
タダシは橋の上に立っていた。
今から飛び降りようと考えていた。
タダシは手作りの洋菓子を出す喫茶店をやっていたがコロナのせいですっかり客が来なくなってしまった。
借金の取り立てでノイローゼになった女房は出ていってしまった。
子供もいないタダシは一人になってもう死んでもよいと思ったのだ。
欄干を乗り越えようと足をかけたとき、橋の先で老女が倒れているのを見つけた。
タダシは気になってそばに行くと、大きな荷物を持った老女がうんうんと唸っていた。
足をひねって歩けなくなり倒れ込んでいたようだ。
人の良いタダシは荷物を持ってやって老女をおぶって歩き出した。
結局3km先の老女の古い家までおぶっていった。
老女は恐縮してさかんに頭を下げた。
タダシが帰ろうとすると老女は「これを」と言って荷物の中からいくつか黄色いビワを出して渡してくれた。
タダシは息が切れすっかり死ぬ気がなくなって自宅へ帰った。
自宅へ帰って休んでいるとお腹が減ったのに気がついた。
老女にもらった黄色いビワを思い出して食べようと冷蔵庫から出した。
口の中に入れると食べたことがない甘い味がした。
美味い!
夢中になって全部食べた。食べたらすっかり眠くなってそのまま眠ってしまった。
翌朝起きたらよい気分だった。昔のように元気になって、なんか死ぬのがバカらしくなった。
もう一度洋菓子作りをやってみようかと思った。
不思議な味を思い出すとまた食べたくなった。
無性に食べたくなったが黄色いビワが売っているのを見たことがない。
そうだ、あの老女に聞いてみようと先日行った老女の古い家に行ってみたが、不思議なことに家は空き家だった。
誰も住んでいる気配がない。
仕方がないので家に帰ったらビワの種を庭に捨てたのを思い出した。
庭で種を拾って鉢に植えてみた。ビワを育てても実がなるのは数年先だ。
それでも毎日水をやるとたった3日で芽を出し、どんどん大きくなった。
タダシはあわてて庭に植え替えた。
すると小木はわずか1ヶ月で実をつけて、2ヶ月目には美味しそうに色づいた。
おそるおそる食べてみるとあの同じ味だった。
タダシはどんどん種を植えて黄色いビワの実をたくさん育てた。
ある日思いついて黄色いビワをドライケーキに入れてみた。
試食したらすごく美味しい。
試しに店に並べてみた。
そうするとたまたま買ってくれたお客さんがまた買いに来てくれた。
「これ本当に美味しいわね」
口コミで近所の評判になり、ビワのケーキはすっかり人気商品になった。
作っても作ってもすぐに売り切れてしまう。
「これ食べると幸せになるんだよね」
「これ食べたら夫婦喧嘩しなくなったわ」
「本当に不思議な味だけど美味しい。またすぐに食べたくなっちゃう」
ケーキを褒める客が増え続けた。
リピーターばかりになったのでタダシはこのケーキだけを作ることにした。
ある日TVで有名なグルメ評論家が店にやってきた。
ケーキを一口食べるやいなや「これは味の宝石箱や。君、これのレシピを教えてくれ!一体何を入れているのかね?」
「それは企業秘密ですよ」とタダシは答えたが、タダシでさえあの黄色いビワが何なのか知らないのだから答えようがなかった。
「本当に不思議だが、これは幸せを呼ぶ黄色いビワだ」
店を閉めていると大勢の男達がやってきた。
「タケダ タダシさん?」
「そうですが何の御用ですか?」
男たちは大勢で黙って入ってきた。
「マトリだよ」
「マトリ??」
「ありました!」という声がして男の一人が庭のビワを手に持って掲げていた。
「あなたを麻薬取締法違反で現行犯逮捕します」
「え!?」
タダシは知らなかったが黄色いビワは見た目は似ているがビワではなかった。
中米に自生している植物で、現地では「ハピハピ」と呼ばれている。
その黄色い実にはアルカロイドを多量に含有しており、食べると鎮痛、幻覚などを生じさせる。
強い依存性があるため、繰り返し摂取を求める強い欲望を引き起こす。すなわち中毒性がある。
いわゆる麻薬だった。
タダシは思った。
「麻薬だったのか」
「でも多くの人達を幸せにするビワだった」
タダシは穏やかな表情で連行されていった。
#ショートショート
#麻薬はダメ
Posted at 2020/12/10 07:46:55 | |
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