前回からの続きです。
今年の夏の連休は8月8日から始まりました。
非常事態宣言が解除され、気を付ければ少しずつ旅行にも行けそうな雰囲気になった6月末頃に夏の遠征の準備を開始。前から行きたかった佐渡島に行くことにしていました。
宿根木の風情のある街並みをはじめ、魅力的なスポットも多い佐渡。宿やフェリー、レンタカーなどの手配も済ませて、楽しみにしていたのですが、その後の7月〜8月にかけての新型コロナの状況はご存知の通り。
現地の受け入れ状況などもチェックしながら、直前まで考えたのですが、結局佐渡行きは諦め、フェリーもレンタカーもキャンセル。
別の行程で考えて、新潟市内で取っていた宿も2泊から1泊に変更します。
8月10日早朝、自宅を出発します。もちろん、体調に何の問題もありません。出発の2週間前からは、在宅勤務を増やし、近江八幡に行った以外の外出はたまに行く会社のみ。こまめな手洗いうがいは勿論、朝夕の検温も欠かさず、出来る限りの感染防止を講じてこの日に備えました。
今回はのんびり鉄旅で向かいたかった所ですが、それも変更してアルファードで出動することに。中央道を経由し、豊田飯山ICからはR117で飯山、野沢温泉、十日町とひたすら走らせます。天候は良い天気で暑く、車内のメーターパネルに表示された外気温はずっと35〜37度のままでした。
途中、トイレと給油以外は下車することなく、新潟市内の宿の駐車場に到着したのは14時過ぎでした。
荷物だけ預けて、すぐに街へ。
朝から何も食べていませんので、まずは遅めの昼食。何を食べるか、はすでに決まっています。
新潟で、どうしても頂きたかったのが、「バスターミナルのカレー」。
万代バスターミナル内にある立ち食いそば屋さんで食べることのできるカレーライスが評判になり、今や新潟の有名B級グルメのひとつとなって、レトルトのお土産まで県内各地で売られるようになっている、とのこと。
今はバスターミナルが改装中で、そば屋さんも営業していないのですが、隣接するホテル内の臨時店舗でいただけるようになっています。
暑い中、汗を拭きながら歩くこと約20分で臨時店舗に到着。
ホテルの広間を使って、立ち食いスタイルのテーブルが並んでいます。15時近い時刻ですが、何人かのお客さんが美味しそうにカレーを味わっています。

こちらが、「バスターミナルのカレーライス」。
まずは一口。
見た感じよりもかなりスパイスが効いています。月並みな表現ですが、後から辛さがじわじわと来る感じ。色々な辛さが時間差でやってきます。とんこつも使用しているせいか、そこに旨味とコクも合わさって、箸…ではなくスプーンが止まりません。
並サイズでも結構な量があるのですが、かなり空腹だったこともあり、一気に平らげてしまいます。
確かにこれは、近くだったらしょっちゅう立ち寄りたくなるカレーライスです。
お腹も満足して、久しぶりの新潟市内街歩きに。
カレーを食べた後の街歩きですから、暑いことこの上ありません。

しかし、信濃川沿いでは川面の風景と、その上を流れる風が、
少しだけ涼しさを運んでくれます…がそれでもやはり暑い。
万代橋を渡り、古町まで足を伸ばした後、宿への戻りは、たまらずにバスで…
宿でチェックインと汗を流してさっぱりしてから、夕飯で新潟駅に。
時刻は17時過ぎ。夕飯には少し早く、しかもさっきのカレーからもそこまで時間は経っていないのですが、これも混雑を避けるため。
遠征の中でもっとも楽しみにしている宿泊地での夕飯、あちこち見て回りながら、一軒のお店へ。感染防止策がしっかりされているかどうかも、ついついチェックしてしまいます。
お客さんは私の他には、離れた席に1組だけ。
お盆のこの時期だと、普通なら駅構内のお店はどこも大賑わいなはずですが、やはりこういうご時世というのが大きく影響しているのでしょう。

新潟の地のものを中心にした御膳。これにやはり新潟なら、ということで地酒をお冷やで。
メニューではイカの刺身もついているのですが、イカを食べられない体なので最初から抜いてください、とお願いしていました。
すると、折角なので代わりにこちらをどうぞ、となんとイクラを付けてくれました。お店の配慮がとても嬉しく…お礼の代わりに、2杯目のお酒は、奮発して1ランクアップしたものを頼みます。
お酒と料理をゆっくりと味わいながら、時は過ぎていきます。夕飯時のピーク時間に近づいていますが、ほかにお客さんは、時折りテイクアウトで買い求めてくる人がいるくらいで非常に静か…密にならないのはありがたいのですが、お店にとっては、やはり大変なのを察します。

良い加減で酔いがまわった中、お店を後にして街を散策。そのままブラブラと宿に戻ります。
翌朝、この日もいい天気。
持参してきた体温計でしっかり検温。体調は全く問題無しなことを確認。
通常ならバイキング形式の朝食も、今はお弁当形式で部屋に持ち帰っていただきます。
チェックアウトしてまず向かうは、新津駅。
旧新津市…今は新潟市に合併されていますが、信越、磐越西、羽越という3つの路線が四方から集まる鉄道の要衝の街です。
ここにある鉄道博物館が非常に良い、という話を聞いていたので、当初は、佐渡から戻った翌日に訪れる予定をしていました。
しかし、佐渡行きが無くなって行程が一日早まると、曜日の関係で休館日になってしまいます。今回は無理かなあ、と思いながら前日にたまたま公式ツイッターを見た所、なんと夏休み期間ということで開館する、とのこと。
こうしてこの日の予定が無事、決まったのでした。

宿から30分ほどで新津駅に到着。
まずは街歩きから、です。
駅前の案内所でいつものように街歩きの地図をいただきます。
ここの係員さんが非常に気さくで、「どちらから?」の会話から始まり、最後は「暑いですけど、ゆっくり見て行ってくださいね」と送り出してくれました。ビニールシート越しにマスクをしながらの会話ですが、県外者の私でも快く迎えてくれたような感じでちょっと安心。
こちらも気持ちを引き締めるべく、再びマスクをしっかりとし直し、消毒用アルコールで念入り手指を消毒して街へ。



街中には随所でこのような図柄や鉄道に関連したものが。

号車の案内板や縦型の駅名標など、商店街のアーケードも、まるで駅のプラットホームのような造りになっています。

こちらの動輪、確か、C57だったとおもいます。
他にも、列車の行先標や駅名標、特急列車の愛称プレートなどが随所にあって撮影に事欠きません。楽しい街歩きができました。
クルマに戻り、ここからいよいよ鉄道博物館へ。
車で15分ほど。閑静な住宅街の中に、まるで学校のような建物が現れます。構内に新幹線やSLなど、様々な車両が展示されていたのでわかったのですが、じゃないと普通の学校かと思って見過ごしてしまいそうです。(実際に、元学校の校舎を使っています)

正式には、「新津鉄道資料館」。
入場券を買って中へ。
館内はいくつかのスペースに分かれていてどこも広く、その中に所狭しと様々な鉄道の資料が展示されています。
驚いたのは、とにかく展示資料が充実していること。
私がここであれこれ説明するよりも、公式サイトを見ていただいた方が良いと思います。
中には、旧国鉄時代に新津駅で実際に使われていた時刻表や運賃表の展示もあって、ついついずっと見入ってしまいました。
夜行列車が華やかなりし頃、新津駅は24時間、各方面に向かう様々な列車が発着していたことがよくわかります。
見応えのある展示物が多過ぎますので、屋内を見てまわるだけでも相当な時間を要するのに、屋外にはさらに東北新幹線の初代200系や、
国鉄時代に活躍した115型電車、ディーゼル機関車からこれも旧国鉄時代の「L特急」としても走っていた485型電車などなど盛り沢山。1日いても充分楽しめます。
これで入場料300円は安過ぎです(笑)
撮影について聞いたところ、屋内は、個人的に撮るのならばO K、ということでしたので、ここで紹介するのは、屋外のみの写真とします。
鉄道に少しでも興味がありましたら、わざわざこのためだけに訪れる価値はある、と断言できます。
気が付いたら2時間近く経っていました。
新津の街を後にします。時刻はお昼近く。昼食は、ここまで来たからには「燕三条ラーメン」。
以前訪れた「杭州飯店」は定休日、というのはわかっていたので、別のお店に。

燕三条駅前に到着。
予めリサーチしておいた、駅近くのショッピングセンター内のお店に。

さっぱりした醤油味に、背脂のほんのりした甘さがよく合います。
美味しいラーメンでした。
ここからは、帰路につきます。
上越市で北陸道を途中下車。車内から街歩き。
高田駅周辺を巡って、

高田城を望みます。
そのままR8をシーサイドドライブ。

親不知の道の駅で、しばし海辺を佇み…

富山に到着。
ここで夕飯。当然…

西町大喜のブラックラーメン。
その後、富山お馴染みのお土産を買い求めます。
今年は嫁も義父母も富山には帰省しません。勿論このご時世ですので、親族宅には立ち寄らず、お墓だけ立ち寄って、1人お墓参り。
嫁と義父母には、お墓参りの報告とお土産で、少しでも帰省した気分にはなってくれるでしょう。
だんだんと、日が暮れてきました。
お天気は不安定で、時折りザッ、と強い雨が降る中、R156を一路南下します。
五箇山〜白川郷と経由。前後どころか対向車も滅多にこない、真っ暗な山あいの道路をひたすら走り続けます。山の向こうには時折り稲光が。急なゲリラ豪雨で道路が通れなくなることを心配しながらも、郡上八幡まで戻って来ました。ここまで来れば、もう地元に帰って来たかのようなもの。
いつもは徹夜踊りの季節で大賑わいの郡上八幡も、今年は踊り自体が中止、ということで、街も静まり返っています。
それはまさに、いつもと違う、今年の夏を象徴しているかのようでした。