• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

TMKのブログ一覧

2026年06月17日 イイね!

オランダ・ベルギー春の花紀行(その11:ゴッホ美術館@AMS)

オランダ・ベルギー春の花紀行(その11:ゴッホ美術館@AMS)4月11日の午後は、キューケンホフ公園からAMSアムステルダムに移動して、ゴッホ美術館でゴッホの作品を中心に絵画を楽しみました。

👈ゴッホと言えば、コレ。。。有名なひまわりという作品ですが、ゴッホがアルルに在住していた1989年1月に描いたものです。
ゴッホ=フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ( Vincent Willem van Gogh、1853.3.30 - 1890.7.29)は、オランダのポスト印象派の画家です。生国オランダで制作活動を開始し、その後、ベルギーからフランスへと居を換えて各所で作品を遺しています。特に主要作品の多くはフランスのアルル時代(1888年2月 - 1889年5月)とサン=レミでの療養時代(1889年5月 - 1890年5月)に制作されました。感情の率直な表現、大胆な色使いで知られ、ポスト印象派を代表する画家です。


                  何れの画像もクリックで拡大します。


ゴッホは、1880年27才の時、弟・テオの勧めもあり、画家を目指すことを決意しました。以降、オランダ(エッテン、ハーグ、ニューネン)、ベルギー(アントワープ)と移り住み、テオの援助を受けながら活動をつづけましたが、ゴッホの画家としての活動は37才で死没するまでの、たった10年間でした。

今回、ゴッホ美術館で気の向くままに撮った作品を上記の年代別に整理してみました。


オランダ、ベルギー時代 1881.4~1886.2
この時代の新聞雑誌には、貧しい農民・労働者の生活を描いたものが多く掲載されていたため、ゴッホも影響をうけたのか。。。この時期、暗い色調の絵を多く描いていました。

alt







人の頭(Head of a Man)
制作年月 1885.3-5
制作場所 オランダ・ニューネン













パリ時代 1886.2~1888.2
1886年2月、テオの住まいに押しかけるようにしてパリに移り、印象派や新印象派に出会い、その影響を受けた明るい色調の絵を描くようになりました。
また、この時代、ジャポニスムがブームであったため日本の浮世絵にも関心を持ち、収集や模写を行っています。

alt






モンマルトルの採石場(The Hill of Montmartre with Stone Quarry)
制作年月※ 1886.6-7   ※:以下省略





altaltalt
左:パイプをくわえた自画像(Self-Portrait with Pipe) 1886.9-11  
中:画家としての自画像(Self-Portrait as a Painter) 1886.9-11  
右:パイプをくわえ麦わら帽をかぶった自画像(Self-Portrait with Pipe and Straw Hat) 1887.9-10


altalt
左:ハーグ近くのチューリップ畑(Tulip Fields near The Hague) 1886 作者はゴッホではなくモネ 
右:モンマルトル:ムーラン・ド・ラ・ギャレットの裏手(Montmartre: Behind the Moulin de la Galette) 1887.7


altalt
左:木々と下草(Trees and Undergrowth) 1887.7
右:ヤマウズラの飛び立つ麦畑(Wheatfield with Partridge) 1887.6-7


altaltalt
左:灰色の防止をかぶった自画像(Self-Portrait with Grey Felt Hat) 1887.9-10
中:遊女(Courtesan (after Eisen))渓斎英泉の木版画を模写したもの 1887.10-11
右:雨の大橋(Bridge in the Rain(after Hiroshige))歌川広重の木版画を模写したもの 1887.10-11


altalt
左:キンセス、レモン、梨、ブドウ (Quinces, Lemons, Pears and Grapes) 1887.9-10
右:赤いキャベツとニンニク(Red Cabbages and Garlic) 1887.10-11 以前はニンニクを玉ねぎと見間違っていた。




アルル時代 1888.2~1889.5
1888年2月、南フランスのアルルに移り、『ひまわり』や『夜のカフェテラス』などの名作を次々に生み出しています。南フランスに画家の協同体を築くことを夢見ていたため、テオの働きかけで同年10月末からポール・ゴーギャンが唯一やって来て共同生活が始まりましたが、次第に2人の関係は行き詰まり、12月末のファン・ゴッホの「耳切り事件」で共同生活は破綻しました。以後、発作に苦しみながらアルルの病院への入退院を繰り返しています。

altalt
左:アルルの跳ね橋(The Langlois Bridge) 1888.3
右:麦畑(Wheatfield) 1888.6 ミレーの傑作に倣ったものです。


altalt
左:収穫(The Harvest) 1888.6
右:黄色い家(The Yellow House) 1888.9


alt


アルルの寝室(The Bedroom) 1888.10



alt











ゴーギャンの椅子(Gauguin's Chair) 1888.11














サン=レミ時代 1889.5~1890.5
1889年5月からはアルル近郊のサン=レミにある療養所に自ら望んで入所しています。発作の合間にも多くの風景画、人物画を描き続けました。

alt







死神のいる麦畑(Wheatfield with a Reaper) 1889.9





altaltalt
左:死神(The Reaper (after Millet)) ミレーの死神と木こりに倣ったものです。 1889.9
中:聖パウロの庭園(The Garden of Saint Paul's Hospital) 1889.10
右:糸杉と星の道(Cypresses and Two Women) 1890.2


alt


花咲くアーモンドの木の枝(Almond Blossom) 1890.2



alt











アイリス(Irises) 1890.4












オーヴェル時代 1890.5~1890.7
1890年5月、療養所を退所してパリ近郊のオーヴェル=シュル=オワーズに移り、画作を続けました。ここで50点の素描と74点の油彩画を描いています。

alt




木の根(Tree Roots) 1890.7





altalt
左:夕暮れの風景(Landscape at Twilight) 1890.7
右:カラスと共に小麦畑(Wheatfield with Crows) 1890.7



そしてゴッホの死
1890年6月、テオ夫婦が生まれた子どもを連れて訪れ、オーヴェルにある共通の知人の家の中庭で昼食会をし、翌7月6日にはファン・ゴッホもパリのテオ夫婦を訪ねていましたが、7月27日に麦畑の中で銃で自らを撃ち、2日後の29日に死亡しました。37才でした。




美術館の中には、ゴッホが使用した勉強道具(色見本等)も併せて展示してあります。当然ですが。。。
altalt
。。。大胆な色使いも、このような理論に裏付けされたものだったことが判ります。


alt
目の不自由な人が、ゴッホのひまわりを体験するコーナーもありました。

温かみのある花と絵の具の香り(黄色い箱)、プロヴァンス風の陶器、レリーフにした複製画が用意されており、嗅覚と触覚を通して力強い筆のタッチを感じることが出来ます。







つづく



【関連のブログ】
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その1:速報)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その2:アムステルダムからブリュッセルへ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その3:ブリュッセル)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その4:ゲント)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その5:ブルージュ・前編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その6:ブルージュ・後編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その7:アントワープ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その8:ハーグ・マウリッツハイス美術館へ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その9:ハーグ・ホテル クアハウス)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その10:🌷キューケンホフ公園🌷)



Posted at 2026/06/17 23:10:34 | コメント(0) | 海外(遊び) | 日記
2026年06月14日 イイね!

オランダ・ベルギー春の花紀行(その10:🌷キューケンホフ公園🌷)

オランダ・ベルギー春の花紀行(その10:🌷キューケンホフ公園🌷)4月11日。。。もう旅行も半分を過ぎたところです。
この日は、朝からハーグのスヘーフェニンゲンを発ってキューケンホフ公園に向かいました。
この地方は北海に面した海岸の砂地になっていて、一面に咲き誇るチューリップ🌷は見事なものなのですが、球根栽培のために通常は咲いたと思ったら、直ぐに切り取ってしまうことになっています。
そこで、花の絨毯が直ぐに刈り取られてしまうのは野暮。。。


                    何れの画像もクリックで拡大します。


。。。と、チューリップ栽培のプロたちが、持ち寄って?競い合って?観光客を楽しませようと造ったのが、この🌷キューケンホフ公園🌷なのだそうです。


まずは、出発直後にスヘーフェニンゲンで見たハーグ市電、GTL-8形と呼ばれる車両です。
alt
路線のターミナル(終点)には折り返し用のループが設置されているハーグ市電は、このGTL-8形(写真左側が前)までは編成の片側にのみ運転台が設置されています。3両目の車両後端部は垂直に切り落とされていました。

この日は土曜日でしたので人通りも少ない街中です。そして、キューケンホフ公園はきっと混雑するだろうと予想して、出発は9時の予定でしたが、10分ほど早く出発しています。このツアーのお客さんは常に10分前集合を心がけていたようで、日頃はジャストインタイムの我々も10分前集合に合わせていました (^^ゞ


高速道路A44をリッセのICで降り、二つ目(左)と三つ目(右)のラウンド・アバウトです。全部で。。。
altalt

。。。六つか七つのラウンド・アバウトを通過しながら、いかにもオランダな景色を楽しみました。
alt


alt


その中で、残念な一枚


綺麗な模様の馬が引く馬車でした。
咄嗟のこと(車内からの撮影はいつもですが)でしたので、ピンボケです  (T_T)





出発して40分ほどで🌷キューケンホフ公園🌷に到着。本ブログの速報版にも掲載した。。。
alt
。。。画像👆ですが、駐車場には9時半の時点でこのバスです。
限定された期間(3/19~5/10)だけの開園、そして土曜日ということもあって、欧州各地からのバスで埋め尽くされていきます。



大勢の観光客に圧倒されながらも、早速観光=散策開始です。

エントランス。。。チューリップ🌷だけでなく、水仙も目立っています。
altalt


人が多くならないうちに~と、最初に最遠部の風車を目指しました。
alt






この跳ね橋を渡った左奥に風車がありますが、橋もこの人出です



alt






そして、人混みの中、橋の上から風車を撮っていると。。。



alt


水路を観光船が、音も無く滑るように通りました。


alt












この風車の中は、土産物屋になっていたと思います。

何しろ、この人出ですので、ゆっくりとお土産を選ぶ気にもならず退出して、人混みと風車とチューリップ🌷を撮りました (^^ゞ






alt





続いて、一番混雑するゾーンを避けて、ゆっくりと🌷チューリップ🌷を観ようと、混んで無さそうなゾーンに移動します。





それでも、それなりに人出はありましたが、頑張って🌷チューリップ🌷を激写しました。

WW2という不幸な歴史はありましたが、オランダは欧州の中でも有数の親日国と言われていますだから。。。
alt
。。。でしょうか? 園内には何本か桜🌸があって、見頃を迎えていました。


alt


alt








alt












alt


alt


チューリップと水仙以外にも、これは何??という花がありましたので、撮っておきました。
altalt
帰宅して調べると、ユーフォルビア・カラキアス(左)、そしてフリチラリア 'Rubra Maxima'(右)という植物で、何れも乾燥した土壌を好むもののようです。


駐車場まで戻って来て、最後の悪あがきで1枚 あっという間の2時間半でしたるんるん
alt

温暖化もあって、通常言われている開花時期よりも早めの日程を選択しましたが(若干早かったか?という感もしないではありませんが)、丁度、満開のチューリップ🌷を楽しむことが出来ました。



昼食は、リッセの外れにあるこのレストランで~、丁度いい時間(12時過ぎ)に到着、歩き回ったおかげもあって美味しくいただきました。ビール🍺は本場に来て初めて(多分)ハイネケンのラガーに。。。
altaltalt
alt
。。。そして、前菜はパイで包んだ蒸し野菜、メインはポークステーキ。デザートはアイスクリームです。



午後は、ここから35km移動してアムステルダムへ入り、ゴッホ美術館でゴッホの作品を観賞します。



つづく



【関連のブログ】
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その1:速報)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その2:アムステルダムからブリュッセルへ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その3:ブリュッセル)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その4:ゲント)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その5:ブルージュ・前編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その6:ブルージュ・後編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その7:アントワープ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その8:ハーグ・マウリッツハイス美術館へ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その9:ハーグ・ホテル クアハウス)


Posted at 2026/06/14 19:33:58 | コメント(0) | 海外(遊び) | 日記
2026年06月08日 イイね!

オランダ・ベルギー春の花紀行(その9:ハーグ・ホテル クアハウス)

オランダ・ベルギー春の花紀行(その9:ハーグ・ホテル クアハウス)4月10日の宿は、ハーグの「ホテル クアハウス(正式名称:Grand Hotel Amrâth Kurhaus)」でした。
このホテルは、北海に面するスヘーフェニンゲンという。。。元々はハーグの郊外の漁村だった街で、海のリゾートとして大発展し、今ではオランダでも人気が高い夏の観光地となっている。。。街の浜辺に建っています。


     何れの画像もクリックで拡大します。


17時過ぎにはスヘーフェニンゲンに到着、17時20分頃にはホテルにチェックインし、荷ほどき。。。そこでトイレの水洗レバーが機能していないことが判明し、1度の修理では直らなかったので、部屋を替わることに。。。などしているうちに、旧い造りのホテルを探索することも出来ず1時間ほどが経過して夕食に出かける時刻になりました。

みんなで、ホテルのテラス側から浜辺に出て、レストランへ向かいます。👇ホテルのテラス側です。
alt



行先は数軒離れたところにあるSteam Scheveningenスティーム・スヘーフェニンゲンというレストランでした。
altalt
alt
西日の当たる。。。でも海が見える席に案内され、ビール(ピルスナーにしました)だけ先に来て、大分待たされたので、ビールだけ減っています(左)。
メインはフィッシュアンドチップス(右上)。北海で獲れた白身の魚でしょうね、気のせいか、英国で食べたフィッシュアンドチップスと同じ味がしました。私は好きです。肉料理が続いていたので、美味しくいただきましたうまい!うまい!うまい!
そして、お昼にアントワープで食べたワッフルと食べ比べと楽しみにしていたデザート(右下)。。。ワッフルは何処?? ワッフルの屑と食べ比べかい?? と関西人じゃなくてもツッコミたくなるワッフルでしたが、これはこれで面白かったです (^^ゞ



。。。で帰りにもう一度、砂浜側からホテルの外観眺めつつ、一応写真に収めました。
alt


alt





この時点で20時前、日の入まで20分少々あるので、自室に戻ってひと風呂浴びることにしました。







その後、夕景を眺めに、独りで浜辺の方へ行ってみました。日没後、3~40分です。丁度良い明るさと色合いでした。

北海に突き出ているのはDE PIERというホテル 観覧車もあります。手前に写っている人魚は。。。
alt
。。。クアハウスのテラスに置いてありました。アメリカの著名な彫刻家トム・オタネスの作のようです。


沖合には、風力発電の風車が無数に並んでいます。旅の初日、スキポール空港へ向けて。。。
alt
。。。降下中の飛行機から見えた風車群と同一のものと思われます。


この船は何でしょう??? 普通のバラ積み貨物船ではなさそうです。ここが北海という場所柄。。。
alt
。。。ロシアの工作船?流石に大げさですが、海洋調査船かなぁ、などと勝手に想像していました。


この日のホテル、クアハウスには、かつて森鴎外も泊ったことがある、と言うことは聞いていて、由緒あるホテルなのだろうとは思っていましたが、夕景撮影の後、明朝の朝食会場を下見しに行った時には、少々驚きました。👇な感じで、誰もいなかったので、入室を躊躇って廊下側から撮りました。
alt


alt
そして、部屋に帰ろうと乗ったエレベーター内で(前のブログの最後で予告したとおり)思わぬ人に遭遇しました
👈エレベータの扉(内側)に描かれていました。

調べると、1997年6月25日、ハーグで第6回日・EU定期首脳協議が開催されており、時の内閣総理大臣・橋本龍太郎が出席しています。
この時、首脳協議参加者は、世界情勢における日・EU関係の役割が重要であることを強調するとともに、日本及びEUの現下の域内の動き及び経済構造改革が、国際政治、国際社会及び国際経済成長並びに各々の地域と地球的規模の福祉に重大な影響を与えるであろうことを強調、経済通貨統合達成に向けた進展や単一通貨(ユーロ)導入を含むEUの新たなる機構改革等の進展が、日本を含む域外国とEUとの政治・経済関係にとって重要な意味を有するであろうことを認識した。。。との記事がありました。

橋本龍太郎は夫人とともに、会議の前日、このホテルに宿泊したことが判ります。





翌朝。。。朝食会場には私が一番ノリでした。少し早着でしたが、準備中のオトーサン(サービススタッフの頭)に話しかけたら、親切に説明しながら案内してくれたので、気分良く食べることが出来ました。
altalt


alt
大好きなスパークリングワインも置いてありましたが、早過ぎて開栓してなかったので、自分で開けて注いできました。

その際のオトーサンとのやりとりも、八王子のS夫人が動画に撮って下さっていますが、恥ずかしいので公開しません。



超豪華な朝食会場の雰囲気が、👆の写真では表現できていないので、動画で。。。

。。。どうでしょうか???


alt


最後に、朝食の帰りに乗ったエレベータ内です。
こちらもビックリでした


サインは Roy E Disney となっていますので、ロイ・エドワード・ディズニー(Roy Edward Disney、1930年1月10日 - 2009年12月16日)が夫婦で訪れた時の記念だと思われます。


以下、Wikipediaから抜粋、要約します。
**************************************
ロイ・エドワード・ディズニーは、ウォルト・ディズニー・カンパニー共同創業者ロイ・O・ディズニーの息子であり、ウォルト・ディズニーの甥、ダイアン・ディズニー・ミラーの従兄。ディズニー社の経営に活発にかかわったディズニー一族最後の人物で、父親と違い支配権を持つだけの株式はなかったが、経営陣からCEOを計2名追い出したことでも知られた(1984年にロン・ミラーを、2005年にマイケル・アイズナーを追放)。倒産寸前のディズニー社を救った「救世主4人」のうちの1人でもある。
**************************************






ホテルは、かなり優雅な造りになっている建物でしたので、改めて Kurhaus of Scheveningen で検索の結果、やはり由緒あるホテルで、しかもあの朝食会場は The Kurzaal と呼ばれ、ローリングストーンズ、アイク&ティナ・ターナーの公演も行われたことのある会場なのだそうです。

以下は、Wikipediaから抜粋、要約したものです。
********************************************************************************
1884年から1885年にドイツ人建築家ヨハン・フリードリヒ・ヘンケンハフとフリードリヒ・エーベルトによって建設された。当初はコンサートホールと120室のホテルで構成されていた。火災で大きな被害を受けた後、1886年から1887年にかけて再建された。天井はブリュッセルの画家ヴァン・フックとその大規模な工房によって描かれた。全盛期には、数人の国王や国家元首がクアハウスに滞在した。
1960年代半ばまで、クアハウスは多くのトップアーティストが公演を行う主要なコンサートホールとして、公共の観光名所であり続けた。ローリング・ストーンズは1964年8月8日にクアハウスで公演を行ったが、外に集まった大勢の興奮したファンのために建物から逃げ出さざるを得なかった。
アイク&ティナ・ターナーは1971年2月11日にクルハウスで公演を行った。このショーはオランダのテレビ局VPROで放送され、2004年に『The Legends Ike & Tina Turner Live in '71』としてDVDでリリースされた。
なお、クアハウスは1975年に歴史的建造物として登録されたことで取り壊しを免れ、完全に改修された。1979年にベアトリクス王女臨席のもと再開された。
********************************************************************************


知っていれば、朝食会場の The Kurzaal についても、もっと写真を撮ったのですけどね。残念
一応、ホテルの予習はしていたものの、森鷗外も泊った? で、☆幾つ??くらいで安心していたのが失敗でした。



ダメもとでローリングストーンズのライブ映像を探してみたら、YouTubeにありました

【解説】
ローリング・ストーンズのオランダ公演の中でも最も悪名高いライブの一つ。最後に起きた暴動で会場全体が文字通り破壊されたこと以外に、他に何を言う必要があるだろうか。これがまだ1964年の出来事だったとは信じられない!ミックのマイクコードが引き抜かれ、観客に持ち去られ、二度と戻ってこなかった…。実際、これは「ウォーキング・ザ・ドッグ」の真のライブバージョンとして唯一現存するもので(BBCラジオを除く)、たまたま観客が暴れ出し、ブライアンのマイクを盗んだのだ…。もう一つ興味深いのは、これが単独公演であり、ストーンズの母国であるイギリス以外での最初の公演の一つだったということだ(6月の北米ツアーを除く)。




【解説】
ローリング・ストーンズがイギリス国外で行った最初のコンサートの一つ、1964年8月8日、オランダのスヘフェニンゲンにあるクアハウスでの公演。悪名高いほど騒々しいコンサートだった。約50年間、ストーンズは「ウォーキング・ザ・ドッグ」「ハイヒール・スニーカーズ」「スージー・Q」「モナ」の4曲しか演奏せず、慌ててステージを去ったと信じられていた。ステージ上で録音されたこのコンサートの有名なテープには、これらの4曲が収録されている。しかし、この騒々しいコンサートの「新しい」テープがバルコニーから録音されて発見された。このテープには「ウォーキング・ザ・ドッグ」の前に演奏された「ビューティフル・デリラ」が収録されている。




引用だらけで大分、寄り道しましたが、この日(4月11日)は、9時出発で🌷キューケンホフ公園🌷へ行き、午後はアムステルダムで絵画を鑑賞します。



つづく



【関連のブログ】
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その1:速報)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その2:アムステルダムからブリュッセルへ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その3:ブリュッセル)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その4:ゲント)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その5:ブルージュ・前編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その6:ブルージュ・後編)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その7:アントワープ)
 ◇ オランダ・ベルギー春の花紀行(その8:ハーグ・マウリッツハイス美術館へ)


Posted at 2026/06/09 14:42:55 | コメント(0) | 海外(遊び) | 日記
2026年06月05日 イイね!

オランダ・ベルギー春の花紀行(その8:ハーグ・マウリッツハイス美術館へ)

オランダ・ベルギー春の花紀行(その8:ハーグ・マウリッツハイス美術館へ)4月10日は、午前中にベルギーにおける最後の訪問地・アントワープを観光して、午後は120kmほど北方にあるオランダのハーグへと移動しました。

ハーグはオランダ第3の都市ですが、国会議事堂をはじめとする政府機関、各国の大使館が集まっているオランダ政治の中心地です。

👈有名な真珠の耳飾りの少女(フェルメール作)をはじめ、17世紀オランダ・フランドル派の名作を多数所蔵するマウリッツハイス美術館も、13世紀から17世紀にかけて建てられた由緒ある建物が集まっているビネンホフの一角にありました。


                 何れの画像もクリックで拡大します。


アントワープを13:10に出発、14時過ぎにはオランダのフランス・ディープ川の河口にさしかかりました。


そこで眼にしたのがフォルケラークの跳ね橋です

この景色(左)を眺めた少し後に、踏切みたいな所でバスは停車しました(中)。 すると。。。
altaltalt
。。。道路が上がりました(右)。そう、これが跳ね橋です

しばらくすると左手の足下からヨットが現れ(左)、続いて跳ね橋が下りてきて(中)。。。
altaltalt
。。。無事、走行再開となりました(右)。このヨットを通すためだったのでしょうか、7分ほど停車していました。前方に大きなトラックがいたため、全貌が判りにくいですが、一応、貴重な体験ということで記します。
もう30年ほど前になりますが、シアトル観光中に跳ね橋に遭遇した時は、橋から1台目のバスに乗っていたので、思いっきり堪能しましたけど (^^ゞ


その後は快調にA4を北上します。その間、退屈しのぎに流し撮りに挑戦 (^^ゞ
altalt
       Audi A3 Sportback                     MB G class    Volvo V50


alt


ロッテルダム西側の郊外まで来ました。
ロッテルダム方面(A20)とハーグ、アムステルダム方面(A4)に分岐します。

我々はハーグを目指していますので、A4に進みます。






15時前、ハーグの中心地=国会議事堂、総理府などがある地域=ビネンホフに到着しました。
altaltalt
ビネンホフには、ホフと呼ばれる池(北東から南西にかけて長さ260m、幅85mの大きさです)の南東側に沿って、由緒ある建物が建ち並んでいます。
ビネンホフは横に長いので、北西側の道路を走行中のバス内撮った写真を順に並べました👆


altバスを降りたホフ池の北の角にはペンギンが立っていました。

これは、期間限定の現代アートの彫刻(Modern Birds)です。
周囲の環境保護や自然への関心を高めるために設置されたもので、奥に写っているマウリッツハイス美術館などが企画した屋外展示です。
なので、Googleマップのストリートビューで見ても、このペンちゃんは写っていません。



alt


ホフ池の北側道路に面して建っていた House  of  Europe。。。欧州評議会、欧州議会連絡事務所が入っています。

いかにもハーグらしい、と思いました。






ビネンホフ。。。横に長いので、1枚の写真に収めようとすると、こうなりました。斜め(北側)から撮ったものです。マウリッツハイス美術館が左端にちょこっと写っています。
alt




alt






マウリッツハイス美術館の入口です





alt真珠の耳飾りの少女をモチーフとした非売品の布切れ。。。ソフトなブローチとでも表現すれば良いのでしょうか。。。です。
美術館の受付嬢たちが身に着けていて素敵だったので、画像に残したかったのですが、彼女たちの個人情報に配慮して、短時間ですが彼女たちからブローチを巻き上げて撮りました。

モデルは今回の旅に同行してくれた八王子のS夫人です。




それでは、マウリッツハイス美術館で鑑賞した名作の数々をアップします。

altalt
左: 親に倣って子も歌う  ヤン・ステーン
右: ニコラース・トゥルプ博士の解剖学講義  レンブラント・ファン・レイン


altaltalt
左: 自画像  レンブラント・ファン・レイン
中: 野イチゴの静物画  アドリァン・クールテ
右: 窓の花瓶  アンブロジウス・ボスハールト


altalt
左: 若い牡牛  パウルス・ポッテル
右: キリストの嘆き  ロヒール・ファン・デル・ウェイデン


altaltalt
左: 石の飾り棚の花瓶  ロエラント・サヴェリー
中: 老婆とろうそくを持つ少年  ペーター・パウル・ルーベンス
右: 花瓶の花  ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム


alt
アダムとイブの堕落による地上の楽園  ヤン・ブリューゲル(父)&ペーター・パウル・ルーベンス


今思い出せば、ゲント、ブルージュ、アントワープの教会で鑑賞した祭壇画よりも、ここマウリッツハイス美術館の方が、ゆったり観賞することが出来たと思います。
所蔵品が多いので、鑑賞客が散っているからかも知れませんが、何れにしても満足しました。



alt
16時半をまわった頃にマウリッツハイス美術館を退出し、ホテルへ移動しました。



その途中、市内で見かけたハーグの市電。。。シーメンス製アヴォニオ。。。です。
アヴォニオは他にも、ミュンヘン、ブレーメンなどの市電としても製造されているそうです。




この日は、ハーグ中心部から約6km北西にある、北海に面したリゾート地スヘーフェニンゲンにあるクアハウスというホテルに泊まります。
そのホテルでは、エレベーター内で思いもかけない人と遭遇しました (^^ゞ
Posted at 2026/06/06 13:11:37 | コメント(0) | 海外(遊び) | 日記
2026年06月02日 イイね!

新横浜でドクターイエローに遭遇るんるん

新横浜でドクターイエローに遭遇本日(6月2日)、台風の襲来に備えて横浜開港祭の見学は諦めて。。。早めの帰神を決断しました。
ホームの売店でノンアルコールビールを購入して店を出たところでした。ゴーッという音と共に車両が入って来た瞬間、
アレっ?黄色いぞ~
って、大人も走る、子供も走る、走る、走る!!
丁度、9号車辺りにいたので、2両分くらい追いかけました。



               動画以外、何れの画像もクリックで拡大します。


追いついて30秒ほどしたところで出発しました。


alt




ドクターイエローの時刻表を捜しだして、こちらの小田原、熱海の通過時刻と睨めっこ。。。



どうやら静岡辺りで追い越すことが判明したので、狙って動画を撮ったのですが、通過線と待避線の間が近すぎ!! 撮った画像は黄色い壁が連なっていただけでした (T_T)





因みに、今回、上りは5月31日。。。関西は良いお天気晴れでして、伊吹山も👇このとおり。
alt



alt



ついでですが。。。
着いた日の夕飯は。。。一人だったこともあって、早めに食べられたので、横浜中華街は広東料理の隠れた名店で、久しぶりにあさりそばセットをいただきましたうまい!うまい!うまい!




次はいつ食べられるかなぁ、と思っています。そうです。。。

あと。。。形の上では、月末に九州で最後の会が控えていますが。。。実は、今回の横浜行きが実質的には最後の仕事になりました。
月1~2回とは言え、老体にむち打ち、老害だと言われないように気を遣いながら? それなりに頑張ったおかげでしょうか。。。最後に良いものを見せてもらいました。

プライベートでは、これからも横浜、東京へは適度に行きたいと思っています。


Posted at 2026/06/02 22:14:52 | コメント(0) | 出張関連 | 日記

プロフィール

現住所変更(横浜 → 神戸)に伴い追記しました。(2011.5.17) ****************************************** ...

ハイタッチ!drive

みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

掲示板

<< 2026/6 >>

 1 234 56
7 8910111213
141516 17181920
21222324252627
282930    

リンク・クリップ

代行ドライバーとの会話・‥の巻 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2022/08/21 09:58:09
雨の日の鉄分補給 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2022/05/02 19:43:04
もみじの飛騨・信州ドライブ(その3:上高地を発つ三日目の朝まで) 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2022/01/08 08:05:17

愛車一覧

スバル インプレッサ スポーツ スバル インプレッサ スポーツ
前車の劣化?に伴い、買い替えを決めましたが、車両購入のタイミングが悪くて好みの新車が無く ...
スバル インプレッサ スポーツ スバル インプレッサ スポーツ
2022年に発生したリアのハブベアリング損傷に続き、CVTも損傷(異音発生)したため、2 ...
日産 プリメーラ 日産 プリメーラ
2016.2.28  12年で約8.5万km乗りましたが、車齢や家計(私もいつの間にか雇 ...
トヨタ カルディナ トヨタ カルディナ
ここ数年専有していた次男が新車を購入し、その下取り車としたことにより、本日(2014.3 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation