね!

おは☆ネム(Θ_Θ)

おは☆ネム(Θ_Θ)おはようございます。
外は真っ暗け。
陽が昇るのは7時くらいみたいです。
出張ロードの朝は早い。
さて、仕事開始しますか!
Posted at 2008/12/08 05:48:13 | コメント(2) | トラックバック(0) | モブログ
2008年12月08日 イイね!

ひめゆり学徒。

ひめゆり学徒。1945年3月沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の生徒=ひめゆり学徒222名、教師18名は南風原(はえばる)の沖縄陸軍病院に配属。
米軍上陸により負傷兵の看護、砲弾の中の水汲み、死体埋葬に追われた。さらに米軍の南下で首里城にあった軍指令本部陥落により、南部の洞窟(ガマ)にへ場所を移す。
沖縄は本土決戦の時間稼ぎのための捨て石とされ、最後の1人まで戦うとの命令で悲惨な戦場と化した。
6月の解散命令で行き場所を失い、ひめゆり学徒は半数以上が帰らぬ人となった…。


映画や文献で有名なひめゆり学徒である。
(注1:ひめゆりとは学校の会報誌の名前で花ではない)
(注2:学徒はひめゆりが全国的に有名になってしまったが、他にも多数の学徒があることを付け加えておきます)
日本人なら一度は訪れたいのが、鹿児島・知覧の特攻平和記念館とこちら沖縄・南部のひめゆり平和祈念資料館である。
当時の手記が多数展示されているが目を覆うものばかりだ。
今では当時の学徒の方がボランティアで解説などをしてくれる。
私は数回講話を聞くチャンスに恵まれているが、戦争を知らない世代としては貴重な経験だ。
話の内容は展示されている手記同様恐ろしい。
ひめゆり学徒の生存者の方は現在80歳くらい。
生の話を聞けるのはもうラストチャンスに近いのかもしれない。
ひめゆり平和祈念資料館に行って、80歳くらいの女性を見かけたら是非声をかけてください。
「生きるには条件が必要。それは平和であること。」
そんな言葉を宮城喜久子さんからいただきました。
画像は宮良ルリさん。
(ご本人に了承いただいています)
Posted at 2008/12/08 00:56:40 | コメント(5) | トラックバック(0) | モブログ

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