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暑い暑い夏が終わった。うちの会社は、お盆も業務を休んでいなかったので、お供え物や花の集荷と配達で、てんやわんやだったが、16日を過ぎた頃には、普段どおりの業務に戻っていた。それに北海道はお盆を境に、不思議と涼しくなり、空気が一気に秋の装いとなる。大雪山は紅葉が綺麗だし、食べ物は美味しくなるし、良い季節に突入だ♪
オレンジ色にオールペンされた、会社のジムニーJB23(軽規格)は実に快調だった。10万㎞以上も走っているエンジンとは、とても思えない。3気筒で高回転を多用する、しかもターボエンジンは、どうしても寿命が短くなってしまう。にもかかわらず、以前から感じてはいたけど、K6Aってエンジンは、本当に耐久性に優れている。凄いなぁ。なんて、クルマを走らせながら考えていた。
更に今日は、とてもラッキーな日で、朝イチの荷物は一つだけ。しかも私が大好きなお店への配達だった。そこは 『 下村二輪 』 というバイク屋さんなんだけど、その社長さんが、すっごく格好良いんだよね。年齢はたしか27歳くらいで、何年か前に旭川市の 『 Garage SANTANA 』 というお店から、この帯広市に進出してきて、小さなバイク屋さんを、一人でひっそりと営業している。
ただ、その社長さんには色々な噂があって、20人からの荒くれ者を相手にして、全員をやっつけてしまったとか、プロの格闘家を再起不能にしたとか、ナイフで刺されても死ななかったとか、とても恐ろしい “ なんとか・ランナー ” というライダーに、バイク勝負を挑んだとか。そんな話を聞いたことがある。
でも、どれも眉唾な情報。本人とお話したら、そんな乱暴者的な要素は、微塵も感じないから、たぶん嘘なんじゃないかと私は思っている。
「おはようございま~す。下村さんいますぅ~」
出来るだけ可愛く声をつくってみる(笑)、すると事務所と隣接する、作業用スペースのシャッターが開けられ、作業服(ツナギ)姿の男が出てきた。
あれ?誰だろ?筋肉質で厚みのある体型。発達した前腕筋と下顎は、まるでポパイを連想させる。そして非常にクセの強い髪の毛を押さえるため、白いタオルで頭を覆っていた。
「くわぁぁぁ~~」
その男は大きく欠伸をしながら、眩しそうに朝日を拝み、胸ポケットからクシャクシャになったセブンスターを取り出し、火を点け、ゆっくりと煙を吐き出した。
「ふぅぅ、太陽が黄色く見えるッスよ…」
え?誰?ここのお客さん?私はその異様とも取れる風貌をみて、思わずフリーズしてしまった。
「あれ?宅配屋さん?」
その男は私の恰好を見て、問いかけてきたのだが。
「あああ、あの、あの、わ、わたし…」
つい、口ごもってしまった。
「下村さ~ん、なんか荷物届いたッスよ~」
ポパイが素っ頓狂な声で下村さんを呼んだ。
「おう、いま行く」
良かった。事務所の奥から、下村さんの声が聞こえてきた…、かと思いきや、今度は甘く香ばしいコーヒーの香りまでも漂ってきた。 ああ、これこれ。ここに来るもう一つの楽しみ。下村さんが淹れるコーヒーが、とっても美味しいの。
それから、作業用ツナギの上半分を腰に巻きつけ、黒いタンクトップ姿の下村さんが、コーヒーを手に現れた。
「やあミホちゃん。おはよう。時間あるなら休憩していきなよ」
嬉しい。下村さんのお誘い。もちろん喜んで♪。とても優しい眼差しで、にっこりと微笑まれ、私は “ キュン死 ” しそうだった。
「いつものモカブレンドだけどさ。朝は頭がスッキリするぜ」
コーヒーを手渡された。う~ん、もうダメ。好きにして。と言いたい(笑)
しかし、こうしてよく見ると、下村さんの細く引き締まった、筋肉質な身体には、無数の傷跡があるのがよくわかった。でも、とても素敵な細マッチョだった♪
「俺達、昨日から徹夜でさ。レース用車両を作っていたんだ。いまミホちゃんが持ってきてくれたそのパーツを組んだら、昼からシェイクダウンだ」
そう言い。下村さんは、作業用スペースを指差した。そこにあったのは、ワインレッドにオールペンされ、さまざまなカスタマイズが施された 『 スズキ・キャリーDA62T 』 いわゆる軽トラックだった。驚いたことに、リフトアップされ、太いマッドタイヤまで履かせてあった。
「え?コレでなんのレースに出るんですか?」
思わず聞いてしまった。ちょっと失礼だったかな。
「ははは。笑えるよね。帯広のオープンエリアで開催される 『 D C C (ダートチャレンジカップ) 』 だよ。岩野がさ…、あっ、そこの彼がね、軽トラはスポーツカーに近いんだ!って言い出してさ。わざわざ旭川からここに持ってきたかと思いきや、あっという間に、こんなんにしちまったんだ」
「そうなんですか。でも軽トラって…。凄いバイタリティーですね。こんなアフターパーツのない車両を、よくここまで仕上げましたね !? 」
ほんと驚愕に値する。
「ハイッス!よくぞ聞いてくれました!」
決して聞いてはいないけど、岩野さんという人がしゃべりだした。
「流用の効くパーツを探すのって、宝探しでもしている気分だったから、楽しんでやったッスよ。兄弟車のエブリィのターボエンジンに載せ換えて、スズキ純正LSDをシム増しして前後デフに組み込んで、チャタリングが起きやすいリヤはツインショック化して。まあ、板バネベースでやって行こうと思ってんスよ。レースに出るっていっても、基本はバイク搬送用のトランポッスから。あとロールケージは自分のワンオフッス!名付けて “ 軽虎1號 ・ トランスポータースペシャル” ッス !! 」
なんだかよく分からないけど、凄いのだけはよくわかった。
「…(汗)なるほどな、まあ、そのネーミングは置いとくとして、なかなか面白そうなレースじゃねーの、その “ D C C ” ってよ。フラットダートと凹凸路のモーグルコースを走って、その合計タイムで順位を出すんだろ?しかも2人1組のペアで」
「はいっ。自分と成海ちゃんで走るッス」
下村さんと話していた、岩野さんという人は、急に私にも話しかけてきた。
「て、あっ、この軽トラね、成海ちゃんって、ウチ ( TEAM SANTANA ) のメンバーの娘のクルマでね、コレがまた、すっごいジャジャ馬娘なんスよ。でねでね…」
そんな調子でグイグイ迫られ、少々引き気味の私を見た下村さんは、助け舟を出すように、岩野さんという人の話を遮った。
「ははは(汗)。 でも10月のレースは君も出るんだろ?昨日タカ社長がここに来て、ヨッシーさんとミホちゃんのペアで出場させるって言っていたよ」
>「えっ?なんですかソレ !? 初めて聞きましたけど !! 」
「あれ?そのなの?まあ、昨日の今日だからね。まだ伝えてなかったのかな。でもミホちゃんはすごいなぁ。あのタカ社長に認められたんだね。一つお手柔らかに頼むよ。ウチは、2輪のレースはよくやっているけど、4輪はお初だからさ」
そう言い、下村さんはニッコリと微笑んだ。ああ、とろけちゃいそう。ほんとに素敵♪
でもタカ社長め~~。どうしてそんな大事なことを早く言わないかな~。心の中で悪態をつきつつも、なんだかワクワクした気持ちにもなってきていた。
つづく
Posted at 2017/01/15 11:55:29 | |
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