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ザクとは違うのブログ一覧

2019年07月31日 イイね!

宇宙におけるトイレ問題について

唐突なタイトルですね(汗)

今日は講演会を聞いてきました。
タイトルは『無重力閉鎖空間「国際宇宙ステーションと宇宙船」~人はどこまで耐えられるか~』
講師は大同大学名誉学長でありJAXA研究統括の澤岡昭先生です。

講演ではまずこれまでの宇宙開発の歴史をたどり、次に日本人宇宙飛行士を紹介し、その上で国際宇宙ステーション(ISS)での生活に触れ、さらに再び人類が目指す月、そして火星への旅路について語られました。
講義の中で特に興味を引いたのはトイレの話。

ISSのトイレ、実はロシア製なのだそうです。
当初はアメリカ製を設置するつもりでしたが、開発がISS建造開始に間に合わず、やむなく旧宇宙ステーションのミール(ロシア)のものを改良して取り付けたのだとか。
知りませんでした。

しかしそのトイレ、なかなかに原始的だそうです。

男性の小用ならばともかく、大の場合、直径10センチほどの穴にお尻の穴をぴったりと合わせ、そこで●んこを出し、その後空気で吸い込むのですが、吸い込むためにはトイレ本体とお尻の間に若干の隙間を開ける必要があります。その技術の上手い下手が宇宙飛行士によって違うのだそうです。
加えてう●こを上手くお尻から切り離す技術も必要です。
特に日本人の場合、繊維質の食物を多く食べる傾向にあるため、なかなかすぱっと切れないのだそうです。
うまく吸い込めない、または切り離せない人の場合、ビニール手袋をはめてうん●をつかみ取り、そのまま手袋を裏返しにして●んこを包んで処分します。
そこで上手に処理できないと周囲にう●こが撒き散らされるという大惨劇となるとか…。
ホントかな(笑)

ただ、トイレ問題で宇宙飛行士が苦労しているのは事実のようです。

仮に火星まで人類が行くことになれば、現地滞在期間も含めて最短2年。
その2/3は移動時間となり、その間、トイレ問題は毎日発生することとなります。

講演のタイトルは「人はどこまで耐えられるか」ということでしたが、私は僅かな乗組員と長期間狭い空間で過ごすことなどが精神的に大変だということがテーマになるものだと思っていましたが、まさかトイレ問題を指しているとは…。
講演の締めくくりは「宇宙空間でのトイレ問題を研究しようという人は私を除きほとんどいません。これから私の跡を継いでトイレ問題に真剣に取り組んでくれる人が現れることを期待します」というものでした。

先生は既に御年80。
今朝の新聞で日本人の平均寿命がまた伸びたという記事が載っていました。
それによると男性は81.25歳。
先生はもうすぐ平均寿命に到達しますが、背筋もぴんと伸び、声にも張りがあり、もちろん頭脳も明晰。とてもそのようなお歳には見えませんでした。
その秘訣はもしかしたら講演後の質疑応答に隠されていたのかも。

質問者:ISSには時折女性も乗り込みますが、女性がいるかいないかでチーム全体の士気は変わるのでしょうか?
先生:具体的なデータはありませんが、やはり女性がいるとミッションをしっかりこなそうと頑張るようですね。私が宇宙飛行士なら絶対に女性と一緒がいいです!

先生、お若い!
これからもまだまだ活躍してほしいですね~♪
Posted at 2019/07/31 18:23:21 | コメント(2) | 宇宙ネタ | 趣味
2019年07月28日 イイね!

BBQ大会ジオラマ製作 継続中

相変わらず牛歩ですが、少しずつ作ってます。
まずはテーブル。


天板にはランバラル隊のマークも貼り付けてあります(笑)

次にクーラーボックス。
こちらは↓の動画をご覧ください。


プラ棒の中心に針金を通すことでヒンジを作り、蓋が開閉できるようにしました。閉まる瞬間の「パタン」という音に萌えます(笑)
蓋の裏には「使用上の注意」が貼り付けてあります。
タイヤはチョロQから持ってきました。

あとは小物類。



アイテム類はかなり出揃ってきました。
あともう少し作って、という感じですね。

同時並行でジオラマベースを作ります。
前回は枠を作ってその中に粘土を詰め、その後、引けを修正するというところまででした。
しかし引けの修正がうまく行かない…。
ひび割れた部分をV字カットしそこへ粘土を詰め直すのですが、どうしても「修正しました」という風情になってしまいます。
また表面をきれいにならしたため、土の表現がされていません。
これは作り直しか…。

まずは試作。


画像左上は石粉粘土の表面をワイヤーブラシと歯ブラシで傷をつけたもので、右上は石粉粘土の上に砂をばらまいたものです。
塗装すると砂が取れてしまうことが分かったので、ブラシで傷つける方法ならよいと分かりました。
さらにもう一つの方法を試します。


ダイソーのスチレンボードの裏面に適当に凹凸を付け、塗装するという方法。
これはお手軽な割にはフラットな地面を作ることができるということが分かりました。

経費と手間を考え、スチレンボード案を採用!
では、前回作った地面を一旦はがして、スチレンボードをはめ込んで…。

うーん、いつになったら完成するんだろう(^_^;)
Posted at 2019/07/28 17:54:59 | コメント(5) | ガンプラなど | 趣味
2019年07月15日 イイね!

ガンプラ、一応進んでます…

気が付くと「ゴッグの日」以来、模型製作ネタを上げていないザクとは違う。
でも牛歩ではありますが、少~しずつ進めています。
まずはMS製作。

ゴッグに続いてゾック、アッガイも作りました。
いずれも素組で、なんの改造もしていません。

ただ、ゴッグとゾックはモノアイが可動ですし、ゴッグはそれに加えてこのサイズで指が可動し、差し替え式で収納状態の腕も付属しています。アッガイはクローとミサイルランチャーが差し替えで再現できますし、さらには膝まで可動するので、画像のようなヤンキー座りが可能です(笑)
しかも3体ともかわいい(*^^*)
SDゴッグはこんなにかわいいのかと思いましたが、ただでさえ可愛いアッガイたんがさらにかわいくなるのに驚きました。
でもゾックはもともとSD体型なので、あまり変わりません(爆)

いずれも単体発売がないのが残念ですが、プレイアビリティが大変高いアイテムだと感じました。
組んだことがない方はぜひ一度ご賞味を。

さて、これで終わらないのがザクとは違う。
いつものようにジオラマ化します。
今回のテーマはジオン水泳部BBQ大会。
私のブログをPCで見ている方は、ヘッダー画像に表示されていますが、そのSD版を作ろうという目論見です。

まずはベース。

B4サイズのフォトフレームを使い、嵩上げした上で内部に石粉粘土を詰めます。
収縮によるひび割れはV字カットして再び粘土を充填します。

同時並行で小物の制作も。

同じ大きさでプラバンの細切りを大量に作るのが、修行でした…
でもその甲斐あって↓

載せてあるのはセリアで買ってきた鍋ですが、いずれも鋳造品なのでけっこうな重量があります。
でも棚の支点に針金を仕込んであるので大丈夫!

また、こんなものも↓



実際にはもう少しアイテムを作っていますが、それはまた後日。

完成時期は未定ですが、ネタ的にキャンプシーズン中にはお披露目したいですね~。


※今回の制作分は以下のフォトギャラに画像を格納しました。
SDゴッグ、アッガイ、ゾック
ジオン水泳部BBQ大会ジオラマ(制作編1)
Posted at 2019/07/15 20:16:30 | コメント(6) | ガンプラなど | 趣味
2019年07月10日 イイね!

琵琶湖東岸の城跡めぐり(2日日)

さて2日目。
キャンプでは朝日とともに起床という生活になることが多いですが、この日は曇り空だったので6時半頃起床。昨晩遅くに雨が降ったのでテントの水滴を拭き取ってから朝食の準備をします。

焼き鳥缶雑炊。
おにぎりに焼き鳥タレ缶をタレごとかけてチューブしょうがと混ぜて水で温め、最後にあさつきを山盛り振ります。
さっぱりした味で気持ちいい…(^^)

ささっと撤収作業した後に、城跡へ向かいます。
この日のテーマは「姉川の戦い」。
浅井朝倉連合軍VS織田徳川連合軍という構図で、この戦いで浅井朝倉両軍とも甚大な被害を被り、浅井家は小谷城で、朝倉家は一乗谷でそれぞれ滅亡してしまいます。
この結果、琵琶湖東岸一帯の覇権を織田家が握ったことになり、それはつまり京への足がかりを得たことになったという点で大きな意味があったと言えそうです。

最初に向かったのは姉川の南側にある「横山城」。
元々は浅井氏が作って守備していた山城ですが、浅井氏攻めの拠点とするため、姉川の戦い後に織田氏が攻め取りました。その最初の城代は木下(後の豊臣)秀吉だったので、「出世城」と言われることも。
ちなみに浅井氏滅亡後、横山城の石垣などを移設して長浜城が作られたため、横山城は廃城となっています。

ただ、現地近くでは秀吉よりも石田三成を推しているようです。


城へは日吉神社脇からのハイキングコースを進みます。ハイキングと言っても結構な山登り。しかも樹木や草木が生い茂る中を進むので、トレッキングシューズ+長袖長ズボン推奨です。
城内の要所には↓のような説明板が設置されています。


いわゆる織豊期のように堀と石垣でがっちり固めて、複雑な侵入経路を作って、大きな天守閣を建てて、というものではなく、それ以前の時代から作られていた土塁と堀切などの土木工事中心の作りです。

その中で注目したのは二重堀切。その名の通り、堀切が2つ連続して作られているものです。まずはひとつめ。


そしてそのすぐ向こう側にもう一つ。


この構造を戦術上どのように活用したのか分かりませんが、他ではあまり見られないものだったので、いいものを見ることができました。

さらにどんどん進むといくつかの曲輪を経て本丸へ到着します。


右側の高い山が小谷城。
適度な距離をとった前進基地として、横山城が重要なポイントだったことがよく分かります。

さて、下山後に立ち寄ったのが「三田村城」。
こちらは横山城から少し北へ行った姉川の南側にある小さな平城の跡です。
規模の小ささから、城と言うよりも居館とか屋敷跡と言ったほうがよさそうですが、姉川の戦いの際には朝倉景健が本陣を置きました。そのせいか、姉川の戦いを朝倉側では「三田村合戦」と言うそうです。
現在は伝正寺となっていますが、当時の遺構として土塁が残っています。


こんな看板も立てられていました。


小さな城跡ではありますが、姉川の戦いと絡めながら見ると、また感慨深いものがあります。

お昼をテキトーに済ませ、向かった先は「小谷城」。
姉川の戦いを締めくくる名城の誉れ高い山城で、三代に亘って隆盛を誇った浅井氏の滅亡の地でもあります。
その縄張りの巧みさと堅牢さから、日本五大山城のひとつ、さらに日本百名城のひとつとして数えられています。
それゆえ、城下に「小谷城戦国歴史資料館」が作られているので、そちらで予習します。

館内には浅井氏や小谷城、そして姉川の戦いについて大変詳しい解説が加えられています。そしてこんなジオラマも↓

奥の大きな山に配されているのが小谷城。手前の山にあるのが虎御前山城です。
こうしたプレゼンをしてもらうと、城の縄張りだけでなく城の周囲の状況がよく分かりますね♪

そしていよいよ当城。






詳しい説明はフォトアルバムに譲りますが、各曲輪ごとに当時の状態をイラストにした表示版が設置されており、それと現地の様子を見比べながら歩くことができるため、大変楽しく攻城できました。

と同時に現地を歩いて感じたのは、今回歩いたエリア(金吾丸跡~小丸跡)は本丸と中丸跡の間が「大堀切」で区切られており、両エリアで作りが大きく違うこと。
金吾丸から本丸は浅井氏が使っていた場所で、その向う側にある中丸から奥は京極氏が使っていた場所です。
京極氏は浅井氏を被官にしているという立場であり、それゆえ京極丸を中心とした中丸跡より奥のエリアは広めのスペースが確保され、石垣や土塁もしっかりと作られています。
両者の関係性が城の作りからも感じられたのは面白かったですね~。

小谷城は中腹まで車で登れますが、その後の道のりは険峻な山道の登山となります。今回は時間と体力の関係で山王丸以奥は行きませんでしたし、別尾根にある福寿丸や山崎丸も行っていません。これらの遺構や城下町も含めて制覇しようとすると丸一日コースになってしまいそうなほど、城域は広いです。

予定ではこのあと7つ目の城・虎御前山城に行くつもりでしたが、前日の彦根&観音寺城、そしてこの日の横山&小谷城の登山続きで、足腰はガクガク。とてもあとひとつ山城を攻め取る体力は残っていません。
この近くにはまだまだ攻めてみたい城(長浜城、賤ヶ岳城、山本山城、鎌刃城など)が多くあるので、次回訪問に取っておくかな(笑)

山城を攻め、城下町を歩き、そしてキャンプを楽しむ。
充実した2日間を過ごすことができました。


この日訪れた城の画像はフォトアルバムに収めてあります。
横山城
三田村城
小谷城
Posted at 2019/07/11 22:15:39 | コメント(1) | 城めぐり | 旅行/地域
2019年07月07日 イイね!

琵琶湖東岸の城跡めぐり(初日)

梅雨の合間を縫って、キャンプを計画しました。
実は当初、佐世保へ軍港めぐりの締めくくりに行くつもりでしたが、諸般の事情により頓挫。結果、城巡りキャンプに切り替えました。

行き先は琵琶湖の東岸。1泊2日で7箇所の城跡を巡るという強行軍です。
まずは彦根城。
ここは日本百名城の一つでもあり、現存十二天守の一つでもあります。
まずは彦根城博物館で予習。


敷地は表御殿があったところだそうで、その一部が再現されています。



そして登城。
長い石段を登るとその先に天秤櫓があります。

左右対称の作りですが、それを支える石垣は左右で積み方が異なります。

積み方は向かって右(画像上)が「切込み接ぎ」、左(画像下)が「打ち込み接ぎ」です。切込み接ぎ部は後世に修復された部分だそうです。
縄張り的には天秤櫓と鐘の丸をつなげる橋の下をくぐり抜け、ぐるっと270°回った先に天秤櫓の門があるという構造であり、その間、守備方から見下されて攻撃され放題という悪魔のような作りになっています。

天秤櫓を抜け、太鼓丸を通り過ぎるといよいよ本丸。天守閣があります。


ちょうどその時、ひこにゃんの登場時間。




売店裏から天守前まで歩いてきますが、その間、来場者一人ひとりにゆーっくりとお辞儀をする様子がかわいくてかわいくて…(*^^*)
ひこにゃんを取り巻く人たちは全員笑顔になっていたのは言うまでもありません。(もちろん私も♪)

本丸は現在工事中だったので、現存十二天守としての美しさを十分に堪能するまでには至りませんでしたが、様々な形態の破風を備え、金箔まであしらわれた天守の様は本当に素晴らしいと感じました。

次のお城の隣りにある玄宮園へ。
こちらは天守閣を借景にした庭園というぜいたくな作りになっています。



この日は曇り空だったので、写真もあまりビビッドには撮れていませんが、こうした環境で殿様やお付きの者たちが優雅に会話したのではないかと想像するだけでも楽しいですね。

せっかく彦根に来たので、城下町も散策します。
マイナー嗜好のザクとは違うは、メインストリートから一本入った道を歩きます(笑)
すると…





ところどころでこうした屈曲した道があります。敵が直線的に攻め込むことができないようにした城下町整備ですね。


民家の屋根瓦が少し変わった形をしています。
鈍行電車さんの奥様に伺ったところ、雪が一気に落ちないように上半分の雪を支えるためのものなのだとか。平地でありながら意外と雪深い地方ならではの生活の知恵ですね。

さて、ぼちぼちお昼。
現地のグルメ・近江ちゃんぽんをいただきます。

豚骨と鶏ガラでとったスープで作られたあっさりした味でした♪

午後に行ったのはまず「観音寺城」。
こちらは南北朝時代に近江源氏の佐々木氏、後に六角氏が居城とした近江八幡市にある山城で、彦根城同様、日本百名城の一つに数えられています。
中腹まではクルマで登れますが、その後は長い石段を10~15分くらい掛けて登ります。途中はこんな札が。


ええこと言うなあ…
そして着いたのは観音正寺。
受付で500円の拝観料を払い、そこを通り抜けて城へ至ります。
途中の道は多少のアップダウンはありますが、「登山」と言うほどのことはありません。
そしてこの直線的な石段を登ると…

本丸に到着します。しかしこの有様…

ググって出てくる本丸の画像は樹木がもっと少なく、周囲を巡る石垣も確認しやすい状態になっていますが、現状はかなりひどいです。
本丸からさらに奥へ進むと平井屋敷や落合屋敷などと伝えられる場所(曲輪?)があります。


いずれも周囲を石垣で囲んでいますが、曲輪内部はやはり樹木でいっぱいになっており、奥まで入れないほどの状態でした。
それでも先へ進み、お寺受付の人に教えてもらった絶景ポイントへ。

大きな幟旗と巨石がありました。
さらにその下にはこんなすごい石垣が。


こんな急斜面の中腹にこれだけ豪壮な石垣を作るためには、どれだけの人が動員され、そのうちどれだけの人が亡くなってしまったことか…
佐々木氏や六角氏の権力の凄さを感じざるを得ません。

観音寺城は、Wikiによると1000以上の曲輪を持つそうで、その多くが石垣で囲まれている国内屈指の山城だそうです。もう一つ特徴的なのは、二の丸三の丸などの数字で表さず、池田屋敷跡、沢田屋敷跡など人の名前がついている点です。これはこの城が城主個人の力で作られた戦志向のものではなく、配下の将とともに生活する場であったことを示すものだと考えられます。
この時代の山城の多くは戦争時の防衛拠点として作られたものがほとんどだと思われるので、その点でも異質な城だと言えると思います。

そしてこの日最後に訪れたのは長光寺城。
別名を瓶割城と言います。
名前の由来は織田信長の家臣・柴田勝家。
織田家が近江を攻め、六角氏の観音寺城とその支城である長光寺城を攻め落とし、長光寺城を勝家が支配しました。その後六角氏が長光寺城を攻めに来た際、勝家が水瓶を割って背水の陣を敷くことで士気を高めました。
この逸話が瓶割城、そして瓶割り柴田の異名のベースになっています。
城の入口は日吉神社にあるとのことなので、そこへ行ってみましたが、どれだけ探しても入り口が見つかりません。
しかし神社から少し離れたところにこんな表示版が。


これで初日の城巡りは終了。キャンプ場に向かいます。
今回行ったのは近江八幡市の「十二坊温泉オートキャンプ場」。
簡単に設営を済ませた後は、コーヒータイム。

先日、痛風とうつさんから頂いたせんべいと一緒にまったりします。
その後温泉に入り、一人飲み会開始。
コースターにはこんなデザインのものを使いました。

夕飯のメインはこちら↓

「ミートボールファルファッレ」
成田のオッサンさんに紹介されて毎号読んでいる漫画「山と食欲と私」からパクったものです。簡単ですが美味いです!
日も暮れてくると焚き火。
炎の揺らめきを見ているだけで癒やされますね~。

こうして一日目終了。
二日目に続きます。


※フォトアルバムに上記以外の画像を収めてあります。
彦根城
観音寺城・長光寺城
十二坊温泉オートキャンプ場(フォトギャラリー)
十二坊温泉オートキャンプ場でひとりキャンプ
Posted at 2019/07/07 23:07:50 | コメント(1) | 城めぐり | 旅行/地域

プロフィール

「重巡鳥海の製作(船体の修正その4) http://cvw.jp/b/488285/48472648/
何シテル?   06/07 13:55
模型工作とキャンプが大好きなヘタレをやぢです。 私がフォローする方には2種類あります。 一つは「以前からのみん友さん」 もう一つは「ちょっと興味を持っ...
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