狼男だよん

俺の名前は犬上アキオ。
狼男だ。
ご存知かもしれないが満月を挟んだ３日間俺は不死身になるのだ。

若い頃はルポライターをやっていたのだが、雑誌が次々と廃刊になり仕事が無くなって辞めてしまった。
今は年金で暮らしている。
新聞も雑誌ももう読むやつは老人以外はほとんどいない。
若い奴らはユーチューブばかり見ているし、皆スマホの画面しか興味がないようだ。
電車に乗ると皆必死でスマホの小さな画面を覗き込んでいる。異様な光景だ。

昔はドブネズミ色の愛車を魔改造してブイブイ言わせたものだが、排気ガス規制が年々厳しくなって車検に通らなくなったので廃車にしてしまった。
どうせパーツも手に入らないからどのみち維持できなかっただろう。

海外では古い車の税金が安くなるなど古いモノを大事にする文化が根付いているがこの国では逆だ。
旧車は自動車税が高くなり、メーカーも古い車のパーツは提供しなくなる。
多分新車が売れなくなるとこの国の経済が回らなくなるから政治家が忖度しているのだろう。

本当はエコカーの燃費だけではなく新車製造に必要な資源やエネルギー全て、すなわちライフサイクル・アセスメントを考えると古い車に長く乗るほうが環境に優しいはずだが、誰も指摘しない。
電気自動車だって原発が止まって火力発電ばかりなら環境負荷が低いとは言えない。
そもそもガソリン車が全部EVになったら発電所は足りなくなるはずだ。

若いやつでクルマに興味があるのもいなくなった。
昔は女とデートするにはクルマが必要不可欠だったのだが、デートさえしない草食系が増えたせいだろうか。

俺はジャン・ポール・ベルモンドに似ているとか言われて若い女にモテたものだが、ベルモンドを知っている若い女はもういない。
歳を取って狼男が女に不自由するとは想像もしなかったが、下手をすると「エロじじい」と言われるので最近はおとなしくしている。

昔はよくやりあったマフィアやCIAの連中もすっかりおとなしくなって姿を見せなくなった。
コンプライアンス重視の時代になって連中の活動も大幅に制約されているらしい。
それに狼男の不死身の血を手に入れなくても、IPS細胞や遺伝子医療で人間の大幅な延命が可能になったせいもあるかもしれない。
もう狼男と真剣に対峙する組織や人間は居なくなってしまったのだ。
狼男のレゾンデートルは無くなった。

そう思うとなんか虚しくなって俺はタバコに火を点けた。
唇の端にタバコをはりつけて、ふぅ〜っと煙を吐いたら、後ろから声をかけられた。
「お爺さん、ここは路上禁煙ですよ。罰金二千円ね」

俺は悲しくなって思わず「お、お〜ん」と遠吠えした。
「狼は泣かず」とは昔の話だ。

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