少し車に興味を持った人なら、世の中には様々なサスペンション形式があることはご存知だと思います。
マルチリンク、ダブルウィッシュボーン、ストラットやトーションビームなどなど。
【意外と知らない】サスペンションの種類と特性の違い
https://www.webcartop.jp/2016/07/45946
しかし、従来のアクセラではマルチリンクだったリアサスペンションが、新型 Mazda3 ではトーションビームに変更されることについて、驚きと疑念を持った人は多いのではないでしょうか。
世間ではマルチリンクやダブルウィッシュボーンはトーションビームより優れているという見方をする人が多く、私もその一人だったことは、過去の記事でも書きました。
CX-3 SKYACTIV-D 1.8 に試乗してきました(後編)
https://minkara.carview.co.jp/userid/2738704/blog/41559106/
多くの高級乗用車やスポーツカーがマルチリンクやダブルウィッシュボーンなどの独立懸架式を採用しているのに対して、重量物を積載するトラックなどは車軸式を採用することもあって、車軸式とみなされることもあるトーションビームが、操舵性や乗り心地の点で、マルチリンクより優れているなんてありえないと思う人は多いでしょう。
中にはダブルウィッシュボーン信仰と言えるほど強くダブルウィッシュボーンこそ最上と信じている人もいるようです(これはトヨタの広報が悪いと思う)。
ところが驚くべきことに、先行で試乗した評論家諸氏によると、Mazda3 のトーションビームの出来が大変良いとのこと。
マツダ「MAZDA3」に早くも試乗!走りの完成度の高さに衝撃!
https://kakakumag.com/car/?id=13320
さらに、走りだして数分のうちに、この乗り心地と滑らかなロードコンタクトにおいては、このクラスの王者であるVW「ゴルフ7」を超えた、と感じたほどだった。それほど、MAZDA3の走りは完成度が高く、大きな衝撃を受けたのだ。
(中略)
さらに、驚きなのはサスペンション形式で、フロントはマクファーソンストラット式と標準的な形式のサスだが、リアは従来のマルチリンク式でなく、トーションビーム式を採用していることだ。マルチリンク式からトーションビーム式にしたことは、ともすればコストダウンとも受け取れる。だが、実際にはこのトーションビームは相当に検討を重ねて開発されており、先に記したとおり走らせてこのクラスの頂点を確信させる性能を発揮していることだ。
新生アクセラ改め新型マツダ3の美しすぎる実物と実力
https://bestcarweb.jp/feature/test-drive/60108
リアサスペンションがトーションビーム式へと簡素化されているため不安に思っていたが走るとCセグメントで一番ではないかというハンドリングだ
Mazda3に見るマツダの第7世代戦略
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1903/11/news042.html
モデル末期とはいえ、このクラスの指標となってきたフォルクスワーゲン・ゴルフを完全に凌駕した。スタイルのためにドライバー側に寄せられて寝かされたAピラーの圧迫感。それによる室内空間の健康さの不足を除くと、ちょっと欠点がない。トーションビームアクスルで心配されるリヤサスのバタバタ感も凹凸の多い雪路で全く問題なかったことを見るとネガらしいネガは見当たらない。
(中略)
と書きながら筆者は思う。今後出てくるマツダ車がこれより良くなったとき、一体どうやって原稿を書いたらいいのだろうか? ダメなものは愛か怒りを持って批判し、褒める時は手加減しないでちゃんと褒めることを信条としてきたが、これ以上良くなると本当に困る。
■トーションビームは一種の独立懸架
車軸式とみなされることもあるトーションビーム、と書きましたが、実際にホンダではトーションビームを車軸式と分類しています。しかしフォルクスワーゲンではトーションビームを独立懸架とみなしています。
(いいサスって何?ダブルウイッシュボーンがいいの?トーションビームはダメなの?より引用)
トーションビームのジオメトリー(幾何学的な動き)を見ると、左右を繋げるトーションビームの中心が捩れることで、仮想的なアッパーアーム、ロアーアームも存在し、右と左が連結しているものの、独立性も保っているというのがわかります。
余談ですが、ダブルウイッシュボーンやマルチリンクの特長を生かすためには、長いアームと、それを確保するスペースが必要です。短いアームを無理やり狭いスペースに押し込んだだけの「ダブルウィッシュボーン」など、マイルドヤンキーやヤンジーなどを喜ばせるためだけの飾りです。
余談はさておき、トーションビームは、ジオメトリー的にはアッパーアームもロアーアームも、ビーム中心から伸びていることから、飾りだけのダブルウィッシュボーンよりも理想的な、長い仮想アームを持っていることがわかります。
■そもそも独立懸架は偉いのか
トーションビームがある程度の独立性を保っていると言いながらも、左右が繋がっていますから完全な独立懸架ではありません。
しかし、アクセラやアテンザのマルチリンクも、スタビライザーというアームがあり、左右は繋がっていて、完全な独立懸架ではないのです。
(これが純正で良いのでは?と思える より引用)
この赤い棒がスタビライザーです。
アンチロールバーとも呼ばれ、左右のサスペンションを繋げて、左右のサスペンションが独立して動くことを防いでいます。荒れた路面では不利ですが、こうすることで、カーブなどでは安定性が増すのです。
スタビライザーのない車種に乗っていたこともありますが、そうするとリアが大きくロールし、そのためお釣りも大きく、山道で気持ちよく走るには怖いほどです。
(即座にオプション設定されていたスタビライザーを付けました)
■マルチリンクの弱点
現代においては、マルチリンクも完全な独立懸架ではないし、かといってトーションビームも完全な車軸式でもないというのは説明した通りです。
しかし、今までマルチリンクを採用してきたアクセラが、新型 Mazda3 への代替わりになるにあたって、あえてトーションビームを採用したのはなぜなのか、やはりコストダウンや軽量化ではないのかと疑念を頂いている人もいるでしょう。
それを理解するには、マルチリンクやダブルウィッシュボーンにも弱点があるということを理解しなければなりません。最近公開された特許から紐解いて行きましょう。
(ホンダ、新型「NSX」の受注開始。1グレード展開で価格は2370万円 より引用、赤丸追記)
上の図はNSXのマルチリンクですが、見ての通り、マルチリンクやダブルウィッシュボーンは関節(ブッシュ)が多いのが特徴です。その関節に遊び(ガタ)がなければ理想的な計算通りの動きをするのですが、実際は耐久性や乗り心地の点からゴムが使われます。ゴムですから当然伸びたり縮んだりします。
【公開番号】特開2019-43381(P2019-43381A)
【公開日】平成31年3月22日(2019.3.22)
従来のダブルウィッシュボーン式のサスペンション装置は、車輪を支持するナックルと、ナックルの上部及び下部を支持する上下一対のアーム(アッパアーム及びロアアーム)とを備えている。このようなサスペンション装置では、ブレーキ時には、アッパアームが前方変位すると共にロアアームが後方変位することで、それら両アームが相互逆方向変位するため、キャスター剛性が確保できないという欠点がある。
詳細は省きますが、この特許では、従来のダブルウィッシュボーンの問題点として、関節(ブッシュ)のゴムが伸び縮みすることで、ブレーキ時にはアームの位置が変わり、本来のアーム位置からズレてしまう(剛性が確保できない)とあります。
■従来のマルチリンクでは
もちろん、サスペンションの関節(ブッシュ)にゴムを使わざる得ないことも、そのために遊びがあることも、サスペンション設計者は最初から承知しています。
それでもなおマルチリンクが使われ続けてきたのは、その遊びを利用していた側面もあります。
わかりやすい説明は、ホンダのサイトにあります。
いいサスって何?ダブルウイッシュボーンがいいの?トーションビームはダメなの?
https://www.honda.co.jp/sportscar/mechanism/suspension03/page2/

ここにある動画で、スリップ角が増加(横方向からの力が増加)するとブッシュ(ゴム)が縮んで、トーインになるという説明があります。
トーとはつま先という意味で、車のタイヤが内股だとトーイン、ガニ股だとトーアウトと言います。
(【自動車豆知識】ホイールアライメントって何? …調整が必要な理由 より引用)
トーアウトだと、車は常にどちらかの外向きに曲がろうとしてしまいます。
そのため、一般的にリアタイヤは、直進時でも少しトーインに調整されます。
これによって関節に多少の遊びがあっても、タイヤが外を向くのを防いでいます。
(他にも工夫はあります)
カーブの時にリアタイヤが更にトーインになるというのは、カーブでは安定方向になる、つまりアンダー、曲がりにくくなるということになります。
これは、一般的には決して悪いこととされていません。
カーブでトーインにするのは、車の動きを安定させるものとして、ホンダでは意図的にトーションビームでもやっていたりします。
(いいサスって何?ダブルウイッシュボーンがいいの?トーションビームはダメなの?より引用)
■マツダはトーインを嫌った
ではマツダはなぜあえてマルチリンクを捨ててトーションビームを採用したのか。
その説明はここにあります。
マツダ、新型「Mazda3」に雪上試乗。走りの秘密は進化したリアサスペンションにあり
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/1173780.html
マルチリンクサスペンションでは横力が立ち上がった瞬間にブッシュがたわみ、トーイン方向、つまりは安定方向にタイヤは動いていたのだが、TBAはその際ほぼニュートラル。ロールを開始していけばイン方向に動くように設計されている。多くのブッシュを使うマルチリンクは、その動きのすべてを手の内に収めにくいというデメリットを持つ。TBAは2つのブッシュしか介しておらず、ダイレクトに動くということだ。ステアリングを切ったら切っただけ旋回していく、そんな狙いがこのサスペンションにはあるのだ。
つまり、従来のマルチリンクでは直進時でも微妙にトーインで、カーブで横方向の力がかかると、車体がロールする前にリアのトーインが増していました。
しかし、新型 Mazda3 のトーションビームでは、直進時はほぼニュートラルで、カーブで横方向の力がかかってもすぐにトーインとはならず、ロール量に応じてトーインとなる様に設計されているということです。
この動きを関節が多い=遊びが多いマルチリンクで再現するのは合理的ではありません。
■理想の動きを実現するための技術と発見
マツダにとっての理想のサスペンションの動きを再現するためには、単にトーションビームを採用するだけではなく、従来のトーションビームを改善しなければならなかったようです。
まずは左右のサスペンションを繋げるトーションビームの形状を変えたこと。形状を変えるにあたって、新しい製造方法を生み出したこと。
トーションビームには2つの相反する機能が要求されます。
1つ目は、トーションビームが曲がったり歪んだりしてはいけない。曲がったり歪んだりすると、意図しない動きになってしまう、ということ。
2つ目は、トーションビームはしなやかさを保ちたいこと。しなやかでなければ、左右のサスペンションが完全に一体となってしまい、サスペンションとしての柔らかさや独立性に欠けてしまう。
単純にトーションビームを細くしたら1つ目の機能が失われ、太くしたら2つ目の機能が失われてしまいます。
マツダは2017年のマツダ技報で、この解決策を説明しています。
高性能トーションビーム開発
https://www.mazda.com/globalassets/ja/assets/innovation/technology/gihou/2017/files/2017_no030.pdf
トーションビームの根元は太く、中央部は細くしたということです(作るの大変そう)。
このサスペンションはほぼニュートラルで設計されているそうですが、横からの力に負けてタイヤが外側に向いてしまっては、トーアウトになり、車が安定しなくなります(スライドするように動く)。
そこで根元をしっかりと固定して、横向きの力はタイヤの向きをしっかり固定し、しかし路面の凹凸には、トーションビームの細い中央部が捻れて独立懸架のように左右のタイヤが個別に動くようにしています。
もちろんこれだけではなく、車体の捻り剛性を上げなければ、トーションビームが捻れる前に、車体がサスペンションのように捻れてしまいます。
その上で、関節(ブッシュ)自体を遊びが少ないものに変更しています。(前輪のストラットもこのブッシュにしているそうです)
そして重要な発見だったのは、このような変更によって路面からのショックが大きくなることは、人間にとって決して不快なものではないということです。
結果的に路面からの入力については「ドンッ!」と大きくなっているが、人間はそれにあまり気が付かない。実は人間の能力を研究した結果、そちらのほうが快適であるという答えに到達したそうだ。視覚情報から人間は路面状況を判断し、身構える。ギャップを乗り越えようとした段階で筋肉が硬直。フロントサスペンションがそれを乗り越える段階では人間はきちんと受け止めてしまう。だが、リアサスペンションが柔らかいといつまでも収束しないように感じることも発見したらしい。人間の能力を最大限に活かし、前後共に「ドンッ! ドンッ!」と入力するが、そちらのほうがかえって快適だという判断だったようだ。
(マツダ、新型「Mazda3」に雪上試乗。走りの秘密は進化したリアサスペンションにあり より引用)
■マツダにとっての理想は、我々にとって理想なのか
さて、実は先日、新型 Mazda3 を開発した別府主査と直接お話しする機会に恵まれ、リアサスが変更になった理由を直接お聞きし、それを自分なりに理解し解釈したのがこの記事です。
あえて書きますが、マツダが考える理想のサスペンションが、我々にとって理想なのかはわかりません。
同様に、仮に Mazda3 のサイズと車重とコストと使用目的ではトーションビームが良いとしても、他の車種でもトーションビームが良いかどうかは別の話です。
どんな車種でもトーションビームが良いんだろうと言い出したら、ダブルウイッシュボーン信仰ならぬトーションビーム信仰です。1つのサスペンション形式が最上なのであれば、ロードスターもアテンザもトラックも、全部同じ形式のサスペンションになっているはずです。
別府主査も「どんな車種でもトーションビームが良いとはいえない、サイズや重量によって異なる」とのことでした。
我々としては、あとは試乗車を楽しみに待って、自分で乗って評価してみるだけですね。