私の生まれは、1967年。
クルマに興味を持ったのは、幼稚園に上がる前だったでしょうか。
ケンメリのトミカを買って貰ったのを、よく覚えています。
そんな私とクルマとの出逢いは、1970年代の日本車なんです。
この時代の日本と言えば・・・
大阪の万博の開催と共に、明るい未来の幕開け。
明日は今日より素晴らしい、右肩上がりの経済成長。
これからも益々発展するものだ、そう思われていました。
ところが、いざフタを開けてみたところ・・・
それまで続いていた高度経済成長という名のお祭りも、いつしか終焉。
進化目覚ましくニューモデルが発売される度に話題となった新型車にも、その影響があったのです。
1970年代に入ると一転、オイルショックに公害問題と問題山積。
スピードからクリーンへ。
時代は確実に変わっていたのです。
それまでのツケを返すが如く、クルマも暗黒時代へ突入する事になります。
どんなにパフォーマンスが低下しても、クルマを無くす訳にはいきません。
今までとは違う方向で、技術開発を邁進していく必要に迫られます。
ガソリン無鉛化、エレクトロニクス化による燃焼制御、触媒の活用により、どうにか排ガス規制をクリア。
暗黒時代の長いトンネルも抜け、1980年代には新たなパワーウォーズへ繋がっていきます。
そんな谷間の時代だった、1970年代。
1967年生まれの私には、1960年代のお祭り騒ぎは実体験がありません。
かと言って、トイレットペーパーの買い占めも記憶にないです。
当時で覚えているのは、ガソリンスタンドの日曜休業、テレビの放送終了時間の前倒しくらいでしょうか。
モータースポーツは、軒並み中止の追い込まれ、スポーツモデルも次々に販売終了。
それでも残ったクルマには、排ガス規制という重い足かせをされてしまい、走りは期待出来ないものでした。
この時代のクルマは、とにかく走りません。
私も51年規制のNAPS車、スカイライン ジャパンのTIに乗っていたので、身をもって感じています。
規制クリアさせない事には販売出来なくなってしまうのですから、仕方ありません。
クルマ本来の走る楽しさが、大幅にスポイルされているからでしょうか。
この時代のクルマは、ほとんど残っていません。
全然走らないのが特徴の1970年代車には、もう1つ特徴があります。
それは曲面多用のデザイン。
多分にアメリカの影響だったんだと思います。
その曲面の使い方も、結構きわどくて。
時にはやり過ぎ感が否めないものも、正直ありました。
特にその傾向が強かったのは、日産だったでしょうか。
当時はアメリカで「DATSUN」ブランドを展開しており、省資源を追い風に日本車の販売拡大にかなり貢献していました。
モデルによってはフェアレディZの様に、アメリカの方が販売台数が多い、そんなクルマもありました。
1970年代を象徴する日産車、まずはこのクルマ。
サニー B210
叔父が前期1400のセダンに乗ってました。
逆スラントのフロントノーズ。
クーペはリアハッチの傾斜が緩く、コーダトロンカっぽくも見えます。
私の好きなデザイン要素が、実は結構入っているんです。
ただ残念なのは、車幅に対して妙にトレッドが狭いところ。
流用するフロアパネルの影響でしょうけど、当時の台所事情もありで仕方ない部分なんでしょうね。
そういえば日産車は、暫くこの傾向がありましたね。
妙なナロートレッド。
80年代に入るまで、この傾向は続いていました。
シルビア S10
ロータリーに翻弄された女神です。
サイドウィンド後端のJラインによる、巨大なCピラー。
当時の日産車にある特徴ですね。
後方視認性が悪いとか、後席に乗ると穴に入った様な閉書感とか言われますが、私は好きなデザインです。
サイドには、尻下がりのプレスライン。
そういえば、これも当時日産車には多く見受けられました。
おそらく尻下がり好きなアメリカの趣向に、合わせていたのではないでしょうか。
ブルーバード U P610
名車510から上級移行した表れなのでしょう、「U」のサブネームが付いています。
ところで「U」ってなんでしょう?
これは「User」の略だそうで、使う人の気持ちに最優先して作られたクルマ、という意味なんだそうです。
今回調べて、初めて知りました。
当初は510も併売されていたので、それと識別する為にもサブネームが必要だったんでしょうね。
デビュー当時は「なんで510をやめたんだろう?」という印象でした。
小学校の通学路にバンとHTがあり、見ているうちにこれもアリかな、と思う様になりました。
ダイアペットのミニカーも、買って貰ったし。
こうしてみると、サニー、シルビアと比べると、大人しいデザインに見えますね。
バイオレット 710
ブルーバードの上級移行による、510の補完モデルです。
形式もブルーバード系の名前に則っています。
これもサイドのプレスラインが下がってますよね。
シルビア程ではないですが、これも同じくナロートレッド。
4ドアセダンは、当初ファストバックでした。
それが巨大なCピラーによ理、斜め後方の視界に難ありと。
後期型でノッチバックに変更されました。
マイナーチェンジで、こんな大きなプレス部品を変更するなんて、普通はやりません。
ですが、きっと販売面でかなり切迫した状況だったのでしょうね。
ちなみに私は、前期ファストバックがカッコいいと思っています。
ルーチェ
日産車以外にも、曲面多用なデザインはありました。
このクルマも、先代のベルトーネ(ジウジアーロ)デザインから一新。
抑揚の強い、アメリカンなデザインになりました。
排ガス規制については、適応が早かったロータリーエンジン。
レシプロエンジンが苦労していたNoxは元々半分程度の排出量しかないので、そこな難なくクリア。
レシプロよりかなり多かったHC, COも、サーマルリアクターによる再燃焼で無事クリアしています。
対策型エンジンは、RE-AP(アンチ ポリューション)と呼ばれていました。
四角いマフラーカッターが特徴的でしたね。
叔父がこのルーチェに乗っていたので、よく覚えています。
パネルにビルドインされた、横方向に動かすドアハンドル。
あれ、カッコいいなぁと思っていましたね。
ちなみに叔父のは、レシプロでした。
当時はクドいと思っていたデザインも、今見ればなかなか個性が強くてカッコいいものです。
そういえば、この時代はまだエアロ化前なので、風洞の結果デザインが似てくる事もなく、みな個性的でした。
ここまで書いてみて改めて思ったのですが、これらのクルマをイベントで見た記憶がほとんどありません。
排ガス規制の足かせでは知らなかったので、代替が早かったからでしょうか。
これらも時代を象徴しているので、現存数が少ないのはやはり残念ですね。