
気付けば早いもので今年もあと2ヶ月。
今シーズンは久しぶりにちょいと気張ってサーキット活動復活したいな、
と言い続け、思い続け、結局何も段取りしてないナウ。( ̄▽ ̄;)
距離というか車齢というかがえー加減アレなんで、
走る前にミッションマウント交換しときたいし、車高調もゴニョゴニョ…
タイヤもゴニョゴニョ… ワンオフディフューザーもゴニョゴニョ…
そんなんゆーてたらいつまで経っても走れんww
マウントとディフューザーは部品は揃ってるんでいつでもイケるんですけどね。
神林 長平『戦闘妖精・雪風〈改〉』 (1984 , 2002)
珍しく国産モノです(笑)。
戦闘機好きなもんでw
アニメ化もされている有名なタイトルなので読んでおこうと。( ̄▽ ̄)
タイトルの〈改〉は改訂版の改ですが、「語句を見直したり、ごく一部を修正した程度」とのことで、シナリオや構成には変更も追加も無し。
南極に突如出現した超空間〈通路〉を通って地球に侵攻してきた異星体 “ジャム”。人類はジャムを阻止するため〈通路〉の向こうの異世界 “フェアリィ” に前線基地を築いた。
フェアリィ空軍の中に、冷酷非情と味方からも敬遠されるエリート部隊がある。
特殊戦第五飛行戦隊。同戦隊の任務は、直接戦闘には加わらずひたすら戦闘情報を収集し、味方を見殺しにしてでも必ず帰還すること。
その為に、彼らには高性能コンピュータと大出力エンジン、自機を守るための強力な兵装を搭載した、フェアリィ空軍最強の戦闘機〈スーパーシルフ〉が与えられている。
エースパイロット 深井零中尉は、愛機〈雪風〉と共に、自分が生き延びる為に今日もフェアリィの空を飛ぶ。
そんな都合よく地球と同じ大気の惑星?異世界?があるかよwという野暮なツッコミは置いておいてw
そういう “隔離された環境” の中での思考実験小説…と言うと堅苦しいが、まぁそんな感じ。
正体不明どころか人間に感知できるのかすら不明な “ジャム” 。
誰もジャムの姿を見たことはない。
ジャムの戦闘機は存在するが、それを操縦しているのがどういう存在なのかわからない。
話が進むと、どうやらジャムは機械生物のようなモノで、地球の機械に反応しているが、人間を感知してはいないようだ、とわかってくる。
そうなるとジャムに墜とされて戦死した兵士たちは何なのだ。
戦況は一進一退で、フェアリィ空軍が新兵器を投入してアドバンテージを取っても、短期間でジャムが同等以上の兵器を投入してくるイタチごっこ。
学習能力を備えたスーパーシルフも、基本設計は古いながらハード面でもソフト面でもバージョンアップを重ね、次第にパイロットの存在を不要にしていく。
人間が操縦するより(ヤワな有機体を乗せているより)〈雪風〉が自動操縦で飛ぶ方が強いのでは?と感じだした深井中尉と上官のブッカー少佐。
しかし2人は同時に「この戦いに人間は必要なのか、我々の存在意義はあるのか」と苦悩する。
もはや自分は〈雪風〉の足を引っ張るだけだと認めざるを得ない一方で、言霊のように「戦いには人間が必要だ」と何度も呟く深井。
“人間的” とはどういうことか、を考えさせられる一冊。
…というか、この著者の作品はそのテーマが多いらしい。
続編があるのでそれも読んでみたい。
ニコラス・ブレイク『野獣死すべし』 (1938)
原題『The Beast Must Die』
これもよく耳にする有名な古典。
80年前ですよ。( ̄▽ ̄;)
でも、こういうアナログなミステリの方が安心するような気もするし、
やっぱりちょっと物足りない感じもする。
交通事故で一人息子を亡くした小説家フィリクス・レイン。
警察の捜査では犯人は見つからず、自分で独自に犯人を探して復讐しようとする。
探偵小説家らしい推理で犯人と思われる人物を見つけ出し、手管を弄して懐に潜り込み、事故に見せ掛けて殺害する計画を立てる。
第一章はフィリクスの日記の形をとり、犯人を見つけ出して殺害計画の準備途中までが語られる。
この “日記” は作中作であると同時に、読者に対するトリックにもなる。
読者自身がフィリクスのトリックに組み込まれていく構成は素晴らしいし、ある意味こういう所がアナログな時代の推理小説の醍醐味かもしれない。
人がやりがちな思い込みを巧みに突いてくる見事な心理トリック。
そしてイギリス小説らしい、どこか耽美的で儚くヒロイックな哲学エッセンス。
作中で語られる「周囲の人間に害悪をもたらす人間を殺しても罪にはあたらない」という一文、実際そうだと思うんやけどね。←
…というテーマがたまたま次の一冊にも通ずる。
サイモン・カーニック『殺す警官』 (2002)
原題『The BUSINESS of DYING』
邦題の勝ち。
“副業で殺しを請け負う刑事” って、もうそれだけで面白そうでしょ。
一風変わった警察小説…? クライムノベル…?
そしてこれもイギリスっぽさをあちこちに感じる作品。
ロンドン警視庁刑事デニス・ミルンには、ときおり、闇社会に通じる実業家の依頼を請けて人殺しのアルバイトをする裏の顔があった。
警官という仕事、法の正義に対してすっかり幻滅しきっていたが、しかし悪をのさばらせておくのも癪に障る。
そこで、ターゲットが悪人である場合に限り、暗殺を買ってでるようになった。ついでに金を稼げるなら言うことはない。
今回依頼された仕事は、三人の麻薬ディーラーを始末する事。小さなトラブルはあったもののデニスは相棒と一緒にやり遂げる。
ところが翌日、その三人は一般人であったことがわかる。
依頼主にハメられたのでは?と疑いながら、一方で “本職” に没頭して考えないようにする。
過ちを犯した償いの意識から、同日に発生した街娼の少女の惨殺事件を捜査にのめり込んでいく。
だが、新聞に自分に酷似した “人相書き” が載り、警察の捜査の手と、依頼人からの “始末の手” 両方が迫る。
“街娼惨殺事件” というあたり、やっぱりイギリス・ロンドンの深層意識には
“Jack The Ripper” が深く刻まれているのだろうか?
ロンドンの街の、どこかジメッとした猥雑さをプンプンに感じさせてくれる巧みな文筆。
『フロスト警部』シリーズにも通じる、警察組織・法執行機関に漂う倦怠感。
主人公デニスも “堕落した警官” ではあるが、本人の正義を追い求め、結果的には悪を滅ぼす。
中年のロマンスも1つの見どころだが、これもデニスの高校生のような初々しい逡巡と、大人の女の余裕の駆け引きが面白い。
しかし、甘い展開は逆に劇的効果で全体を引き締める為にあるようなもの。
そこはしっかりとノワールでクライム。
Posted at 2020/10/30 23:00:33 | |
トラックバック(0) |
活字部 | 日記