
G20的なアレの交通規制でダダ混みになるかと思いきや、
新御堂も中環もガラガラで拍子抜け。
大阪市内はもっとガラガラみたいですね。
それはそれで面白そうやけどわざわざ見に行こうと思うほど若くないww
クルマはようやくエアコン修理に入庫中です。
コンプレッサー交換と、ガス漏れ箇所特定作業。
併せてついでに12検してたら、遂に?ようやく?ドラシャブーツ破れを発見。
16万km超えてようやくですよ…?( ̄▽ ̄;)
長もちし過ぎて怖いわ。
デヴィッド・ヒューソン 『ヴェネツィアの悪魔』 (2001)
原題 『Lucifer's Shadow』
18世紀のヴェネツィアと現代のヴェネツィア、250年の時を隔てて繰り広げられる、恋と裏切りと陰謀の物語。
2つの時代を結ぶのは、名工のバイオリン・一丁のガルネリと、作者不明の謎のバイオリンコンチェルト。
18世紀のヴェネツィア。
親を亡くし、印刷業を営む叔父の家に引き取られた若者ロレンツォ。レベッカというユダヤ人の美しい女性バイオリニストと出会い、恋をした事で大きな陰謀の渦へ巻き込まれていく。
現代のヴェネツィア。
夏の短期バイトとして、ある個人の書庫の整理にやってきた大学生ダニエル。
彼を雇った骨董商の老人の倉庫で見つかったのは作者不明の楽譜。
10年前に死んだ少女の墓から盗まれた名器ガルネリ。
2つの時代を交互に行き交い、ヴェネツィアの観光名所も散りばめながら、ヴィヴァルディ、ルソー等歴史上の人物も登場し、
少しずつ全てが一つに繋がっていく様は、歴史ロマンのようでもある。
ワタクシ、筋金入りのメタラーではありますが、子供の頃は父親の影響でクラシックも一通り浴びていたので、こういうテーマも好物。
最後の最後にチラッと、しかし恐らく著者的には渾身のニクい小ネタにも思わずニヤリ。
薄々予想はしてたけど「そこに “悪魔” 引っ掛けてくるかーw」と。
グレッグ・ハーウィッツ 『オーファンX 反逆の暗殺者』 (2016)
アメリカ政府の極秘計画で、子供の頃より特別なスキルを叩き込まれた オーファンX こと、エヴァン・スモーク。
数々の重大な特殊任務をこなしてきたが、30代後半になった現在は、LAで一般人に混じって一見普通の生活を送り、裏では今まで身につけたノウハウを駆使して、苦しめられ虐げられた人々を無償で助ける仕事人 “Nowhere Man” として生きている。
どうしても “グレイマン” と比べて見てしまうが、こちらの方が色々とキャッチー。
金は無尽蔵に持っているし、要塞化した自宅は高層マンションの最上階ペントハウス、自宅PCからは連邦のほぼ全てのデータにアクセス可能、セーフハウスやクルマも多数。
そしてこの孤児を特殊作戦員に育て上げるオーファンプロジェクト、エヴァンは「X」だが、アルファベット順に他に20人以上居るとか…
“知り過ぎた” オーファン達は政府から消される決定が下され、最後の一人になるまでオーファン同士で殺し合えとか…
アメコミ原作を多数手掛ける著者らしい設定だが、
ぶっちゃけ正直、
子供っぽい設定という印象を禁じ得ない…
戦闘に出てくるギミックも、日本刀とか硫酸とか、リアルというよりビジュアル的。
タクティカルコンバットアクションと思って読んではいけない。アメリカンアクションヒーローと思えば楽しめる。
個人的には、「ほんまにそこらへんに居そう」なリアルさを感じる泥臭いグレイマンの方が好きだ。
あと、誤字が3ヶ所もあるのはどうかと思うw
レ・ファニュ 『吸血鬼カーミラ』 (1839)
『ドラキュラ』と並ぶ吸血鬼の古典を表題とする短編集。
あちらは長編ですが、こちらの『カーミラ』は中編。
でもまぁ、基本的な流れは似たようなものかな。
原因不明の病に倒れ、弱っていき亡くなる奇病が蔓延するが、それは吸血鬼の仕業であると。
この『カーミラ』の特徴は、レズビアン的なムード。
美女の吸血鬼が若い娘ばかり狙うのだが、血を摂取する行為に情動的な昂りが絡むというのが面白いし、ある種頷ける部分でもある。
物語としては、後半一気に謎解きが進み、そのまますんなり終わってしまうので、もうひと山ドラマ性が欲しいとも思う半面、シンプルにサッと終わって楽で良いとも思う(笑)。
読み物として面白かったのは、“悪魔” のイメージをカッコ良く見せている『墓掘りクルックの死』と、不気味さと神秘さを融合させた悲恋の『シャルケン画伯』。
やっぱね…ホラー・怪奇モノは19世紀までやと思うよ。
デジタルの時代にホラーの入り込む隙間なんて無い。
アルカジイ&ボリス・ストルガツキー 『ストーカー』 (1972, 77, 80)
原題『ROADSIDE PICNIC』
何が起こるか予測の出来ない謎の領域、ゾーン。
地球を訪れ、地球人と接触すること無く去っていった異星文明の痕跡である。
その研究が進められるなか、ゾーンに不法侵入し異星文明が残した物品を命懸けで持ち出す者たち “ストーカー” が現れた。
その一人 レドリック が案内するゾーンの実態とは?
『道端のピクニック』という原題は、例えばキャンピングカーで旅をしている者や、川原でBBQをした連中がそこに残していったゴミは、野の動物や虫達にとってどんな意味があるのか?という問い掛けの意味。
たまたまその場所を選んで飲み食いした連中が、そこに居る虫の事など気にしているか?と。
残ったゴミは動物達にとって何か価値があるのか?と。
つまり、この作品では地球人が動物や虫にあたる。
“来訪者” が残していったモノに、果たして意味や価値など有るのか?わかるのか?
何か貴重な発見をしたと思って調べてコジ開けたら殺虫剤の缶だった、なんて事も有り得る。
いわゆる “ファーストコンタクト” モノと言われるジャンルですが、
この作品では、“来訪” の目的は解明などされない。
登場人物の誰一人、何が訪れ、何が残され、それが何をもたらすか等何も判っていない。
ここで描かれるのは、未知なるものに直面したときの人間の心理と行動、そして社会の反応。
その中で “自分らしさ” を貫くと言うのか、しがみつくと言うのか、状況に翻弄されながらも流されずに自分の舵を切ること。
ゾーンを巡って様々な人間がそれぞれの立場で、既成の概念に縛られて行動する中で、生きるために命懸けでゾーンに潜入し、ブツを運び出すストーカー達こそ、実はもっとも人間的な苦悩と喜びを味わっている。
Posted at 2019/06/29 15:00:20 | |
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