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ここ数年、北海道の高速道路事情は、飛躍的に進歩した。以前なら、半日かけて移動していた場所でも、ものの数時間で目的地に到着出来るようになったのだからな。
「高速道路さまさまだね♪」
俺は旭川鷹栖インターチェンジから札幌ジャンクションを経由し、一気に苫小牧東インターチェンジに向かった。 鷹栖、奈井江間は。少々横風がきつかったがそんなのは関係ない。逸る気持ちが高揚を抑えきれない。
走れば走るほど俺の腕はバイクのフロントフォークに同化し、右手の指先にはキャリパーがローターを掴む感覚が宿る。 更にそこから、腰とリヤショックまでもが同化したような一体感が生まれる。
「ノれてる」
そう、それはバイクに 『 乗れている 』 証拠。 『 Ride ( ライド ) している 』 じゃなくて 『 ノれてる 』 んだ。
オートバイという乗り物は不完全である。自分単体では立っていることも出来ない。止まれば倒れる。そんなオートバイは 『 バイク乗り 』 という意思が居ないと完全な姿にはならない。
そして共に求めるものは 『 スピード 』 。
はは、かの巨匠はほんとよく言ったもんだね。 『 言い得て妙 』 全くそのとおりだよ。
200Km/h 巡航、エンジンのタレ無し、車体も安定。そこから更にアクセルの鞭を入れ、Z1000MkⅡを加速させた。
途中、白黒パンダの車が停まっていたが、気にせず加速する。そいつはルーフ上に設けられた不細工な飾りを一瞬赤くチカチカッとさせたが、ただそれだけでとくに追ってはこなかった。
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今や北海道の一大工業都市となった苫小牧市。 あらゆるメーカーの工場があちらこちらに立ち並び、そこには膨大な数の期間社員達が働いている。
しかも、雇用は雇用を生み、街には個人経営の飲食店や、バイク、クルマのショップが軒を連ね、ちょっと郊外には巨大ショッピングモールまでもが進出しており、主要道路は片側6車線ときている。
またそこにはアメリカ並みのトレーラーヘッドがばんきり走り回り、荷積みが完了した箱(トレーラー)を連結させては次の目的地に向かう。
俺は、道路際に面したコンビニ ( セイコーマート ) の駐車場にバイクを止め、ジョージア・エメラルドマウンテンブレンドのブラックコーヒーを飲み、産業の動脈ともいえる営みに、ひとしきり感心しながら休憩を取っていた。そんな時、店長と思われる初老の男が店から出てきて、タバコをくわえながら話しかけてきた。
「やあ、旭川ナンバーだね。 A3 のお兄さん」
おっと驚いた。Z1000MkⅡ の事を A3 と言うなんて。
「初期型だろ、それ?」
「ええ、そう。 詳しいんだね」
「はは。まあな」
少々小太りの店長だった。その言動に嫌味はない。むしろ有効的な態度ともとれる。
「あ、あいつら…。おい見てみな、エミーとマリーだ」
なんだ?店長の指さす方向、目の前の交差点。そこに現れたのは、2台のハーレー・ダビッドソンだった。 トレーラーヘッドの排気音に負けないくらい、すごい爆音をまき散らしている。
二台ともスポーツモデルのようだが… いや違う ! ソリッドブラックの車両は、Kフレームのレーサー、ハイコンプレッションモデルの XLCH だ。 それに、もう一台、オレンジのダートラ仕様。 コイツも何か様子が違う。俺は目を凝らしながら、小さなオレンジタンクの文字をよく見つめた。そこに書かれていたのは。
「ああん !? XR750 だと !! 」
驚いた。 XR750 だ。 コイツは高圧縮比のスペシャルヘッドを組み込んだワークスマシンだ。
ハーレー唯一の後方吸気と前方排気システムを持ち、フロントフォークには当時のレーサーの定番、イタリア・チェリアーニGPフォークが採用されている。
「おいおいどうなってる !? 」
この二台、こんな貴重な個体がこの街で平然と走っているなんて。日本ではあまり知られていないが、ハーレー・ダビッドソンは創立当初から、モータースポーツに並々ならぬ情熱を注いできたメーカーだ。 特に象徴的なのは、アメリカで高い人気を誇る “ ダートトラック ” と呼ばれるダート周回レースだ。古くからH・Dは、ワークス体制で専用マシンをAMAのダートトラック選手権に投入し、華々しい活躍を続けている。
「すげ~な、オイ」
感嘆の声が出てしまった。それを聞き、ニヤリと笑みを浮かべる店長。
「XLCH が エミー で XR が マリー。 この街の名物姉妹だ」
そう、乗り手は二人とも女なのだ。ダースベーダーを連想させられる、ブラックのシンプソン M30 からは長い髪がなびいている。それに、タイトなダブルのライダース、左肩のエポレットには赤いバンダナを結び、細いウエストラインは形の良いヒップと非常に良くバランスしている。
そしてお決まり、交差点ではシグナルグランプリ(ゼロヨン)が、突然始まったりするもんだ。まあ、こんなとこでレースをやるなって方が無理だよな(笑)
更に感心したことがもう一つ。女共の後ろについている数台のトレーラーヘッドは、目の前のバイクを無駄に煽ったり並んだりもせず、ちょっと距離を置き二人の様子を興味津々で眺めていた。
つまりこの街では、バイクもクルマも独自の文化が発展いるからこそ、ことモータースポーツの分野においては非常に理解がされている。 というか、乗り物好きが大勢いて、自然とチームが出来上がり、様々なイベントを催すようになった。 当然、皆がバイクやクルマを楽しんでいる。そんな感じだ。
「はっは。そろそろだぜ」
なおも楽しそうな店長が言う。
2台のハーレーはエンジン回転を上げ、クラッチを繋ぐタイミングを虎視眈々と見計らっていた。
そしてレッドシグナルからブルーシグナルへ。
けたたましいほどの、エキゾーストノートと、スキール音。まさにロケットスタートだった。
「すげぇ~~♪」
つい口に出た。上手い ! それが感想だ。絶妙なクラッチワーク。
あっという間に走り去った。なんとも来て早々、良いもんを見せて貰った。
「良~い音だ。ちゃんと維持できている。それにしてもあいつら、ここの交差点で信号に捕まるたびに、必ず2人でゼロヨンをやるんだよ」
楽しそうな様子の店長。 なんだか、俺もムズムズしてきた。Z1000MkⅡに火を入れ、ヘルメットを被った。
「ああ、こっちも良い音だ。1105… いや 1135 cc か !? 相当なハイチューンだな !! 」
オイオイ ! まったく何者だよこの人は !? 音を聞いただけで言い当てやがった。
でも一つわかった。 このイカレた街は、たとえコンビニの店長であろうと、女であろうと、全くを持って油断ならねえな(笑)。
しかし、期待は高まるばかりだ。
つづく