
月末恒例、読書感想文のお時間です。
ショーン・フラナリー 『暗号名ゼブラをあばけ』 (1989)
原題『The ZEBRA Network』
“のっけからクライマックス” ばりの展開で、読み物としてとても面白く、
米ソ間の非常にデリケートで清濁混じり合った状況を、あくまでフィクションとして描いている。
今現在の国際情勢もそうなのだろうけども、
「表の外交交渉」と「裏のスパイ活動」は表裏一体であり、正に紙一重の領域である。
白とも黒とも言えない、グレーの濃度の差でしかない。
そのせいでか読了感はストーリーに対してちょっと釈然としないモヤモヤが残る。が、おそらく著者が意図した「テーマ」は正にそれなのだろう。
主人公、CIA工作員デイヴィッド・マカリスターは、任地のモスクワで情報源の元KGB職員から
「ワシントンに気をつけろ、モスクワに気をつけろ、ゼブラワン、ゼブラツー」という謎の言葉を聞かされた直後、
KGBに逮捕され、執拗な拷問を受け、そしてどういうわけかアメリカへ返されるも、飛行機を降りた瞬間から命を狙われ続ける。それも米ソ両方の勢力から。
…逮捕されるまでが本編始まって5頁ですw 始まった途端 “暴走超特急” な展開w
急展開な上に謎だらけすぎるので、自然と読み進むペースが早くなる。
小説を書き慣れた著者だなぁ、と思った(笑)。
誰が味方か敵かわからない疑心暗鬼、孤立無援スタンドアローン。
と思いきや、ここはある意味 “お約束” の、若い女性との一蓮托生という基本構図。
しかも主人公、強い(笑)。
『グレイマン』に通じる、アクション重視系スパイ小説でありながら、
非常に政治的な要素を描いているので頭の体操にもなる。
ピエール・ルメートル 『その女アレックス』 (2011)
原題はそのまま『ALEX』。ジャンル的には何になるんだろう? ミステリー?犯罪?警察?
「話題作」「ランキング第一位」なんていう見出しで、関連作と一緒に本屋に積んであるかもしれません。
が、僕の目を引いたのは、「女」という言葉の後に、男性に多い「アレックス」という名前が続いているという所(笑)。
拉致監禁された女アレックスと、それを捜査する警部カミーユの、ダブル主人公といえる構成。
解説でも触れられてはいないけど、個人的にはこの小説のテーマは「逆転」である気がする。
その一要素(ではあるけども、メインではなくあくまでちょっとしたスパイス)として、
「女 アレックス」と「男 カミーユ」という、男性名女性名の逆転もあるんではないのかな?と。
ストーリーは綺麗に3部構成です。
その3部毎に、読者のアレックスへの印象が「逆転」する。登場人物の立場も逆転する。
いや。逆転というより、“ひっくり返される”。アレックスに。
たしかにこの構成力は「話題作」のレッテルも納得。
(話の内容は、18禁まではいかなくても15禁くらいやけどw)
そして、作中で読者の目線で動いて、謎を少しずつ明らかにして行くのが
もう一人の主人公、カミーユ・ヴェルーヴェン警部である。
本作は(というか、たぶんこの著者は)登場人物のキャラクター作りが秀逸で、どんな人物なのかのイメージが浮かび易い。
ヴェルーヴェン警部は、身長145cmのハゲで短気な、しかし頭の切れる “小さいオッサン” である。
ほら、これだけで何か憎めない愛すべきキャラクターでしょ(笑)。
ストーリーに関してはちょっとでもネタバレすると面白くなくなるので触れません。
ただ、じっくり一言一句逃さずしっかり読む事をオススメします。
たぶん所々で「…?」と、なんとなく違和感がある表現が出てくる箇所があります。
それが第3部で回収されて行くときの「パズルのピースが嵌っていく感覚」が凄いです。
心理学的な知識が多少ある人なら、早い段階でなんとなくのストーリーの方向性は見えると思います。
確かに、一読をオススメする作品かな。
そして。
一度読んだだけでは解らない。
J・W・ゲーテ 『ファウスト』 (1808,1832)
言わずと知れた『ファウスト』であります…
一応、一度は読んでおこうかな…と思って買ったみたのが数年前(笑)。
今ようやく読んでみたのでした。
小説ではなく戯曲(劇脚本)なので、ほぼ全て人物の台詞で、場面描写が殆ど無く、
且つ、原文(ドイツ語)は “韻文” で書かれている為、意味の無い表現もあったりして、
それをそのまま訳してあったりもするので、イマイチ場面が把握出来なかったりして難しいです。
買ってはみたものの取っ掛かりが無かったのもそういう所ですね。(訳にもよるかもね)
様々な学を極めたが学問の限界を感じ、人生そのものに欠乏感を抱いている
ファウスト博士のもとに、
悪魔メフィストフェレスが現れ
「悪魔の力でこの世の欲望を全て叶えてやる代わりに、死後はその魂を貰う」という契約を持ちかけ、
「この世にもはや何も期待していない。それでも何か見せられるというなら見せてみろ」「死後の世界の事など興味ない」と、それを受けたファウスト。
“努力の知識人” ファウストと、それを欲望に堕落させようとするメフィスト。この勝負、どうなるのやら。
ゲーテの時代は19世紀。
キリスト教文化の中にありながら、“科学” の足音が聞こえてきている頃。
死後の世界に興味を示さないという点など、ファウストの性格にもこの辺りが反映されています。
ファウストもメフィストも、キリスト教的価値観に対して否定的立場のキャラクター。
かくして、
メフィスト=黒ドラえもんの力を利用してナンダカンダまんざらでもないファウスト。
たまたま街で見かけた若い娘
グレートヒェンに一目惚れし、
黒ドラえもんにお願い(というか命令)してその娘に取り入るキッカケをセッティングさせて、まんまとお近づきになります。
その娘っこも、“ご身分の高そうなお方” に言い寄られてコロッといっちゃうんですな。
(メフィストはキッカケをセッティングしただけで、別に惚れグスリ的な事はしていない。
メフィストとしてはファウストが単純な肉欲に溺れてくれれば一番手っ取り早かった)
そしてさっさとしっかりちゃっかりご懐妊w
…まぁ、ファウストの “ご身分” はメフィスト抜きにして元々ご立派なのでそこは別にいいんですが、
この時
グレートヒェン 14歳
ファウスト 40〜50歳くらい
タハーーーーー(*ノ∀`)=з wwwwww
(でも、グレートヒェンと出会う直前に、
魔女の若返りの薬を飲まされている描写があるが、効いているのかはよくわからない)
…光源氏といい、このオッサンといい、(似た様な事例は山ほど出てきますが)
古今東西、男がロリコンなのは鉄板確定事項のようですねw
むしろ、近代社会の方が不健全なんじゃないかと思えてくるwww
はい、脱線しました。
しかし、ファウストはグレートヒェンLoveではあるのですが、根が学者であり、知識欲・探求欲旺盛。
そこにあの手この手を考えるメフィストが、あっちこっち連れ回して魔女のお祭りに行ったりして、
まぁ、けっこうグレートヒェンを放置してたようです。
しばらく逢っていない間にグレートヒェンは出産し、一人取り残されて途方に暮れ、生まれた子を水中に投げ、嬰児殺しの罪で処刑される直前。
そこにファウストが(また黒ドラえもんの力を借りて)牢獄に忍び込み助け出そうとするも、彼女はそれを拒み、召され、ファウストは後悔すると共にメフィストを恨む。
…という流れも大方はメフィストの確信犯であるのだろうが。
ココまでが第一部。
第二部は、
19世紀版 『女神転生』とでもいうかw
グレートヒェンへの罪の意識でダメ人間になっているファウストを、どうにかそそのかして遊ばせようとするメフィスト。
神話の世界にトリップして、なんか色々ありつつ、神話の美女と結婚したり、
現実世界ではどこぞの国王に取り入って(黒ドラえもんパワーを駆使しつつ)領地を得たりし、
客観的に見ると富と名声を得て成功したように見える。
しかし、またしてもファウストの胸中にあるのは欠乏感だった。
ファウストは元より “行動” “努力” の人であり、いわば
“過程” を重んじた。
対して悪魔メフィストは、どんな手段ででも
“結果” が出さえすればいいという考え。
作中でのメフィストの「私が馬4頭(の馬車)を買ったら、その馬4頭の力は私の力と言えるでしょう?」という台詞が象徴的だ。
(…300ps/50kgm、Max250km/hの赤ターボのポテンシャルが
ワタクシ自身の能力だなどとノボセる事はありませんとも、ええww)
悪魔の力を借りて、言わば “裏技” で得た富と名声で心の充足を得られるワケも無く、
やはり、たゆまず努力し続けるその姿勢こそに意味があるのだ、と至ったファウストは
メフィストとの契約破棄の言葉を叫び、絶命する。
メフィストにすればしめしめ、という所だが…
一部始終は “神” が見ており、ファウストの気高い魂はメフィストの手に渡る前に、
神の遣いによって天上へ運ばれ、グレートヒェンと再会を果たす。
…というのがあらすじですね。
一回ザッと読んだだけなのでイマイチ読解出来てない部分が多いですが、
重要なテーマは「人間が人間らしくある事とは?」でしょう。
ちょー乱暴に纏めれば、
「楽して得たモノは所詮身にはならない」「努力するべし」「停滞とは死である」
という事ですね(笑)。
(芦有にお集りの紳士達も皆様同じ事を仰いますね)
ゲーテさんはそれを伝えるのに一生を費やしたのです(爆)。
読んでる途中では、「へー、ふーん」程度に読み流していく、抑揚の無い物語に感じますが、
読み終わると、なんだか含蓄深いものがあります。
おまけ
Kamelot 『EPICA』『BLACK HALO』
メロディックメタルバンド・Kamelot の、『ファウスト』をモチーフにしたコンセプトアルバム2作。
(パクリではない。オマージュだw)
主人公と、それを誘惑する悪魔メフィスト、悲劇のヒロイン、という主要素は同じですが、
結構大きく独自設定が入っているので、『ファウスト』を忠実になぞったというモノではありませんが、
だいたいの流れは似ていますし、所々で「ニヤッ」とするフレーズが出て来たり、
「あぁ、これは多分あのシーンのことだろうな」と思う曲があります。
Vo.のロイ・カーンの声がエロカッコ良くて(笑)元々好きなバンドだったんですが、
今回『ファウスト』を読んで更に味わいが増しました。
(ちなみに、現在はVo.交代してます)