
4月10日は朝からブルージュを出発、100kmほど東へ移動して
アントワープへ向かいました。E40でゲントへ、そしてE17でアントワープへという道筋です。
アントワープは
15世紀から商業・金融の中心地として発展し、現在でも世界有数の港として名高いアントワープ港は、港湾地域の面積だけでもブリュッセル市の3倍もある
!ヨーロッパ最大のコンビナートを形成しているそうです。
何れの画像もクリックで
拡大します。
バスはそのアントワープ港、そしてコンビナートの南側に位置する旧市街のスグ外側に到着しました。
バスを降りた場所にあった
ステーン城です。
10世紀から16世紀にかけて使われていた要塞の一部ですが、現在はクルーズ船のターミナルになっています。
丁度、英国アンバサダー・クルーズ・ラインが運航するクルーズ船AMBITIONが接岸していました。中型のカジュアル客船だそうです。
正面から見たステーン城(左)と、旧市街側の街並み(右)です。


港湾都市でもあるアントワープですが、一方で17世紀には
バロック期最大の画家・ルーベンス、その弟子ヴァン・ダイクのほか
フランドル派と言われる多くの画家が活躍した街としても知られています。
旧市街のマルクト広場の方へ向かうと、奥にノートルダム大聖堂。。。ルーベンスの有名な祭壇画があるので楽しみです。。。が見えてきました。左手は旧市庁舎の壁です。
マルクト広場に入って、
旧市庁舎を振り返って見ました。

旧市庁舎の右側に連なるギルドハウス群。。。手前はアントワープの名前の由来になった。。。

・・・という伝説を表わした
ブラボーの噴水。
マルクト広場で街全体の説明を聞いたあと。。。いよいよノートルダム大聖堂へ向かいます。
ノートルダム大聖堂の前まで来ると、何やら人だかりがしていました。
そう。。。すっかり失念していましたが、ノートルダム大聖堂は名作・
フランダースの犬の舞台となっていたのです。
フランダースの犬のおさらい
19世紀のベルギーを舞台に、心優しい
少年ネロと忠実な
愛犬パトラッシュの悲劇的な絆を描いた物語です。貧しくも懸命に生きるネロは、憧れの画家ルーベンスの絵を見る夢を抱きながら、過酷な運命に巻き込まれていきます。
そして、最後は、クリスマスの夜、主人公の少年ネロと愛犬パトラッシュが、ずっと見たかったルーベンスの絵画(「キリストの昇架」「キリスト降架」)があるアントワープ大聖堂で寄り添い、天使たちに導かれて天国へ旅立つという、とっても悲しい結末の物語です。
👈人だかりの中心には、名作の主人公ネロと愛犬パットリッシュの像がありました。漫画チックな造形ですが、あまり可愛くは見えません。
ということで、これから
ノートルダム大聖堂に入場して、ルーベンスの祭壇画を観ますが、ネロとパトリッシュが命がけで観に来たことを念頭に、有難く鑑賞したいと思います。
大聖堂エントランス上部にある繊細な造りの彫像群(左)。礼拝堂内部の説教台(右)も趣が。。。

一番奥にある主祭壇には、ルーベンス作の
聖母被昇天が小さく見えています
!
手前の左側には同じく
キリスト昇架、右側には
キリスト降架が掲げられています。
幾つかの団体客が観賞していますので、出来るだけかち合わないようにガイドさんがタイミングを計ってくれ、何とか近づくことが出来ました。
まずは左側の
キリスト昇架。。。冒頭の写真も同様です。

イバラの冠を頭にかぶせられ、手や足を釘で十字架に打ちつけらたキリストの十字架を、9人の死刑執行人たちが立ち上げようとしている場面です。左翼パネルの中、後方で青い服を着て見守っているのが聖母マリアです。
続いて
聖母被昇天。
聖母マリアが天国へと昇っていく様子です。
マリアの周りには、翼を生やした幼児がたくさん描かれています。画面上方の左側では、大きい天使が2人飛んでおり、バラの花でできた輪状の冠をマリアに被せようとしています。
中央で赤色の服を身にまとい、石の墓を指さしている女性のモデルは、ルーベンスの妻イザベラ・ブラントであるとされています。
最後が
キリスト降架。

磔刑によって命を落としたイエス・キリストの遺骸が8人の男女によって十字架から降ろされている場面です。左側から悲痛な表情でキリストに手を伸ばしている青い服を着た女性が聖母マリアです。
ネロとパトリッシュは、この絵の下で眠りについたとされています。
以上で、圧倒されたルーベンスの祭壇画は終わりますが、近くには変な彫像がありました。
子供の頃に、箒
ほうきを手のひらに乗せて遊んでいた
アレ※を十字架でやっている彫像です
!
調べると、2015年に設置された『十字架を担う男(The Man Who Bears the Cross)』というブロンズ像で、現代アーティストであるヤン・ファーブル(Jan Fabre)によるものだそうです。磨き上げられた表面の光沢は尋常ではなく。。。照明や光の反射によって金色や黄金色のように見えます。
じゃあ、我々が子供の頃にやっていた
アレ※は『箒
ほうきを担う子供たち』ってことになりますね
(^_-)-☆
アレ※:
ほうきバランスとか棒乗せバランスと言うらしい。。。です (^^ゞ
その後、昼食を食べるために大聖堂を退出。。。
👈これは、大聖堂の壁面にあった大聖堂建設者の記念碑(ピーテル・アッペルマンス記念碑)です。
昼食のレストランは直ぐ近くにあったのですが、ガイドさんは路地裏をウロウロと。。。結構、細かな街歩きを楽しみました。
大きな蓋みたいな扉(右)を指して、地下酒場が~云々と言うので、ホンマ??と思っていると。。。

。。。しばらく行くと、ホントに酒屋さんが地下にビールを納品中の場面(左)に出くわしました
!!

路地裏には50年ほど前までは使用されていた共同井戸がありました(左)。実は。。。


。。。共同トイレもあったそうです。
パトリッシュ?かと思いたくなる看板犬(左)ですが、パトリッシュは大型の牧羊犬という設定でした。

アントワープの路面電車。。。ゲントのそれと同じ
ヘアメレインです。特徴的な5車体連接式の部分超低床電車であることも、この写真から判ります。
旧市街を一回りして戻って来たノートルダム大聖堂の裏手にある
フルン広場です。ここには。。。

。。。
ルーベンスの彫像が建っていました。そして、昼食をとったレストラン・
T’HOF VAN EDENもこの広場に面していました。
その昼食。レポートは。。。手抜きします。
この日は昼のワッフルと夜のワッフル@ハーグを比較しましょ
!と予告されており。。。



。。。まずはこちらで昼のワッフルを楽しみました。見た目にも軽そうですが、実際、
シャリッシャリの軽くていくらでも食べられそうなワッフルでした


食後。。。この頃になって、少しは青空が見えてきましたので。。。

。。。最後にもう一度ノートルダム大聖堂を写して、アントワープをあとにします。
ベルギー観光はここまでで、午後からは、次の国、オランダへ移動しました。オランダ最初の訪問地は、アントワープから130kmの距離にある
ハーグです。
いよいよ芸術鑑賞が佳境を迎えます。
つづく
【関連のブログ】
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その1:速報)
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その2:アムステルダムからブリュッセルへ)
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その3:ブリュッセル)
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その4:ゲント)
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その5:ブルージュ・前編)
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オランダ・ベルギー春の花紀行(その6:ブルージュ・後編)
Posted at 2026/05/30 14:42:18 | |
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