■多段AT信仰
世の中には根強い多段AT信仰があるらしい。
またの名を "ギヤ比さえ上げれば後はメーカーが魔法でも使って燃費を良くしてくれるに違いない"教。
(本当にそう言っている人がいて驚いた)
北関東には昔から竹槍出っ歯にハの字に決めて、マフラーは最低6本という種族が棲んでいると噂されるが(北関東の皆様ごめんなさい)、変速機は6速では満足できないという人達もいるらしい。
トヨタのヤンジー向け某車種は、"高級車なのにダブルウイッュボーンではないのが許せない" という人達がターゲットユーザーであったが故に、狭いリヤサススペースに、本来ある程度のアーム長を取り付けるスペースが必要なはずのマルチリンクサスを無理やり押し込み、"ダブルウイッシュボーン" としてカタログを飾った。
こういう "売るための大人の事情" を "商品性の向上" とも呼んだりするが、これは竹槍出っ歯や長いリーゼントこそカッコいいというのと同じ、ユーザーの趣味性を満足させるためだけもの。
これは必要性とは言い難いし、個人的には、ユーザーにメリットのない(≒技術的に無意味なこと)はマツダにはして欲しくない。そういう車は買いたくない。
■多段ATの必要性
確かにその昔、3速AT から 4速AT になり 5速AT に進化していくことで、変速ショックは小さくなり、ロックアップ領域も広がり、燃費も向上したのは間違いない。
もちろん、8速AT は 6速AT を機能的には内包する。しかし性能的に勝るとは言えない。
勘違いしてはいけないのは、性能向上を図るための手段のうちの "1つ" として多段化という解決策が採用されてきたということ。
ATに要求される性能とは、多段化だけではなく、変速ショックの少なさや変速速度、そしてロックアップ領域の広さ、大きさや重さ、そしてコストも要求される性能の1つだ。
同じトルク容量なら重くなるし、大きくもなる。
簡単に軽量化と言い出す人もいるが、もし 8速AT を 6速AT と同等に軽量化できる技術があるなら(ラビニヨ式プラネタリギヤだって、ラージサンギヤとロングピニオンと、その制御機構が追加になる)、構成部品が少なくなる 6速AT なら、同じ技術でもっと軽量化できる。
もしくは軽量化できる重量やスペース、そしてコストを、変速ショックの減少や変速速度の向上、そしてロックアップ領域を広くするために使うこともできる。

(上はアイシンAW製の
コンパクトタイプの8速AT、下は同クラスの6速AT)
現代では時速 300km/h を超える F1 ですら8速、SUPER GTやスーパーフォーミュラでも6速、では、せいぜい百数十km/hを上限とする乗用車で6速ATでは足りない理由は何だろうか。
■8速ATは、6速ATよりも高性能なのか
SKYACTIV-DRIVE の評価が高いのも、5速から6速になったことよりも、そのロックアップ領域の広さがもたらすダイレクト感をだろう。
実際、SKYACTIV-DRIVE では、従来の5速ATからの性能向上を図る手段として、トルクコンバータを低容量化(スペックダウン)を行なって、その空いたスペースに、耐久性を向上させるために大型化したダンパーや、大型化したロックアップクラッチなどを押し込み、変速ショックや変速速度の向上、そして広いロックアップ領域を実現している。

(
運動性能と環境性能を両立する新型自動変速機「SKYACTIV-Drive」の開発 より引用)
SKYACTIV-DRIVE の解説はこちらが詳しくわかりやすいので、紹介したい。
分かりやすい? SKYACTIV-DRIVE 技術解説
http://www.mazdafan.com/技術/20110325-1560
従来の5速ATは 30km/h を超えなければロックアップしなかったが、SKYACTIV-DRIVE(Midium)では、加速時は 10km/h 付近でほぼロックアップされ、減速時にはロックアップが 20km/h 未満まで維持される。
SKYACTIV-DRIVE(small)に至っては、ほぼ 0km/h からロックアップされる。
では、トヨタの最新の Direct Shift 8AT(FF車用)と比較してみよう。

(トヨタ
新型パワートレーンの特長 より)
ロックアップ領域の拡大を目指しているのは、SKYACTIV-DRIVE と同じ。
それを実現するために、高減衰ダンパーや、多板式ロックアップクラッチ、小型(扁平)トーラスなどを採用しているのも同じ。

(
同上、この米国試験モードとは FTP-75 と同じであるため、縦軸1目盛は 20km/h)
しかし実際のロックアップ領域を比較すると、SKYACTIV-DRIVE(medium)とくらべても、Direct Shift 8AT は明らかに劣っている。加速時には 20km/h 近くまでロックアップされないことがあり、減速時に至っては 20km/h 以下までロックアップが維持されることはない。
では、ロックアップ領域が狭いとどうなるのか、図らずもトヨタ自身が説明してくれている。
ロックアップ領域の広さもトランスミッションの性能の1つ。
そして SKYACTIV-DRIVE のダイレクト感を生み出しているのは、このロックアップ領域の広さ。
トランスミッションでは、段数が多い=性能が高い、ではないのだ。
■燃費向上
「トルクに余裕があるならギヤを上げて回転数を下げたら燃費はさらに良くなるはずだ」
しかしながら、これはダウンサイジングエンジンや、自然吸気のガソリンエンジンだから言えることで、燃費率(BSFC)が大きく異なる SKYACTIV-X や SKYACTIV-D では必ずしもそうとは言えない。
このグラフは縦軸が燃費率(BSFC)、横軸がエンジン負荷(BMEP)で、SKYACTIV-G やその前の世代の 旧MZR、そして SKYACTIV-X や SKYACTIV-D の燃費率の違いがわかる。(ただし縦軸に目盛りも何もないので、エンジンの傾向の差はわかっても、絶対値は全くわからない)
エンジン負荷が大きい状況とは、言い方を変えれば回転数が低い状態を指す。回転数が低いと、1回転あたりの爆発力、すなわちエンジン負荷が大きくなるからだ。
つまり、一定速走行時に回転数を下げても、低負荷から燃費率の良い SKYACTIV-X や SKYACTIV-D の燃費は、一般的な自然吸気のガソリンエンジンほどの改善は見込めないということがわかる。(グラフを見ての通り、状況によっては悪くなる)
■他社のエンジンと多段AT
先ほどの「トルクに余裕があるならギヤを上げて回転数を下げたら燃費はさらに良くなるはずだ」は、現在も他社のエンジン、例えば欧州で流行したダウンサイジングエンジンや、トヨタの「最大熱効率」を重視したエンジンには有効だ。

(トヨタ
新型パワートレーン より抜粋)
見ての通り、トヨタのエンジンは最大熱効率を求めて開発されている。マツダのエンジンが中負荷域の燃費向上を目指しているのとは、ある意味、開発の方向性としては正反対だ。
最大熱効率を求めた結果、燃費の良い領域は、従来よりも高負荷側に寄っている。
つまり、エンジンを高負荷=低回転で使った方が燃費が良いため、常にシフトアップして低い回転数で使う必要があり、そのためには多段ATが適しているということになる。
■まとめ
以上の通り、少なくとも「6速ATは安物で性能が低く、8速ATは高性能」という見方は完全に間違っていると言える。
あえて言えば、「トーションビームは安物で性能が低く、マルチリンクは高性能」と言っているのと同じだ。
現時点でも最新型のトヨタ Direct Shift 8速/10速ATは、SKYACTIV-DRIVE ほどのダイレクト感は得られないというのは、私の多段ATへの印象とも一致するし、紹介した通り、公表されている資料からも明確だ。
では、 Direct Shift 8速は SKYACTIV-DRIVE に劣るのかと言えばそうではない。
トランスミッションに対して求める方向性が違うのだ。
では、マツダは将来的にも多段ATを出さないのか。
それは何とも言えない。多段ATは機能的には6速ATの機能も内包する。
だから、大きさや重さの増加も許容され、変速ショックも少なく、変速速度も早く、そしてロックアップ領域も広ければ、技術的・性能的には 8速AT でも 10速AT でも 100速AT でも何も困らない。あとはコストと必要性の問題。
ただ、FF車用トランスミッションはスペースの制約は大きく、現在の技術的制約の中では SKYACTIV-DRIVE のダイレクト感を維持したまま多段化するのは難しいのだろう。
逆に言えば、現時点で発売されている車とは構成が大きく異なり、大きさや重さの増加も許容され、コストもかけることができ、エンジンの出力も十分に大きく、他社とカタログスペックで負ける訳にはいかない状況、つまり縦置き直6FR が搭載されるかもしれないラージモデルならあり得るかもしれない。
もし仮に8速ATが導入されるならば、次期アクセラや CX-3 などの横置き直4FFのスモールモデルでは6速AT、次期アテンザや CX-5 などの縦置き直6FR のラージモデルでは 8速AT と住み分けることになるだろうか。